第37話 Scene:颯「今日は、そっちに泊まっていい?」
嬉しそうに研修の話をする光を見て、違和感を感じる。なぜかと言うと、望にばかり向いているから。なんで俺じゃないの?
「やったねー!よかったねー!」
「望のアドバイスのお陰だよ、私さ、柄にもなく頑張って食い下がっちゃって……」
「それくらいやった方がいーんだよー!光の気持ちが伝わったんだねー!」
「そうそう、そんな気がした!」
俺が必死に就職先の情報収集しようとして、家に先輩を呼んだときは「女連れ込んだ」みたいに責めたくせに。それは、俺の気持ちが伝わったことにはならないのか?冷ややかに見てたら、望と目が合った。
「はーやーてー、なんかいーなよー」
「研修でドジったら、その話は無かったことになるんだろ?お試し期間は内定とは違うから、ぬか喜びはしない方がいいんじゃない?」
「なんでそんな、イジワル言うのー?」
「別に意地悪じゃ……」
言ってるか。
「ごめん」
「私が期待し過ぎないようにって気を遣ってくれてるんだよね、ありがと」
さすが光だ。
「言い過ぎたけど……応援してるから、採用決まるといいな」
「うん、ありがと。今日は、そっちに泊まっていい?」
「いいに決まってる」
やった。二人きりで話す時間が確保できて嬉しい。
俺も、春から勤める会社の事とか、光に話したい事がたくさんある。
「じゃ、行こっか」
「翼に会って行かないのー?」
買い物からなかなか帰ってこない翼とは会えず仕舞いになる。
「一応メールしとくけど、今の話、望からもしてもらってもいい?」
「いーよー、翼に言っとくねー」
光と手を繋いで歩く。これはもう、俺にはごく自然なことで、どうしてこの手を離してしまったのか、過去を悔やんでも仕方がないが、これからは決してそんな事はしないと固く誓っている。
「この前は、嫌な思いさせてごめんな」
まさか、これっぽっちもなんとも思ってない先輩に話を聞いただけで、光があんなに動揺するとは思いもよらなかったんだ。
「私も、急に部屋飛び出してごめんね。疑ったりはしてなかったんだけど、なんか嫌だったの、他の女性と二人きりになるなんて……」
「そうだよな。もうしないよ」
「ありがと」
もう絶対にしない。でもこんなにも光が嫉妬してくれたなんて、実は少し嬉しかった。
「就活は一旦、休むの?」
「うん、私、どこでもいいから就職したいってわけでも無いみたい。今のとこダメなら、次も慎重に探すことにする」
光らしいと思った。さらっとしているように見えるけど、意外とこだわりはある方なんだろうな。
一緒に帰ってきた家で「ただいま」と光が言ったので、「お帰り」と答えた。
もう隠す必要がなくなった日用品が目に飛び込んでくる。
光のスリッパ、増えてきた部屋着や洋服……洗面所のくし、ハブラシ、風呂場のシャンプー、ほぼ同棲と言える。
「俺の就職先さ、研修が厳しいらしくて、地方に数カ月とか行ったっきりになったりするんだ。それから戻っても、すぐに海外出張とかあるらしい」
「うわっ、大変!」
「商社だからな、どこのどんな製品を担当するのか決まるまで、そんな感じらしい。研修期間は最低でも半年だってさ」
「そっか。頑張ってね」
光と並んで座る。手の届く距離にいる光が、なんとなく遠い存在に感じる。
「あっちに望がいて、居づらかったら、俺の不在中でもここ使っていいからな」
「ありがとう」
喉まで出かかる「結婚しないか?」を必死に飲み込む。
まだ早いのは分かってる。なんの準備もできていない。心の方も含めて……
「私も仕事決まったら、一人暮らししてみようかな」
「え!なんで?」
「何でって……自立したいって、普通に思うことじゃない?」
「そうだけど」
必要ないだろ?俺がいるのに、何でわざわざ離れて暮らす必要があるんだよ。
「給料安いんだろ?家賃が無駄じゃないか?」
「でも、一人暮らししてみたいじゃん?憧れるって言うか」
「翼と二人でやってきたんだろ?ほぼ、自立してるようなもんじゃん」
「だから今度こそ、完全に一人で自立してみたいな」
俺が要らないって言われてるみたいで傷つく。
「会社の近くに住めば、通勤時間減らせるし、早く仕事覚えられるかも」
「俺と会う時間は?」
「だって、研修や出張でいないんでしょ?忙しくてどうせ会えないんじゃない?」
そうだけど……ここで、俺の帰りを待っててくれてもいいんじゃないか?
「さ、もうシャワー浴びて寝よ?」
光は俺の返事を待たずに、行ってしまった。
ベッドは一つしかない、この家にいる限りは一緒でいられる。
卒業までに光が考えを改めてくれないか、俺が居ないと生きてけないって気づくよう頑張るしかない。




