第14話 「林間学校から帰還したら、勝手に『女神ファンクラブ』が結成されていて、聖女様(ガチ勢)に目をつけられた件」
1
林間学校から帰還した翌日。
私は、学園の正門前で石化していた。
「「「コーデリア様、万歳!! 慈愛の女神に栄光あれ!!」」」
正門をくぐった瞬間、数百人の生徒たちによる一斉射撃(歓声)を浴びたのだ。
彼らは手に手に「バラの花」や「手作りのお守り」、中には「私の似顔絵が描かれた団扇」を持っていた。
「……なにこれ」
私は引きつった笑顔で呟いた。
隣にいるルミアが、誇らしげに胸を張る。
「すごいですね、お姉さま! 『コーデリア様親衛隊』……通称『女神ファンクラブ』の発足式ですよ!」
「ファンクラブ!?」
「はい! 林間学校で助けられた生徒たちが、自主的に結成したんです。会員数はすでに全校生徒の半数を超えています!」
過半数!?
この国の選挙なら政権交代できるレベルじゃないか!
「ああ、コーデリア様……! 今日も素晴らしいおみ足だ……」
「あの冷ややかな視線……ゾクゾクする……」
「昨日の『お座り』、俺もされたい……」
聞こえてくる声がヤバい。
尊敬を通り越して、信仰と性癖が歪んだ方向に爆走している。
私の「目立たず生きる」計画は、もはや原子レベルで崩壊していた。
「……チッ。騒がしい虫たちね」
背後から、不機嫌そうな声。
アリスだ。
彼女は生徒会長モードの完璧な笑顔を浮かべつつ、私だけに聞こえる声で毒づいた。
「私のコーデリアに変な虫がつかないように、校則で『ファンクラブ禁止令』を出そうかしら……」
「アリス、顔が怖い。笑顔で殺気出さないで」
「フフッ……我の人気に嫉妬するとは、小物よな」
ノアがマントを翻して現れる。
彼女の眼帯には、なぜか「祝・生還」というシールが貼ってあった。
「ちなみに、我が『闇のネットワーク』の情報によると……例のクロノスとかいう眼鏡男。裏社会で『コーデリア教』の経典を配り歩いているらしいぞ」
「やめてえええええ!!」
私は頭を抱えた。
あのヤンデレ司教、仕事が早すぎる!
「新世界の神」とか言ってたくせに、やってることが地道な布教活動ってどうなの!?
ともあれ、私は「学園のアイドル(宗教的な意味で)」として、新たな学園生活をスタートさせることになった。
2
放課後。
女子寮の自室に逃げ帰った私は、ベッドにダイブした。
「……疲れた……」
教室でも廊下でもトイレでも、常に崇拝の視線を浴び続けるストレス。
胃に穴が空きそうだ。
タピオカ……タピオカを点滴したい……。
「おかえりなさいませ、コーデリア様」
部屋の奥から、冷ややかな声。
ビクッとして顔を上げると、仁王立ちしたルナがいた。
その背後には、正座させられたフェンリル(チビリル)の姿がある。
「……ルナ?」
「無断外泊、および魔獣の連れ込み。……さらに、現地での無謀な戦闘行為。……報告は全て聞いております」
ルナがゆっくりと近づいてくる。
手には包丁……ではなく、今日は「マッサージオイル」と「謎の拘束具」を持っていた。
「お疲れのようですね、コーデリア様。……たっぷりと、全身の凝り(と浮気心)をほぐして差し上げましょう」
「え、ちょ、待っ――」
「逃しません。……今日は『特別コース』です」
バタン。
鍵がかけられる音。
「ひゃあああああっ!?」
「グルルッ……(我も巻き添えか……!)」
その後の数時間、部屋からは私の情けない悲鳴と、フェンリルの「キャン!」という鳴き声が響き渡ったという。
(※ルナのマッサージは超一流だが、精神的な圧迫感が凄まじいのだ)
3
翌日。
私が全身ツヤツヤ(マッサージ効果)になって登校すると、学園が妙にざわついていた。
「おい、見たか?」
「ああ……『教会』の人間だ」
「なんで『聖女様』がここに……?」
教会。聖女。
不穏な単語が飛び交っている。
私はルミアと顔を見合わせた。
「……嫌な予感がしますね、お姉さま」
「うん。……とりあえず、逃げようか」
回れ右をして帰ろうとした、その時。
「――お待ちください」
鈴を鳴らすような、しかし氷のように冷徹な声が響いた。
廊下の向こうから、真っ白な修道服に身を包んだ一団が歩いてくる。
その先頭に立つ少女。
長いプラチナブロンドを三つ編みにし、銀縁の眼鏡をかけた、理知的で厳格そうな美少女。
その手には、分厚い聖書が握られている。
彼女は私の前で立ち止まり、眼鏡の奥から鋭い視線を突き刺した。
「貴女が、コーデリア・フォン・ローゼンバーグですね?」
「……そうですが。貴女は?」
少女は聖書を胸に抱き、高らかに宣言した。
「私は『中央正教会』より派遣された異端審問官、兼・聖女のシルヴィア・レイルロードです」
シルヴィア。
ゲームには登場しなかったキャラクターだ。
いや、名前だけは設定資料集にあった気がする。「堅物すぎてイベントが発生しない没ヒロイン」として。
「……聖女様が、私に何の用かしら?」
シルヴィアは、私の目を真っ直ぐに見て言った。
「貴女にかけられた『異端』の嫌疑について、調査に参りました」
「い、異端?」
「ええ。……最近、巷で『新しき女神』を名乗り、怪しげな奇跡を行使し、民衆を惑わせているという報告が入っています」
クロノスのせいだ!
あいつの布教活動が、本家の教会にバレたんだ!
「特に、先日の『精霊の森』における異常な魔力反応……。あれは正規の魔法体系を逸脱しています。……貴女、もしかして『悪魔』と契約しているのでは?」
シルヴィアの視線が、私の影――そこに潜んでいるルナや、教室に隠しているフェンリルに向けられる。
鋭い。
この子、真面目すぎて冗談が通じないタイプだ。
「……誤解よ。私はただの生徒で……」
「問答無用」
シルヴィアはバサッと聖書を開いた。
「疑わしきは罰せよ。……これより貴女を『24時間監視』させていただきます。もし、少しでも『魔女』の兆候が見られれば……」
彼女は懐から、白銀の鎖を取り出した。
「この『聖なる鎖』で拘束し、教会本部へ連行いたします。……覚悟なさい」
カチャン。
シルヴィアが自分の手首と、私の手首を鎖で繋いだ。
え?
物理的に!?
「……これで、貴女は逃げられません。トイレもお風呂も寝る時も、私が監視します」
「はぁぁぁぁ!?」
またか!
アリスに続いて、また「お風呂も一緒」枠が増えた!
しかも今度はガチの「監視役」だ。
「ちょっと! お姉さまから離れてください!」
ルミアが剣の柄に手をかける。
「離れなさい、剣士風情が。……これは公務です」
シルヴィアは冷たく一蹴する。
「あら、随分と強引なお客様ね……」
アリスが現れ、ニコリと(目が笑っていない)微笑む。
「生徒会長として、外部の人間の横暴は見過ごせないのだけれど?」
「生徒会長……アリス・シルヴァーリリィですね。貴女にも『共犯』の疑いがあります。……邪魔をするなら、まとめて異端認定しますよ?」
バチバチバチッ!
アリス VS シルヴィア。
「ループヤンデレ」と「堅物委員長タイプ」。
混ぜるな危険の化学反応が起きそうだ。
4
その日の授業中。
私の右腕は、鎖で隣の席のシルヴィアと繋がれていた。
(……やりにくい)
ノートを取ろうとすると、鎖がジャラジャラ鳴る。
シルヴィアは背筋をピンと伸ばし、授業を受けながらも、横目で私をジロジロ観察している。
「……何を見ているの?」
小声で聞くと、シルヴィアは真顔で答えた。
「悪魔の尻尾が生えていないか、確認しています」
「生えてないわよ!」
「……ふん。外見は人間のように見えますが、騙されませんよ。……魔女は総じて、美しい姿で人を惑わすものですから」
ん?
今、サラッと「美しい」って言った?
「……お昼休みです。食堂へ行きましょう」
チャイムが鳴ると、シルヴィアは私を引っ張って立ち上がった。
まるで囚人の連行だ。
学食。
私たちは向かい合って座った。
私の周りには、いつものメンバー(ルミア、アリス、ノア)が集まっているが、シルヴィアの放つ「聖なる結界オーラ」のせいで近づけないでいる。
「……貴女の食事もチェックします。魔女はゲテモノを好むと言いますからね」
シルヴィアは私の弁当(ルナ特製)を検分し始めた。
「……ほう。彩り、栄養バランス、共に完璧ですね。……毒の反応もなし」
パクッ。
彼女は毒見と称して、私の卵焼きを食べた。
「……ッ!」
シルヴィアの眼鏡がズレた。
「……な、なんですかこれは……。口の中で出汁の香りが爆発して……信じられないほど美味しい……」
彼女は震える手で頬を押さえた。
「教会での粗食とは比べ物にならない……。これが、悪魔の誘惑……?」
「ただの卵焼きよ。……食べる?」
私がもう一つ差し出すと、シルヴィアは「くっ……!」と葛藤しつつ、
「……ちょ、調査のためです! 仕方ありません!」
と言って、パクッと食べた。
餌付け完了。早い。
食べている間、シルヴィアの表情がとろけていく。
堅物眼鏡っ娘が、美味しいものでデレる瞬間。
……悪くない。
むしろ、可愛い。
「……ふぅ。危険な味でした」
完食したシルヴィアは、コホンと咳払いをして眼鏡を直した。
だが、その頬はほんのりピンク色だ。
「……コーデリアさん。貴女、意外と家庭的なのですね」
「だから、普通の生徒だって言ってるでしょ」
「……まだ信じませんよ。ですが……」
シルヴィアは少しだけ視線を逸らし、ボソッと言った。
「……貴女の手、温かいですね」
鎖で繋がれた手首。
そこから伝わる体温。
「魔女の体温は冷たいはず。……貴女は、もしかして……」
彼女の瞳に、迷いの色が浮かぶ。
その時。
ドォォォォン!!
校庭の方から、爆発音が聞こえた。
「な、何事ですか!?」
シルヴィアが立ち上がる。
窓の外を見ると、校庭に巨大な魔法陣が出現していた。
そこから現れたのは、教会の紋章をつけた武装神官たち。
しかし、その目は虚ろで、まるで操り人形のようだ。
「あれは……私の部下たち!? まさか、洗脳されている!?」
シルヴィアが青ざめる。
その背後から、聞き覚えのある不快な笑い声が響いた。
「ハハハ……! 見つけましたよ、女神様!」
校庭の中央に降り立ったのは、黒い法衣の男――クロノスだった。
彼は両手を広げ、狂気的な演説を始めた。
「教会の皆様も、ようやく真実に気づいたようですね! さあ、この『聖女』を捕らえ、生贄に捧げましょう! ……我らが女神、コーデリア様のための礎として!」
「なっ……!?」
シルヴィアが私を見る。
その目には、再び疑惑の炎が宿っていた。
「やっぱり……! 貴女が首謀者なのですね!?」
「違うってば! あいつが勝手に言ってるだけ!」
最悪だ。
クロノスのせいで、私が「教会を乗っ取ろうとする魔女」に仕立て上げられている!
「問答無用! ……ここで貴女を浄化します!」
シルヴィアが聖書を構える。
アリスたちが駆け寄ってくる。
そして校庭からは、洗脳された神官たちが迫ってくる。
内憂外患。
私の平穏は、今日も遠い。
お願いだから、誰かあのヤンデレ司教を黙らせて!!
(続く)




