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第5話「教団の刺客(ドジっ子)が現れたけど、中二病ごっこだと思って付き合ってあげたら懐かれた件」


「……くんくん」 「……」 「……くんくん、すー……はぁ」 「……」


女子寮、私の部屋。 私は、ソファの上で直立不動の姿勢を取らされていた。 目の前には、私の制服の匂いを猟犬のように嗅ぎ回るメイド、ルナの姿がある。


「……間違いないですね」


ルナがゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、深淵のように黒く、そして光がなかった。


「アリス・シルヴァーリリィ生徒会長の香りがします。それも、かなり濃厚な……。至近距離で、長時間接触しましたね?」


「……ダ、ダンジョン実習で一緒だっただけよ。チームだったし」


私は冷や汗をかきながら弁解した。 嘘ではない。 でも、最後に手を握ったり、「ウロボロスの指輪」を二人で覗き込んだりしたから、匂いが移ったのかもしれない。


「ルミア様の匂いもします。……ですが、これは『汗』と『信頼』の匂いですので許容範囲です。しかし、生徒会長の匂いは……『打算』と『独占欲』が混じった、非常に不愉快な雌猫の匂いです」


「匂いで感情まで読み取らないでくれる!?」


ルナの能力が怖い。 彼女はため息をつくと、私の肩に手を置いた。


「コーデリア様。貴女様はあまりにも無防備すぎます。世界中の人間が貴女様を狙っているという自覚を持ってください」


「いや、狙われてないから。私、悪役だから」


「いいえ。貴女様は、世界で最も甘く、危険な果実です。……虫がつかないよう、今夜は私がベッドの中で『結界』を張っておきましょう」


「一緒に寝たいだけでしょ!却下!」


私はルナの「添い寝申請」を華麗にスルーし、話題を変えた。(彼女は「チッ」と舌打ちした)


「それより、ルナ。……『ウロボロスの指輪』について、何か知ってる?」


私が机の上に置いた、黒い指輪を指差す。 瞬間、ルナの表情から感情が消えた。


「……教団の、遺物ですね」


「やっぱり、知ってるの?」


「ええ。裏社会では有名な話です。世界を『回す』鍵だとか、『終わらせる』引金だとか……。あまり良い噂は聞きません」


ルナは真剣な眼差しで私を見た。


「コーデリア様。その指輪は、貴女様には過ぎた玩具です。……処分をお勧めします。あるいは、私が預かりましょうか?」


「……ううん、大丈夫。アリスも調べてくれるって言ってたし」


「……」


アリスの名前を出した瞬間、ルナの眉がピクリと動いた。


「そうですか。生徒会長が。……ふふ、あの方も『気づいている』のかもしれませんね。この世界の歪みに」


意味深な言葉。 ルナもまた、ただのメイドではない。 彼女の闇も深そうだが、今は追求しないでおこう。 私の目的は「平穏」なのだから。



翌日の放課後。 私は学園の図書館にいた。


王立魔導学園の大図書館は、国内最大級の蔵書数を誇る。 天井まで届く巨大な本棚が迷路のように並び、静寂に包まれた空間。 陰キャの私にとっては、天国のような場所だ。


(アリスは生徒会の仕事で忙しいし、ルミアは補習授業……。やっと一人になれた)


私はホッと息をついた。 昨日のダンジョンでの騒ぎ以来、私の周りには常に視線があった。 「一人になりたい」という切実な願いを叶えるため、私は人気の少ない「古代史エリア」の奥深くへと潜り込んだ。


目的は、あの指輪の調査だ。 ゲーム知識では、後半に出てくるアイテムだが、詳しい設定までは覚えていない。 何か手がかりがないか、古い文献を探してみようと思ったのだ。


コツ、コツ、コツ。 誰もいない書架の迷路を歩く。 埃っぽい、古書の匂いが落ち着く。


その時だった。


「……くっ、届かぬ……!これぞ世界のことわりによる妨害か……!」


頭上から、妙な声が聞こえてきた。 見上げると、高い梯子の上に、一人の少女がいた。


黒いゴシック調のローブを纏い、左目には眼帯。 銀髪のツインテールが揺れている。 いかにも「怪しい」風貌だ。


彼女は必死に手を伸ばし、棚の最上段にある黒い背表紙の本を取ろうとしていた。 だが、身長が足りない。 プルプルと震えながら、指先が空を切っている。


(……可愛い)


私は思わずほっこりした。 あんなに怪しい格好をしてるのに、やってることは「本が取れない子供」だ。 見て見ぬふりをするのも忍びない。 私は魔法を使おうとした。


「……そこね」


指先をクイクイッと動かす。 無詠唱の「念動力テレキネシス」。 重力魔法の応用だ(昨日のハエ叩きの反省を生かして、今回は超微力に調整した)。


フワッ。 少女が狙っていた本が、ひとりでに棚から抜け出し、彼女の手の中に収まった。


「――ッ!?」


少女が驚いてバランスを崩す。


「うわあああっ!?」


梯子から足が外れ、彼女の体が宙に舞った。 高さは3メートルはある。落ちたら怪我をする!


「危ないっ!」


私は反射的に駆け出し、両手を広げた。 間に合うか?いや、受け止める!


ドサッ! 少女の小さな体が、私の腕の中に飛び込んできた。 衝撃が走るが、身体強化魔法を無意識にかけていたおかげで、なんとか踏ん張れた。


「……っ、い、痛くない……?」


私は恐る恐る目を開けた。 腕の中には、眼帯の少女が目を丸くして私を見上げていた。 お姫様抱っこ状態だ。


「……貴様……何者だ?」


少女が呟く。 その声は震えているが、口調は尊大だ。


「……通りすがりの、ただの生徒よ」


私は彼女をそっと下ろした。 少女はパパッとローブの埃を払うと、眼帯の上から左目を抑え、ビシッとポーズを決めた。


「フッ……我が名は『シュヴァルツ・ノワール・ダークネス』。……深淵より来たりて、禁断の知識を求める者……」


(……出た)


中二病だ。 しかも、名前が「黒・漆黒・闇」って、どんだけ黒いのよ。


「えっと……シュヴァルツさん?」


「気安く呼ぶな!……だが、我が墜落の危機を救った功績に免じて、特別に『ノア』と呼ぶことを許可しよう」


「じゃあ、ノアちゃんね」


「ちゃん付けするなと言っている!我は千の夜を生きた古の……」


ノアちゃんは顔を真っ赤にして怒った。 可愛い。小動物みたいだ。 ルミアが「捨てられた子犬」なら、この子は「威嚇してくる子猫」って感じだ。


「それで、ノアちゃん。その本が読みたかったの?」


私が彼女の手にある本を指差すと、ノアちゃんの顔色が変わった。 彼女はサッと本を背後に隠し、鋭い(つもりの)視線を私に向けた。


「……貴様には関係のないことだ。……それより、貴様。その指につけているもの……」


彼女の視線が、私の右手に釘付けになった。 「ウロボロスの指輪」だ。 しまった、外し忘れてた。


「……『ウロボロス』。……まさか、こんな所にあるとはな」


ノアちゃんの雰囲気が変わった。 中二病ごっこから、少しだけ「本物」の殺気が混じる。


「返してもらおうか。……それは、我ら『教団』の聖遺物だ」


教団。 その単語が出た瞬間、私の脳内アラートが鳴り響いた。 この子、ただの中二病じゃなくて、本物の「敵」!? こんなドジっ子が!?


ノアちゃんはローブの内側から、ナイフを取り出した。 黒い刀身の、禍々しいダガーだ。


「痛い目は見たくあるまい?大人しく渡せば、命だけは助けてやる」


彼女はカッコよくナイフを構え―― そして、自分のローブの裾を踏んづけた。


「あっ」


ズベッ!!


盛大な音を立てて、ノアちゃんは顔面から床にダイブした。 ナイフが手からすっぽ抜け、カラカラと虚しく転がっていく。


「…………」 「…………」


沈黙。 ノアちゃんは床に突っ伏したまま動かない。 耳まで真っ赤になっているのが見える。


(……えっと、これ、どう反応するのが正解?)


本物の刺客だとしても、あまりにもポンコツすぎる。 これじゃあ「襲撃」じゃなくて「自爆」だ。


私は溜息をつき、転がったナイフを拾い上げた。 そして、うずくまるノアちゃんの前にしゃがみ込む。


「……大丈夫?鼻、打ってない?」


「うぅ……うるさい……殺せ……我を笑い者に……」


ノアちゃんが涙目で顔を上げた。 鼻の頭が赤くなっている。


「笑ってないわよ。……ほら、これ」


私はナイフの柄を彼女に向け、差し出した。 ノアちゃんが目を見開く。


「……な、なぜだ?我は貴様を襲ったのだぞ?なぜ武器を返す?」


「だって、それがないと困るでしょ?……『ごっこ遊び』には」


「ご、ごっこ遊びではない!我は本物の『終焉の翼(自称)』の幹部候補生で……!」


「はいはい。わかったから」


私はハンカチを取り出し、彼女の服の汚れを拭ってあげた。 どう見ても、悪い子には見えない。 もし彼女が本当に教団の人間だとしても、こんな子供を送り込んでくるなんて、教団も人材不足なのだろうか。


「……お腹、空いてない?」


「……え?」


私はカバンから、ルナ特製のクッキー(紅茶味)を取り出した。 餌付けパート2だ。


「食べる?」


「……毒が入っているのでは……」


「入ってないわよ。ほら」


私がクッキーを口元に持っていくと、ノアちゃんは抗えない本能のように、パクッとそれに食いついた。 サクサク。


「……ッ!?」


本日二度目の衝撃。 ノアちゃんの瞳が輝いた。


「う、美味い……!なんだこれは!?王都の高級菓子よりも濃厚で、芳醇な香りが……!」


「うちのメイドのお手製よ」


「……貴様、名はなんと言う?」


「コーデリア」


「コーデリア……。覚えたぞ」


ノアちゃんはクッキーを完食すると、立ち上がり、バサッとローブを翻した。


「今日のところは、この供物に免じて見逃してやろう!……だが、勘違いするなよ!その指輪はいつか必ず我が頂く!首を洗って待っていろ!」


捨て台詞。 しかし、その顔には「またクッキーくれますか?」という期待が透けて見えた。 彼女は窓枠に足をかけ(一回滑ってヒヤッとしたが)、カッコよく夜の闇へと消えていった。


「……ふぅ」


嵐のような子だった。 私は拾った本を元の場所に戻そうとして――ふと、その背表紙を見た。


『ウロボロスの伝説と、繰り返される悲劇』


ノアちゃんが取ろうとしていた本。 私はパラパラとページをめくった。 そこには、こんな一節が記されていた。


“指輪の主は、記憶を代償に時を遡る。……だが、繰り返すたびに世界は歪み、やがて『性別』や『因果』すらも逆転する”


「……これって」


背筋が寒くなる。 ルミアの性別反転。アリスの謎の言動。 それらの答えが、ここにある気がした。



翌日。 私はSクラスの教室で、信じられない光景を目にした。


「紹介しよう。今日からこのクラスに編入することになった、ノア・アークライト君だ」


担任の言葉と共に教室に入ってきたのは、眼帯を外し、清楚な制服を着こなした美少女――昨日のノアちゃんだった。


「……ノアです。よろしくお願いします」


猫かぶりだ! 昨日の「我は深淵より〜」はどうした! めちゃくちゃ可愛らしい声で挨拶している。


男子生徒たちがざわめく。 「うお、可愛い……」 「転校生か?」


ノアちゃんは教室を見渡し――私と目が合った瞬間。 ニヤリ、と好戦的な笑みを浮かべた。


(……来たわね)


彼女はツカツカと私の席まで歩いてくると、私の前の席(ルミアの隣)にカバンをドンと置いた。


「コーデリアさん、でしたね?……席、隣でもいいですか?」


「……どうぞ(嫌な予感しかしない)」


ルミアが警戒心丸出しで唸っている。 「むぅ……また新しいライバルが……」


その時、教室の扉が開き、生徒会長のアリスが入ってきた。 彼女はノアちゃんを見ると、眉をひそめた。


「貴女……どこかで……」


ノアちゃんはアリスを見ると、ふいっと顔を背け、私に向かって小声で囁いた。


「……言っておくが、我は貴様を監視するために来たのだ。……あんな美味いクッキーを作る女だ、教団に引き入れてやるのも悪くないと思ってな」


「勧誘!?」


「フフン。光栄に思え。……あと、休み時間にまたあの菓子を所望する」


やっぱり餌付け目当てか! こうして、私の周りにはまた一人、厄介な(でもポンコツな)美少女が増えた。


ルミア: 忠犬(物理)。私を守りたくて仕方ない。


アリス: 監視者ツンデレ。私の謎を暴きたくて仕方ない。


ノア: 暗殺者チョロイン。私のお菓子を食べたくて仕方ない。


百合ハーレムの密度が、限界突破しそうだ。 私が「ただの友達」を作れる日は、永遠に来ないのかもしれない。


そして、ノアちゃんの持っていた本に書かれていた「記憶を代償に時を遡る」という言葉。 もし、アリスが時を遡っているとしたら――彼女は「何」を忘れてしまっているのだろうか?


物語の歯車は、私の知らないところで、確実に「破滅」か「救済」のどちらかへと回り始めていた。


(続く)

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