第58話 Scene:翼「久しぶり過ぎて、指が動かない」
「月岡君、ちょっと」
撮影所でプロデューサーさんに呼び止められて、ドキッとする。
「お疲れさまです。先日、送らせていただいた動画見ていただけましたか?」
「ああ、正直、驚いたよ。あの子、あんなに歌上手かったんだね」
「ありがとうございます」
良かった。望の良さが伝わった。
「ところで、あの曲何?」
「あれは、俺たちのオリジナル曲です」
「え!作ったの?わざわざこのために?」
「いいえ。昔から一緒にバンドやってて、その時に作ったやつです。最後の曲は望が作詞しました」
「へぇ。多才なんだな、君たち」
なんと返事をしたらいいのか分からない。
「あの曲を使わせてもらっても構わないか?」
「え!あ、はい!もちろんです」
思ってもみなかったが、是非、使って欲しい。
光の為に望と颯が作詞作曲をした『光の向こうに望む、颯爽と翼で』タイトルは超絶ダサいが、いい歌だ。
「だいぶ具体的に話が出来上がってるので、イメージがしやすくてね、もう、撮影したいくなってきちゃってるよ。毎度の事だけど、新しいドラマの構想を考えるのはワクワクするんだよね、じゃ」
そう言い残して、プロデューサーさんは言ってしまった。
あの曲は夏のフェスの前に出来たんだ。あの頃、望が颯に告白すると言い出し、こっそり付き合っていた光が動揺しまくっていた。まだ一年も経っていないのに、もう遠い記憶のように感じる。
「なに話してたのー?」
撮影が終わった望が走ってきた。
「望の作った曲をドラマに使ってもいいかってさ」
「ひゃぁぁぁ!いいに決まってるー!なんか、歌いたくなってきちゃったー!」
帰りの車で望が言い出して、俺を見ている。
「光と颯に聞いてみよーかなー」
珍しくこっちの反応を伺ってくる。しおらしいじゃん、どうした?
「声掛けていいんじゃないか?」
「うん!」
興奮しながら電話で一生懸命話してる望は、なんと言うか……可愛い。こいつを可愛い以外の言葉で表現できないのがもどかしいが、そうとしか言いようがないから、しょうがない。
「颯がスタジオ借りてくれるんだってー!きゃーっ!久しぶりのバンドー!」
思い付きで声をかけたが、二人ともノリノリで、車を置きに帰った時には、楽器を持って家で待機していた。
「予約取れてるぞ、俺、奮発して5時間押さえたから」
「悪いな、颯、後で割り勘するから金額言ってな」
「卒業旅行には行かないけどさ、今日が卒業記念のイベントって事でいいよね」
「わーい」
スタジオで飲食は禁止だ。
とりあえずファミレスに腹を満たしに来た。
「望はエビドリアー!」
「俺はチーズハンバーグセット、パンで」
「俺もチーズハンバーグセット、ご飯で」
「私は和食膳セット」
昔から頼むものはほとんど変わらない。こうしてファミレスでギャーギャー言うことも無くなるだろう。望が先日言った通り、俺たちの関係は変わり続ける。だけど、それは決して悪い意味ではないと俺は信じてる。
望は光のお膳から、ほうれん草の胡麻和えを引き取る。
俺と颯は無言で、ブロッコリーと人参を交換する。
このままの関係が続かないことを寂しくないと言えば嘘になる。だけど変わっていく新しい関係が楽しみでもある。
「久しぶり過ぎて、指が動かない」
スタジオでベースを抱えた光が強張った顔をしている。
「しばらく触ってなかったから、チューニング、時間かかりそう……」
ギターの颯の顔が引きつってる。
「こんなんだったかな……」
俺の体もドラムを自然と叩くことが出来ない。
「はーやーくー、みーんーなー、行くよー!」
望が一人で歌っている。
高校の時になんとなく始めたバンドは、その時は青春なんてつもりじゃなかったが、振り返ってみれば『これぞ青春』そのものだった。
「一度、合わせようか」
「おう!」
「うん!」
「わーい」
俺の掛け声で、初めて作ったオリジナル曲を歌う。
これは、望が髪を切った日のことを、高3の俺が歌にした。
演奏は始めてみればなんとかなるものだった。
「みーんーなー!すごーい!」
楽器ができない望は、いつもこうして俺らの拙い演奏を褒めてくれる。
「望の作った歌を歌おうよ」
「そーしよー!颯が光に振られて落ち込んじゃってるときに作ったんだよねー?光に喜んでもらいたくって、颯、何日も寝ないで作曲したんだよねー?」
「今更、恥ずかしいから、言わなくていいんだよ」
『光の向こうに望む、颯爽と翼で』
望に遠慮して光は颯と距離を置いた。そして、望と颯の仲が縮まったと勘違いをし、とても嫉妬していたことを思い出す。泣き腫らした光を慰めた苦い思い出も、今はいい思い出だ。いや、むしろ苦い思い出の方こそ、心に残っているかもしれない。
その日、望の声が枯れ、俺たちは手が震えるまで、何度も何度も、オリジナル曲を歌い続けた。




