第11話「林間学校の肝試し、中二病がお化けにビビり倒し、私が悲鳴を上げたら森が浄化された件」
1
大型魔導バスに揺られること数時間。
車内は、遠足気分ではしゃぐ生徒たちの熱気で満ちていた。
お菓子交換、トランプ、恋バナ。青春の1ページだ。
――ただし、私の周辺を除いて。
「……重い」
私は座席で押しつぶされそうになっていた。
バスの座席は2人掛け。
普通なら、隣に一人座るだけだ。
しかし、現在の私の状況はこうだ。
右隣: ルミア(満面の笑みで私の腕に絡みついている)
膝の上: フェンリル(丸まって爆睡中。よだれが私の服に……)
通路を挟んで左: アリス(鋭い視線で周囲を警戒中。手にはいつでも魔法を撃てるよう杖を握っている)
後ろの席: ノア(背もたれから顔を出し、私のお菓子を狙っている)
人口密度が異常だ。
私の周りだけ「美少女のすし詰め状態」になっている。
「お姉さま、あーん!新作の『激辛ハバネロポテト』です!」
ルミアが赤い粉末のかかったチップスを差し出してくる。
「いや、それ辛いから。……あと、バスの中でボロボロこぼさないで」
「フッ……甘いな、ルミアよ。コーデリアが求めているのは、もっと高貴な甘味……この『闇黒のショコラ(カカオ99%)』だ」
ノアが後ろから苦そうなチョコを突き出してくる。
「苦いってば。ノアちゃん、それ自分で食べられないから私に押し付けようとしてるでしょ」
「うぐっ……!我が邪眼には全てお見通しか……!」
「……静かにして。敵に位置を悟られるわ」
アリスが小声で注意する。
バスの中だよ?敵って誰?運転手さん?
私はため息をつき、膝の上のフェンリルの頭を撫でた。
この子だけが癒やしだ……と思っていたら。
「……肉……もっと肉をよこせ……」
フェンリルが寝言と共に私の太ももを甘噛みした。
痛い!そこはお肉じゃない!
「……ふふ。皆様、仲がよろしいようで」
通路の最前列から、冷ややかな声が飛んできた。
特別講師のクロノスだ。
彼は銀縁メガネを光らせ、マイクを持ってこちらを見ていた。
「間もなく目的地、『精霊の森』に到着します。……そこは古来より、強力な精霊たちが住まう聖域。ですが……夜になると『別の顔』を見せるとも言われています」
クロノスが意味深に笑う。
「どうか、迷子にならないように。……“神隠し”に遭うかもしれませんからね」
車内が一瞬、静まり返った。
冗談めかしているが、その目は笑っていない。
私とアリスだけが、その言葉の真意――「教団の罠」を理解して、背筋を凍らせた。
2
精霊の森。
そこは、樹齢数百年を超える巨木が立ち並ぶ、深緑の幽玄な場所だった。
空気は澄んでいて美味しいが、どこか肌にピリつくような濃密な魔力が漂っている。
宿泊施設は、森の中に建てられた大きな木造ロッジ。
荷物を置いた後、私たちは広場に集められた。
「さて、夕食も済みましたし……林間学校の恒例行事を行いましょうか」
夜8時。
辺りは完全な闇に包まれている。
焚き火の明かりだけが揺れる中、クロノスが楽しげに宣告した。
「――『肝試し』です」
うわぁ。
やっぱり来た。
林間学校といえばこれだ。
生徒たちからは「キャー!」という悲鳴と、「やったぜ!」という歓声が上がる。
私は絶望した。
無理。絶対無理。
私、悪役令嬢だけど、中身はただのビビリな女子高生だよ?
お化け屋敷で腰を抜かして、係員のお兄さんに運ばれた前科があるんだよ?
「ルールは簡単。森の奥にある『古の祠』まで行き、そこにある『お札』を取ってくること。……ただし、森には『イタズラ好きな精霊』が出るかもしれませんので、お気をつけて」
クロノスが指を鳴らすと、森の入り口に怪しげな青い人魂(魔法?)がポゥっと浮かび上がった。
演出がガチすぎる。
「では、くじ引きでペアを決めて――」
「待ちたまえ!」
私が抗議しようとする前に、アリスが手を挙げた。
ナイス、生徒会長!
「この森は魔力が不安定です。2人組では危険すぎます。……安全を考慮し、私の班は『全員』で行かせていただきます」
アリスがクロノスを睨みつける。
『貴方の罠になんて乗らないわよ』という意思表示だ。
クロノスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。
「ほう……。生徒会長自ら、特例を申し出るとは。……いいでしょう。ただし、人数が多い分、恐怖も倍増するかもしれませんよ?」
許可が出た!
よかった、一人じゃない!
私は安堵でへなへなと座り込みそうになった。
こうして、私たちの班――コーデリア、ルミア、アリス、ノア、そしてフェンリル(犬枠で同伴)――の5人での肝試しが決定した。
最強戦力だ。お化けなんてワンパンだ。
……そう思っていた時期が、私にもありました。
3
森の中は、想像以上に怖かった。
月明かりも届かない鬱蒼とした獣道。
風が木々を揺らし、ザワザワと不気味な音を立てる。
遠くでフクロウ……いや、もっと別の何かの鳴き声が響く。
「……ひっ」
「……」
私はルミアの腕をギュッと掴んで歩いていた。
怖い。無理。帰りたい。
「お、お姉さま?そんなに強く握られると、血が止まりそうなんですが……でも幸せです!」
ルミアは顔を赤らめてデレデレしている。この子には恐怖心というものがないのか。
「……フン。これしきの闇、我が『深淵』に比べれば児戯に等しいわ」
先頭を歩くノアが、震える声で言った。
彼女は眼帯を押さえながら、めちゃくちゃ早足だ。
そして、アリスの服の裾をガッチリ掴んでいる。
「ノアさん、歩きにくいんだけど」
「ち、違う!これは結界を維持するための接触であって、決してビビっているわけでは……!」
ヒュ~……ドロドロドロ……。
その時。
木々の隙間から、青白い半透明の何かが現れた。
幽霊だ。
ボロボロの服を着た、首のない騎士の亡霊。
「「「ギィヤアアアアアアアッ!!」」」
私とノア(とフェンリル)の悲鳴がハモった。
フェンリルは「キャンッ!」と鳴いて私の頭の上に飛び乗った。お前、神狼じゃなかったのかよ!
「く、来るな!結界!ダークネス・バリア!」
ノアが杖を振り回すが、恐怖で魔力が安定せず、花火のような火花が散るだけだ。
中二病キャラはお化けに弱い。これは世界の真理だった。
「落ち着いて。……これは幻影よ」
アリスが冷静に杖を構える。
「『幻影看破』!」
アリスの魔法が亡霊を照らす。
しかし、亡霊は消えない。
それどころか、剣を抜いて襲いかかってきた!
「なっ……!?実体がある!?ただの幻影じゃない!」
アリスが焦る。
これはクロノスの仕業だ。イタズラ用の幻影に紛れて、本物の「低級死霊」を召喚しているんだ!
「シャアアアアッ!」
死霊騎士が剣を振り下ろす。
「させません!」
ルミアが前に出る。
しかし、物理攻撃は霊体には効きにくい。彼女の剣がすり抜けてしまう。
「くっ……手応えがありません!どうすれば!?」
絶体絶命。
このままでは切られる。
その時、私の脳内で何かが切れた。
恐怖が限界突破し、逆ギレモードに移行する音。
(もうヤダ……!暗いし、怖いし、お化けとか意味わかんないし!)
私は涙目で叫んだ。
「出ていけええええええっ!!私の視界に入るなぁぁぁっ!!」
私は無意識に、右手を突き出した。
イメージしたのは「部屋の電気をつけるスイッチ」。
あるいは「スマホのライト」。
とにかく、この怖い闇を払いたい一心で。
「『閃光』ッ!!」
カッッッッッ!!!!
私の掌から放たれたのは、懐中電灯レベルの光ではなかった。
それは、真夏の太陽を至近距離で爆発させたような、超高密度の「聖なる光」。
森の闇が一瞬で消し飛んだ。
真昼のように明るくなる視界。
「グオオオオオオオッ!?」
死霊騎士が、光に焼かれて絶叫する。
いや、彼だけではない。
森の中に潜んでいた無数の悪霊、瘴気、そしてクロノスが仕掛けた罠の数々が、私の光に触れた瞬間、ジュワワワッと蒸発していく。
浄化。
圧倒的な光による、強制成仏。
光が収まった後。
そこには、清々しいほどに浄化され、キラキラと光の粒子が舞う、幻想的な(そして全く怖くない)森が広がっていた。
「……あ」
私は自分の手を見つめた。
またやっちゃった。
「ちょっと明かりをつける」つもりが、「森ごと浄化」しちゃった。
「……す、すごい……」
ノアが腰を抜かしたまま、震える声で呟いた。
「これぞ『聖女の鉄槌』……!闇を統べる我ですら、直視できないほどの輝き……!コーデリア、貴様、何者だ……?」
「……だから、ただの生徒だってば」
アリスが呆れたようにため息をつき、それから優しく微笑んだ。
「……でも、助かったわ。実体のある死霊なんて、私の魔法でも手こずったはず。……ありがとう、コーデリア」
「お姉さま!かっこいいです!お化けを一撃で倒すなんて!」
ルミアが尻尾を振って抱きついてくる。
「……まぶしい。目が潰れるかと思ったぞ」
頭の上のフェンリルが文句を言う。
こうして、私たちは無事に(?)祠に到着し、お札を手に入れた。
恐怖の肝試しは、私の発光現象によって、ただの「夜のピクニック」へと変わったのだった。
4
一方その頃。
森の監視塔から、その様子を見ていたクロノスは。
「……ははっ」
乾いた笑い声を漏らしていた。
彼の手元にある水晶――森の罠を制御する魔道具――は、過剰な聖属性魔力を浴びて粉々に砕け散っていた。
「面白い……。実に面白いですねぇ、コーデリア様」
クロノスは、割れたメガネの位置を直した。
その瞳には、獲物を狙う冷徹さは消え、代わりに奇妙な熱が宿っていた。
「私が召喚した死霊騎士は、上級魔術師でも苦戦する代物。……それを、恐怖の悲鳴と共に『浄化』するとは」
彼は思い出す。
先ほどの光。
それは、教団が崇める「邪神」の力とは対極にある、純粋で、暴力的なまでの「聖なる力」。
「彼女の力は……我々の計画を阻む障害か、それとも……」
クロノスは、森の奥から戻ってくるコーデリアたちの姿を見下ろした。
楽しそうに笑い合う少女たち。
その中心にいる、銀髪の少女。
「……もしかすると、彼女こそが、この腐った世界を浄化する『女神』なのかもしれませんね」
クロノスの口元が歪む。
それは、敵意とも、崇拝とも取れる、危うい笑みだった。
「明日の『儀式』……予定を変更しましょう。貴女がどこまで『神』に近づけるのか……特等席で見せてもらいますよ」
森のざわめきが、不穏な旋律を奏で始める。
肝試しは終わった。
だが、本番――「大災厄の魔獣」の封印を巡る戦いは、夜明けと共に幕を開けようとしていた。
(続く)




