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第3話「生徒会長(ラスボス)に呼び出されたら、なぜか壁ドンされて『全部知ってるのよ』と脅された件」


 放課後の教室。  夕焼けが差し込むSクラスの喧騒を切り裂くように、その「宣告」は下された。


「コーデリア・フォン・ローゼンバーグ様。生徒会室までご同行願います」


 私の目の前に立っているのは、生徒会役員の腕章をつけた三年生の女子生徒。  その背後には、まるで親衛隊のように整列した数名の役員たち。  教室中の視線が私に突き刺さる。


(……きた)


 私は内心、冷や汗で溺れそうになっていた。  心当たりしかない。  昨日の午後の「ナパーム弾事件(魔力測定)」だ。  あんな、校舎裏の森を消し炭にするような真似をして、お咎めなしで済むはずがない。  きっと退学処分だ。「君のような危険物は、学園には置いておけません」と言われて、無人島に隔離されるんだ……!


「……拒否権は?」


 私は震える喉を抑え込み、精一杯の強がり(悪役令嬢ボイス)で尋ねた。  役員の生徒は、無表情に首を横に振る。


「ありません。生徒会長、アリス・シルヴァーリリィ様からの『勅命』です」


 アリス・シルヴァーリリィ。  その名前を聞いた瞬間、私の心臓が早鐘を打った。


 アリス。  このゲーム『エターナル・ローズ』における、正真正銘の「メインヒロイン」。  光の魔術師であり、王立魔導学園の生徒会長。  輝くような金髪に、サファイアのような青い瞳。誰にでも優しく、公平で、正義感が強い「聖女」のような存在。


 ……そして、悪役令嬢コーデリアを最も憎み、断罪イベントで引導を渡す「処刑人」でもある。


(ラスボスのお出ましじゃん!!)


 早すぎる!  まだゲーム開始二日目だよ!?  普通、ラスボスってもっと後半に出てくるものでしょ!?


「わ……わかったわ。案内なさい」


 私はガタガタ震える膝を机の下で隠し、優雅に立ち上がった。  逃げ場はない。  こうなったら、誠心誠意謝ろう。「手が滑りました、テヘペロ」で許してくれる相手ではないが、土下座でも靴磨きでも何でもして、退学だけは回避しなければ。


 その時。  ガタッ! と椅子を蹴る音がした。


「ま、待ってください!」


 私の前に、小さな体が立ちはだかった。  ルミアだ。  彼女は顔を真っ赤にして、けれど必死な形相で生徒会役員たちを睨みつけていた。


「コーデリア様は悪くありません! あれは……その、私の魔力が暴走しそうになったのを、庇ってくださったんです!(大嘘)」


「ルミア……」


 嘘をつくんじゃない。  君の魔力はショボかった(失礼)じゃないか。  でも、その気持ちは嬉しい。昨日私が貼った「くまさん絆創膏」をした手を握りしめて、私を守ろうとしてくれている。


「特待生ルミア。貴女には関係のないことです」 「関係あります! お姉さま……コーデリア様は、私の命の恩人です! 連れて行くなら、私も一緒に行きます!」


 ルミアが私の腕に抱きつく。  役員たちが困惑したように顔を見合わせる。


「……いいわ」


 私はルミアの頭に手を置いた。  よしよし、いい子だ。でも、巻き込むわけにはいかない。  もし私が退学になっても、この子だけは学園に残って、立派な勇者になってもらわないと困る。


「ルミア、貴女はここにいなさい。……これは『命令』よ」


「っ……! で、でも……!」


「大丈夫。少し、お茶をしてくるだけだから(尋問だけど)」


 私は引きつった笑みを浮かべ、ルミアの手をそっと解いた。  捨てられた子犬のような目で見ないで。胸が痛い。


「行きましょう」


 私は役員たちに促され、処刑台への花道を歩き出した。  背中で感じるルミアの視線が、熱くて、痛かった。



 王立魔導学園、本校舎最上階。  重厚なマホガニーの扉の前に立つ。  ここが、生徒会室――魔窟だ。


「失礼します。コーデリア様をお連れしました」


 役員が扉を開ける。  部屋の中は、予想以上に広かった。  壁一面の本棚、高級そうなソファセット、そして部屋の奥にある巨大な執務机。  窓からは、夕焼けに染まる学園都市が一望できる。


 その窓際に、一人の少女が立っていた。  逆光で表情は見えない。  ただ、その金色の髪だけが、夕日を浴びて神々しいほどに輝いていた。


「……ご苦労様。下がっていいわ」


 鈴を転がすような、美しい声。  役員たちが一礼して部屋を出ていく。  バタン、と扉が閉まる音。


 完全なる密室。  私と、彼女だけの空間。


 少女がゆっくりと振り返る。  息を飲むほどに整った顔立ち。  透き通るような白い肌に、長い睫毛に縁取られた青い瞳。  制服の上からでもわかる、女性らしい柔らかな曲線。


 アリス・シルヴァーリリィ。  ゲームのパッケージを飾っていた、あの「正ヒロイン」そのものだ。


「ごきげんよう、コーデリアさん」


 アリスは微笑んだ。  聖女のような、慈愛に満ちた微笑みだ。  ……普通なら、見惚れてしまうだろう。  けれど、私の「現代っ子センサー」と「小動物的本能」が、警鐘を鳴らしていた。


(――目が、笑ってない)


 口元は弧を描いているのに、その青い瞳は、まるで深海のように冷たく、一切の感情を映していなかった。  怖い。  昨日の森の消し炭より怖い。


「……ごきげんよう、生徒会長。……私に、何か用かしら?」


 私は精一杯の虚勢を張った。  舐められたら終わりだ。ここは「公爵令嬢」としての威厳を見せなければ。


 アリスはコツ、コツ、とヒールの音を響かせて近づいてくる。  一歩、また一歩。  圧迫感が凄い。  私は思わず後ずさりそうになるのを、必死に足の指に力を入れて耐えた。


「昨日の『極大魔法』の件……報告は受けています」


 アリスが私の目の前、至近距離で立ち止まる。  甘い花の香りがした。


「学園の敷地の一部を消失させるほどの威力。……流石はローゼンバーグ家の麒麟児、と言ったところかしら」


「……お褒めに預かり光栄ね(皮肉ですか?)」


「でも、不思議ね」


 アリスが小首を傾げる。  その動作一つ一つが、計算されたかのように完璧で、そして不気味だ。


「貴女の魔力適性は『闇』のはず。……なぜ、あれほどの『炎』を使えたのかしら? それに、入学前の調査では、貴女はそこまでの魔力を持っていなかったはずよ」


 ギクリ。  痛いところを突かれた。  そう、本来のコーデリアは「闇属性」特化だ。全属性使えるようになったのは、私が転生したバグか何かの影響だろう。


「……成長期、だからかしら?」


 苦しすぎる言い訳。  アリスの目が、スッと細められた。


「嘘ね」


 断言。  彼女が一歩踏み出す。  私はたまらず一歩下がる。


「貴女は、何かを隠している。……いいえ、貴女は『何か』を知っている」


「な、何を……」


 ドンッ!


 背中が壁に当たった。  逃げ場がない。  アリスの顔が迫る。  そして、彼女の白魚のような手が、私の顔の横の壁に叩きつけられた。


 壁ドンだ。  しかも、美少女による美少女への壁ドン。  絵面だけ見れば百合の表紙だが、状況はホラーだ。


 アリスの顔が、鼻先が触れそうな距離にある。  彼女の青い瞳が、私の瞳を覗き込む。  その瞳の奥に、昏い、ドロリとした感情の渦が見えた気がした。


「答えなさい、コーデリア。……貴女、『今度』は何を企んでいるの?」


「……え?」


 今度?  どういう意味?


「白々しい演技はやめて。……あの『ルミア』という少女。本来なら男として生まれ、勇者として覚醒するはずだった存在。……なぜ、あの子が女になっているの? なぜ、貴女があの子を囲っているの?」


 アリスの声から、聖女の仮面が剥がれ落ちていく。  そこにあるのは、焦燥と、疑念と、そして明確な殺意。


「貴女が『改変』したの? それとも、貴女も『巻き込まれた』側?」


(待って待って、話が見えない!)


 改変? 巻き込まれた?  もしかして、アリス……貴女、この世界が「ゲーム」だって知ってるの?  それとも、もっと別の「ループ」みたいなものを経験してるの!?


「わ、私は……ただ、友達が……」


「友達?」


 アリスが冷笑する。


「貴女のような『悪役』に、友達なんてできるわけがないでしょう。……あの純粋なルミアを利用して、何をしようとしているの? 世界を滅ぼす? それとも、また私から『全て』を奪うつもり?」


 アリスの手が、私の顎を掴む。  強い力だ。痛い。


「許さない……。今度こそ、私は守ってみせる。……たとえ、この手が血に濡れようとも」


 怖い。  本気だ。この子は、私を「敵」として認識している。  しかも、私の知らない「過去(あるいは…別の世界線)」の恨みを持って。


 涙が滲む。  怖いよぉ。帰りたいよぉ。  タピオカ飲みたいよぉ。


 その時だった。


 グゥゥゥゥゥ~~~~~~。


 間の抜けた、しかし盛大な音が、静まり返った生徒会室に響き渡った。


「…………」 「…………」


 時間が止まった。  アリスの動きが止まる。  私の腹の音ではない。


 音源は、目の前の完璧超人、アリス・シルヴァーリリィの腹部だった。


「……あ」


 アリスの顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。  壁ドンしていた手が、震えながら離れていく。  聖女の仮面も、冷酷な復讐者の仮面も吹き飛び、そこにはただの「恥ずかしがる少女」がいた。


「ち、ちが……これは、その……魔力の循環音が……!」


「……お腹、空いてるの?」


 私は思わず聞いてしまった。  アリスは涙目で私を睨む。


「う、うるさいっ! ……最近、忙しくて……昼食を摂る時間がなくて……!」


 そういえば、机の上には書類が山積みだ。  この学園の生徒会は激務だと聞いたことがある。  彼女は一人で、この膨大な仕事をこなしているのか?


(……なんだ)


 恐怖が、少しだけ引いていった。  なんだか、急に親近感が湧いてきた。  どんなに怖くても、完璧に見えても、お腹は空くんだ。


 私は無意識に、スカートのポケットに手を入れていた。  そこには、昼休みにルミアにあげそびれた、予備の「タコさんウインナー(ラップ包み)」が入っていた。


「……食べる?」


 私はそれを差し出した。  アリスが目を丸くする。


「は……?」


「残り物だけど。……お腹が鳴るほど頑張ってるなら、食べたほうがいいわよ。……低血糖じゃ、頭も回らないでしょ(悪巧みもできないでしょ)」


 アリスは信じられないものを見る目で、私の手の中の赤い物体を見た。


「な、何これ……魔獣の指……?」


「ウインナーよ! 失礼ね!」


 私は半ば強引に、アリスの手を取ってウインナーを握らせた。


「毒なんて入ってないわよ。……嫌なら捨てればいいわ」


 私はプイと顔を背けた。  心臓バクバクだ。生徒会長に残り物をあげるなんて、不敬罪で斬首ものかもしれない。


 アリスは呆然とウインナーを見つめ、それからチラリと私を見て、恐る恐るそれを口に運んだ。  ハムッ。


「…………」


 咀嚼。  ゴクリ。


「…………おいしい」


 小さな、本当に小さな声だった。  アリスの瞳から、険しい色が消えていた。  代わりに浮かんでいるのは、驚きと、困惑。


「……冷えているのに、味がしっかりしていて……それに、なんだか懐かしい味が……」


 彼女は私を見た。  さっきまでの「殺してやる」という目ではない。  得体の知れない宇宙人を見るような、観察する目だ。


「……貴女、本当にコーデリアなの?」


「失礼ね。正真正銘、コーデリア・フォン・ローゼンバーグよ(中身以外)」


 アリスはふっと力を抜いて、ため息をついた。


「……調子が狂うわ。……あんな殺気立った尋問の最中に、ウインナーを差し出すなんて」


「お腹の音がうるさかったからよ」


「っ! わ、忘れてください!」


 アリスは顔を赤くして叫んだ。  可愛い。  さっきのラスボス感はどこへやら。今はただの「年相応の女の子」に見える。


「……今回は、見逃してあげます」


 アリスは咳払いをして、聖女モード(弱)に戻った。


「ただし、貴女への疑いが晴れたわけではありません。……ルミアのこと、そして貴女の力の謎。私が必ず暴いてみせます」


「どうぞご自由に(何も出ないけど)」


「それと……」


 アリスは少し言い淀んで、モジモジと視線を逸らした。


「……その、お弁当。……もし、また作りすぎることがあったら……」


「……え?」


「しょ、処分に困るなら、私が処理してあげてもいいわよ! 生徒会の予算削減のためにね!」


 ツンデレか!  この世界のヒロインはツンデレしかいないのか!


「……善処するわ」


 私は肩をすくめて、生徒会室を後にした。


 扉が閉まる瞬間、隙間から見えたアリスの表情。  彼女は、空になったラップを愛おしそうに見つめ、どこか切なげな、泣きそうな顔をしていた。


『……変わってしまったのね、コーデリア。……でも、今の貴女なら……あるいは……』


 その呟きは、私の耳には届かなかった。



 廊下に出ると、そこには忠犬が待っていた。


「コーデリア様ッ!」


 ルミアが弾丸のように突っ込んできた。  私の体をペタペタと触り、怪我がないか確認してくる。


「ご無事ですか!? ひどいことされませんでしたか!? もし傷一つでもつけられていたら、私、生徒会を敵に回してでも……!」


「大丈夫よ、ルミア。……ただのお喋りだったわ」


 私はルミアの頭を撫でた。  その温かさにホッとする。  やっぱり、ラスボス(アリス)との対話は寿命が縮む。このルミアの癒し成分が必要だ。


「帰ろう、ルミア。……お腹空いた」


「はいっ! 寮に戻ったら、私が肩をお揉みしますね! あ、それとお茶の準備も……!」


 私たちは並んで廊下を歩き出す。  夕日が二人の影を長く伸ばす。


 ――だが、私はまだ知らなかった。  生徒会室での「餌付け」が、アリスの中でとんでもない化学反応を起こしていたことを。


 そして、この学園には、まだもう一人。  私のことを「女神」と崇める、重すぎる愛を持つメイド(ルナ)が、とある「計画」を進めていることを。


 百合ハーレムの包囲網は、まだ狭まり始めたばかりだった。


(続く)

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