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第12話 「林間学校のオリエンテーリング、順調だと思ったらラスボス(教団司教)が私を『女神』として崇め始めた件」


 林間学校、二日目の朝。

 私は、小鳥のさえずりではなく、野太い悲鳴で目を覚ました……ということはなく、意外にも静かな朝を迎えていた。


「……ふわぁ」


 ロッジのベッドから起き上がる。

 昨夜の「肝試し(という名の森ごと浄化イベント)」のせいで、魔力を使いすぎたのか体が少し重い。

 隣を見ると、フェンリルがへそ天で爆睡している。

 その向こうでは、アリスとルミアが、椅子に座ったまま剣と杖を抱いて仮眠を取っていた。

 徹夜で見張りをしてくれていたらしい。


(……ありがたいけど、申し訳ないなぁ)


 私はそっとベッドを抜け出し、窓を開けた。

 爽やかな朝の空気――にしては、少し「綺麗すぎる」空気が流れ込んでくる。


 森の木々はキラキラと輝き、地面からは薄っすらと光の粒子が立ち上っている。

 昨日の私の『閃光フラッシュ』の影響だ。

 不気味だった精霊の森が、まるで「天界の庭園」みたいになっている。


「……やりすぎた」


 これじゃあ、今日の予定にある「オリエンテーリング」も雰囲気ぶち壊しだ。

 教頭先生に怒られるかな……。


 コンコン。

 控えめなノックの音。


「コーデリア様。……朝のハーブティーをお持ちしました」


 入ってきたのは、現地の清掃スタッフに変装したルナだった。

 彼女はトレイを置くと、真剣な表情で私に耳打ちした。


「……コーデリア様。妙です」


「え?何が?」


「森の空気が……清浄すぎます。いえ、貴女様の浄化のせいだけではありません。……何者かが、この森の『地脈』を無理やり活性化させているような……」


 ルナの目が鋭く光る。


「まるで、巨大な『何か』を目覚めさせるための、準備運動のような気配がします」


 背筋がゾクリとした。

 アリスが言っていた「大災厄の魔獣」の封印。

 教団クロノスは、着々と準備を進めているのだ。


「……気をつけるわ」


「はい。私も影から護衛いたしますが……くれぐれも、あの眼鏡のクロノスにはご注意を。……奴からは、私と同じ『狂気』の匂いがします」


 ヤンデレメイドに「狂気」と言わしめる教師。

 クロノス、やっぱり只者じゃない。



 朝食後。

 広場に集められた生徒たちの前で、クロノスが爽やかな笑顔で説明を始めた。


「おはようございます、諸君。……昨夜の『謎の発光現象』には驚きましたが、おかげで森の悪い気も晴れたようですね」


 クロノスがチラリと私を見た。

 メガネの奥の瞳が、爬虫類のように細められる。


「さて、本日のメインイベントは『オリエンテーリング』です。森の中に設置された5つのチェックポイントを回り、スタンプを集めてきてください。……ゴール地点は、森の最奥にある『精霊の湖』です」


 地図が配られる。

 アリスがそれを食い入るように見つめ、小さく舌打ちをした。


「……やっぱり。このチェックポイントの配置……」


「どうしたの、アリス?」


「……これ、ただのスタンプラリーじゃないわ。5つの地点を結ぶと『五芒星ペンタグラム』になる。……森全体を使った、巨大な魔法陣よ」


 アリスが震える指で地図をなぞる。


「生徒たちにこの地点を回らせることで、彼らの魔力を微量ずつ吸い上げ、魔法陣に流し込むつもりね。……そして、そのエネルギーが向かう先は……」


 アリスの指が止まった場所。

 ゴール地点である「精霊の湖」。


「……そこが、封印の場所か」

 ノアがボソリと呟く。


「巧妙な手口だ。生徒たちは気づかぬうちに、復活の儀式に加担させられているわけか」


「……止めないと」

 ルミアが剣の柄を握る。


「はい。……でも、露骨に妨害すれば、教団が実力行使に出てくるわ。一般生徒を人質に取られたら終わりよ」


 アリスが苦渋の決断を下す。


「……私たちは、あえてクロノスの掌の上で踊るフリをして、ゴール地点(湖)へ向かう。……そこで、儀式が完成する直前に、クロノスを叩くわ」


 作戦決定。

 私たちは「C班」として、オリエンテーリングに出発した。

 他の生徒たちがワイワイと楽しむ中、私たちだけが、世界の命運を背負ったデス・マーチ(死の行軍)を開始した。



 森の中を進むこと数時間。

 異変は、徐々に顕著になっていった。


「……気持ち悪い」

 フェンリルが私の肩の上で呻く。

 昨日のような食いしん坊な様子はなく、ぐったりとしている。


「どうしたの、フェンリル?」


「……森が、泣いてるぞ。……いや、怒ってるのか? 地面の下から、ドロドロしたもんが……湧き上がってきてる」


 魔獣の感覚は鋭い。

 森の景色は美しいままなのに、空気は重く、粘り気を帯びていた。

 チェックポイントを通るたびに、体から魔力が少しずつ抜けていくような感覚がある。


「……大丈夫ですか、お姉さま?顔色が……」

 ルミアが心配そうに私を支えてくれる。


「平気よ。……ちょっと、タピオカ切れなだけ」

 私は強がったが、内心はバクバクだった。

 怖い。

 何かが来る。

 絶対に「ロクでもないこと」が起きる予感がする。


 そして。

 私たちが最後のチェックポイントを通過し、ゴールの「精霊の湖」に到着した時。


 ――世界が、反転した。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 地鳴りと共に、空が急速に暗転する。

 太陽が黒く塗り潰され、血のような赤い月が浮かび上がる。

 美しい湖の水面が、黒い泥のように濁っていく。


「……始まりましたね」


 湖のほとりに、一人の男が立っていた。

 クロノスだ。

 彼はもう、教師の顔をしていなかった。

 黒い法衣を纏い、手には禍々しい錫杖を持っている。


「ようこそ、特等席へ。……そして、ご苦労様でした。貴女たちが運んでくれた魔力のおかげで、魔法陣は完成しました」


「クロノスッ!」

 アリスが叫び、杖を構える。

 ルミアが剣を抜き、ノアが詠唱を始める。


 しかし、クロノスは余裕の笑みを崩さない。


「おや、戦うおつもりですか?……無駄ですよ。ここはもう、現世のことわりが及ばない『神域』。……貴女たちの魔法など、子供の火遊びにもなりません」


 クロノスが錫杖を振るう。

 ドォン!

 見えない衝撃波が放たれ、アリスたちの魔法がかき消された。


「くっ……!魔力が、霧散させられる……!?」

「そんな……近づけません!」


 圧倒的な力の差。

 これが、教団の司教クラスの実力。


 クロノスはゆっくりと歩み寄ってくる。

 その視線は、アリスでも、ルミアでもなく。

 一直線に、コーデリアに向けられていた。


「……お待ちしておりましたよ、コーデリア様」


 彼は私の目の前で立ち止まり、恭しく一礼した。

 その目は、昨日見た時よりもさらに熱く、狂気的に輝いていた。


「昨夜の『浄化』……素晴らしかった。……あの輝きを見た瞬間、私は確信しました」


「……な、なにを?」


 私が震える声で問うと、彼は恍惚とした表情で両手を広げた。


「貴女こそが、我々が探し求めていた『器』……いや、『女神』そのものであると!」


「……は?」


 女神?

 私が?

 いやいや、悪役令嬢ですけど。断罪される予定なんですけど。


「教団の悲願は、邪神の復活……そう思われていますね?……ですが、それは半分正解で、半分間違いです」


 クロノスが熱弁を振るう。


「我々が求めているのは、この腐った世界を一度『リセット』し、新たな理で書き換えること。……そのためには、全てを破壊する『獣』と、それを統べ、新たな世界を創造する『母なる神』が必要なのです」


 彼は私を指差した。


「破壊の獣は、そこにいるフェンリル(の本来の姿)。……そして、創造の女神こそが、貴女だ、コーデリア様!」


「い、意味わかんない!私、ただの女子高生……じゃなくて、貴族の娘よ!」


「謙遜なさらないでください。……貴女の魔力は、常人の許容量を遥かに超えている。全属性を操り、死霊を浄化し、人々を魅了するそのカリスマ……。まさに神の所業!」


 誤解だあああああ!

 全部、現代知識と勘違いと、周りの美少女たちのおかげなんだよ!


「さあ、コーデリア様。……こちらへ。私と共に、新世界の神となりましょう」


 クロノスが手を差し伸べる。

 その手を取れば、私はラスボス側に行くことになる。

 ある意味、生存ルートかもしれない。

 でも。


(……やだ)


 私は、後ろにいるアリスたちを振り返った。

 ボロボロになりながらも、私を守ろうと必死な形相の彼女たち。


 タピオカを一緒に飲みたい友達。

 私を「お姉さま」と慕ってくれる可愛い後輩。

 お菓子で釣れるポンコツ中二病。


 彼女たちを捨てて、神様になる?

 そんなの、つまんない。


「……お断りよ」


 私はクロノスの手を、パシッと叩き落とした。


「私は神様になんてなりたくない。……私は、こいつらとバカ話して、美味しいもの食べて、ダラダラ生きたいの!」


「……ほう」


 クロノスの笑顔が消えた。

 空気が凍りつく。


「残念です。……人間の『情』に流されましたか。……ならば、仕方ありません」


 彼が錫杖を高く掲げる。


「まずは、その『かせ』となっている友人たちを排除し、貴女の心を空っぽにして差し上げましょう。……絶望こそが、覚醒の鍵となるかもしれませんからね」


 湖の水面が爆発した。

 黒い泥が渦を巻き、巨大な影が形成されていく。


「目覚めよ、大災厄の化身!……我らが神狼、フェンリル(本体)よ!」


 ズズズズズ……。

 湖から現れたのは、山のように巨大な、漆黒の狼だった。

 私の肩に乗っている可愛いフェンリルとは違う。

 理性のない、破壊の権化。


「グルルルルル……!」

 巨大狼が咆哮を上げる。

 その衝撃波だけで、アリスたちが吹き飛ばされる。


「きゃあああっ!?」

「うぐっ……!」


「みんな!」


 私は叫んだ。

 状況は最悪だ。

 ラスボス(クロノス)と、裏ボス(巨大フェンリル)が同時に相手。

 

 でも、不思議と足は震えていなかった。

 だって、クロノスは私を「女神」だと言った。

 つまり、私を殺す気はない。


(……なら、私が囮になれば!)


 私は一歩前に出た。

 悪役令嬢としての、最高の見せ場を作るために。


「……いい度胸ね、クロノス」


 私はニヤリと笑った。

 震える膝をドレス(制服)で隠して、傲岸不遜に言い放つ。


「私の『所有物トモダチ』に手を出すなんて……。その薄汚い泥犬ごと、消し炭にしてあげるわ!」


 ハッタリだ。

 でも、やるしかない。

 林間学校クライマックス。

 生存とタピオカを賭けた、神話級の戦いが始まる!


(続く)

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