第15話 Scene:光「あのね、あのね……」
「お前さ、酒強くないんだから、気を付けろよ」
「はい」
「俺が居なかったら、何されてたか分かんないんだぞ」
「はい」
うるさいな、なんて言ったら殴られそう。
「いつも近くに居られるとは限らないんだから、ちゃんと自分で気を付けろよ」
「はい」
「本当に、分かってんのか?」
「はい」
もう、何時間も同じこと言われてる。
いい加減、私だって分かってるから、早く終わって欲しい。
「それじゃ、車出すぞ」
「はい、お願いします」
テレビドラマともなると、さすがに関わるスタッフさんの数がケタ違いだ。
「月岡光さん入られまーす」
大きな声で紹介され、拍手で迎えられた。
もちろん主役なんかじゃない。
ヒロインの妹役で、セリフは少しあるけど、そんなに出番は多くない。
「よろしくお願いします」
一礼して控室に行く。
「それじゃ、ここから撮りますんで、準備の方、お願いします」
首にいっぱいストラップを下げている人に言われ、確認する。
「え……ここから?」
「だってさ。何か問題?」
「ページ順に撮るんじゃないんだね」
いきなりキスシーンからとは思ってなくて、面食らう。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
そうは言ったけど、大丈夫じゃなくなってきた。
さっき挨拶した、見たことあるような無いような俳優さんと、いきなりキス……無理くない?なんだか気分が悪くなってきた。
「翼、悪いんだけど、炭酸水買ってきてくれない?味のないやつ」
「いいよ」
控室の椅子に座り両手で顔を覆う。
台本のシーンが頭から離れない。
今更断れないのは分かってるけど、どうしても嫌だな。
『今、どこにいる?少し会えない?』
思わず手に取ったスマホで、颯にメッセージを送っていた。
翼が早めに連れて来てくれたから、まだ時間はある。
『会いに行くよ、どこ?』
ここと家は車で1時間、電車だと上手くいけば40分。
『俺はちなみに、ショッピングモールに買い物に来てる』
やった!近いじゃん!
『分かり易いところにいて!私が行く!』
その方が早いから、急いで靴を履いて走り出す。
翼には途中でメッセージを送ればいいか。
「颯!」
走りながら飛びついた。
「光、どうしたんだよ」
「あのね、あのね……」
キスシーンが嫌になった、だなんて言えない。
「仕事で近くに来てたんだけど」
「翼は?」
「いるよ」
「行かなくていいの?」
行かなきゃならないんだけど、行きたくないの。どうしたらいい?
「光?」
「どうしよう……私……」
「ちょっと、座ろうか?」
手を引っ張られて、行き交う人をすり抜けた。
色とりどりの造花が並ぶ花壇の縁石に腰を下ろす。
「行きたくないの?」
黙ってうなずいた。
「じゃ、行くなよ」
心が揺らぐよ。
翼から電話が来た。
「出たくないの?」
頷く。
「じゃ、出るなよ」
どうしよう。どうしよう。
「気にすんなって、ちょっとこっち」
颯が手を引っ張って、コーヒーショップに連れて行ってくれる。
「何にする?カフェラテでいい?」
頷く。
「いいのかな……」
「光が行かないと、誰か死ぬの?」
「え?死なないよ」
「じゃ、いいんだよ」
「そう、か、な?」
「そうだよ」
「翼が困るかも」
「困るだけだろ?あいつなら何とかするよ」
ごめん、翼、この償いはいつか必ず……
「ほら、行こうよ」
颯が手を出す。私がその手を取ると、颯は大きく手を振って歩いた。
「すごい荷物だね」
「フラれてヤケになって、爆買いしてストレス発散してたんだ」
「ごめん」
「いいよ。今日ここにいたから、光に会えた気がする」
「ありがと」
「そもそもフラれなければ、こんな買い物しなくて済んだのか……あれ?俺って幸せなの?不幸なの?」
そんなこと真面目な顔で聞かないでよ。
「ふふ、どっちなんだろうね、私にも分かんないよ」
「だよな。だけど、これからは幸せでいいんだよな?光、戻ってきてくれたんだろ?」
「違う。颯とは付き合えない……」
「なんでっ?!」
一度、離してしまった颯の手を、私は後悔していた。
今再び、こうして図々しく戻った私に、颯は手を差し伸べてくれている。
「まだ、心の整理がついてないし……望に償わないといけない」
「よく分かんないけど、俺って、今、光のなに?」
「好きな人」
「でも、彼氏じゃない」
「うん。彼氏じゃない」
握った手を、更にぎゅっと握られる。
「分かった、また光の彼氏にしてくれるまで待つ」
「本当?」
颯にキスしたい。
「本当。約束する」
真っ直ぐ前を見たまま言った颯から覚悟を感じた。
キスしたいなんて思ってしまった自分が恥ずかしくなった。
「ありがとう」
「もう一度、確認するけど、光は俺のことが好きなんだよな?」
「うん。大好きだよ」
「また彼氏になれるんだよな?」
「うん。いつかは言えないけど、その時、まだ颯が私のことを好きでいてくれたら、私も颯と付き合いたい」
「約束な」
「うん、約束」
望には本当に申し訳ないと思ってる。
だけど、もう颯と離れたくない。
約束する。今度こそ、望が気持ちを伝えるまで、私は抜け駆けしない。
今はこれ以上の幸せは求めないから、颯の近くにいることをどうか許してくれないかな。




