第42話 Scene:颯「そうやって、尻に敷かれてろ、ご馳走様でした!」
就職先は決まったし、いつもの仲間とは気まずくなったし、コンビニのバイトで時間を潰す。
普段は授業のない午後から夜にかけて入ってたけど、深夜とか早朝とか、時間をずらして入れるだけシフトを入れてもらう。
「風間君、ありがとうね」
店長の奥さんに感謝される。
「ほら、もう一人のバイトの子は……ちょっとお店の雰囲気、変わっちゃうじゃない……?」
以前、望をナンパした金髪だ。翼を怒らせて以来、大人しくしている。
「いらっしゃいませ……林田先輩……」
「朝から居るなんて、珍しいね」
「はい。もう、授業も消化試合みたいなもんなんで。こんな早くに出社ですか?」
まだ、6時になってない。
「まあね、私が担当してるのアメリカの製品だから、朝早いの。ヨーロッパ組は夜遅いよ」
「そうなんですね」
サンドイッチと飲むヨーグルト、先輩の朝ご飯なんだろう。
「じゃ、お仕事頑張ってね」
「ありがとうございます。先輩こそ、お仕事頑張ってください」
グレーのパンツスーツにヒールの低いパンプスを履いて、コツコツと足音を立てて、先輩は出勤した。
まさか、コンビニで接客をしたのを「二人で会った」なんて言われないよな?望なら、そういうこと平気で言ってきそうだけど……そもそも、別れたんだから、あの約束も無効といえば無効か?彼氏じゃない俺が、誰といつ会おうが、彼女じゃない光には関係ないもんな。
朝の品出しは、考え事をするのに、最適な作業だった。
深夜から早朝のバイトを終え、そのまま学校に行く。
正直、会いたくないけど、そうもいかない。どんな顔して行けばいいのか分からないから、この疲れMAXで寝不足ハイテンションの方が、思いきれる。
「おはよ」
「はーやーてー、おはよー」
「双子は?」
「就職課行ってる。もうすぐ来ると思うよー」
「ふーん。お前、就職どうすんの?やっぱり、芸能関係?」
「そりゃあ、もちろんやりたいけどさー。就職とかそーいうんじゃないじゃん?業界的に?いつお仕事もらえるか分かんないから、フリーランスぽいって言うのかなー」
なるほど。こいつなりに考えてるんだな。
「光は何やってんの?」
「自分で聞けばー?」
「じゃぁ、いいよ」
そう言えば、光が望に話していたのを何となく聞いてただけで、光がどんな仕事をしたいのかちゃんと聞いた事が無かった。俺の話を聞いてもらいたいと思うばかりで、光の話を聞こうとして無かったんだな。また一つ、反省点が増えた。
「あ、おかえりー」
「おはよう、颯」
「ああ、おはよう」
本当は顔を見るのも辛いけど、俺ばっかり凹んでるのもダサいからやせ我慢する。
「今朝、林下先輩がコンビニに来たけど、別に会ってたわけじゃねぇから」
腹いせにぶちまける。
「あー、颯ってばぁ、意地悪なこと言ってるー」
俺から見れば、お前らの方が意地悪なんだよ。
「朝からバイト入れたの?」
「ああ」
光と一緒に登校しないんだから、別に構わないよな。
「体壊さないように、気を付けてね」
「ああ」
「光ってば、優しー」
ホントな、光ってば優しい。振った男に優しい言葉をかけてくる、優しくて悪い女だ。
息苦しい。思ってることと、口から吐く言葉が全くリンクしていない、この感じが、息苦しくてたまらない。早く帰って寝たい。
「授業が終わったら、ちょっと付き合ってくんない?」
珍しく翼が誘ってきた。
「悪いけど、昨日寝てないから、帰って寝るわ」
「少しだから」
こんな女子ばっかの人だかり、マジで勘弁してくれよ。
「なんだよ、お前ひとりで来いよ」
チョコレートの甘ったるい匂いと、St. Valentine's Dayという看板が至るところに掛かってる。こんなピンクと赤の花柄な空間に、俺は耐えられる気がしない。
「俺たちで買わなきゃなんないんだよ」
「はあ?」
「望に頼まれてんだよ」
「勝手にやってろ!」
翼は俺の腕をしっかりとホールドして離してくれない。
「ぷっ!お、ま!」
よく見ると、翼の顔は真っ赤で、額から汗を流している。
「恥ずかしいの?」
「当たり前だろ!」
「だからって俺を道連れにすんなよ」
どうやらお目当ての店があったようで、いろんな店が集まったイベントスペースの、長い行列に並ぶ。周囲の女子たちにジロジロ見られる。
「俺行くわ」
「だから!俺たち、二人で買って来いって言われてんの!」
「望にだろ?そうやって尻に敷かれてろ、ご馳走様でした!」
くっそ、力強ぇな。振りほどける気がしない。
「光にも」
「え?」
「光からも頼まれてる」
「俺に買えって?」
「そういう事」
もう逃げないという意思表示で、両手を挙げた。翼の力が抜けた。
「分かってんだろ?光だって、お前の事が嫌いになったわけじゃないんだ。ただ、一人で考える時間が必要だってだけだろ?」
「それが……たぶん、俺、よく分かってないんだ。何で一緒に居たら駄目なんだよ、って光のことが不思議でならないんだ。こんなのって変じゃないか?俺がおかしいのか?」
翼は困った顔をしただけで、俺の問いには答えてくれなかった。
それから、スマホの写真とショーケースを見比べながら、間違えないように慎重にお姫様たちが所望するチョコレートを買った。まさか、こんな小さい箱なのに7千円もするなんて。俺らの姫様たちは我儘で贅沢が過ぎるぜ。




