表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/59

第54話:事後処理の完了、詭弁も極まれば芸術だ

 ノウス商会への強制調査――という名の殴り込みから、3日が経過していた。


 結果から言えば、あの夜の『作戦』は、戦術的には勝利したが、戦略的には引き分け、といったところだろうか。

 物流拠点を制圧し、『ファスト防具』の集積と出荷を物理的に停止させることには成功した。

 だが、肝心の『頭』であるウルバノたちには逃げられた。

 建物の中は、まるで最初から演劇のセットであったかのように空っぽで、決定的な証拠となる裏帳簿や、資金の流れを示す契約書は、根こそぎ持ち去られた後だった。


 残されたのは、半壊した社屋と、俺たちが確保した『ファスト防具』という名の産業廃棄物だけだ。


 俺は今、第8区の中心街にある高級レストランの個室にいた。

 目の前には、白磁の皿に美しく盛り付けられた子牛のロースト。

 グラスには琥珀色のヴィンテージ・ワイン。

 だが、この場の空気は、料理の芳醇な香りとは裏腹に、鉛のように重く、冷徹な計算式で満たされていた。


 テーブルを囲むのは、第8支部ギルド長のブルーク。

 そして、冒険者ギルド本部の監査官、シヴィリオ・アスピオン。


 シヴィリオが第8支部に姿を現したのは、今日の昼下がりのことだ。

 俺たちが第一報の『魔導伝書鳩』を飛ばしてから、わずか2日後である。


 本来、巨大組織の意思決定というやつは亀の歩みより遅い。

 現状確認、リスク評価、対策会議、法務チェック、そして果てしなく続く稟議と決裁のリレー。

 まともに手順を踏めば一週間、下手をすれば一ヶ月は浪費する工程だ。

 それを彼は、『正式決定の前段階だが、方針は固まった』という(てい)で、報告に来てくれたのだ。


 シヴィリオは、銀のナイフとフォークを指先の一部のように操り、音もなく肉を切り分けていた。

 一口大に切られた肉が、優雅な軌道を描いて彼の口へと運ばれる。

 咀嚼(そしゃく)し、嚥下(えんげ)し、ナプキンで口元を拭う。その一連の動作には、一切の無駄も隙もない。

 ただ食事をしているだけだというのに、まるで宮廷での儀式を見せられているような、洗練された貴族の所作だ。

 おそらく彼は、不採算部門を切り捨てるリストラのサインをする時も、こうやって涼しい顔でナイフを入れるのだろう。

 そんな不謹慎な想像をしてしまうほど、彼の手捌きは完成されていた。


---


「本部の決定事項を、先んじて伝えておこう」


 シヴィリオが、グラスを揺らしながら静かに言った。

 その声色は、以前第9支部で会った時と変わらず、どこか芝居がかった、大げさな響きを帯びている。

 だが、その瞳の奥にある光は冷徹だ。

 彼は『敵』ではないが、話の通じない無能な上司よりも、もっと厄介な存在だ。

 極めて優秀で、極めて論理的な、『組織の守護者』なのだ。


「まずは、今回の事件が発生した構造的要因についてだ」


 シヴィリオは、ワインの香りを愉しむように目を細め、語りだした。


「カツラギ殿。貴君の『改革』は、実に合理的だった。業務を可視化し、属人性を排除する。組織としては正しい進化だ。しかし、光が強まれば影もまた濃くなる」


 彼は俺を見据えた。


「ルールを厳しくすれば、必ず抜け道を探す鼠が出る。貴君が考案した『確認目録』によって、鑑定の精度は上がった。しかし、その厳格さが、逆に不正を働く者たちを追い詰め、強引な手段へと走らせた」


 皮肉な話だ。

 俺の『改善』が、結果として『引き金(トリガー)』となってしまった。

 良質な防具を廃棄物と偽って横流しすることができなくなり、彼らは本物の不良品を混ぜるしかなくなったのだ。

 システムが正しく機能したからこそ、水面下に潜んでいた不正が、最悪の形で表に出たと言える。


杜撰(ずさん)なルールのままでは、彼らは永遠にギルドの利益を吸い上げ続けていただろう。貴君が締め付けたことで、鼠が暴れまわり、結果として巣穴の位置が特定できた。今回は、鼠を一網打尽にするための『(いぶ)し出し』だったと思うことだ」


 言い得て妙だな。

 そう言ってくれるのなら、そういうことにしておこうか。


「では、具体的な処分について通達する」


 シヴィリオは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げた。

 そこには、美しい筆致で、事後処理のシナリオが記されていた。


「まず、不祥事を起こした職員たちについてだ。倉庫担当のダビッソ、鑑定部門のイスマン、および彼らに加担した数名の職員。これらは即刻懲戒解雇とした上で、憲兵隊へ引き渡す」


 当然の措置だ。

 トカゲの尻尾切りと言えばそれまでだが、腐ったリンゴは箱から出すしかない。


「彼らの罪状は重い。ギルド内での不正鑑定、および公的資産である素材の横領。彼らは簡易裁判にかけられ、おそらくは長期の労働刑となるだろう。鉱山か、あるいは開拓地か。情状酌量の余地はない」


 この世界の司法は、現代日本のように甘くはない。

 ギルドという公的機関の信用を失墜させ、間接的にとはいえ冒険者の命を危険に晒した罪は重い。

 彼らは、目先の地位に目が眩んだ代償として、市民権を剥奪され、奴隷階級にまで落とされる可能性すらある。

 現代なら懲戒解雇や損害賠償請求で済むかもしれないが、ここでは人生そのものが支払いに充てられるのだ。


「ただし、製造を請け負っていた工房主。ケニングについては、情状を考慮する」


 意外な言葉だった。

 てっきり、彼も共犯として断罪されるものだと思っていた。


「彼は素材の不正な出処を知らされていなかった。技術者としての過信と、検品体制の不備は責められるべきだが、悪意を持って加担したわけではない。何より、彼の持つ『安価で大量生産する技術力』は、今後のギルドにとっても有益だ」


 なるほど、計算高い。

 ケニングを完全に潰すのではなく、首輪をつけて飼い慣らし、今度は『正しい素材』で『正しい量産品』を作らせるつもりなのだろう。

 それは、ガンドのような職人気質の人間にとっても、新しい視点を取り入れる契機になるかもしれない。

 清濁併せ呑む。組織の利益を最大化するための、冷徹な判断だ。


「次に、今回の事件におけるギルドの公式見解についてだ」


 シヴィリオは長い指で、紙面をトントンと叩く。


「我々は被害者ではない。しかし加害者と認めるわけにもいかない。よって、公式発表はこうだ。『第8支部は以前から不正の兆候を察知し、極秘裏に内偵を進めていた。そして今回、満を持して悪徳商会と腐敗職員を一網打尽にした』――とする」


 俺は思わず、感嘆の息を漏らしそうになった。

 見事な論点のすり替えだ。

 『管理不行き届きで素材を横流しされたマヌケな組織』という事実を、『自浄作用を働かせ、悪を断罪した正義の組織』というストーリーに書き換えたのだ。

 俺たちの泥臭い調査も、命懸けの戦闘も、すべては『計画通り』の演出として消化される。


「そして、『ファスト防具』への対応だ。これについては欠陥品とは認めない」

「……認めないのですか?」

「認めれば、製造物責任の一部を問われかねない。あくまで『犯罪組織が製造した違法な品』として定義する。よって、市場に出回っている全ての製品を『証拠品』としてギルドが強制的に買い上げる」


 なるほど、『自主回収(リコール)』と言うと聞こえはいいが、それは自社のミスを認める行為だ。

 だが『証拠品押収』ならば、それは正義の執行となる。

 購入者には購入額に色をつけて返金すれば、不満は出ない。

 金銭的なコストは(かさ)むが、ギルドの『信用』という無形資産を守るための必要経費としては安いものだ。

 詭弁も極まれば芸術だな。


「最後に、第8支部の管理責任についてだが」


 シヴィリオの視線が、ブルークに向いた。

 場の空気が張り詰める。


「本来なら、管理不行き届きで減給、あるいは降格処分が妥当だ」

「無論、その覚悟は心得ております」


 ブルークが深く頭を下げる。

 その巨躯を小さく折りたたむ姿には、悲哀ではなく、責任を全うしようとする武人の覚悟が滲んでいた。


 シヴィリオは言葉を継いだ。


「今回の迅速な制圧と証拠保全、そして何より被害を最小限に食い止めた功績。これを相殺し、処分は厳重注意のみとする。指揮官を挿げ替えて現場を混乱させるのは得策ではないという、本部の判断だ」


 合理的だ。

 あまりにも合理的すぎて、文句のつけようがない。

 本部は健全に機能しているからこそ、不祥事の種を神速で摘み取り、組織としての体面を保つ最適解を導き出したのだ。

 『不祥事』を『功績』に書き換え、損害を最小限に抑えるためのシナリオだ。


「寛大なるご配慮、痛み入ります。この身を砕いてでも、地に堕ちた信頼、必ずや拾い上げてみせましょう」


 ブルークが深く感謝の意を示す。

 シヴィリオは優雅に頷き、そして視線を俺に向けた。


「さて、逃亡したノウス商会についてだが」


 シヴィリオが声を潜めた。


「すでに、業者登録は抹消されている。しかし、彼らはただの商人ではない。ブルーク殿からの報告によれば、相当な手練れの私兵を抱えていたようだな」

「ええ。獣人の剣士に、紙を扱う魔導師。あれは、一介の商人が抱える護衛の域を、遥かに超えておりますな」


 ブルークの言葉に、俺はあの夜の光景を思い出した。

 紙の鳥が爆ぜ、不可視の刃が嵐となった瞬間。

 あれは、俺の住む世界の常識では測れない『暴力』だった。

 ただの営利目的の犯罪ではない、もっと深い闇を感じさせる。


「調査は継続する。しかし相手の戦力を考慮し、これより先はSランクパーティ、あるいは王国の諜報機関へ案件を移管する」


 シヴィリオは断言した。


「カツラギ殿。貴君の仕事はここまでだ」


 突き放すような言葉。だが、そこには明確な配慮があった。

 これ以上首を突っ込めば死ぬぞ。そう言外に告げているのだ。


「承知しました。専門家の領分、ということですね」


 俺は素直に頷いた。

 悔しさはない。むしろ、安堵していた。


「貴君には、生きて組織を回してもらわねばならないからな」


 シヴィリオは満足げに微笑み、ワイングラスを掲げた。


 こうして、第8支部を揺るがした一連の騒動は、組織的な幕引きを迎えた。

 正義の味方が悪を滅ぼしてめでたしめでたし、とはいかない。

 大人の事情と、政治的な妥協と、冷徹な計算によって塗り固められた、ほろ苦い結末。

 だが、それが現実だ。

 俺たちは物語の登場人物ではない。組織という巨大な歯車の一部として生きる、労働者なのだ。


---


 時刻は20時前。


 会食を終え、シヴィリオとブルークに見送られてレストランを出た。

 夜風が、アルコールで火照った頬に心地よい。


 第8区のメインストリートは、まだ煌びやかな魔導灯に照らされ、人々の営みが続いている。

 数日前、ここには『安くて早い』と謳う防具が溢れ、多くの冒険者がそれに飛びついた。

 そして今、それらは『証拠品』として回収され、人知れず姿を消しつつある。

 街は何事もなかったかのように呼吸を続けている。

 俺たちが奔走し、隠蔽し、処理したおかげで、この街の日常は守られたのだ。


 明日の朝には、第9支部へ戻る。

 業務改善の監査に来たはずが、詐欺事件の摘発に巻き込まれ、あまつさえ殺し合いの現場に立ち会うことになるとは。

 まったく、俺の職務記述書ジョブ・ディスクリプションには書かれていない業務ばかりだな。

 危険手当ぐらいは請求してもバチは当たらないだろう。


 だが、最後に一つだけ、やっておくべきことがある。

 俺は石畳の道を歩き、エリンとフラッフルの家へと向かっていた。


 今回の事件で、フラッフルは大きな役割を果たした。

 メッキを剥がすという地味な作業だったが、そこには確かな技術と、それを制御する精神力が必要だったはずだ。

 彼女はもう、魔力が制御できず、才能を持て余した子供ではない。

 自身の出力を制御し、求められた結果を出す『技術』を身につけつつある。


 その成果を確認すること。

 それが、俺がこの街で果たすべき、最後の『契約』だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ