第55話 Scene:翼「はい!歌えます!」
大学は春休みに入った。あとは卒業式に出席するだけだ。望が簿記の再試を受けたときは、ひょっとしたらと焦ったが、なんとか大丈夫だったようで一安心している。
「問2、大丈夫だったっぽい!きせきー!」
「ああ、よかったな」
「もう一生、減価償却費のこと考えたくないー」
「はは。それでいいんじゃないか」
光は研修、颯はバイトだ。光の入社日は、一応、卒業後と言うことになっているが、実質、本格的な業務が始まっているようだった。颯はコンビニに新しいバイトが来ないらしく、俺らと同じく今年卒業する金髪とシフトを埋めさせられているそうだ。
「ねー、卒業旅行とかしないのー?」
「お前は撮影で何気にスケジュール埋まってるし、あいつらも何だかんだ忙しそうだから、まとまった休みを合わせられないんだよな」
「遠くじゃなくてもいいからさぁ、みんなでどっか行きたいー」
「そうだな。考えておくよ」
これが最後になるかも知れない。俺たちは大人になる。今までのように好きな時に会って遊ぶなんて事は簡単ではなくなる。
今日は外でのロケだ。望と撮影現場の近くの駐車場で待機する。
「なんか食うか?」
「大丈夫ですわ」
ケイコさん役はゴールデンウィーク頃まで続く。その後の予定が入っていないのが、俺も望も不安でならない。
「そろそろ時間です。行きましょうか」
「はい」
ケイコさんを連れて現場に到着する。
離れたところから望の芝居を見る。望の集中力には驚かされる。いつもはあんな感じなのが想像できなくなるくらい、別人としか思えない。
「はい!オッケーです!」
「ありがとうございました!」
望が走って来る。
「少しお時間ありますので、また車でお待ちいただいて結構です」
スタッフさんに言われ、望と歩き出した。
「月岡君、花里さん」
プロデューサーさんに呼び止められる。
その手に持っているクリアファイルを見て、心臓が跳ね上がる。
「はい!」
望を置いて、プロデューサーさんに駆け寄った。
「これ、君が考えたの?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
何の確認何だろうか。
「このまま使って問題ない?」
「はい」
採用してもらえるのか?期待で鼓動が速まる。
「花里さん、歌えるの?」
いつの間にか隣に来ていた望に、プロデューサーさんの視線が注がれる。
「はい!歌えます!」
元気よく望が答えた。
「もう少し調整が必要だけど、次の次のクールになるかな……ドラマにするかもしれないけど、スケジュールは空いてるんだよね?」
「「はい!!」」
「また、声かけるよ」
「よろしくお願いします!」
望と無言でハグした。
「翼、何したのー?」
「企画書出してみた」
車中でコンビニのおにぎりを食べながら話す。
「どんな役?」
「路上アーティストからのデビュー、お前にピッタリだろ?」
ご飯を頬張ったまま、望が固まった。
「喉に詰まらすなよ。言いたいことは分かってっから。今はケイコさんに全集中しろ」
「あい」
口いっぱいにしながら、望が涙ぐんでるのが分かった。
待機の間、タブレットを使って過去の動画を編集する。
次に話ができる時までに、プロデューサーさんに望の歌唱力を紹介しておきたい。
助手席で眠っている望を起こす。が、こいつが起きることはまずない。
いつも通り寝たふりに騙されたふりをして、家までお姫様抱っこをしてやる。光が先に帰って来ていた。
「お帰り。ロケでの撮影大変だね」
光の声に反応して、望が跳び起きる。
「ちっともー、楽しいよー」
外はまだ寒いのに、季節の異なる薄着での撮影だ。望の体力は限界だろうと俺も思う。
「夕食当番代わっておいたよ」
「悪いな」
グラタンが鍋に入っていたので、皿に移し、チーズとパン粉をかけてオーブンで焼く。
望がシャワーを浴びている間に、光に相談する。
「卒業旅行とかどうだろう?一泊だけでも」
「いいかもね。でも、どこに?」
そこが問題だ。俺たちは一緒に旅行なんか行ったことが無い。
「颯に聞いてみてもらえないか?」
「もちろん。聞いてみるね」
ほくほくの望が上がって来た時には、グラタンも準備が出来ていた。
「翼がねー、望のこと売り込んでくれたんだよー、企画書作ってくれたー」
「へぇ、やるじゃん」
「その顔、なんかムカつく」
「ドラマにしてくれるかもなんだよねー?」
「あんま期待し過ぎるなよ、ぬか喜びになるかもだしな」
最短で、次々回の撮影と言っていた。つまり、およそ一年後って事だろ?
それまでにプロデューサーさんの気が変わったら、こんな話は吹き飛ばされてしまう。
飯を食い終わって、シャワーを浴びて、部屋でパソコン作業の続きをする。
望のライブ動画をあらかたまとめて、プロデューサーさんにメールで送っておく。
ノックノック
「どうぞ」
望かと思って期待したが、光だった。
「颯と話したんだけど、一泊は難しいかもって。どっか一緒に遊びに行くだけでも良くないか?ってさ」
「それもそうだな。俺たちらしくいくか」
「うん、だね」




