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第51話:内部統制のパラドックス、不良素材で足場を作ってはいけない

 第8支部、本館最上階にある会議室。

 重厚な扉が閉ざされると、そこは外界の喧騒から切り離された密室となった。


 窓の外には、夕暮れに染まりつつある第8区の街並みが広がっている。

 赤く染まった空は美しいが、俺の目には、街全体が巨大なブラックボックスのように映っていた。

 どこかで歯車が狂い、異音を立てている。

 その発生源を特定するために、俺たちはここに集まった。


「……なるほど。事の顛末、概ね理解いたしました」


 上座に座ったブルークが、低い声で言った。

 ミーティングテーブルには、『ファスト防具』の残骸が置かれている。

 それは無言の告発状のように、会議室の空気を冷やしていた。


「カツラギさん。貴方は、この供給源について仮説をお持ちのようですね」

「ええ。消去法で潰していけば、残るのは一つです」


 俺はテーブルの上に広げられた大きな羊皮紙に、ペンで数字を書き込んだ。

 ビジネスにおいて、コスト構造の分析は基本中の基本だ。


「『ファスト防具』の販売価格は金貨1枚。これは異常な安さです。加工費、人件費、流通コスト、そして店舗の家賃。これらを差し引けば、材料費が残る余地がない」


 俺は『材料費』と書いた文字に、大きくバツ印をつけた。


「正規の鉄材はもちろん、市場で流通している鉄屑でさえ、無料で調達することは不可能です。しかし、そうでなければ計算が合わない」


 タダ同然で手に入る、大量の『状態の良い中古防具』。

 そんな都合の良い鉱脈が、この街のどこにあるというのか。


「ゴミ捨て場、か」


 ガンドが、吐き捨てるように言う。


「いや、街のゴミ捨て場にゃ、生ゴミと木屑しかねェか」

「そう、誰でも拾える場所にはない。では、特定の人間しか立ち入れず、かつ大量の破損した防具が『ゴミ』として集まってくる場所はどこか」


 俺はテーブルを指で軽く叩いた。


「ここです。冒険者ギルド第8支部」


 一瞬の静寂。

 驚きの声は上がらない。ここにいる全員が、薄々とは感づいていたからだ。


「第8支部は王都でも最大規模の流通拠点を持ちます。スタンピードの後始末も含め、毎日破損した装備が持ち込まれている。物によっては廃棄物扱いです」


 『産業廃棄物』は企業にとっては、金を払ってでも捨てたい負債だ。

 だが、加工業者にとっては資源の山でもある。


「もし、この廃棄物を『処分したことにして』横流ししていたら? 実行犯の懐には商会からの裏金が入る。業者はタダ同然で材料が手に入る。ギルドの利益を食い物にして、互いに甘い汁を吸う関係というやつです」


 俺の言葉に、ブルークは深く目を閉じた。

 反論は来ない。

 その重苦しい沈黙こそが、俺の推測が的外れではないことを雄弁に語っているように見えた。


「……カツラギさん。貴方の推測を裏付ける『証拠』はありますか?」

「状況証拠ですが、筋になるものが2つあります」


 俺は指を2本立てた。


「1つ目は、倉庫の状況です。先日、視察した際に違和感を覚えました。それは廃棄物置き場が綺麗に整理されていたことが関係しています」


 廃棄物エリアでは、革、布、木製品、金属などが、種類ごとに分別されていた。


「分別自体は良いことです。ですが、気になったのは『量のバランス』です。革や木製品は山のように積まれていたのに、鉄製の鎧や剣だけが、極端に少なかった」


 スタンピードがあったこともあり、金属製の装備の破損も相当数出ているはずだ。

 なのに、そこだけが頻繁に『出荷』されているかのように少なかった。


「分別が徹底されていることで、皮肉にも『何が足りないか』が目に見える形になってしまったわけです」


 在庫管理の基本だ。整理整頓は、不正の発見機でもある。


「そして2つ目。これが決定打に近い。何故、最近になって品質が落ちたのか」


 ケニングは言っていた。『Aランク品質と保証した物だけが届く契約だ』と。

 それがここ最近、本物の不良品が混ざるようになった。


 在庫が尽きたから?

 いや、違う。


「原因は……俺が導入した『チェックリスト』です」


 言った瞬間、自分でも喉の奥が苦くなる。

 整備された道路は、時に逃げ場を失った鼠を暴走させる。

 厳格すぎるルールが、現場を窒息させて破綻を招くこともある。

 正しいはずの仕組みが、別の穴を開けるというパラドックスだ。


「チェックリストだァ? あれは鑑定の精度を上げるためのモンじゃねェのか?」

「そうだ。鑑定の精度が上がり、個人の裁量が消えた。それが裏目に出たんだ」


 俺はカラクリを説明した。


 以前のギルドは、鑑定基準が曖昧だった。

 担当者のさじ加減一つで、まだ使える鎧を『廃棄相当』と判定することも可能だったはずだ。

 そうやって『帳簿上は廃棄扱いだが実際は使える防具』を作り出し、それを横流ししていた。

 だから、『ファスト防具』の品質は高かったのだ。


 しかし、俺の作成したチェックリストが導入されたことで、状況は一変した。

 損傷度合い、摩耗率、修復の可否。全てが項目化され、誰が見ても同じ結果が出るようになった。

 その情報は、冒険者にも共有される。

 まだ使えるものを廃棄物と偽ることが、システム的に不可能になったのだ。


「結果として、横流しできる『良質な中古防具』が枯渇した。しかし、商会との契約や納期は待ってくれない。追い詰められた彼らは、どうしたか」


 答えは明白だ。


「チェックリストでも『廃棄』と判定された、『本当の不良品』を流すしかなかった。数が足りないなら、質を落としてでも埋めるしかない。それが、今回の破損事故の正体です」


 苦肉の策だ。

 どうせ加工してしまえば、素人目には分からない。

 メッキで固めてしまえば、中身が死んでいようが関係ない。

 そうタカを括ったのだろう。


 業務改善が、皮肉にも不正のパイプを詰まらせ、汚水を逆流させたのだ。

 システムが正しく機能したからこそ、隠蔽されていた不正が表面化したと言える。


「……灯台下暗し、とはこのことですな」


 ブルークが自嘲気味に笑った。

 だが、その目は笑っていない。猛禽類のような鋭さが宿っている。


「着任以来、改革にばかり目を向けていた。足元が腐っているとも知らずに」

「組織が大きくなれば、影も濃くなります。ブルークさん、貴方も『裏』を洗っていたのではありませんか?」


 俺が水を向けると、ブルークは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに置いた。

 それは、『廃棄物の搬出記録』の写しだった。


「ええ。カツラギさんが現場を見ている間に、私は過去の搬出記録と、倉庫職員の勤務表を突き合わせておりました」


 ブルークは、記録の一箇所を指差した。


「いつ、誰が、どれだけの廃棄物を搬出したか。この記録の時刻が、奇妙なほど特定のパターンに偏っているのです。必ず、昼休憩やシフトの交代時間など、現場の人員が手薄になるタイミングばかり」


 偶然ではない。作為的な『隙』だ。

 だが、それだけでは証拠にならない。責任者が立ち会うのは当然だからだ。


「そこで私は、その時間帯に勤務していた他の職員たち一人ひとりに聞き取りを行いました。『その時、積み込みを手伝ったか』と」


 ブルークの声色が冷たく沈んだ。


「答えは全員『否』でした。『チーフに言われて別の作業をしていた』あるいは『休憩に行かされていた』と。つまり、廃棄物の搬出が行われる瞬間、チーフである彼が、わざわざ人払いをしてまで一人で作業していたのです」


 本来なら部下に任せればいい仕事を、管理職が一人で行う。

 不自然極まりない行動だ。

 中身を見られたくない。共犯者である商会の御者に会わせたくない。

 その意思が透けて見える。


 ブルークの指が、ある名前を指し示した。


「ダビッソ。倉庫部門のチーフです」


 あの、人の好さそうな巨漢か。

 先日の視察で、ニコニコと『カラーシステム』を絶賛していた男だ。

 『廃棄物の搬出が追いつかない』と言っていたのは、俺の目を欺くためのブラフだったのか。

 いや、実際に『選別と横流し』の手間が増えて、パンクしていたのかもしれない。


「呼んであります。そろそろ来る頃でしょう」


 その言葉を最後に、会話が途切れる。

 訪れたのは、審判の時を待つような、重苦しい静寂だった。

 いつの間にか、窓の外は藍色に染まり、街の灯りがともり始めていた。


---


 コンコンと、控えめなノックの音が響く。


「……お入りなさい」


 許可を得て、扉がゆっくりと開く。

 入ってきたのは、ダビッソだった。

 以前に見た、愛想の良い笑顔はない。額には脂汗が玉のように浮いている。


「ギルド長……お呼びでしょうか」

「おかけなさい」


 ブルークは、丁寧な口調で椅子を勧めた。

 その丁寧さが、逆に恐ろしい。


 ダビッソは震える足で椅子に座る。

 その視線は、テーブルの上の鉄屑に釘付けになっている。


「ダビッソさん。単刀直入に問いましょう」


 ブルークは余計な前置きを省いた。


「この残骸は、あなたが流したものですね?」


 問いかけではない。確認だ。

 ダビッソは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 言い訳を探しているのか、それとも嘘をつく算段をしているのか。

 だが、彼の視線がブルークの氷のような瞳と交錯した瞬間、全ての抵抗が無意味であることを悟ったようだった。


 既に部下たちへの聞き取りは終わっている。

「俺は知らない」と言えば、「ではなぜ部下を遠ざけたのか」と詰められる。

 逃げ道は、最初から塞がれていたのだ。


「…………はい」


 ダビッソは観念したように項垂(うなだ)れた。

 あっけない幕切れだった。

 だが、これこそがリアリティだ。

 圧倒的な証拠と権力を前にして、三流の悪党が演じられるドラマなど存在しない。

 現実はいつも、脚本より短い。


「……申し訳、ありませんでした」


 声が微かに揺れたまま、彼は語り始めた。

 それは、俺の推測を裏付ける内容だった。


 手口はシンプルだ。

 素材鑑定部門のチーフ、イスマンと結託していた。

 イスマンが、まだ使える装備を『廃棄』と偽って査定する。

 ダビッソが、その廃棄物を処理場へ運ぶ際、防具だけを商会の馬車に積み替える。

 それだけだ。

 在庫管理が杜撰(ずさん)だった以前の体制では、誰も気づかなかった。いや、気づいていても見ないふりをしたのかもしれない。


「イスマンか。あの几帳面そうな男がな」


 俺は、眼鏡をかけた神経質そうな鑑定チーフの顔を思い浮かべた。

 『感情ではなく事実を査定する』と言い切った男。

 その彼が、感情一つ挟まずに『事実』を捏造していたわけか。


「何故、このような真似を? 何者かに脅されでもしましたか?」


 ブルークが静かに問う。

 もし脅迫ならば、情状酌量の余地もあるかもしれない。

 だが、ダビッソは首を横に振った。


「……いいえ。最初は、商会の代表であるウルバノという男から、食事の誘いを受けただけでした」


 ダビッソは脂汗を拭うこともせず、独白を続ける。


「彼は羽振りが良く、話も面白かった。ある日、言われたんです。ノウス商会はもっと大きくなる。いずれは支店を出すつもりだから、そこを任せられる人材が欲しい、と」


 金銭ではなく、地位を餌にしたのか。

 ギルド職員は安定しているが、出世の道は限られている。

 商会の支店長というポストは、野心のある男には魅力的に映ったことだろう。


「私とイスマン、それからウルバノが抱き込んだ査定所の職員たちで、その話に乗りました。商会への貢献度を示せば、将来は安泰だと。だから、彼が求めるままに、ギルドの廃棄物を……まだ使える防具を、提供し続けました」


 大量の防具を捌くには、イスマン一人では無理だ。

 査定部門の中に、不正のグループが出来上がっていたのか。


「それで、最近になって急に本当の廃棄物を混ぜ始めたのは何故です?」


 俺は、核心を突く問いを投げかけた。

 仮説が正しいかどうか、その答え合わせだ。


「……明細のチェックリストです」


 ダビッソが俺を恨めしそうに見た。


「あれが導入されてから、イスマンが『もう誤魔化せない』と言い出したんです。誰が見ても明らかな良品を廃棄として処理すれば、窓口の受付職員や、何より持ち込んだ冒険者本人が不審に思うと」


 チェックリストは客観的な指標だ。

 綺麗な鎧なのに『破損あり』の項目にチェックが入っていれば、素人目にも矛盾していることになる。


「……それが原因で、数が足りなくなりました」


 ダビッソの声が(かす)れた。


「商会との約束で、今月も納品することになっていました。『ファスト防具』が売れているから、増産体制に入ると。……もし数が揃わなければ、我々の評価が下がる。将来のポストが消えてしまうかもしれないと、焦りました」


 焦り。

 それが判断を狂わせた。

 納期とノルマに追われ、品質を犠牲にして数を揃える。

 典型的な、破綻直前のプロジェクトの姿だ。


「だから、足りない分を、見た目のいい廃棄物で埋め合わせたんです。どうせ加工されれば分からないだろうと」


 浅はかだ。

 だが、追い詰められた人間は、往々にして正常な判断力を失う。


「商会は? 商会は、廃棄物が混ざっていることを知っていたのですか?」


 俺の問いに、ダビッソは首を横に振った。


「……分かりません。ですが、ウルバノには『以前と同じようにAランク品質の素材を送った』と報告しています。彼らは中身を細かく検品しません。木箱に入れたまま渡せば、そのまま工房に運ばれることは知っていましたから」


 『知らない』のではなく、『見ない』のだろう。

 あえて検品をザルにすることで、もし発覚した際に『ギルドに騙された被害者』という顔ができる。

 商会側は信じているふりをし、職人のケニングは信じ込んでいた。

 『箱を開けなければ良品である』という、そんなシュレディンガーの猫のような理屈が、まかり通ってしまったわけだ。


「……全て、お話ししました。どうか、ご慈悲を……」


 ダビッソは椅子から崩れ落ち、床に這いつくばって額を擦り付けた。

 ブルークは冷たい目でそれを見下ろすと、無言で席を立った。

 彼は会議室の入り口に歩み寄り、扉を開けて外に控えていた2人の職員を招き入れる。


「彼を別室へ連れて行ってください。そして、鑑定所のイスマンと、その一派も――」


 指示された職員に両脇を抱えられ、ダビッソが連れ出されていく。

 その背中は小さく、哀れだった。

 後ほど憲兵に引き渡されれば、事情聴取の後に王都の法で裁かれることになるだろう。

 だが、同情はしない。

 彼が欲のために流した『廃棄物』で、命を落としかけた冒険者がいるのだからな。


 ブルークは職員たちを見送ると、そのまま開いた扉の傍で立ち止まり、俺たちを振り返った。


「……手足は切り落としました。ですが、これで幕引きとは参りません。実行犯を捕らえたところで、市場には『偽りの防具』という毒が回ったままです」


 彼はステッキの柄を持ち替え、手元へ引き寄せた。


「あれの素材が当支部から不正に流出したものである以上、我々は片棒を担がされたも同然。もし、このまま知らぬ存ぜぬを通し、後になって事実が露見すればどうなるか」


 想像に難くない。

 『ギルドは裏で素材を流し、詐欺商法に加担していた』と見なされれば、組織の信用は地に墜ちる。

 何より、今この瞬間も、脆い鎧を信じて死地へ向かう冒険者がいるのだ。

 彼らへの責任は、素材元であるギルドにもある。


「直ちに事実を公表し、市場にある『ファスト防具』を全て回収せねばなりません。そのためには、商会が不正に関与していたという動かぬ証拠が必要です」

「本体――ノウス商会と代表のウルバノを叩く、ということですね」


 俺は立ち上がり、会議室の入り口へ向かった。

 全員がそれに続く。


「ええ、一刻を争います。私は今から、直接商会へ乗り込みます。ギルド長権限による『強制調査』です。カツラギさん、ガンドさん。貴方がたにも同行を願います」


 俺が金の流れを追い、ガンドが物の流れを追う。

 役割は明確だ。


「わかりました、お供します」

「ああ、勿論だ」


 俺たちが短く応じると、ブルークはユメリに向き直った。


「ユメリ。彼らの護衛を頼みます」

「はい、お任せください」


 ユメリが即座に応える。

 その横では、フラッフルが無言のまま、手元の杖をクルクルと回している。

 そしてチラチラとブルークを見ては、目を逸らす。

 これ以上ないほど分かりやすい『アピール』だ。


 ブルークが苦笑交じりに頷いた。


「もちろん、フラッフル。貴女も頼りにしていますよ」

「はーい、まっかせて!」


 フラッフルが満足げに杖を止めた。

 これで面子は揃った。


「では行きましょう。相手が商売人なら、こちらの動きを察知して、証拠の隠滅を始めている頃です」


 俺は懐中時計を確認し、硬い音を立てて蓋を閉じた。

 だが、感傷に浸っている時間はない。


 ここからは、『強制調査』という名の、残業だ。


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