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第4話「初めてのダンジョン実習、モブと組みたかったのに、なぜか元勇者と生徒会長が私の奪い合いを始めた件」

 翌朝。

 私は、重い空気に包まれて目を覚ました。

「……んぅ」

 目を開けると、視界いっぱいにルナの笑顔があった。

 距離、ゼロセンチ。

「おはようございます、コーデリア様。本日も素晴らしくお美しい寝顔でございました。録画水晶レコード・クリスタルの容量が足りなくなるほどです」

「……おはよ、ルナ。……近い」

 私は彼女の顔をそっと(物理的に)押し返した。

 録画水晶? 今さらっと犯罪発言しなかった? まあいいや、ルナだし。

「本日は『初級ダンジョン実習』の日ですね。お荷物は完璧に整えておきました。回復薬、解毒薬、それから特製のお弁当、着替え、タオル、日傘、紅茶セット、座布団……」

「遠足かな?」

 リュックがパンパンだ。

 でも、ルナの献身はありがたい。私は彼女に感謝しつつ、身支度を整えた。

「……ねえ、ルナ。昨日の夜、どこかに行ってた?」

 ふと気になって聞いてみた。

 昨夜、ふと目が覚めた時、扉の警備(という名の張り込み)をしていたはずのルナの気配が消えていた気がしたのだ。

 ルナは、完璧なメイドスマイルで微笑んだ。

「はい。少しばかり……『お掃除』を」

「お掃除?」

「ええ。コーデリア様の平穏な学園生活を阻害する『害虫』たちが、実習で貴女様に近づかないよう……少し強めに言い聞かせて まいりました」

 背筋が凍った。

 「言い聞かせた」って何!? 物理!? それとも闇魔法!?

 ルナの言う「害虫」が、単なる羽虫であることを祈るしかない。

 (※後で知ったことだが、私のクラスの男子生徒数名が、原因不明の腹痛で当日欠席することになったらしい。……ルナちゃん?)

 学園の裏山に存在する「初級ダンジョン」。

 そこが今回の実習の舞台だ。

 Sクラスの生徒たちが、洞窟の入り口に整列している。

 担当教師が声を張り上げた。

「これより実習を開始する! 今回は危険の少ない浅層だが、油断はするな! 3人1組のチームを組み、最奥にある『守りの宝珠』を持ち帰ることが合格条件だ!」

 3人1組。

 出た、コミュ障殺しのシステム。

 「はい、じゃあ好きな人と組んで~」という先生の言葉が、私の前世のトラウマをえぐってくる。

 でも、今の私は(外見だけは)公爵令嬢だ。

 誰からも誘われないなんてことはないはず……。

「……」

「……」

 あれ?

 周囲の生徒たちが、私と目を合わせた瞬間にササッと視線を逸らしていく。

 まるで腫れ物に触るかのように、私の周りだけモーゼの海割れ状態だ。

(なんで!? 私、昨日あんなに凄い魔法(暴発)見せたのに!? 普通「強い人と組みたい!」ってなるよね!?)

 聞こえてくるのはヒソヒソ話。

 『おい、ローゼンバーグ様と組んだら、足手まといになった瞬間消し炭にされるぞ……』

 『昨日のあれ、警告射撃だったらしいぜ……「私に近づくな」っていう……』

 誤解だあああああ!

 私はただ、頼りになる前衛職の人たちと組んで、後ろで応援係をしたかっただけなのに!

「コーデリア様ッ!」

 その時、救いの神が現れた。

 ブンブンと手を振りながら走ってくる、赤いショートカットの美少女。

 ルミアだ。

「よ、よかったです……! まだ余ってますよね!? 私と組んでください!」

「ルミア……!」

 天使だ。この子だけが私のオアシスだ。

 私は(内心の涙を隠して)クールに頷いた。

「……仕方ないわね。貴女がそこまで言うなら、許可するわ」

「はいっ! やったぁ! お姉さまと一緒……へへっ」

 ルミアが私の腕にギュッと抱きつく。

 柔らかい。いい匂い。役得すぎる。

「さて、あと一人ね」

 3人1組だから、もう一人必要だ。

 ルミアがいるなら、彼女の剣技があれば前衛は十分。

 あとは回復役か、サポートができる人がいいな。

「あの……失礼します」

 そこへ、おずおずと近づいてくる男子生徒がいた。

 地味で、真面目そうなメガネ君だ。

「も、もしよろしければ、僕を……僕は回復魔法が使えます! 足手まといにはなりません!」

 おお! ヒーラー君!

 最高の人材じゃないか! 地味だし、真面目そうだし、私の「目立たず生きる」方針にも合致する!

「いいわよ。貴方、名前は――」

「待ちたまえ」

 私が名前を聞こうとした瞬間。

 凛とした、よく通る声が割って入った。

 その声を聞いた瞬間、男子生徒(ヒーラー君)が「ヒッ」と悲鳴を上げて石化した。

 私も固まった。

 この声、昨日の……。

 カツ、カツ、カツ。

 優雅な足音と共に現れたのは、黄金の髪をなびかせた、完璧超人。

 生徒会長、アリス・シルヴァーリリィだった。

「せ、生徒会長……!?」

 周囲がどよめく。

 3年生である彼女が、なぜ1年の実習に?

 アリスは私の前の男子生徒に、ニコリと(目が笑っていない)微笑みを向けた。

「貴方、確かCチームの補欠だったわよね? 向こうで人手が足りないそうよ。……行ってあげなさい?」

「は、はいぃっ! 失礼しましたぁっ!」

 男子生徒は脱兎のごとく逃げ出した。

 待って! 私の貴重なヒーラー兼モブ要員が!

「あら、残念。行ってしまったわね」

 アリスは何食わぬ顔でそう言うと、くるりと私に向き直った。

「奇遇ね、コーデリアさん。そしてルミアさん。……私も、実はチームが決まっていなくてね」

 嘘つけ!

 生徒会長が余るわけないでしょ! 引く手あまたでしょ!

「特別に、私が貴女たちのチームに入ってあげるわ。感謝なさい?」

 上から目線!

 でも、頬が少し赤い。そして視線がチラチラと私のリュック(のお弁当が入っているあたり)に向いている。

 ……まさか、またタコさんウインナー目当て?

「ちょっと待ってください!」

 ルミアが、私を庇うように一歩前に出た。

 小さな体で、生徒会長に食ってかかる。

「コーデリア様は、私と組むんです! 生徒会長が入ってきたら、コーデリア様が緊張しちゃうじゃないですか!」

「あら、特待生のルミアさん。……貴女こそ、昨日の今日でコーデリアさんに随分と馴れ馴れしいのね? 彼女の隣に立つには、実力が釣り合っていないのではないかしら?」

「うっ……! そ、それは……これから強くなります!」

「ふふ、健気ね。でも、今回のダンジョンは危険も伴うわ。……私の『サポート』があったほうが、コーデリアさんも安心でしょう?」

 バチバチバチ!

 二人の間に火花が見える。

 私の右腕をルミアが掴み、左側にはアリスが並び立つ。

 右に元・勇者。左に正ヒロイン。

 真ん中に、中身コミュ障の悪役令嬢。

(……胃が痛い)

 周囲の視線が痛い。

 『すげぇ……あの生徒会長と、氷の薔薇が組んだ……』

 『最強チームじゃねぇか……』

 『間に挟まれてる特待生、生きて帰れるのか?』

 逆です。私が一番生きて帰れるか不安なんです。

 こうして、地獄の(あるいは天国の)ドリームチームが結成されたのだった。

 ダンジョン内部。

 薄暗い洞窟の中を、私たちは進んでいた。

「明るくなーれっ!」

 アリスが指先を鳴らすと、ふわりと光の玉が浮かび上がり、周囲を照らした。

 さすが光の魔術師。便利だ。

「……ふん。そのくらい、私だってできます」

 ルミアが対抗意識を燃やして剣を構える。

 可愛い。

「警戒して。……何が出るかわからないわよ」

 私はそれっぽく警告した。

 本当は「暗いの怖い、お化け出そう」と思っているだけだが、声が低いので「指揮官の冷静な指示」に聞こえるらしい。

 その時。

 ギャアアアッ!

 暗闇から、巨大なコウモリ型の魔物が3体、飛び出してきた!

「出たわね! はぁっ!」

 ルミアが飛び出す。

 速い。昨日の弱々しさが嘘のような踏み込みだ。

 彼女は剣を一閃させ、1体の翼を切り裂いた。

「すごい……!」

 私が感嘆の声を漏らすと、ルミアが得意げに振り返る。

 

「見ましたかお姉さま! 私、やれま――」

 その隙だった。

 残りの2体が、ルミアの死角から襲いかかった。

「ルミア! 後ろ!」

 アリスが叫び、光の矢を放とうとする。

 しかし、間に合わない――!

 ルミアの顔が恐怖に歪む。

 彼女の脳裏に、トラウマ(過去の失敗や、平民としての劣等感)がよぎったのか、体が硬直してしまった。

(やらせない!)

 私は無意識に、右手を突き出していた。

 イメージするのは「ハエ叩き」。

 あっち行け! シッシッ!

「……墜ちろ」

 ドォン!!!

 私の手から放たれたのは、見えない衝撃波(重力魔法?)。

 2体のコウモリは、まるで巨大な手で叩き潰されたハエのように、地面にめり込んで即死した。

 洞窟全体がズズンと揺れる。

「…………」

 再びの静寂。

 地面には、クレーターのような穴が空き、その中心に哀れな魔物の残骸がある。

「……あ、ありがとう……ございます……」

 ルミアがへたり込みながら、顔を真っ赤にして私を見上げる。

 

「助けてもらった上に……また、こんな凄い魔法を……。やっぱりお姉さまには敵いません……!」

「……無事でよかったわ」

 私は震える手(反動で痺れてる)を隠し、努めてクールに言った。

 心臓バクバクだ。ハエ叩きのつもりがプレス機だった。

 そして、アリス。

 彼女は私の魔法を見て、驚愕に見開いた目を向けていたが、すぐに探るような鋭い視線に変わった。

「……無詠唱で、重力魔法? それも、味方ルミアを巻き込まないように、ピンポイントで圧力をかけた……?」

 違います。大雑把に叩いただけです。

「コーデリア。貴女、本当はどれだけの実力を隠しているの? ……それに、今の判断の速さ。まるで、魔物の動きが『わかっていた』ような……」

 ドキッとした。

 ゲーム知識があるから、このダンジョンの敵のパターンは知っている。

 それがバレたのか?

「……偶然よ」

「偶然で片付けるには、出来すぎね」

 アリスが一歩近づいてくる。

 また尋問タイムか!?

 しかし、彼女は私の顔を覗き込むと、ふいっと視線を逸らし、小声で呟いた。

「……でも、助かったわ。……私の反応が遅れたのを、カバーしてくれたのよね。……ありがとう」

 デレた!?

 あの鉄仮面のアリスが、素直にお礼を言った!

 しかも耳が赤い。

「……礼には及ばないわ。チームメイトでしょう?」

 私が言うと、アリスはハッとして私を見た。

 その瞳が、少しだけ揺れる。

「チームメイト……。そうね。……今の私たちは、敵同士じゃないものね」

 彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。

 敵同士じゃない? やっぱり、彼女の中には「敵だった記憶」があるんだ。

 その後、私たちは順調に(というか私の過剰火力と、ルミアの懸命な剣技と、アリスの的確なサポートで)奥へと進んだ。

 そして、最奥の部屋。

 そこには、目的の「守りの宝珠」が安置されている台座があった。

「ありました! これで合格ですね!」

 ルミアが駆け寄ろうとする。

「待って」

 私は鋭く制止した。

 ゲームの知識が警鐘を鳴らす。

 ここは「初級ダンジョン」。ボスはいないはずだ。

 ……でも、なんかおかしい。

 空気が重い。魔力の匂いが濃すぎる。

「……何かいる」

 私の言葉と同時に、台座の奥の闇が膨れ上がった。

 ズルリ、と現れたのは、本来ここにいるはずのない魔物。

 漆黒の鱗に覆われた、巨大な蛇――「ブラックマンバ・ロード」。

 中級……いや、上級クラスの魔物だ。

「なっ……! なんでこんな所に上級魔物が!?」

 アリスが叫ぶ。

 想定外だ。これはゲームのシナリオにはない!

「シャアアアアアッ!」

 大蛇が鎌首をもたげ、ルミアに狙いを定めた。

「くっ……!」

 ルミアが剣を構えるが、足が震えている。

 今の彼女のレベルでは、絶対に勝てない相手だ。

 アリスが杖を構える。

「二人とも下がって! 私が時間を稼ぐわ! その間に逃げて!」

 生徒会長としての責任感。彼女は自分を犠牲にするつもりだ。

 でも、逃げられるわけがない。

 あいつは早い。背中を見せたら一瞬で食われる。

(どうする? 私の魔法? でも、ここで全力魔法を使ったら、洞窟が崩落して生き埋めになるかも……)

 詰んだ?

 いや、まだだ。

 私は「悪役令嬢」だ。そして「現代っ子」だ。

 私の武器は、チート魔法だけじゃない。

 「ゲーム知識(攻略法)」がある!

 ブラックマンバ・ロードの弱点。それは――。

「ルミア! 『音』よ!」

「えっ!?」

「あいつは聴覚が過敏なの! 剣で盾を叩いて! 大きな音を出して!」

「は、はいっ!」

 ルミアは理由もわからず、私の指示に従った。

 ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 洞窟内に金属音が響き渡る。

「ギシャアアッ!?」

 大蛇が苦しげにのたうち回る。

 ビンゴだ!

「アリス! 今よ! あいつの口の中! そこだけ鱗がないわ!」

「口の中……!? 無茶を言うわね!」

 アリスは文句を言いながらも、即座に魔力を練り上げた。

 

「光よ、邪悪を穿て! ホーリー・ジャベリン!」

 アリスの放った光の槍が、苦しんで口を開けた大蛇の喉奥に吸い込まれる。

 ドォォォォン!!

 内側からの爆発。

 大蛇は断末魔を上げ、光の粒子となって消滅した。

「はぁ……はぁ……」

「か、勝った……?」

 ルミアとアリスが、へたり込む。

 私も膝から崩れ落ちそうになるのを、気合で耐えた。

 勝った。

 私の指示と、ルミアの勇気と、アリスの魔法。

 3人の連携コンボが決まった。

「……すごい」

 アリスが私を見上げた。

 その目は、もう私を疑っていなかった。

 あるのは、純粋な驚愕と、尊敬。

「どうして弱点がわかったの? どうして、あんなに的確な指示ができたの? ……貴女は、まるで『全てを知っている』みたい」

「……伊達に悪役ヒールやってないわよ」

 私はニヤリと笑ってみせた(内心、心臓が飛び出しそうだけど)。

「コーデリア様ぁぁぁ!」

 ルミアが泣きながら抱きついてきた。

「怖かったぁぁ! でも、お姉さまの指示があったから……!」

 よしよし。

 私はルミアの頭を撫でる。

 ふと見ると、アリスも少し羨ましそうにこちらを見ていた。

「……アリスも、助かったわ。貴女がいなきゃ全滅だった」

 私が手を差し出すと、アリスは驚いた顔をして、それから少し照れくさそうに、私の手を取った。

「……勘違いしないでよね。私は生徒会長として、生徒を守っただけなんだから」

「はいはい」

 こうして私たちは、ダンジョン実習を生き延びた。

 最強のライバル(アリス)と、最強のパートナー(ルミア)。

 二人の美少女の手を握りながら、私は思った。

 ……あれ?

 これ、完全に「攻略完了」してない?

 だが、安堵するのは早かった。

 消滅した大蛇の跡地。

 そこに、キラリと光るものが落ちていた。

 それは魔石ではない。

 黒い、禍々しい紋章が刻まれた「指輪」だった。

 それを見た瞬間、アリスの顔色が真っ青になった。

「これは……『ウロボロスの指輪』……? まさか、教団が動き出しているの……?」

 教団。

 ゲーム後半で登場するはずの、世界崩壊を目論む敵組織。

 それが、なぜこんな序盤に?

 私の平穏な生活は、まだまだ遠いようだ。

 そして、寮に戻った私を待っていたのは――

 

「お帰りなさいませ、コーデリア様。……ふふ、少し『浮気』の匂いがしますね?」

 般若の面を被った(比喩ではない、物理的に怒っている)メイドのルナによる、執拗なボディチェックとお仕置き(マッサージ)だった。

(続く)

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