第4話「初めてのダンジョン実習、モブと組みたかったのに、なぜか元勇者と生徒会長が私の奪い合いを始めた件」
1
翌朝。
私は、重い空気に包まれて目を覚ました。
「……んぅ」
目を開けると、視界いっぱいにルナの笑顔があった。
距離、ゼロセンチ。
「おはようございます、コーデリア様。本日も素晴らしくお美しい寝顔でございました。録画水晶の容量が足りなくなるほどです」
「……おはよ、ルナ。……近い」
私は彼女の顔をそっと(物理的に)押し返した。
録画水晶? 今さらっと犯罪発言しなかった? まあいいや、ルナだし。
「本日は『初級ダンジョン実習』の日ですね。お荷物は完璧に整えておきました。回復薬、解毒薬、それから特製のお弁当、着替え、タオル、日傘、紅茶セット、座布団……」
「遠足かな?」
リュックがパンパンだ。
でも、ルナの献身はありがたい。私は彼女に感謝しつつ、身支度を整えた。
「……ねえ、ルナ。昨日の夜、どこかに行ってた?」
ふと気になって聞いてみた。
昨夜、ふと目が覚めた時、扉の警備(という名の張り込み)をしていたはずのルナの気配が消えていた気がしたのだ。
ルナは、完璧なメイドスマイルで微笑んだ。
「はい。少しばかり……『お掃除』を」
「お掃除?」
「ええ。コーデリア様の平穏な学園生活を阻害する『害虫』たちが、実習で貴女様に近づかないよう……少し強めに言い聞かせて まいりました」
背筋が凍った。
「言い聞かせた」って何!? 物理!? それとも闇魔法!?
ルナの言う「害虫」が、単なる羽虫であることを祈るしかない。
(※後で知ったことだが、私のクラスの男子生徒数名が、原因不明の腹痛で当日欠席することになったらしい。……ルナちゃん?)
2
学園の裏山に存在する「初級ダンジョン」。
そこが今回の実習の舞台だ。
Sクラスの生徒たちが、洞窟の入り口に整列している。
担当教師が声を張り上げた。
「これより実習を開始する! 今回は危険の少ない浅層だが、油断はするな! 3人1組のチームを組み、最奥にある『守りの宝珠』を持ち帰ることが合格条件だ!」
3人1組。
出た、コミュ障殺しのシステム。
「はい、じゃあ好きな人と組んで~」という先生の言葉が、私の前世のトラウマをえぐってくる。
でも、今の私は(外見だけは)公爵令嬢だ。
誰からも誘われないなんてことはないはず……。
「……」
「……」
あれ?
周囲の生徒たちが、私と目を合わせた瞬間にササッと視線を逸らしていく。
まるで腫れ物に触るかのように、私の周りだけモーゼの海割れ状態だ。
(なんで!? 私、昨日あんなに凄い魔法(暴発)見せたのに!? 普通「強い人と組みたい!」ってなるよね!?)
聞こえてくるのはヒソヒソ話。
『おい、ローゼンバーグ様と組んだら、足手まといになった瞬間消し炭にされるぞ……』
『昨日のあれ、警告射撃だったらしいぜ……「私に近づくな」っていう……』
誤解だあああああ!
私はただ、頼りになる前衛職の人たちと組んで、後ろで応援係をしたかっただけなのに!
「コーデリア様ッ!」
その時、救いの神が現れた。
ブンブンと手を振りながら走ってくる、赤いショートカットの美少女。
ルミアだ。
「よ、よかったです……! まだ余ってますよね!? 私と組んでください!」
「ルミア……!」
天使だ。この子だけが私のオアシスだ。
私は(内心の涙を隠して)クールに頷いた。
「……仕方ないわね。貴女がそこまで言うなら、許可するわ」
「はいっ! やったぁ! お姉さまと一緒……へへっ」
ルミアが私の腕にギュッと抱きつく。
柔らかい。いい匂い。役得すぎる。
「さて、あと一人ね」
3人1組だから、もう一人必要だ。
ルミアがいるなら、彼女の剣技があれば前衛は十分。
あとは回復役か、サポートができる人がいいな。
「あの……失礼します」
そこへ、おずおずと近づいてくる男子生徒がいた。
地味で、真面目そうなメガネ君だ。
「も、もしよろしければ、僕を……僕は回復魔法が使えます! 足手まといにはなりません!」
おお! ヒーラー君!
最高の人材じゃないか! 地味だし、真面目そうだし、私の「目立たず生きる」方針にも合致する!
「いいわよ。貴方、名前は――」
「待ちたまえ」
私が名前を聞こうとした瞬間。
凛とした、よく通る声が割って入った。
その声を聞いた瞬間、男子生徒(ヒーラー君)が「ヒッ」と悲鳴を上げて石化した。
私も固まった。
この声、昨日の……。
カツ、カツ、カツ。
優雅な足音と共に現れたのは、黄金の髪をなびかせた、完璧超人。
生徒会長、アリス・シルヴァーリリィだった。
「せ、生徒会長……!?」
周囲がどよめく。
3年生である彼女が、なぜ1年の実習に?
アリスは私の前の男子生徒に、ニコリと(目が笑っていない)微笑みを向けた。
「貴方、確かCチームの補欠だったわよね? 向こうで人手が足りないそうよ。……行ってあげなさい?」
「は、はいぃっ! 失礼しましたぁっ!」
男子生徒は脱兎のごとく逃げ出した。
待って! 私の貴重なヒーラー兼モブ要員が!
「あら、残念。行ってしまったわね」
アリスは何食わぬ顔でそう言うと、くるりと私に向き直った。
「奇遇ね、コーデリアさん。そしてルミアさん。……私も、実はチームが決まっていなくてね」
嘘つけ!
生徒会長が余るわけないでしょ! 引く手あまたでしょ!
「特別に、私が貴女たちのチームに入ってあげるわ。感謝なさい?」
上から目線!
でも、頬が少し赤い。そして視線がチラチラと私のリュック(のお弁当が入っているあたり)に向いている。
……まさか、またタコさんウインナー目当て?
「ちょっと待ってください!」
ルミアが、私を庇うように一歩前に出た。
小さな体で、生徒会長に食ってかかる。
「コーデリア様は、私と組むんです! 生徒会長が入ってきたら、コーデリア様が緊張しちゃうじゃないですか!」
「あら、特待生のルミアさん。……貴女こそ、昨日の今日でコーデリアさんに随分と馴れ馴れしいのね? 彼女の隣に立つには、実力が釣り合っていないのではないかしら?」
「うっ……! そ、それは……これから強くなります!」
「ふふ、健気ね。でも、今回のダンジョンは危険も伴うわ。……私の『サポート』があったほうが、コーデリアさんも安心でしょう?」
バチバチバチ!
二人の間に火花が見える。
私の右腕をルミアが掴み、左側にはアリスが並び立つ。
右に元・勇者。左に正ヒロイン。
真ん中に、中身コミュ障の悪役令嬢。
(……胃が痛い)
周囲の視線が痛い。
『すげぇ……あの生徒会長と、氷の薔薇が組んだ……』
『最強チームじゃねぇか……』
『間に挟まれてる特待生、生きて帰れるのか?』
逆です。私が一番生きて帰れるか不安なんです。
こうして、地獄の(あるいは天国の)ドリームチームが結成されたのだった。
3
ダンジョン内部。
薄暗い洞窟の中を、私たちは進んでいた。
「明るくなーれっ!」
アリスが指先を鳴らすと、ふわりと光の玉が浮かび上がり、周囲を照らした。
さすが光の魔術師。便利だ。
「……ふん。そのくらい、私だってできます」
ルミアが対抗意識を燃やして剣を構える。
可愛い。
「警戒して。……何が出るかわからないわよ」
私はそれっぽく警告した。
本当は「暗いの怖い、お化け出そう」と思っているだけだが、声が低いので「指揮官の冷静な指示」に聞こえるらしい。
その時。
ギャアアアッ!
暗闇から、巨大なコウモリ型の魔物が3体、飛び出してきた!
「出たわね! はぁっ!」
ルミアが飛び出す。
速い。昨日の弱々しさが嘘のような踏み込みだ。
彼女は剣を一閃させ、1体の翼を切り裂いた。
「すごい……!」
私が感嘆の声を漏らすと、ルミアが得意げに振り返る。
「見ましたかお姉さま! 私、やれま――」
その隙だった。
残りの2体が、ルミアの死角から襲いかかった。
「ルミア! 後ろ!」
アリスが叫び、光の矢を放とうとする。
しかし、間に合わない――!
ルミアの顔が恐怖に歪む。
彼女の脳裏に、トラウマ(過去の失敗や、平民としての劣等感)がよぎったのか、体が硬直してしまった。
(やらせない!)
私は無意識に、右手を突き出していた。
イメージするのは「ハエ叩き」。
あっち行け! シッシッ!
「……墜ちろ」
ドォン!!!
私の手から放たれたのは、見えない衝撃波(重力魔法?)。
2体のコウモリは、まるで巨大な手で叩き潰されたハエのように、地面にめり込んで即死した。
洞窟全体がズズンと揺れる。
「…………」
再びの静寂。
地面には、クレーターのような穴が空き、その中心に哀れな魔物の残骸がある。
「……あ、ありがとう……ございます……」
ルミアがへたり込みながら、顔を真っ赤にして私を見上げる。
「助けてもらった上に……また、こんな凄い魔法を……。やっぱりお姉さまには敵いません……!」
「……無事でよかったわ」
私は震える手(反動で痺れてる)を隠し、努めてクールに言った。
心臓バクバクだ。ハエ叩きのつもりがプレス機だった。
そして、アリス。
彼女は私の魔法を見て、驚愕に見開いた目を向けていたが、すぐに探るような鋭い視線に変わった。
「……無詠唱で、重力魔法? それも、味方を巻き込まないように、ピンポイントで圧力をかけた……?」
違います。大雑把に叩いただけです。
「コーデリア。貴女、本当はどれだけの実力を隠しているの? ……それに、今の判断の速さ。まるで、魔物の動きが『わかっていた』ような……」
ドキッとした。
ゲーム知識があるから、このダンジョンの敵のパターンは知っている。
それがバレたのか?
「……偶然よ」
「偶然で片付けるには、出来すぎね」
アリスが一歩近づいてくる。
また尋問タイムか!?
しかし、彼女は私の顔を覗き込むと、ふいっと視線を逸らし、小声で呟いた。
「……でも、助かったわ。……私の反応が遅れたのを、カバーしてくれたのよね。……ありがとう」
デレた!?
あの鉄仮面のアリスが、素直にお礼を言った!
しかも耳が赤い。
「……礼には及ばないわ。チームメイトでしょう?」
私が言うと、アリスはハッとして私を見た。
その瞳が、少しだけ揺れる。
「チームメイト……。そうね。……今の私たちは、敵同士じゃないものね」
彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。
敵同士じゃない? やっぱり、彼女の中には「敵だった記憶」があるんだ。
4
その後、私たちは順調に(というか私の過剰火力と、ルミアの懸命な剣技と、アリスの的確なサポートで)奥へと進んだ。
そして、最奥の部屋。
そこには、目的の「守りの宝珠」が安置されている台座があった。
「ありました! これで合格ですね!」
ルミアが駆け寄ろうとする。
「待って」
私は鋭く制止した。
ゲームの知識が警鐘を鳴らす。
ここは「初級ダンジョン」。ボスはいないはずだ。
……でも、なんかおかしい。
空気が重い。魔力の匂いが濃すぎる。
「……何かいる」
私の言葉と同時に、台座の奥の闇が膨れ上がった。
ズルリ、と現れたのは、本来ここにいるはずのない魔物。
漆黒の鱗に覆われた、巨大な蛇――「ブラックマンバ・ロード」。
中級……いや、上級クラスの魔物だ。
「なっ……! なんでこんな所に上級魔物が!?」
アリスが叫ぶ。
想定外だ。これはゲームのシナリオにはない!
「シャアアアアアッ!」
大蛇が鎌首をもたげ、ルミアに狙いを定めた。
「くっ……!」
ルミアが剣を構えるが、足が震えている。
今の彼女のレベルでは、絶対に勝てない相手だ。
アリスが杖を構える。
「二人とも下がって! 私が時間を稼ぐわ! その間に逃げて!」
生徒会長としての責任感。彼女は自分を犠牲にするつもりだ。
でも、逃げられるわけがない。
あいつは早い。背中を見せたら一瞬で食われる。
(どうする? 私の魔法? でも、ここで全力魔法を使ったら、洞窟が崩落して生き埋めになるかも……)
詰んだ?
いや、まだだ。
私は「悪役令嬢」だ。そして「現代っ子」だ。
私の武器は、チート魔法だけじゃない。
「ゲーム知識(攻略法)」がある!
ブラックマンバ・ロードの弱点。それは――。
「ルミア! 『音』よ!」
「えっ!?」
「あいつは聴覚が過敏なの! 剣で盾を叩いて! 大きな音を出して!」
「は、はいっ!」
ルミアは理由もわからず、私の指示に従った。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
洞窟内に金属音が響き渡る。
「ギシャアアッ!?」
大蛇が苦しげにのたうち回る。
ビンゴだ!
「アリス! 今よ! あいつの口の中! そこだけ鱗がないわ!」
「口の中……!? 無茶を言うわね!」
アリスは文句を言いながらも、即座に魔力を練り上げた。
「光よ、邪悪を穿て! ホーリー・ジャベリン!」
アリスの放った光の槍が、苦しんで口を開けた大蛇の喉奥に吸い込まれる。
ドォォォォン!!
内側からの爆発。
大蛇は断末魔を上げ、光の粒子となって消滅した。
5
「はぁ……はぁ……」
「か、勝った……?」
ルミアとアリスが、へたり込む。
私も膝から崩れ落ちそうになるのを、気合で耐えた。
勝った。
私の指示と、ルミアの勇気と、アリスの魔法。
3人の連携が決まった。
「……すごい」
アリスが私を見上げた。
その目は、もう私を疑っていなかった。
あるのは、純粋な驚愕と、尊敬。
「どうして弱点がわかったの? どうして、あんなに的確な指示ができたの? ……貴女は、まるで『全てを知っている』みたい」
「……伊達に悪役やってないわよ」
私はニヤリと笑ってみせた(内心、心臓が飛び出しそうだけど)。
「コーデリア様ぁぁぁ!」
ルミアが泣きながら抱きついてきた。
「怖かったぁぁ! でも、お姉さまの指示があったから……!」
よしよし。
私はルミアの頭を撫でる。
ふと見ると、アリスも少し羨ましそうにこちらを見ていた。
「……アリスも、助かったわ。貴女がいなきゃ全滅だった」
私が手を差し出すと、アリスは驚いた顔をして、それから少し照れくさそうに、私の手を取った。
「……勘違いしないでよね。私は生徒会長として、生徒を守っただけなんだから」
「はいはい」
こうして私たちは、ダンジョン実習を生き延びた。
最強のライバル(アリス)と、最強のパートナー(ルミア)。
二人の美少女の手を握りながら、私は思った。
……あれ?
これ、完全に「攻略完了」してない?
だが、安堵するのは早かった。
消滅した大蛇の跡地。
そこに、キラリと光るものが落ちていた。
それは魔石ではない。
黒い、禍々しい紋章が刻まれた「指輪」だった。
それを見た瞬間、アリスの顔色が真っ青になった。
「これは……『ウロボロスの指輪』……? まさか、教団が動き出しているの……?」
教団。
ゲーム後半で登場するはずの、世界崩壊を目論む敵組織。
それが、なぜこんな序盤に?
私の平穏な生活は、まだまだ遠いようだ。
そして、寮に戻った私を待っていたのは――
「お帰りなさいませ、コーデリア様。……ふふ、少し『浮気』の匂いがしますね?」
般若の面を被った(比喩ではない、物理的に怒っている)メイドのルナによる、執拗なボディチェックとお仕置き(マッサージ)だった。
(続く)




