第55話:履行確認、褒めるのが下手だよね
(934/風/5)
パパとママが、帰ってこない。
大人たちが、かわいそうな子っていってくる。
わたしはかわいそうじゃない。
だって、ママがいってた。
すぐに帰るから、いい子にしててねって。
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(935/花/12)
エリンが迎えにきた。
遠くの町で、いっしょにくらすことになった。
エリンは、すごく強い剣士。
わたしも、もっと魔法を使えるようになりたい。
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(936/緑/4)
魔法の練習をした。
ちいさな火を出そうとしたのに、また爆発した。
アトナは笑ってくれたけど、ケガさせてごめんね。
守りの魔法をがんばるから大丈夫だと言ってくれた。
わたしもがんばる。
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(937/雪/20)
またギルドで子供扱いされた。
わたしが小さいからって、すぐ頭をなでてくる。
おばあちゃんの帽子をかぶったから、もうなでられない。
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(938/氷/20)
ユメリはどんどん背が伸びて、大人の顔になっていく。
エリンも、アトナも、みんな変わっていく。
わたしだけ変わらない。
服を買いに行っても、わたしだけ子供の服。
鏡を見るのが嫌になってきた。
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(939/炎/8)
また制御に失敗した。
試験の先生に怒られた。
才能はあるのに、心が未熟だって。
そんなこと、わかってる。
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(940/実/15)
どうせ、がんばっても無駄。
わたしはエルフの血が入ってるから、みんなと同じ時間で生きられない。
毛布に埋もれていると、安心する。
ここなら、誰にも見つからない。
見た目は子供だから、ずっと眠っていても許される。
世界なんて、勝手に回っていればいい。
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(941/茜/30)
使い魔がいれば、何かが変わるかもしれない。
お祖母ちゃんと同じ、ウイングキャットがいいな。
使い魔召喚は、特級魔導師ぐらい魔法が使えないとできない。
わたしは無級だけど、できる。
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(941/霜/15)
失敗した。
変なおじさんが出てきてびっくりした。
わたしには、できなかった。
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(942/花/13)
あの時のおじさんが、私を探しているってエリンが言ってた。
契約してないのに、どうして居られるんだろう。
でも、わたしの魔法陣のせいかもしれない。
一応、謝っておかないといけない。
わたしは大人だから、ちゃんと謝れる。
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(942/花/15)
パーティがAランクになった。
みんな嬉しそうで、よかった。
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(942/花/28)
山登りに行った。
おじさんが魔法を小さくしてくれた。
ちゃんと制御できたのは初めてかな。
あんなに悩んでたのに、あっさり出来ちゃった。
コツはわかったし、これなら、一人でもできるはず。
やっぱり、わたし天才。
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(942/緑/1)
あの日みたいに、うまくいかない。
イメージはできているのに、魔力が暴れる。
どうしてだろう、あの時は出来たのに。
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(942/緑/3)
やっぱりダメ。
あの時は、あのおじさんがいたから出来ただけだったんだ。
全部ダメ。
もう練習なんてしたくない。
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(942/緑/16)
口の上手いおじさんが家に来た。
腐った材料を使えば、腐った料理しかできないんだって。
そうだね、わたしは腐ってる。
でも、根源の魔導師に会わせてくれるらしいから、頑張ってみる。
しょうがないからね。
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(942/緑/17)
すごく眠い。
横暴なおじさんのおかげで、部屋が広くなった。
ゴミは全部片づけた。
わたしの魔法がダメなのは、わたしの生活がゴミだったから。
そうなのかな。
部屋の空気はおいしくなった。
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(942/緑/28)
調子がいい。
魔力制御ができるようになってきた。
朝ちゃんと起きて、ごはんを食べてるだけ。
毎日ユメリが練習に付き合ってくれてる。
忙しいはずなのに、ありがとう。
朝:たべた 昼:たべた 夜:たべた
早起き:できた 片付け:できた
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夜の第8区は、とっても静か。
街の明かりが消えていって、みんなぐっすり眠ってるみたい。
お昼の騒ぎが嘘のように、穏やかな夜。
リビングの中は、コーヒーのいい匂いでいっぱい。
湯気の向こう側、テーブルの反対の席には、オジサンが座ってる。
「見違えたよ」
その目は、壊れた魔導具を見る職人さんみたいに鋭くて。
でも、綺麗な宝石を眺めるみたいに優しそうにも見える。
「以前の惨状が嘘のようだ。これなら、もう『魔窟』とは呼べないな。生活環境としての基準値は完全にクリアしている」
オジサンの評価はいつも辛辣で、可愛げがないの。
少し上から目線だし。
でも本当のことばっかり。
「ふふん、当たり前でしょ。ワタシ、やればできるの」
机の上はピカピカだし、読みかけの本には栞を挟んでるし。
床にゴミは落ちてないし、脱いだ服は毎日洗濯してるし。
もう、素敵なレディのお部屋なんだから。
でもそれは、オジサンが変えたんだよね。
動かなくなってたワタシの時間を、強引に、でも丁寧に動かしてくれたの。
ワタシはずっと、うずくまってた。
エルフの血のせいにして、成長が遅いことを言い訳にして、大人になるのが怖くて、自分の殻に閉じこもって。
どうせ変わらないって諦めて、部屋ひとつ片付けられなくて、心まで汚してたの。
オジサンは、ワタシを可哀想な子供って同情しなかったし、才能ある魔導師だからって特別扱いもしなかった。
ただ淡々と、現実を突きつけて、ゴミを捨てさせて、ご飯を食べさせて、生活っていう土台を叩き直したの。
『ゴミを入れれば、ゴミが出る』、『良いものを入れれば、良いものが出る』。
オジサンの言葉は、難しい魔法よりも現実的で、だからこそ、心に刺さったのかな。
エリンも「あの人は他の誰とも違う」って言ってたし。
剣で魔物を倒すわけでも、すごい魔法を使うわけでもないけど。
それでも、自分自身の弱さとの戦い方を、教えてくれたの。
「ねえ、オジサン」
「なんだ?」
『オジサン』って呼ぶのは、もう違う気がする。
ただの知らない大人じゃないから。
でも『カツラギさん』って呼ぶのは、なんだか急によそよそしい気がして恥ずかしいかな。
「コーヒー、おかわりいる?」
「ああ、頼む」
キッチンから持ってきた魔導ポットで、座ったままのオジサンの横から注いであげる。
ポットをテーブルに置くと、
「意外だな。コーヒーの淹れ方は上手いんだな」
「『淹れ方は』っておかしくない? 『淹れ方も』だよ。それに、オジサンが下手すぎるだけなの」
「手厳しいな。まあ、事実だから否定はしないが」
苦笑いして、コーヒーを飲んでる。
パパというには若すぎるし、お兄ちゃんというには他人行儀。
ちょっと口うるさいけど頼りになるオジサン。
そんな距離感が、ワタシには心地よいのかもね。
「……そろそろ、エリンも戻る頃か」
オジサンが懐中時計を見てる。
明日、第9支部へと帰っちゃう。
パチンって閉じる蓋の音が、終わりの合図みたい。
部屋は綺麗になったし、ちゃんと日記も書いてる。
朝起きて夜寝られるようになったから。
ワタシは、もう大丈夫。
大丈夫なの。
「ああ、そうだ。レナンセムのことだが、話はつけてある。彼女も、君のような面白い……いや、有望な才能には興味があるそうだ」
今、面白いって言いかけた?
オジサンって、さりげなく失礼なこと言うよね。
わざとなのかな。
「君が第9支部に来る時は、事前に連絡をくれ。彼女のスケジュールを押さえて、席を設ける」
「ほんと?」
「ああ。それが俺と君との『契約』だっただろう? 部屋を片付け、生活を正す。その対価として、レナンセムに引き合わせる。うん、履行確認よし」
オジサンは満足そう。
契約。
そうだね、始まりはそれだったよね。
あの日、ワタシは使い魔を召喚して、契約しようと思ってたんだけど。
何もしてないのにオジサンが現れて。
すっごく、ビックリしたんだから。
「ねえ」
オジサンの肩に手を乗せて、
「使い魔の契約の方法って覚えてる?」
いきなりそんなことを聞いたからかな。
オジサンは、ちょっと考えてるみたい。
「確か主人となる魔導師が、召喚した使い魔の刻印に口づけをする、だったか」
「それそれ」
契約していない間は『仮契約』。
口づけをして『本契約』しないと、契約は完了しないの。
「オジサンはワタシと契約するって言ったけど、まだ『本契約』は終わってないよね」
アナタが帰る前にやっておきたいこと。
お礼?
――ううん。
思いついちゃったの。
だって、ワタシの気が済まないんだから。
「本契約って、どういうことだ?」
不思議そうで無防備なアナタ。
そのほっぺたに、ワタシは顔を近づけて。
――自分でもわかる柔らかい音。
唇を離して、顔を見たら。
……すごい顔してる。
そんなにビックリした?
ワタシは思いっきり意地悪な笑顔を作って、
「これで契約成立だね、カッチー」
ワタシたちの『契約』は、まだ始まったばかりだよ。
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第4章 品質管理編 完




