第6話「中二少女と生徒会長と元勇者が『あーん』を求めてきて、屋上が修羅場と化した件」
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昼休み。 それは、陰キャにとっての一日の最大の試練であり、唯一の安息の時間でもある。
「……よし、確保」
私は、学園の屋上の入り口にある「立ち入り禁止(メンテナンス中)」の札をすり抜け、誰もいない屋上へと足を踏み入れた。 (ちなみにこの札は、昨夜ルナが勝手に設置したものだ。「コーデリア様の聖域を確保するため」らしい。職権濫用も甚だしい)
青い空。白い雲。心地よい風。 最高だ。 ここなら、誰にも邪魔されずに、ルナ特製の「三段重ねデラックス弁当」を堪能できる。
「ふふっ……今日の中身は何かな~」
私はウキウキしながら、ベンチに腰を下ろし、重箱のような弁当箱を広げた。 一段目:彩り豊かな温野菜と、星型に抜かれたピクルス。 二段目:肉厚なハンバーグと、エビフライ(タルタルソース付き)。 三段目:デザートのフルーツ盛り合わせと、一口サイズのケーキ。
「貴族の弁当かよ!あ、私貴族だったわ」
一人ノリツッコミをしながら、私は箸を割った。 いただきます。 まずはハンバーグから――。
ガチャリ。
背後の鉄扉が開く音がした。 私はビクッとして箸を止めた。 嘘でしょ?立ち入り禁止の札があるのに?
「……ここなら、静かに過ごせると思いましたのに」
現れたのは、黄金の髪をなびかせた生徒会長、アリス・シルヴァーリリィだった。 彼女は私を見ると、少し驚いたように目を丸くし、それからフイッと視線を逸らした。
「……奇遇ね、コーデリア。貴女もサボり?」
「人聞きが悪いわね。静寂を愛しているだけよ」
私はハンバーグをガードしながら答えた。 アリスは私の隣(ベンチの反対側)に座ると、コンビニ……じゃなくて売店で買ったサンドイッチを取り出した。
「……隣、いいかしら?」
「断っても座るんでしょ?」
「ふふ、よくわかってるじゃない」
アリスは上品にサンドイッチを食べ始めた。 沈黙。 気まずい。 昨日の今日だ。彼女が「ウロボロスの指輪」について何か言ってくるかと思ったが、意外にも静かだ。
(……ねえ、アリス。貴女、本当は何を知ってるの?)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。 その時。
ガチャリ。
また扉が開いた。
「お姉さまーっ!!」
弾丸のように飛び出してきたのは、ルミアだった。 彼女は犬のような嗅覚で私を見つけると、尻尾が見える勢いで駆け寄ってきた。
「やっぱりここにいらっしゃいましたか!教室にいなかったので、匂いを辿ってきました!」
「匂い!?私そんなに臭う!?」
「いいえ!太陽のような、日向の匂いです!」
ルミアは満面の笑みで、私の右側に座り込んだ。 そして、アリスを見て「むっ」と顔をしかめる。
「……生徒会長。なぜここに?」
「あら、屋上は全生徒の共有スペースよ?……それに、私は生徒会長として、コーデリアさんの『監視』も兼ねているの」
「監視?……ふん、怪しいですね。本当はコーデリア様のお弁当が目当てなんじゃ……」
「なっ!?ち、違いますっ!失礼なことを言わないで!」
アリスが顔を真っ赤にして否定する。 図星か。
ガチャリ。
三度目の音。 いい加減にしてほしい。ここは私の聖域なのに、どんどん人口密度が増えていく。
「ククク……見つけたぞ、深淵の盟主よ……」
眼帯を抑えながら現れたのは、転校生のノアだった。 彼女はバサッとスカートを翻し(見えそうで危ない)、カッコつけたポーズで近づいてきた。
「我が『邪眼』は誤魔化せんぞ。……ここから、極上の『魔力(お菓子の匂い)』を感じ取った……!」
「お菓子目当てじゃん」
ノアは私の左側(アリスのさらに向こう)に陣取った。
右にルミア。 左にアリス。 その隣にノア。
ベンチがぎゅうぎゅうだ。 私、真ん中で押しつぶされそうなんですけど。
2
「……で?なんでみんな集まってくるの?」
私は呆れて言った。 私の膝の上には、豪華な弁当箱。 そして周囲には、餌を待つ雛鳥のように口を開けた美少女が三人。
ルミア「私はお姉さまと一緒にご飯が食べたいんです!」
アリス「私は……その、貴女の動向を見張るためよ。……あと、そのハンバーグの製法に違法性がないか確認する必要が……」
ノア「我は供物を所望する!魔力が枯渇して倒れそうだ!」
欲望に忠実すぎる。 私は溜息をつき、ハンバーグを箸で切り分けた。
「……ほら」
一番大きかったハンバーグの欠片を、ルミアの口元へ。 「あーん」
「はひっ!?あ、あーんっ!」
ルミアが顔を真っ赤にして、パクッと食べる。 「んん~っ!美味しいですぅ!お姉さまの愛情の味がします!」
ルナが作ったんだけどね。
次に、エビフライをアリスの方へ。
「……貴女も、食べる?」
「っ……!べ、別に見張りのついでだから!勘違いしないでよね!」
アリスはツンケンしながらも、素早く身を乗り出し、パクッ。 「……っ!タルタルソースにピクルスが入ってる……!計算された酸味……悔しいけど美味しいわ……」
最後に、デザートのケーキをノアへ。
「ほら、供物」
「うむ!苦しゅうない!」
ノアはガツガツとケーキを頬張り、口の周りをクリームだらけにした。 「甘露!これは甘露だ!我が魔力が回復していく……!」
……なんだこれ。 私は動物園の飼育員か? でも、三人が美味しそうに食べているのを見ると、不思議と悪い気はしなかった。 前世では、いつも一人でコンビニ弁当を食べていた。 こんなふうに、誰かと賑やかに食事をするなんて、夢にも思わなかった。
(……悪役令嬢なのに、なんでこんなに幸せなんだろう)
ふと、そんなことを思って微笑んでいると。 アリスが、真剣な表情で口を開いた。
「……ところで、コーデリア。例の『指輪』のことだけど」
空気が変わった。 ルミアとノアも、食べる手を止める。
「『ウロボロスの指輪』……。生徒会室の古文書を調べてみたわ。……記述は少なかったけれど、一つだけ気になる一節があったの」
「気になる一節?」
「ええ。『指輪は、世界の管理者の鍵であり、資格なき者が使えば、世界はバグに侵食される』……」
バグ。 ファンタジー世界には似つかわしくない単語だ。 でも、私には馴染みがある。 だってここは「ゲームの世界」だから。
「……バグって、例えば『性別が変わる』とか?」
私が聞くと、アリスは静かに頷いた。
「可能性は高いわ。……そしてもう一つ。教団は、この指輪を使って『神の降臨』を目論んでいるらしいの」
「神の……降臨?」
「くくく……」
突然、ノアが不気味に笑った。
「神などではない。……奴らが呼ぼうとしているのは、『プレイヤー』と呼ばれる高次元存在だ」
「ッ!?」
私は心臓が止まるかと思った。 プレイヤー。 それって、つまり「画面の向こうの人間」のこと? 前世の、私みたいな?
「ノア、貴女……何を知っているの?」
私が詰め寄ると、ノアは急に我に返り、オドオドと目を泳がせた。
「あ、いや……その、カッコイイ設定を言ってみただけで……!本気にしないでくれ!」
……怪しい。 この子、中二病のフリをして、核心を突いてくる。 教団のスパイというのは本当かもしれない。でも、なぜか憎めないし、情報を漏らしてくれているようにも見える。
「……とにかく」
アリスが話を戻す。
「その指輪は危険よ。コーデリア、貴女が持っていると、教団に狙われるわ。……私の方で預かって、厳重に封印すべきかと思うのだけど」
「ダメです!」
ルミアが叫んだ。
「コーデリア様から指輪を取り上げるなんて!……もしかして生徒会長、それを口実にコーデリア様を独占しようとしてませんか!?」
「なっ……!そ、そんなわけないでしょう!?私は世界の平和を考えて……!」
「怪しい!ノアちゃんもそう思うよね!?」
「うむ!我も反対だ!その指輪があれば、コーデリアに近づく理由ができるからな!」
「本音が出たわね!?」
ギャーギャーと騒ぎ始める三人。 シリアスな話が、一瞬でコントになった。 私はため息をつきながら、空を見上げた。 プレイヤー。世界のバグ。性別反転。 謎は深まるばかりだ。 でも、一つだけ確かなことがある。
この騒がしくて、愛おしい日常を、私は守りたいと思っている。
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その頃。 屋上の入り口、鉄扉の向こう側。
そこには、般若のような形相で立ち尽くすメイド、ルナの姿があった。
「……なるほど。屋上がそのような『ハーレム』になっていましたか」
彼女の手には、録音魔法が付与された水晶が握られている。 中からは、楽しげな四人の会話が漏れ聞こえていた。 『あーん』『美味しい』『もっとください』
「コーデリア様……。私が丹精込めて作ったお弁当を、あのような泥棒猫たちに振る舞うなんて……」
ギリリ、と水晶にヒビが入る。
「……お仕置きが、必要ですね」
ルナは妖艶に微笑んだ。 その背後には、どす黒いオーラが渦巻いていた。
「次回の『調理実習』……。私の『特製スパイス』を使って、泥棒猫たちを排除(物理的にではなく、精神的に屈服)させていただきましょうか……」
ルナは静かにその場を立ち去った。 屋上の上の四人は、まだ気づいていない。 次なる戦場が、家庭科室になることを。
(続く)




