第8話 「エプロンと包丁で学園防衛戦!? 『敵』を『食材』と認識したら、伝説のクッキング・バトルが始まった件」
1
学園の中庭は、黒い海と化していた。
「ギシャアアアアッ!」
「グルルルルッ……!」
『黒の軍勢』。
教団が使役する、不定形の泥人形。
個々の戦闘力は低いが、その数は圧倒的だ。蟻の群れのように校舎の壁を這い上がり、窓を割り、生徒たちを襲おうとしている。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
――になるはずだった。
「そこよ、ルミア! 右舷、弾幕薄い!」
「はいっ! うぉおおおっ! おたまスラッシュ!!」
ガキンッ!!
家庭科室の窓際で、ピンクの水玉エプロンを着けたルミアが、右手に持ったステンレス製のおたまを一閃させた。
風切り音と共に、飛びかかってきた泥人形の頭部が吹き飛ぶ。
「アリス、援護!」
「任せて! 光よ、浄化の炎となれ! 『ホーリー・フライパン』!」
ジュワアアアッ!!
アリスが掲げたフライパン(魔法付与済み)から、レーザーのような光線が放たれ、群がる敵を蒸発させる。
「ノア、調味料(火力)投入!」
「ククク……我に任せろ! 深淵のスパイス(火炎瓶)投下!」
ドカンッ!
ノアが投げた瓶が炸裂し、黒い軍勢が炎に包まれる。
「……なんなの、この状況」
私は、包丁を握りしめたまま呆然としていた。
強い。
うちのハーレムメンバー、強すぎる。
エプロン姿で、調理器具を武器に、軍隊相手に無双している。絵面がシュールすぎて脳の処理が追いつかない。
しかし、敵の数は減らない。
倒しても倒しても、地面の裂け目から湧き出してくる。
「くっ……キリがないわね……!」
アリスが額の汗を拭う。
魔力切れが近いのか、彼女の光が少し弱まっている。
「お姉さま……! このままじゃ、押し切られます!」
ルミアの「おたま」も、度重なる衝撃でひしゃげている。
家庭科室の扉にはバリケードを築いているが、窓からの侵入を防ぐので手一杯だ。
このままでは、ジリ貧。
突破されれば、背後にいる一般生徒(他の班の子たち)が犠牲になる。
(……やるしかない)
私は覚悟を決めた。
震える手で、愛用の(実習用の)包丁を握り直す。
怖い。足がすくむ。
でも、ここで逃げたら、私の大事な「友達(予定)」たちが傷つく。
それだけは嫌だ。
私のささやかな日常を、タピオカを飲む未来を、こんな泥人形たちに奪われてたまるか!
極限の恐怖と、スパイスの残り香(興奮作用)が混ざり合い、私の脳内で「カチリ」とスイッチが切り替わった。
――あ、これ、ただの『料理』だと思えばいいんじゃない?
目の前の黒いドロドロ。
あれは敵じゃない。
下処理が必要な「食材」だ。
大量に入荷された、ちょっと鮮度の悪い海藻か何かだと思えば……!
「……総員、退避」
私の口から、低く、冷徹な声が出た。
ルミアたちがビクッとして振り返る。
「コ、コーデリア……?」
私は窓枠に足をかけ、エプロンの裾を翻した。
眼下には、数百の敵。
「調理開始よ」
2
ヒュンッ。
私は窓から飛び降りた。
「お姉さまっ!?」
ルミアの悲鳴が聞こえる。
私は中庭のど真ん中に着地した。
ドスンッ!
衝撃波で周囲の敵が吹き飛ぶ。
群がる黒い影。
殺意の塊。
でも、今の私にはそれらが全て「まな板の上の鯉」に見えていた。
(まずは、下ごしらえ……『乱切り』!)
私は包丁を振るった。
ただの包丁だ。魔剣でもなんでもない。
だが、そこに「全属性魔法」の風属性を、無意識に、最大出力で付与する。
ズババババババババッ!!
私の周囲半径10メートルに存在した敵が、一瞬でサイコロステーキ状に解体された。
「……え?」
屋上から見ていた誰かの声が聞こえた気がした。
まだだ。次が来る。
右から巨大な個体が迫る。
(筋が多いわね……『叩き』で柔らかくしなきゃ!)
私は包丁の背を叩きつけた。
付与するのは重力魔法。
ドゴォォォォン!!
巨大な敵が、ペシャンコに圧縮され、地面にめり込んだ。
ミンチ一丁上がり。
「ギ、ギシャッ……!?」
敵が怯んだ。
本能的な恐怖を感じているのか、後ずさりする。
(逃がさないわよ。……次は『フランベ』!)
指先を鳴らす。
火属性魔法。イメージは、フライパンの上で燃え上がるブランデーの炎。
ボウッ!
……ではなく。
ゴオオオオオオオオオオオッ!!!
紅蓮の炎の渦が、中庭全体を飲み込んだ。
黒い泥たちが、断末魔を上げる暇もなく炭化していく。
熱い。眩しい。
炎の中で、銀髪をなびかせ、フリルエプロンを着て、包丁を持った私が立っている。
端から見れば、それは「戦場の女神」か、あるいは「地獄の料理人」か。
「……味付けが足りないわね」
私は生き残った敵を見据え、冷酷に呟いた。
「仕上げよ。……『圧力鍋』」
両手を合わせる。
中庭の上空に、巨大な魔法陣が出現する。
そこから降り注ぐのは、物理法則を無視した超重力。
ベチャッ、グチャッ、プチュッ。
残っていた数百の軍勢が、一斉に地面に押し付けられ、黒いシミへと変わった。
3分間。
カップラーメンが出来上がるまでの時間で、中庭の殲滅は完了した。
3
「……ふぅ」
私は額の汗を拭った。
終わった。
今日の調理実習、ノルマ達成だ。
静寂。
校舎の窓から、何百人もの生徒たちが私を見下ろしている。
家庭科室の窓からは、ルミア、アリス、ノアが、口をあんぐりと開けて固まっている。
(……あ、やっちゃった)
スイッチが切れた瞬間、理性が戻ってきた。
私、今、全校生徒の前で大暴れした?
しかも包丁一本で?
「味付けが足りない」とか言っちゃった?
恥ずかしい!
死ぬほど恥ずかしい!
中二病のノアちゃんより痛いことしちゃった!
その時。
パチ、パチ、パチ……。
誰かが拍手をした。
それを皮切りに、ワァァァァァッ!と歓声が爆発した。
「すげぇぇぇぇ!」
「ローゼンバーグ様万歳!」
「あれが公爵家の料理術……!」
「俺たちを守ってくれたんだ!」
称賛の嵐。
違う、私はただ必死だっただけで……。
「コーデリア様ぁぁぁっ!!」
ドサッ!
上空(3階)から、ルミアが飛び降りてきた。
身体強化を使っているとはいえ、無茶苦茶だ。
彼女は着地と同時に私に抱きつき、涙と鼻水で私のエプロンを濡らした。
「怖かったぁぁ! でも、かっこよかったです! 世界一かっこよかったです! 私、やっぱりお姉さまの剣になります! 一生お守りします!」
「……もう、無茶して」
私は苦笑して、彼女の頭を撫でた。
「まったく……貴女って人は」
アリスも、魔法で優雅に降りてきた。
その顔は呆れているが、目は笑っている。
「単身で敵陣に飛び込むなんて、馬鹿なの。 ……でも、貴女のおかげで助かったわ。生徒会長として、そして……貴女の『友人』として、礼を言うわ」
「……友人、でいいの?」
「ふん。……今のところは、ね」
アリスはツンと顔を背けたが、その耳は真っ赤だった。
「ククク……見事だ、コーデリア」
ノアも降りてきた(着地に失敗して尻餅をついたが、すぐ立ち上がった)。
「あの包丁捌き……まさか『解体聖母』の再来か。 我が軍門に下るに相応しい腕前だ」
「……解体はしてないからね」
四人で笑い合う。
戦場の跡地、黒いシミだらけの中庭で、エプロン姿の美少女たちが笑っている。
平和だ。
一瞬前までの地獄が嘘のようだ。
――だが。
戦いはまだ終わっていなかった。
「……お掃除が、まだ残っていますよ」
背後から、冷ややかな声。
ビクッとして振り返る。
そこに立っていたのは、両手に巨大なモップとバケツを持ったメイド、ルナだった。
彼女のエプロンは純白のままで、返り血一つ浴びていない。
しかし、その足元には、校舎内に侵入しようとしたであろう「特殊個体」の残骸が山積みになっていた。
「こ、これは……?」
「害虫駆除です。……コーデリア様が派手に遊んでおられる間に、裏口から入ろうとした不届き者たちを処理いたしました」
ルナがニコリと笑う。
怖い。この子が一番強いかもしれない。
「さあ、皆様。お片付けの時間です。……まさか、散らかすだけ散らかして帰るおつもりではありませんよね?」
ルナの目が光る。
私たちは「ヒッ」と声を上げ、直立不動になった。
「は、はいっ!」
こうして、伝説の「クッキング・バトル」は、放課後遅くまで続く「中庭大清掃」をもって幕を閉じたのだった。
4
その日の夜。
学園長室。
窓際に立つアリスは、水晶に映る「ある映像」を見ていた。
それは、今日の中庭の防犯映像。
コーデリアが炎を巻き上げ、敵を殲滅する姿だ。
「……確定ね」
アリスは呟いた。
「今回の周回……コーデリアの『パラメータ』が異常だわ。前回のループでは、彼女はもっと弱く、そして早々に死んだはずなのに」
彼女は指輪――「ウロボロスの指輪」を撫でた。
「イレギュラー。……あるいは、希望。……ねえ、コーデリア。貴女なら、変えられるの。 この『クソゲー(繰り返される悲劇)』を」
アリスの瞳に、決意の光が宿る。
「教団(運営)が動き出したわ。次は『林間学校』……そこが運命の分岐点よ。……絶対に、死なせないから」
アリスは水晶の電源を切り、暗闇の中で一人、コーデリアの残像を脳裏に焼き付けていた。
(続く)




