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第68話:支援の成果報告②、思い込みは最悪のバイアス

 2日後。


 夜の帳が下りた第9区。

 この街の喧騒は、夜が更けるにつれて粘度を増していく。

 アルコールと欲望、そして疲労が入り混じった重たい空気が、石畳の路地に沈んでいた。


 そんな路地裏の一角、看板のない店。

 二度目の来店となれば、もはや物珍しさはない。

 店内の照明は相変わらず暗く、各テーブルの魔導ランプが、それぞれの孤独な世界を切り取っている。

 案内されたのは一昨日と同じ、店の一番奥にある個室だ。


 俺たちのテーブルには、まだ料理は並んでいない。

 あるのは、仕事という日常の延長線上にある、厳粛な反省会の空気だけだった。


「……ふあぁ」


 ステンが大きな欠伸を噛み殺しもせず、椅子の背もたれに体重を預けている。

 その顔には、隠しきれない疲労と、それ以上の不貞腐れが張り付いていた。

 隣のサナンナも、どこか気まずそうに視線を泳がせている。


「お疲れみたいだな」


 俺が声をかけると、ステンは少しだけ姿勢を正した。


「そりゃあまあ。……今日は体よりも、耳が疲れたっスよ」

「耳か?」

「ツェイフさんがいちいち細かいんスよ。あれダメ、これダメって。この前より口数が多かった気がするっス」


 ステンが恨めしげな視線を対面のツェイフに向ける。

 しかし、視線を受け止める元冒険者は、柳に風とばかりに涼しい顔をしていた。


「必要な指摘をしたまでですよ。それに、ステン君。君は『わかった』と口では言いながら、行動に落とし込むまでに3回同じことを言わせたよね」

「うっ……それは、つい癖で」

「癖で命を落とすのが冒険者だよ」


 ツェイフの言葉は短く重い。

 そこに感情的な棘はなく、ただ事実として突きつけられる冷徹さがあった。


「さて。第2回の報告会を始めよう」


 俺は彼らの間の空気を整えるように、テーブルを指先で軽く叩いた。

 冒険者パーティというものは、得てして『なんとなく』で集まり、『なんとなく』で解散する。

 だが、組織として運用する以上、その曖昧な感覚を『言語化』する作業が不可欠だ。


「ツェイフさん。本日の現場での懸念事項をお願いします」


 ツェイフが頷き、メモ帳を開いた。


「戦闘技術に関しては、前回同様に高水準です。しかし、戦闘終了後に大きな問題が二つ見られました」


 彼は2本の指を立てた。


「一つ目。武器の腐食防止、いわゆる『血拭き』についてです」


 ツェイフの視線が、部屋の隅の壁に立てかけられた長柄武器(グレイブ)へと注がれる。


「本日遭遇した『アシッドスライム』との戦闘直後のことです。ステン君は、武器に付着した粘液や体液を拭き取ることなく、そのまま武器を納めて移動を開始しようとしました」


 スライムは、ダンジョンにおいて最も遭遇率の高い魔物の一つだ。

 錆止めの油として重宝される『オイルスライム』や、強力な毒素を抽出できる『ポイズンスライム』など、種類によって体液の性質は多種多様だ。

 倒せば有用な資源になる反面、その性質を軽視すれば痛い目を見る。


「魔物の体液は、種類によっては強力な酸性を持ちます。今日のような相手の場合は特に、放置すれば数時間で刃が腐食し、強度が一気に低下する。最悪の場合、次の戦闘で武器が折れる可能性があります」

「だから、それは言ったじゃないっスか」


 ステンが口を尖らせて割り込む。


「オレは戦闘中、常に武器に魔力を纏わせてるんスよ。酸だろうが毒だろうが、刃は魔力で守られてる。だから、すぐに拭かなくても問題ないはずだって」


 職人肌の自信過剰、あるいは技術への過信。

 魔力操作に自信がある者ほど、物理的なメンテナンスを軽視する傾向があるということか。


「確かに、君の魔力操作は見事だ」


 ツェイフは一度相手を持ち上げてから、落とした。


「でも、前回も言ったよね。『たびたび魔力の流動が途切れている』って。君の『魔力コーティング』は、途切れ途切れなんだよ」

「うっ……」

「それに、戦闘中に刃が保護されていたとしても、それは『魔力を流している間』だけなんだ。戦闘が終われば、コーティングを解いているだろう?」


 ツェイフは、テーブルに落ちた水滴を指先でなぞった。


「魔力が消えても、付着した酸はそこに残り続ける。保護が解けたその瞬間から、酸は急速に金属を蝕み始めるんだ」

「……あ」

「リラックスした時こそ、武器は一番無防備になる。君は『魔力があるから大丈夫』と言うけど、魔力がない状態の武器を守れるのは、君の手によるメンテナンスだけなんだよ。すごく性能が良い武器なら、話は変わってくるんだけどね」


 ステンは言葉に詰まり、バツが悪そうに視線を逸らした。

 論理の敗北を認めた顔だ。


 これは、ビジネスにおける『システムへの過信』に似ているな。

 魔力というソフト面での防御が優れていても、物理的なハード面でのケアを怠れば、資産は容易に破損するのだ。


「二つ目。これがより問題です。魔物を倒した時の『魔石出現の確認』について」


 魔石とは、機能停止した魔物の魔力が凝縮して結晶化したもので、この世界の重要なエネルギー資源である。

 様々な魔導具を動かす動力源にもなり、冒険者にとっては収入源の一つだ。


「ステン君は、頭部や胴体を破壊して動かなくなった魔物の横を、魔石の出現を確認せずに通り過ぎようとしました。僕が制止し、確認を促したところ、彼はこう言いました」


 ツェイフは手元のメモ帳に視線を落とし、すぐに顔を上げた。


「頭を粉砕して、心臓部も貫いた。生きているはずがない。ゴブリンの魔石のような価値のないものが出るのを待つのは時間の無駄だ、と」


 典型的な、現場の『慣れ』が生む事故の元だな。

 生物としての死と、ダンジョンに存在する魔物としての消滅は、似て非なる現象だ。


「あのあの。それについては、わたしも同意見でした」


 サナンナが恐縮そうに手を挙げる。


「あれだけぐちゃぐちゃになれば、普通の生き物なら死んでいますし……」

「その『普通の生き物なら』という前提が、ダンジョンでは命取りになるんだ」


 ツェイフは静かに断言した。


「物理的に頭がなかろうが、心臓がなかろうが、魔石が出現していない限り、それは『死体』ではない。『活動休止中の魔物』なんだよ」

「でも、動かなかったっスよ?」

「そのまま動かない保証はどこにもない。背中を見せた瞬間に再生するかもしれない。あるいは、死んだふりをして、喉笛を食いちぎる機会を窺っているかもしれない」


 ツェイフは自身の首筋に手を当てた。


「物理的な損傷なんて、根拠にならないんだ。魔石の出現だけが、魔物が死んだことの唯一の『確認方法』なんだよ」


 主観的な『死んだはずだ』という思い込みは最悪のバイアスだ。

 魔石という『客観的な証拠(エビデンス)』をもって初めてタスク完了と見なす、ということだな。


「よほど急ぐ必要がない限りは、魔石の出現を最後まで見届ける。そして武器についた血や体液を振り落とし、必要なら拭う。そこまで終わって、初めて『一つの戦闘が終わった』と言えるんだよ」


 テーブルに重い沈黙が落ちた。


「まあ、確かにわかりやすいっスね。『頭が潰れてるから死んでる』っていうオレの判断より『魔石が出たから死んだ』っていう事実の方が、間違いないっスから」

「うんうん。そうですね。目に見える合図があるなら、それを基準にした方が安全です」


 2人は顔を見合わせ、頷き合った。

 曖昧な経験則よりも、明確な『指標』を提示されたことで、彼らも納得がいったようだ。


「よし、議論はそこまでにしておこう」


 俺が口を開くと、3人の視線が集まる。


「ステン、サナンナ。君たちが現場で反発したことについて、俺は咎めるつもりはない」

「えっ、マジっスか? またネチネチ言われるかと思った」

「自分のやり方にプライドを持っているのは、悪いことではないからな。何も考えずに従うだけの操り人形より、よほど見込みがある」


 俺は彼らを真っ直ぐに見据えた。


「重要なのは、反発した後に『より正しい理屈』を提示された時、それを受け入れられるかどうかだ。君たちは感情的に拗ねることなく、最終的にツェイフさんの指摘に従った。その柔軟性と知性があれば、今後も伸びるだろう」

「うわうわ。褒めてくれてるけど、すごく上からで辛辣ですねー」


 サナンナが苦笑交じりに言うが、その表情に嫌悪感はない。

 ステンも納得している様子だ。


 今回の報告会は、ある種の『選別』として機能した。

 その観点から見れば彼らは合格だ。

 だが、毎回現場で議論をしていては、それこそ時間の無駄である。

 業務効率化のためには、判断基準の明確化が必要だ。


「ツェイフさん。今後、現場での指示系統を整理しましょう」


 俺はツェイフに視線を向けた。


「毎回、全ての行動に口を出していては、彼らの自主性を損なう上に、あなたの負担も大きい。介入の基準を二つに分けます」


 その二つとは、貸借対照表(BS)と、損益計算書(PL)

 『今、手元にいくら資産があるか』という静的な状態を示すのがBSで、『どうやって稼ぎ、何に使ったか』という動的な流れを示すのがPLだ。

 企業の健全性を測る二つの指標を、ダンジョン攻略に転用する。


「一つ目は『BS領域』です」

「……びーえす? ギルドの専門用語、ですか?」

「いえ。失礼、資産と安全に関わる事項です。ここでの資産とは、彼らの『命』という人的資産、そして武器防具という『固定資産』、さらには生存帰還という『契約の履行』そのものを指します」


 俺は指を1本立てる。


「具体的には、先ほどの『魔石確認』による死亡事故防止や、『血拭き』による武器の全損防止などがこれに当たります。これらについては、彼らの承諾を待つ必要はありません」

「つまり、強制的に口出しをしろと?」

「そうです。これは好みの問題ではなく、当ギルドが提供する『安全品質基準』です。『面倒だ』とか『美学に反する』といった反論は一切却下してください。命に関わる内容であった場合、それに従わなければ『安全義務違反』として、即座に契約破棄して撤退させても構いません」


 強い言葉を使うことで、事の重大さをステンたちにも刷り込む。

 命と道具は、冒険者にとっての資本だ。

 資本が尽きれば、ビジネス(クエスト)は続行不可能になる。

 ここは譲れないラインだ。


「そして二つ目は『PL領域』――いや、損益と効率に関わる事項です」


 俺は2本目の指を立てた。


「ポーションの消費量、素材の回収率、魔法のコストパフォーマンスといった『金と効率』に関わる部分です」

「前回のポーションの飲み過ぎのことですね」

「その通り。これについては、強制しません。選択権を顧客である彼らに委ねましょう」


 ステンたちに向き直り、提案するように言う。


「これらは命には関わらないが、君たちの財布には直撃する。そこで、クエスト出発前に二つのプランから選んでもらうことにしよう」


 俺は即興で、もっともらしいプラン名を口にした。


「プランAは『コンサルティングサポート』。ツェイフさんが金銭的な無駄についても逐一指摘し、最善の黒字化を目指すコース。プランBは『サイレントサポート』。命に関わること以外、ツェイフさんは口を出さない。君たちがどれだけポーションをガブ飲みしようが魔法を無駄撃ちしようが、彼は黙って見守る」


 要は、お節介を焼くか、放置するかだ。


「さて、次回はどちらにする?」

「えっ……そ、それは……」


 ステンが言い淀む。

 あれだけ自分たちの非を指摘された後に『うるさいから黙っててくれ』とは言いづらいだろうし、かといって『全部管理されたい』と言うのもプライドが許さないだろう。


「まあ、当日の朝までに決めておいてくれ。どちらを選んでも、報酬は変わらないからな」


 考える余地を与えることで、彼らに『自分たちで選んだ』という自覚を持たせる。

 やらされる仕事と、自ら選んだ仕事では、パフォーマンスが段違いだからな。


 ちょうど話がまとまったところで、料理が運ばれてきた。

 今日は『川魚の塩焼きとリゾット』だ。


 皿からはみ出すほどの立派な魚体に大粒の塩が振られ、香ばしい焼き目がついている。

 添えられているのはハーブのバターソースと、野生の雑穀を炊き込んだリゾットだ。

 シンプルだが、素材の良さが際立つ一品である。


「おおっ、魚か! これまた美味そうだな!」


 ステンがぱっと顔を輝かせた。

 先ほどまでの神妙な態度はどこへやら、ナイフとフォークを構え、豪快に魚へと挑みかかる。

 そして、細かい骨など気にする様子もなく、身を大きく切り取って口に放り込んだ。


「うぐっ……!?」


 ステンの動きが止まった。

 喉を押さえ、顔をしかめる。

 苦しげに咳き込み、涙目になりながら水をあおった。


「んぐっ、ぐぅ……ほ、骨が……喉に……」

「ちょっと、大丈夫!?」


 サナンナが慌てて背中をさする。

 どうやら、横着をして骨ごと飲み込もうとし、見事に刺さったらしい。


 ツェイフは静かにナイフを動かしていた。

 外科手術のような精密さで、魚の背骨と小骨を綺麗に取り除き、純粋な白身だけを口に運んでいる。


「もおー、ほら、取ってあげるから」


 サナンナが手持ちのポーチからピンセットを取り出し、ステンの口を開かせた。

 魔法で光らせて、器用に骨を抜き取ったようだ。

 俺はリゾットを口に運びながら、その光景を冷ややかに眺めていた。

 

 魚の骨を取る。

 それは、食事という行為における『安全確認』のプロセスだ。

 面倒くさがってその手間を惜しめば、今のステンのように見えないリスクが顕在化して痛い目を見る。


 ダンジョンも同じだ。

 血を拭く。魔石を確認する。

 それらは全て、冒険という食事を安全に楽しむための『骨抜き』の作業に他ならない。


「ステン。それが今日の教訓だな」


 俺は苦しむ彼に向けて、淡々と言った。


「確認作業をサボったために、喉に棘が刺さる。今回は魚の骨で済んだが、ダンジョンならそれは致死性の毒針かもしれないぞ」


 ステンは涙目で俺を見たが、言い返す余裕はないようだ。

 ゴホゴホと咳き込むその姿は、図らずも今日の報告会の総括となっていた。


「水を追加しようか。それと、外した骨を置くための小皿も」


 彼らが一人前の冒険者として、ダンジョンという巨大な獲物を骨までしゃぶれるようになるのは、当分先の話になりそうだ。


 ハーブの香りが鼻孔をくすぐる中、丁寧に骨を取り除いた白身を口に含んだ。

 淡白だが、奥深い滋味が広がっていく。


 手間をかけた分だけ、この世界は美味くなる。

 それを2人が理解するまで、俺たちの『業務指導(コンサルティング)』は続くのだろう。


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