第35話 Scene:光「翼が女とキスしたー」
泣きじゃくる望を抱っこして、翼が帰ってきた。
「なにしたの!」
思わず叫ぶ。
「ふぇーん、怒んないでぇ、翼、悪くないからぁ、ふえーん」
「あ、そなの?ごめん、つい……」
翼に謝る。
「いいよ。俺が悪いんだよ」
「なにがあったの?」
リビングのソファに座らせて、二人にお茶を持って行く。
落ち着いてきた望の背中を撫でる。
「大丈夫?」
「うん」
お茶を手に取った望が「オレンジジュースがいい」と言ったので、翼が「俺が」と言って、キッチンに取りに行った。
「どうしたの?」
「翼が女とキスしたー」
「へ?」
思わず兄を見る。
「だから、話を端折り過ぎだって。現場でセリフ貰って、出ないかって言われたんだよ。一言だけど。その前にキスシーンがあるなんて書いてなかったから知らなくて」
「そういうこと」
望はそれを見ていたわけか。
「翼もわざとじゃないしね?許してあげて?」
「違うのー」
ああ、ああ、また泣き出しちゃった。
「なにが違うの?」
「す、好きなひとがぁ、め、目の前でぇ、キ、キス、するのぉ、見るの、こ、んな、つ辛いって思ってなくえぇー、えーん、ふぇーん」
翼がオレンジジュース持って、走ってきた。
「え?俺がキスしたのが嫌で泣いてるんじゃないのか?」
「い、嫌だけどー。それは、嫌なんだけどー。の、望がキスしたの、ま、えに、翼、み、見てたからぁー、ごめーん」
あ、翼の痛みを思い知って、自分の胸を痛めてるわけね。望らしい。
「そっか、そっか」
翼に抱っこされて泣いてる望の頭を撫でてやる。
こりゃ、たまらんね。翼は今、望への愛情で胸がいっぱいになってるに違いない。
「俺もあの時は辛かったけど、あのお陰で望とキスできたからな」
「うん、でもぉ」
さすがに身内のこんな話はこっぱずかしいから、退散しようかな。
「私、颯と約束あるから、失礼するね」
「送って行くか?」
私の気遣いに、気を遣わんでよろしい。
「いらない」
一目散に家を出た。
もう夜だけど、颯の家まで徒歩で行く。
今日はバイトって言ってたから、一人で部屋で待たせてもらおうと思う。
「ん?明かりつけっぱ?」
鍵を挿す前に一応ドアノブを回す。
「開いてる?」
ゆっくりとドアを開ける。女性のパンプス……
「え?誰?」
「ひ、光?」
颯が立ち上がってこっちに来る。
体が咄嗟に走って逃げる。
「勘違いすんな!」
颯に腕を捕まれる。
「先輩なんだ、俺の内定貰ってる会社のいっこ上の」
「だとしても、二人で部屋にいる意味わかんない!それに、今日はバイトって嘘……」
「嘘じゃない!バイト行ったけど、暇で、金髪一人でいいって事になって、帰ってきた!」
そんな、都合のいい話ある?どうしよう、信じられない。
「たまたま帰りに先輩に会って、部署のこととか話を聞いてただけだ!」
「でも……」
「信じられないのかよ?」
「だって……」
「俺が嘘ついてると思ってるのか?」
「それは……」
「ショックだよ」
ショックを受けたのは私の方なのに、颯は何でこんなことを言うの?
「とりあえず、部屋戻るわ。先輩、呼び止めたの俺だし」
颯は行ってしまった。
とぼとぼと公園に向かう。家には帰れないし、颯の家に行く勇気もない。
昔、みんなでよく遊んだ公園。今でも、たまにベンチでジュースを飲んだりするけど、今日はブランコに座る。
本能では分かっている。颯があの先輩と何かあるはずがないって。
だけど家に招き入れるという行為自体が、裏切りに思えてならなかった。
喧嘩はしたくないし、仲直りができるならしたいけど、私から謝るのは嫌だな。
さっき見た、望の綺麗な涙を思い出して、自分が汚れてるって感じる。
相手の痛みを思って泣いた親友、最愛の彼の行動を信じ切れずに責める私。
「はあぁ~」
深いため息が出る。
「いたー!」
望の声がした。
望はいつも一生懸命走っていて、一見早そうに見えるんだけど、実はすごく足が遅い。
「見ぃつけたー!」
「探してくれたの?」
「颯がねぇ、大慌てで電話してきてねぇ、一緒に光のこと探してくれってー」
「お騒がせしてゴメンね」
「どうしたのー?」
望が隣のブランコに座る。
「颯の部屋に女がいた」
「さいてっー!」
端折って話すと、なんかスッキリするね。ちょっと笑ってしまった。
「誤解なのは分かってるの」
「そなのー?」
「だけど、許せなくって」
「あるあるー」
「私は謝りたくないの」
「なら、謝んなくていー!」
「「ははは」」
望がブランコを大きく漕ぐ。私もつられて大きく漕いだ。
「なんか楽しー!」
「久しぶりだもんね」
「ブランコじゃなーい!光と恋バナしてるって、なんか楽しー!」
「ほんとだね」
颯の話を避けて来たから、こんなこと言ったことなかったね。
「望、今までごめんね」
「いーよー、これから、いっぱい話してくれたらそれでいー」
「うん。これからは全部、ちゃんと話すからね」




