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第9話 「学園の英雄になった翌日、伝説の魔獣(ケモミミ幼女)が私のベッドで寝ていた件」


 学園防衛戦という名の「クッキング・バトル」から一夜明けた、翌朝。

 私は、学園中の「空気」が変わったことを肌で感じていた。


 登校中の廊下。

 いつもなら、遠巻きにヒソヒソと噂話をされていたはずが、今日は違った。


「あ……! ローゼンバーグ様だ……!」

「おはようございます! 昨日はありがとうございました!」

「あの方よ……包丁一本で数百の魔物を捌いた『戦場の料理人バトル・シェフ』は……」

「なんて気高く、美しいお姿なんだ……」


 視線が熱い。

 恐怖や侮蔑ではない。純度100%の「尊敬」と「憧れ」、そして若干の「信仰」が混じった熱視線だ。

 男子生徒は顔を赤らめて敬礼し、女子生徒はうっとりとした目で溜息をつく。


(……やばい。目立ちたくないのに、完全に英雄扱いされてる)


 私は心の中で頭を抱えた。

 昨日の私の行動――「敵を食材と見なして解体ショーを行った」という狂気じみた戦法は、どうやら生徒たちのフィルターを通して**「生徒を守るために修羅となった慈愛の令嬢」**という美談に書き換えられているらしい。


「お姉さまっ!」


 背後から、元気な声。

 振り返ると、ルミアがパタパタと駆け寄ってきた。

 今日も今日とて、ショートカットの赤髪がサラサラと揺れ、大きな瞳はキラキラと輝いている。


「おはようございます! 今日もいいお天気ですね! あ、カバン持ちます!」


「おはよう、ルミア。……カバンくらい自分で持つわよ」


「ダメです! 私はお姉さまの剣であり、盾であり、カバン持ちなんです! ……それに、少しでもお姉さまの持ち物に触れていたいんです(小声)」


 ルミアは強引に私のカバンを奪うと、それを抱きしめてスーハースーハーと深呼吸をした。

 ……うん、今日も通常運転だね。

 元勇者の威厳はどこへやら、完全に「忠犬」としての地位を確立している。


「おい、ルミア。抜け駆けはズルいぞ」


 反対側から現れたのは、ノアだ。

 今日も眼帯を装着し、制服の上に黒いマント(校則違反ギリギリ)を羽織っている。


「コーデリアよ。……昨日の戦い、見事であった。我が『深淵の記憶』にある神話の戦いを彷彿とさせたぞ」


「……ありがとう、ノアちゃん。そのマント、先生に怒られない?」


「フッ……このマントは我が魔力を抑制するための拘束具……外せば世界が闇に包まれるゆえ……(意訳:先生に注意されたけど、『寒がりなんです』と言って誤魔化した)」


 ノアはニヤリと笑うと、ポケットから何かを取り出した。


「これを受け取れ。……昨日の礼だ」


 彼女が差し出したのは、小さな包み紙に入ったキャンディだった。

 高級品ではない、売店で売っている安い飴玉。


「……我の小遣いでは、これくらいしか買えなかったが……毒見は済ませてある」


 顔を赤くしてそっぽを向くノア。

 可愛い。

 教団のスパイ(疑惑)とは思えないほどの純粋さだ。


「ありがとう。大切に食べるわ」


 私が微笑むと、ノアは「ふ、ふん!」と鼻を鳴らしたが、その口元は緩んでいた。


 ルミアとノア。

 光と闇の美少女二人に挟まれて、私は教室へと向かう。

 平和だ。

 昨日の激闘が嘘のような、穏やかな学園生活。


 ――しかし、私は忘れていなかった。

 昨日の夜、アリスが言っていた言葉を。


 『林間学校……そこが運命の分岐点フラグよ』


 その言葉の意味を確かめるため、私は放課後、生徒会室へと向かうことになっていた。



 放課後の生徒会室。

 夕焼けが赤く染める部屋には、私とアリスの二人だけがいた。

 (ルミアとノアは「大事な話があるから」と言って、廊下で待機してもらっている。ルナは「紅茶の準備」と言って給湯室に消えたが、たぶん盗聴している)


「……来てくれたのね、コーデリア」


 アリスは執務机の椅子に深く腰掛け、疲れたような表情で私を迎えた。

 机の上には、昨日の戦闘の報告書や、被害状況をまとめた書類が山積みになっている。

 彼女の目の下には、うっすらとクマができていた。


「お疲れ様、生徒会長。……昨日の後始末、大変だったんでしょう?」


「ええ。……学園側には『地下に封印されていた魔物が一時的に暴走した』と説明しておいたわ。教団の存在は、まだ公にはできないから」


 アリスはふぅ、と息を吐き、立ち上がって窓際に歩み寄った。

 逆光に照らされた彼女の横顔は、儚げで、どこか悲しげだった。


「コーデリア。……貴女に、話しておかなければならないことがあるわ」


 彼女が振り返る。

 その青い瞳は、真っ直ぐに私を射抜いていた。


「私が知っている『未来』のこと。……そして、これから訪れる『林間学校』で何が起きるのかを」


 私は息を飲んだ。

 ついに、核心に触れる時が来た。


「……貴女は、時間を繰り返しているのね?」


 私が問うと、アリスは静かに頷いた。


「ええ。……これが何度目かは、もう数えていないけれど。……私は、貴女が死ぬ未来を回避するために、この『ウロボロスの指輪』を使って時間を巻き戻している」


 衝撃の事実。

 やっぱりそうだったんだ。

 でも、なぜ?原作では敵対していたはずの私を、なぜそこまでして?


「……どうして?私は悪役令嬢よ?貴女の恋路を邪魔する存在よ?」


「……フフッ」


 アリスは寂しそうに笑った。


「そうね。……『最初』はそうだった。私は貴女を憎み、貴女を断罪し、そして……貴女を殺した」


 アリスの声が震える。


「でも、貴女を殺した後……世界は滅んだの。魔王が復活し、全てが無に帰した。……勇者ジークも、私も、誰も世界を救えなかった」


「……え?」


「何度も繰り返したわ。……貴女を牢屋に入れたり、追放したり、あるいは無視したり。……でも、結果は同じ。コーデリア、貴女がいなくなった世界は、必ず『バッドエンド』に直行するの」


 アリスは一歩、私に近づいた。


「そして気づいたの。……この世界の『特異点』は、勇者じゃない。……悪役令嬢である貴女こそが、世界を繋ぎ止める『カナメ』なんだって」


 鳥肌が立った。

 私が、世界の要?

 ただのモブになりたい陰キャ女子高生が?


「それに……」


 アリスは頬を染め、視線を逸らした。


「……何百回も貴女を見ているうちに……気づいてしまったの。貴女が、本当は不器用で、優しくて、誰よりも繊細な心の持ち主だってことに。……私が貴女を殺した時の、あの悲しそうな顔が……忘れられなくて……」


 アリスの手が、私の手に触れる。

 その手は冷たく、小刻みに震えていた。


「私は……もう二度と、貴女を失いたくない。……世界のためじゃない。私自身のために、貴女を生かしたいの」


 激重だ。

 想像以上に、アリスの愛(執着)は深かった。

 数百回のループ。その全ての記憶を背負って、彼女は一人で戦っていたんだ。


 私はアリスの手を、ギュッと握り返した。


「……わかったわ。信じる。……で、その『林間学校』で、私はどうやって死ぬの?」


 単刀直入に聞くと、アリスは少し驚いた顔をして、それから真剣な表情に戻った。


「……『精霊の森』での儀式よ」


 アリスは語り始めた。


 来週行われる林間学校。

 その舞台となる「精霊の森」には、古くから封印されている『大災厄の魔獣』が眠っている。

 教団は、林間学校のキャンプファイアーの夜、生徒たちの魔力を利用してその封印を解くつもりだ。


「これまでのループでは……その魔獣の攻撃から、貴女はルミア(当時はジーク)を庇って……食べられてしまうの」


「食べられる!?」


 物理的に!?

 芸術的な死に様にも程がある!


「ええ。……貴女の『全属性の魔力』は、魔獣にとって極上の餌なのよ。……だから、今回の林間学校では、絶対に私から離れないで。トイレもお風呂も寝る時も、ずっと一緒よ」


「それはちょっと困るかな……」


「命とプライバシー、どっちが大事なの!?」


 アリスが涙目で叫ぶ。

 必死だ。彼女は本気で私を守ろうとしてくれている。


「……わかった。気をつけるわ。……でも、一つだけ確認させて」


「なに?」


「今回の私は、前のループまでの私とは……『違う』んでしょ?」


 アリスはハッとして、私を見た。


「……そうね。貴女は変わった。……料理で魔物を殲滅するなんて、前代未聞よ」


 アリスは少しだけ笑った。


「今の貴女なら……運命を変えられるかもしれない。……いえ、変えてみせるわ。私たち(ハーレム)全員で」


 私たちは視線を交わし、静かに頷き合った。

 共犯関係の成立だ。

 打倒・教団。回避・死亡フラグ。

 そして目指せ、平和なタピオカライフ。


 ――しかし、私たちはまだ知らなかった。

 運命の分岐点は、林間学校を待たずに、今夜、私の部屋に訪れようとしていることを。



 その夜。

 私は女子寮の自室で、疲れ果ててベッドにダイブした。


「……ふぅ。疲れた」


 今日も一日、濃かった。

 英雄扱いされ、アリスから激重な告白(ループの真実)を聞かされ、脳みそがパンクしそうだ。


 ルナには「今日は一人で寝たいから」と言って、警備を遠慮してもらった。

 久しぶりの、完全な一人時間。


「……寝よう」


 私は電気を消し、羽毛布団に潜り込んだ。

 ふかふかの布団。温かいシーツ。

 最高だ。これぞ至福。


 ……ん?

 なんか、布団の中が、熱い?


 それに、何か「モフモフしたもの」が足に当たる。

 抱き枕なんて入れてたっけ?


 ゴソゴソ。

 布団の中で、何かが動いた。


「……え?」


 私は飛び起きて、布団をバッとめくった。

 月明かりが、ベッドの上を照らす。


 そこにいたのは――


「……むにゃ……もっと……肉……」


 一人の少女だった。

 年齢は10歳くらいだろうか。

 ボサボサの銀髪に、褐色の肌。

 着ているのは、ボロボロの布切れ一枚だけ。


 そして何より特徴的なのは、頭に生えた「犬耳ケモミミ」と、お尻から伸びたフサフサの「尻尾」。


「……え、誰?」


 私は思考停止した。

 不審者?迷子?コスプレイヤー?

 いや、あの耳と尻尾は本物っぽい。ピクピク動いてるし。


 少女は私の気配に気づいたのか、パチリと目を覚ました。

 その瞳は、暗闇で金色に光っていた。

 獣の目だ。


「……ん?お前、誰だ?」


 少女はあくびをしながら、四つん這いで起き上がった。

 その仕草は、完全に犬か狼そのものだ。


「ここは私の部屋よ。貴女こそ誰?どうやって入ったの?」


 ここは3階だぞ。窓から入ったのか?


 少女は鼻をヒクヒクと動かし、私の匂いを嗅ぎ始めた。

 くんくん。くんくん。


「……お前、いい匂いがするな」


「え?」


「昨日の……『極上の肉』の匂いだ。……あの匂いに釣られて、封印から出てきてしまったぞ」


 極上の肉。

 昨日のクッキング・バトルで作った(解体した)魔物のことか?

 まさか、あの料理(?)の匂いで目覚めたの?


「我は『フェンリル』。……古の時代より、この地に封印されし『神狼』の末裔だ」


 フェンリル!?

 神話級の魔獣じゃん!

 それがなんで、こんな幼女の姿で私のベッドに!?


「……封印が解けたのはいいが、腹が減った。……お前、責任を取れ」


 フェンリル(自称)は、涎を垂らしながら私に飛びかかってきた。

 ドンッ!

 私はベッドに押し倒される。


「ちょ、ちょっと! 何するの!?」


「食う」


「きゃあああああっ!?」


 食べられる!

 物理的に!

 アリスが言ってた「林間学校で食べられる」って、このこと!?まだ林間学校行ってないよ!?


 フェンリルは私の首筋に顔を埋め――

 ペロリ。


「……!」


 舐められた。

 ザラザラした舌の感触。


「……ふむ。魔力の味がする。……お前、美味いな」


 フェンリルはニヤリと笑った。

 八重歯が鋭く光る。


「気に入った。……お前を我の『つがい』にしてやる」


「はぁ!?」


「番になれば、毎日美味い餌にありつけるのだろう?……よし、決定だ。今日からここは我の巣だ」


 フェンリルはそう宣言すると、私の布団の中に再び潜り込み、私の体を抱き枕のようにギュッと抱きしめた。


「……おやすみ、我が番よ。……逃げようとしたら、噛み砕くぞ」


 スピー、スピー。

 秒で寝た。

 野生児すぎる。


「…………」


 私は天井を見上げた。

 現状確認。

 アリスとのシリアスな会話の直後に、伝説の魔獣(ケモミミ幼女)に押し倒され、番(嫁)認定され、ベッドを占領された。


 ……どうなってんの、私の人生。


 翌朝。

 ルナが「朝の挨拶」に部屋に入ってきて、この光景(私がケモミミ幼女と添い寝している図)を目撃し、静かに包丁を取りに行く未来が、容易に想像できた。


 私の安眠は、今日も訪れない。


(続く)

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