第52話 Scene:光「俺のこと考えてくれてたんだ」
数日後、田中さんと一緒に社長室に呼ばれた。
「月岡さん、正式な入社日は卒業してからという事になりますが、正社員として我が社にお招きしたいので、内定の授与式を行いたいと思います」
エッホンと、社長が咳払いをしたのを見て、田中さんが笑っている。
「ここね、新卒を採用したことが無くてね……ププッ……社長ったら、内定ってどうやって出すのか分からなくて、悩んでたの」
「!!!」
まさか私の為に、こんな事まで悩んでくださってたなんて。嬉しくて涙が出てきた。
「やだー!光ちゃん、泣くことないのに!社長がもったいぶってたから、光ちゃん心配だったんじゃない?」
「えっ!はっ!私のせいか!申し訳ない!」
「そうじゃないんです。嬉しくて。皆さん、親切で、私、ここで働きたかったから」
社長も涙ぐんでいた。
「そう言って貰えると社長冥利に尽きるよ。月岡さん、これからも頑張ってください」
表彰状のような内定通知をいただいた。
初めてもらうので、この形式が一般的なのかは分からなかった。
オフィスに戻ると、同じ部署の鈴木さんが田中さんに声をかけた。
「いいんですか?本当に?」
「鈴木さん、ここでは止めましょう」
田中さんが私を見た。嫌な予感しかしない。
「月岡さんにも知っててもらってもいいと思います」
「な、にを、ですか?」
声を絞り出した。
「販売店が一社、月岡さんを社員にするなら契約を切るって言って来てるの」
「鈴木さん!」
田中さんが大きな声を出して、私は肩がビクッと震えた。
「だって!田中さんが苦労して新規開拓したところじゃないですか!」
「あそこはいいのよ!もともとそんなに乗り気じゃないところに、私が半ば強引に……」
「それでもです!月岡さんのせいで、販売店を一つ失ったんですよ?」
「わ、私!頑張りますから!」
自分でもビックリするほど大きな声が出てしまった。
「失ってしまった販売店さんの代わりになるところ、頑張って探してきますから!田中さんや社長のご期待に沿えるよう、一生懸命働きますから!どうか……今回の件は……」
勢いよくしゃべり出したのに、最後は尻すぼみに声が小さく消えてゆく。
「それでいいの!」
田中さんに背中をドンっと叩かれる。
「あの販売店の売上より、光ちゃんがここで働いてくれる方が、会社にメリットがあるって判断したから、社長がそう決めたの!鈴木さん、月岡さん、これからは一緒に働く仲間だからね、気まずい雰囲気は無しでお願いね」
「「はい」」
「仲良くやってくれればそれでよし」
鈴木さんが緊張した面持ちで、私に話しかけてくれた。
「ちょっと、感情的になって、言い過ぎちゃったかも。ごめんなさい」
「いいえ。教えてくれてありがとうございました。私、本当に、頑張ります。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
田中さんの取ってきた契約を白紙に戻してしまった私に腹を立てるなんて、鈴木さんも田中さんが大好きな証拠だ。きっと仲良くできる。
『採用が決まった!』
皆に、メッセージで速報を送る。
『キャー!やったねー!おめでとー!』
『よかったな。がんばれ』
望と翼が返事をくれる。
既読はついているのに、颯からは返信がない。
『お祝いがしたいから、今日、会えないか?』
そう返信が来たのは、会社を出る寸前だった。
颯に指定された店に行く。スーツ姿で会ったことがなかったな、と思って、少し照れてしまう。
「みんなは?」
てっきり4人で集まると思っていたので、探してしまった。
「今日は、遠慮してもらったんだ。光と二人で話したくて」
「そっか」
すごく恥ずかしい。小さい頃からずっと一緒で、それが普通だったから緊張なんてしたことなかったのに……どうしよう。目が見れない。
「採用決まってよかったな」
「うん。私の採用と引き換えに、大事なお客さんを一社失ったの」
「は?ヤバくない?」
「そうなの。だから私、その分も取り返せるよう、頑張んなくちゃ」
静かなイタリアンレストランで、シェフのおススメコースと赤ワインをお願いした。
「期待されてるんだな」
「えへへ」
鞄から、もらったばかりの内定通知書を出して見せた。
「なにこれ!すげぇ!俺なんて、メールにPDFで『内定通知』って書いてあったのが添付されてただけだぜ?」
「そうなの?」
「そんなもんだと思うけど」
社長の心遣いに感謝した。
「ずっとね、颯に話したかったの。お客さんによく思われてないって知って、ショック受けた時とか、田中さんと営業回ってるときの出来事、いろいろ話したいなって、聞いて欲しいなって……」
「俺のこと考えてくれてたんだ」
「うん。考えてたって言うか、頭から離れなくて。翼や望じゃなくて、颯じゃないと駄目なんだ……」
「嬉しいんだけど」
はにかむ颯にゾクッとした。
「あのさ、私と付き合ってくれませんか?」
ワインを飲んでる颯の手が止まった。
「取り消せないぞ」
「取り消さない」
颯が静かにガッツポーズをした。




