第56話 Scene:光「お前も素直になれよ」
もうヘロヘロだけど、颯に一目会いたくてコンビニに寄る。なんか、まだ学生のはずなのに、サラリーマン疲れみたいなものを感じる。慣れてきたパンツスーツにスニーカー。こんなのニューヨーカーのバリキャリみたいで恥ずかしいって思うけど、これ以上譲れない、ギリギリの線のオフィスカジュアル。
「いらっしゃま……」
(あのぉ、金髪くんさぁ、途中で挨拶やめるって、どうなのよ?)って思いながら、入店する。
「光、おつ」
「うん、おつ」
颯の顔をみるとホッとする。
「もうすぐ上がりだから一緒に帰るか?」
「うん」
颯んちに泊まりたい。でも着替えやメイクの事を考えると、自分の部屋の方が都合がいい。そんなことを見透かした颯に聞かれる。
「今日はどっちに帰る?」
迷っていると、金髪がからかってきた。
「うわぁ。いやらしい会話!お前んちと自分ち、どっちに帰るか迷うわけ?」
その通りだから何も言えない。
無視してメイク落としと洗顔フォームがセットになったトラベル用品を見に行く。
正直なところ気持ちは颯んちに傾いている。あ、下着も欲しいかも。そう思いながらも、金髪にレジ打ちしてもらうのが嫌で躊躇する。
「今日は送って行くから、自分ち帰れよ」
私服に着替えてきた颯に言われる。
「うん……」
決めきれなかった自分の優柔不断を呪いながら、金髪を睨みつける。八つ当たりでしかない……けど。
「前に言ったこと覚えてる?」
「……うん?」
「改めて言うけどさ、俺んちに越してこない?」
こんなに魅力的なオファーに、なぜ素直にイエスと言えないのか、私は私が面倒くさくてならない。
「何か問題ある?」
「……ない」
「じゃ、決まりでいい?」
「ちょっと待って」
何を待って欲しいのか自分でも分からないままに、口走っていた。
「やっぱり、問題?」
「……うーん」
「ま、そうだよな。同棲はそんなに簡単に決める事じゃないもんな。翼とかご両親に聞いてみてくれないか?俺は、4月以降、まじで家には居れそうにないから、光が使ってもらう分には一向に構わないから」
「ありがとう」
マンションの前まで颯に送ってもらった。
「おやすみ」と言って、軽くハグをする。
「おやすみ、光」と言って、颯がきつく抱きしめてくれる。
少し顔を離して、目と目が合って、チュッとキスをする。
これくらいカップルなら普通だよね。
望や翼にバレないよう、こっそり付き合ってきた私たちにはこういった経験が無くて、照れくさい。お互いに顔が真っ赤だと思う。
「なんか、盛り上がっちゃったな」
「そうだね、滅茶苦茶恥ずかしい」
「全部、望のせいだな」と颯が言った。
「いや、翼も相当だよ」と私が言った。
二人で笑う。あの人たちにあてられて、自分たちのペースが乱されている。だけど私はこれが嫌いじゃない。
「じゃ、またな」
「うん、おやすみ」
名残惜しいけど、家に帰る。
「お帰り」
翼が起きていた。
「ただいま。望は寝てるの?」
「ああ」
今日も撮影か。私はちょろっとやっただけだけど、あれは大変だ。もう、やりたくない。
「ケイコさんのドラマ、いつやるの?」
「まだ先、7月からの新ドラマ」
「へぇ、楽しみ。台詞あるんでしょ?」
「ああ、準主役ってところかな、結構大きな役だよ」
「すごくない?!」
「まあな」
なに、その翼のどや顔、ウケるんですけど……!
「望ってさ、この先もこの家で生活する感じ?」
ストレート過ぎたかな。
「たぶんな。邪魔か?」
ストレート過ぎる返しだな。
「そんなこと言ってないけど……」
翼がいじってたパソコンの手を止めて、私の話の続きを待っている。
「私の方が、邪魔じゃないかなって」
思いっきり明るく言ったつもりだけど、伝わったかな。
「ま、正直、お前なんて、さっさと颯のところに行っちゃえば良いのにって思ってるけどな」
「ひど……」
言葉とは裏腹に笑ってしまう。
「お前が自分で聞いたんだろ?」
「そうなんだけど……」
やば。笑いが止まんない。
「翼さ、ホント、変わったよね?」
「たぶん、こっちが本物だ」
「言い方!」
親指と人差指で「L字」を作って、顎の下に当てている。
「そんなのしたことないじゃん!」
やばい。涙出るほど笑える。
「ずっと本性を隠していた」
そう言って、親指と人差指で丸を作り、顔に当て、仮面のようにして見せる。
「ちょっと……やめて……どうしたの……?」
明日は絶対に腹筋が筋肉痛だ。
「どうもしないよ」
急に普通のテンションで話し出す翼。
「望に感化されたわけじゃないけどさ、自分に正直になろうって思っただけだ」
「そう」
「望が颯に告白するって言った時も、今は俺を好きだって言ってくれた時も、あいつが何を思ったか、俺たちの友情がお亡くなりになった宣言をした時もさ……このままじゃ嫌だ、俺は納得できないって思ったんだ。だから、俺は自分の欲望をもう隠すことはしない」
「いいね、それ」
「お前も素直になれよ」
翼がまた親指と人差指で「L字」を作り、顎の下に当てるポーズをした。
「結構、気分がいいもんだぜ」
「ありがと、親分」
私もそう言って、同じポーズをしてみた。




