第38話 Scene:颯「ほら、これで大丈夫でしょ?」
望に相談しても意味ないかもと思いつつ、他に相談できる人がいない。
「光が一人暮らししたいって言ってるんだけど、どう思う?」
「いーと思うー」
だよな。こいつの返事は大体分かってんだよ。
「給料、勿体ないって思わないか?」
「うーん、思うー」
「だろ?俺の家に住んだらいいと思わないか?」
「うーん。どうだろ、なんでー?」
何でって、だから金の無駄だって……
「颯は、光の一人暮らし反対なのー?」
「大反対だ」
「そっかぁー」
なんか文句あっか?
「心配してるのー?光が浮気しないかとかー?」
「そういうわけじゃ……」
双子がまだ来ない教室で席を確保しつつ、俺たちの雑談は続く。
「無いと言いたいが、ぶちゃけある。浮気は心配してないけど、隙ができたら光が狙われかねない、だろ?」
「うーん……」
なにを悩むことがあるんだ?
「お互い様じゃなーい?」
「まさか、お前からそんな大人な発言が出ると思わなかったわ!」
「光のことあんまり自分のものって思わない方がいーよ。窮屈だと逃げられちゃうかもよー?」
「ま、まじか……」
翼が来た。
「光は?」
「電話してる。仕事先のスケジュールじゃないか」
「光からなんか聞いた?」
「なんかって?」
「一人暮らししたいんだってー。颯、どーよーしてるんだー」
「ああ、そんなこと言ってたな」
翼にまで言って……本気なのか。望の言う通り、束縛してるって思われると嫌がられそうだから、その辺は要注意だな。
「やっば。授業間に合って良かった」
息を切らした光が来た。俺の隣に自然と座る。
「研修いつから?」
「とりあえず、明日一回行くことになった」
「急だな」
「まあね」
嬉しそうに話す光に水を差すようなことは言いたくない。気を付けよう。
「よかったねー。田中さんにお仕事教わるのー?」
「そうなの!あの人、優しくてかっこいいよね」
「分かるー」
聞き捨てならない。すごい剣幕だったのだろう、振り返った俺に翼が半笑いで教えてくれた。
「田中さんは女性だよ」
「あ、そなの」
俺、だっさ……
「心配?」
光がきょとんとした顔で見てる。
「まあ、少し」
「じゃ、安心させてあげなきゃね」
そう言って俺の手を握ってくれた。教室でこんなこと初めてで動揺する。
「いーなー、らぶらぶー」
そう言って、望が翼の手を握った。なんとなく翼はこういうの嫌がるのかなと思っていたが、予想に反し望の手を握り返していた。
「心配なんていらないからね」
「あ、うん」
授業が始まり、俺は握った手を放さないままノートと教科書を出した。
望と翼が羨ましい。あいつらは利き腕じゃない方の手を繋いだまま、ノートを取ってやがる。俺の右手は……放したくないから、左手でペンを持った。
「笑うなよ」
顔が赤くなっていくのを感じながら、俺の事を笑ってる光を睨む。
「だって……」
光はペンケースから、赤いペンを取り出すと、俺の右手にキスマークを書いた。
「ほら、これで大丈夫でしょ?」
気に入ったからこれで許すことにして、しぶしぶ右手を放した。
「サンキュ」
講義が終わり、バイトまで光と部屋でのんびりいちゃいちゃできるのかと思っていたら、当てが外れた。
「望、この後、買い物付き合ってくれない?」
「いーよー、なに買うのー?」
「スニーカー。田中さんに動きやすい靴履いてきてって言われたんだけど……」
「光、パンプスしか持ってないもんねー」
「俺も行こうか?」
別に付いて行っても問題はないだろ?彼氏なんだし。
「バイトあるでしょ?」
「あるけど、ちょっとだけでもさ……」
「あー、颯ってば、望に嫉妬してるー」
「してねえよ」
「かわいー」
「うるせえ」
翼にも「しょうもな」って顔されて、情けなくなる。いいよ、俺は翼と帰るから……と、思ってたのに、翼も用があると言って、またしても当てが外れた。
「今日はついてるんだかついてないんだか、分かんない日だな」
家の前の自販でコーヒー買ってたら、声を掛けられた。
「風間君、お疲れさま」
「あ、先輩、お疲れさまです」
春から会社の先輩になる、そして大学のOGでもある林下由香先輩だ。
「平日のこんな時間にどうしたんですか?」
「今日、有休取ってて、ちょっと散歩」
「そうなんですね」
先日、二人で会って光に嫌な想いをさせてしまったんだ。またこの場を見られるのはマズイ。
「俺、この後バイトあるんですけど、よかったら、ファミレスでも行きませんか?会社の話の続き、聞かせてもらえると助かります」
「うん、いいよ」
この前はスーツ姿だったけど、今日はラフなセーターにブルージーンズか。昨年までのキャンパスにいた先輩の姿はさっぱり記憶にない。
「月岡さんと付き合ってるの?」
「あ、はい」
「ずっと?」
「はい。実は大学入ってからずっとです」
「知らなかった」
「言ってなかったんで」
ファミレスでドリンクバーとドリアを頼んだ。バイトの前に少し腹に入れておきたかった。
「それ、かわいいね」
光が書いたキスマーク。
「ああ、ちょっとふざけちゃって……」
「仲いいんだね」
「ええ、まあ」
じっと見られて緊張する。
「あの……」
「私、ずっと風間君のこといいなって思ってたんだけど、気が付かなかった?」
「なっ!」
全く気が付かなかった。
「いいの、別に。付き合って欲しいとか言うつもりじゃないから。ちょっとくらい、気にかけてもらえたらなって……なんか、ごめん、ね」




