第3話「生徒会長(ラスボス)に呼び出されたら、なぜか壁ドンされて『全部知ってるのよ』と脅された件」
1
放課後の教室。 夕焼けが差し込むSクラスの喧騒を切り裂くように、その「宣告」は下された。
「コーデリア・フォン・ローゼンバーグ様。生徒会室までご同行願います」
私の目の前に立っているのは、生徒会役員の腕章をつけた三年生の女子生徒。 その背後には、まるで親衛隊のように整列した数名の役員たち。 教室中の視線が私に突き刺さる。
(……きた)
私は内心、冷や汗で溺れそうになっていた。 心当たりしかない。 昨日の午後の「ナパーム弾事件(魔力測定)」だ。 あんな、校舎裏の森を消し炭にするような真似をして、お咎めなしで済むはずがない。 きっと退学処分だ。「君のような危険物は、学園には置いておけません」と言われて、無人島に隔離されるんだ……!
「……拒否権は?」
私は震える喉を抑え込み、精一杯の強がり(悪役令嬢ボイス)で尋ねた。 役員の生徒は、無表情に首を横に振る。
「ありません。生徒会長、アリス・シルヴァーリリィ様からの『勅命』です」
アリス・シルヴァーリリィ。 その名前を聞いた瞬間、私の心臓が早鐘を打った。
アリス。 このゲーム『エターナル・ローズ』における、正真正銘の「メインヒロイン」。 光の魔術師であり、王立魔導学園の生徒会長。 輝くような金髪に、サファイアのような青い瞳。誰にでも優しく、公平で、正義感が強い「聖女」のような存在。
……そして、悪役令嬢コーデリアを最も憎み、断罪イベントで引導を渡す「処刑人」でもある。
(ラスボスのお出ましじゃん!!)
早すぎる! まだゲーム開始二日目だよ!? 普通、ラスボスってもっと後半に出てくるものでしょ!?
「わ……わかったわ。案内なさい」
私はガタガタ震える膝を机の下で隠し、優雅に立ち上がった。 逃げ場はない。 こうなったら、誠心誠意謝ろう。「手が滑りました、テヘペロ」で許してくれる相手ではないが、土下座でも靴磨きでも何でもして、退学だけは回避しなければ。
その時。 ガタッ! と椅子を蹴る音がした。
「ま、待ってください!」
私の前に、小さな体が立ちはだかった。 ルミアだ。 彼女は顔を真っ赤にして、けれど必死な形相で生徒会役員たちを睨みつけていた。
「コーデリア様は悪くありません! あれは……その、私の魔力が暴走しそうになったのを、庇ってくださったんです!(大嘘)」
「ルミア……」
嘘をつくんじゃない。 君の魔力はショボかった(失礼)じゃないか。 でも、その気持ちは嬉しい。昨日私が貼った「くまさん絆創膏」をした手を握りしめて、私を守ろうとしてくれている。
「特待生ルミア。貴女には関係のないことです」 「関係あります! お姉さま……コーデリア様は、私の命の恩人です! 連れて行くなら、私も一緒に行きます!」
ルミアが私の腕に抱きつく。 役員たちが困惑したように顔を見合わせる。
「……いいわ」
私はルミアの頭に手を置いた。 よしよし、いい子だ。でも、巻き込むわけにはいかない。 もし私が退学になっても、この子だけは学園に残って、立派な勇者になってもらわないと困る。
「ルミア、貴女はここにいなさい。……これは『命令』よ」
「っ……! で、でも……!」
「大丈夫。少し、お茶をしてくるだけだから(尋問だけど)」
私は引きつった笑みを浮かべ、ルミアの手をそっと解いた。 捨てられた子犬のような目で見ないで。胸が痛い。
「行きましょう」
私は役員たちに促され、処刑台への花道を歩き出した。 背中で感じるルミアの視線が、熱くて、痛かった。
2
王立魔導学園、本校舎最上階。 重厚なマホガニーの扉の前に立つ。 ここが、生徒会室――魔窟だ。
「失礼します。コーデリア様をお連れしました」
役員が扉を開ける。 部屋の中は、予想以上に広かった。 壁一面の本棚、高級そうなソファセット、そして部屋の奥にある巨大な執務机。 窓からは、夕焼けに染まる学園都市が一望できる。
その窓際に、一人の少女が立っていた。 逆光で表情は見えない。 ただ、その金色の髪だけが、夕日を浴びて神々しいほどに輝いていた。
「……ご苦労様。下がっていいわ」
鈴を転がすような、美しい声。 役員たちが一礼して部屋を出ていく。 バタン、と扉が閉まる音。
完全なる密室。 私と、彼女だけの空間。
少女がゆっくりと振り返る。 息を飲むほどに整った顔立ち。 透き通るような白い肌に、長い睫毛に縁取られた青い瞳。 制服の上からでもわかる、女性らしい柔らかな曲線。
アリス・シルヴァーリリィ。 ゲームのパッケージを飾っていた、あの「正ヒロイン」そのものだ。
「ごきげんよう、コーデリアさん」
アリスは微笑んだ。 聖女のような、慈愛に満ちた微笑みだ。 ……普通なら、見惚れてしまうだろう。 けれど、私の「現代っ子センサー」と「小動物的本能」が、警鐘を鳴らしていた。
(――目が、笑ってない)
口元は弧を描いているのに、その青い瞳は、まるで深海のように冷たく、一切の感情を映していなかった。 怖い。 昨日の森の消し炭より怖い。
「……ごきげんよう、生徒会長。……私に、何か用かしら?」
私は精一杯の虚勢を張った。 舐められたら終わりだ。ここは「公爵令嬢」としての威厳を見せなければ。
アリスはコツ、コツ、とヒールの音を響かせて近づいてくる。 一歩、また一歩。 圧迫感が凄い。 私は思わず後ずさりそうになるのを、必死に足の指に力を入れて耐えた。
「昨日の『極大魔法』の件……報告は受けています」
アリスが私の目の前、至近距離で立ち止まる。 甘い花の香りがした。
「学園の敷地の一部を消失させるほどの威力。……流石はローゼンバーグ家の麒麟児、と言ったところかしら」
「……お褒めに預かり光栄ね(皮肉ですか?)」
「でも、不思議ね」
アリスが小首を傾げる。 その動作一つ一つが、計算されたかのように完璧で、そして不気味だ。
「貴女の魔力適性は『闇』のはず。……なぜ、あれほどの『炎』を使えたのかしら? それに、入学前の調査では、貴女はそこまでの魔力を持っていなかったはずよ」
ギクリ。 痛いところを突かれた。 そう、本来のコーデリアは「闇属性」特化だ。全属性使えるようになったのは、私が転生したバグか何かの影響だろう。
「……成長期、だからかしら?」
苦しすぎる言い訳。 アリスの目が、スッと細められた。
「嘘ね」
断言。 彼女が一歩踏み出す。 私はたまらず一歩下がる。
「貴女は、何かを隠している。……いいえ、貴女は『何か』を知っている」
「な、何を……」
ドンッ!
背中が壁に当たった。 逃げ場がない。 アリスの顔が迫る。 そして、彼女の白魚のような手が、私の顔の横の壁に叩きつけられた。
壁ドンだ。 しかも、美少女による美少女への壁ドン。 絵面だけ見れば百合の表紙だが、状況はホラーだ。
アリスの顔が、鼻先が触れそうな距離にある。 彼女の青い瞳が、私の瞳を覗き込む。 その瞳の奥に、昏い、ドロリとした感情の渦が見えた気がした。
「答えなさい、コーデリア。……貴女、『今度』は何を企んでいるの?」
「……え?」
今度? どういう意味?
「白々しい演技はやめて。……あの『ルミア』という少女。本来なら男として生まれ、勇者として覚醒するはずだった存在。……なぜ、あの子が女になっているの? なぜ、貴女があの子を囲っているの?」
アリスの声から、聖女の仮面が剥がれ落ちていく。 そこにあるのは、焦燥と、疑念と、そして明確な殺意。
「貴女が『改変』したの? それとも、貴女も『巻き込まれた』側?」
(待って待って、話が見えない!)
改変? 巻き込まれた? もしかして、アリス……貴女、この世界が「ゲーム」だって知ってるの? それとも、もっと別の「ループ」みたいなものを経験してるの!?
「わ、私は……ただ、友達が……」
「友達?」
アリスが冷笑する。
「貴女のような『悪役』に、友達なんてできるわけがないでしょう。……あの純粋なルミアを利用して、何をしようとしているの? 世界を滅ぼす? それとも、また私から『全て』を奪うつもり?」
アリスの手が、私の顎を掴む。 強い力だ。痛い。
「許さない……。今度こそ、私は守ってみせる。……たとえ、この手が血に濡れようとも」
怖い。 本気だ。この子は、私を「敵」として認識している。 しかも、私の知らない「過去(あるいは…別の世界線)」の恨みを持って。
涙が滲む。 怖いよぉ。帰りたいよぉ。 タピオカ飲みたいよぉ。
その時だった。
グゥゥゥゥゥ~~~~~~。
間の抜けた、しかし盛大な音が、静まり返った生徒会室に響き渡った。
「…………」 「…………」
時間が止まった。 アリスの動きが止まる。 私の腹の音ではない。
音源は、目の前の完璧超人、アリス・シルヴァーリリィの腹部だった。
「……あ」
アリスの顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。 壁ドンしていた手が、震えながら離れていく。 聖女の仮面も、冷酷な復讐者の仮面も吹き飛び、そこにはただの「恥ずかしがる少女」がいた。
「ち、ちが……これは、その……魔力の循環音が……!」
「……お腹、空いてるの?」
私は思わず聞いてしまった。 アリスは涙目で私を睨む。
「う、うるさいっ! ……最近、忙しくて……昼食を摂る時間がなくて……!」
そういえば、机の上には書類が山積みだ。 この学園の生徒会は激務だと聞いたことがある。 彼女は一人で、この膨大な仕事をこなしているのか?
(……なんだ)
恐怖が、少しだけ引いていった。 なんだか、急に親近感が湧いてきた。 どんなに怖くても、完璧に見えても、お腹は空くんだ。
私は無意識に、スカートのポケットに手を入れていた。 そこには、昼休みにルミアにあげそびれた、予備の「タコさんウインナー(ラップ包み)」が入っていた。
「……食べる?」
私はそれを差し出した。 アリスが目を丸くする。
「は……?」
「残り物だけど。……お腹が鳴るほど頑張ってるなら、食べたほうがいいわよ。……低血糖じゃ、頭も回らないでしょ(悪巧みもできないでしょ)」
アリスは信じられないものを見る目で、私の手の中の赤い物体を見た。
「な、何これ……魔獣の指……?」
「ウインナーよ! 失礼ね!」
私は半ば強引に、アリスの手を取ってウインナーを握らせた。
「毒なんて入ってないわよ。……嫌なら捨てればいいわ」
私はプイと顔を背けた。 心臓バクバクだ。生徒会長に残り物をあげるなんて、不敬罪で斬首ものかもしれない。
アリスは呆然とウインナーを見つめ、それからチラリと私を見て、恐る恐るそれを口に運んだ。 ハムッ。
「…………」
咀嚼。 ゴクリ。
「…………おいしい」
小さな、本当に小さな声だった。 アリスの瞳から、険しい色が消えていた。 代わりに浮かんでいるのは、驚きと、困惑。
「……冷えているのに、味がしっかりしていて……それに、なんだか懐かしい味が……」
彼女は私を見た。 さっきまでの「殺してやる」という目ではない。 得体の知れない宇宙人を見るような、観察する目だ。
「……貴女、本当にコーデリアなの?」
「失礼ね。正真正銘、コーデリア・フォン・ローゼンバーグよ(中身以外)」
アリスはふっと力を抜いて、ため息をついた。
「……調子が狂うわ。……あんな殺気立った尋問の最中に、ウインナーを差し出すなんて」
「お腹の音がうるさかったからよ」
「っ! わ、忘れてください!」
アリスは顔を赤くして叫んだ。 可愛い。 さっきのラスボス感はどこへやら。今はただの「年相応の女の子」に見える。
「……今回は、見逃してあげます」
アリスは咳払いをして、聖女モード(弱)に戻った。
「ただし、貴女への疑いが晴れたわけではありません。……ルミアのこと、そして貴女の力の謎。私が必ず暴いてみせます」
「どうぞご自由に(何も出ないけど)」
「それと……」
アリスは少し言い淀んで、モジモジと視線を逸らした。
「……その、お弁当。……もし、また作りすぎることがあったら……」
「……え?」
「しょ、処分に困るなら、私が処理してあげてもいいわよ! 生徒会の予算削減のためにね!」
ツンデレか! この世界のヒロインはツンデレしかいないのか!
「……善処するわ」
私は肩をすくめて、生徒会室を後にした。
扉が閉まる瞬間、隙間から見えたアリスの表情。 彼女は、空になったラップを愛おしそうに見つめ、どこか切なげな、泣きそうな顔をしていた。
『……変わってしまったのね、コーデリア。……でも、今の貴女なら……あるいは……』
その呟きは、私の耳には届かなかった。
3
廊下に出ると、そこには忠犬が待っていた。
「コーデリア様ッ!」
ルミアが弾丸のように突っ込んできた。 私の体をペタペタと触り、怪我がないか確認してくる。
「ご無事ですか!? ひどいことされませんでしたか!? もし傷一つでもつけられていたら、私、生徒会を敵に回してでも……!」
「大丈夫よ、ルミア。……ただのお喋りだったわ」
私はルミアの頭を撫でた。 その温かさにホッとする。 やっぱり、ラスボス(アリス)との対話は寿命が縮む。この子の癒し成分が必要だ。
「帰ろう、ルミア。……お腹空いた」
「はいっ! 寮に戻ったら、私が肩をお揉みしますね! あ、それとお茶の準備も……!」
私たちは並んで廊下を歩き出す。 夕日が二人の影を長く伸ばす。
――だが、私はまだ知らなかった。 生徒会室での「餌付け」が、アリスの中でとんでもない化学反応を起こしていたことを。
そして、この学園には、まだもう一人。 私のことを「女神」と崇める、重すぎる愛を持つメイド(ルナ)が、とある「計画」を進めていることを。
百合ハーレムの包囲網は、まだ狭まり始めたばかりだった。
(続く)




