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第50話:生産管理の思想、丸投げは信頼じゃなくて怠慢だ

 第8区の外れに位置する『ラティオ工房』は、この街の喉元に引っかかった小骨のように、異質な存在感を放っていた。


 周囲には古びたレンガ造りの倉庫や、(すす)けた木造の作業場が並んでいる。

 それらは長い年月をかけてこの街の風景に溶け込み、朽ちていくことを許容された古参の建物たちだ。


 だが、この工房は違う。

 外観こそ周囲と同じ石造りだが、煙突から吐き出されるのは黒煙ではなく、白っぽい蒸気だ。

 内部から響く音も、鉄を延ばす重厚な音ではなく、乾いた音がメトロノームのように一定のリズムを刻んでいる。


 俺は歩調を緩めずに敷地の入り口へと向かった。

 そこには資材搬入用の大きな扉があり、男が一人、帳簿を片手に立っている。

 彼は俺たちの姿を認めると、手を掲げて近づいてきた。


「おい、ここから先は関係者以外立ち入り禁――」

「お疲れ様です。ギルド本部より、定期巡回に参りました」


 俺は立ち止まることなく、流れるような動作で懐から『王都冒険者ギルド職員証』を提示した。

 相手が内容を確認する隙を与えず、あたかも『通って当然』という空気を纏って歩みを進める。

 制止しようとする動き出しの機先を制する、社畜時代に身についた『止めにくい人間』の作法だ。


「え、あ、はい。……お疲れ様です」


 見張り役は反射的に道を譲った。

 人間は、堂々とした態度と『もっともらしい肩書き』には弱い。

 背後には立派な鎧を着込んだユメリが控えていることも、無言の圧力として機能しているのだろう。


---


 工房の中に入ると、熱気と共に、油と鉄粉の匂いが鼻に絡みついた。

 広い空間だ。職人たちが、区画ごとに分かれて作業を行っている。


 入り口に近い右手の区画では、数人の男たちが革と鉄板を重ね、黙々とハンマーを振るっていた。

 釘のようなものを打ち込んでいるようだが、これがリベット打ちというやつだろうか。


 その隣、中央の区画では、組み上がった防具を謎の液体で満たされた槽に浸している。

 あの特徴的なメッキ加工を施しているのだろう。

 左手の区画で、乾燥した防具を磨き上げていた。


 見渡す限り、俺がイメージする『鍛冶』――真っ赤な鉄塊を大鎚で叩き潰す、あの原始的な絵面は見当たらない。

 あるのは、規格化された部品を組み立て、メッキで化粧を施す工程だけ。

 まさに『工場制手工業(マニュファクチュア)』の光景そのものだった。


「……気に食わねェな」


 ガンドが低い声で言った。

 量産の防具に向ける彼の視線には、隠しようのない嫌悪が混じっている。


「どなたかな」


 奥から、一人の男が歩み寄ってきた。

 小柄だが、岩塊のように筋肉が凝縮された体躯。定規で測ったように短く刈り揃えられた髭。そして、使い込まれた作業着。

 ドワーフだ。

 だが、ガンドのような『見るからに職人』の風体ではない。

 現場監督、あるいは工場長といった理知的な雰囲気を纏っている。


「ギルド職員のカツラギです。こちらの責任者の方にお話を伺いたいのですが」

「私が責任者のケニングだが……」


 男は俺たちの前で立ち止まり、そしてガンドの顔を見て、言葉を飲み込んだ。

 数秒の沈黙。

 周囲の喧騒が、彼らの間だけ遮断されたかのような静寂が落ちる。


「……なんだ。お前か」


 ドワーフの男――ケニングが冷たく言い放った。


「鎚を置いた腰抜けが、何の用だ? ガンド」

「よォ、ケニング。鉄の匂いがしねェ工房だな。ここは調理場か何かか?」


 ガンドも負けじと嫌味を返す。

 知り合い。それも、ただの知人ではない。互いの技術と人格を知り尽くした上で、決定的に決裂した過去を持つ者の距離感だ。


 ケニングは小さく鼻で息を吐き、俺を見た。


「くだらん。……で、その腰抜けの連れは、何の用だ」

「本日は『ファスト防具』に関する品質確認及び、製造工程の視察に参りました」


 俺は再び職員証を見せ、事務的に告げた。

 ケニングはそれを一瞥しただけで、太い腕を組んで俺を睨み上げる。


「視察? 我々は商会の発注通りに製造しているだけだ。文句があるなら商会を通せ」


 取り付く島もないが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 俺は冷静に切り返した。


「現在、ギルドの方に非公式ながら破損報告が寄せられています。このままでは、根拠のない噂だけで『ファスト防具は粗悪品だ』というレッテルを貼られかねない。……あなたにとって、自分の自信作が不当な汚名を着せられるのは本意ではないでしょう?」

「……なんだと」


 ケニングの表情が一瞬だけ固まった。

 職人のプライド。そこが彼の急所になる。


「もし製造工程に問題がないのなら、それを見せていただくだけで結構。そうすれば、一連の事故の原因がどこにあるのかを、ギルドとして公式に判断できます」


 俺は一歩踏み出し、ケニングの目を真っ直ぐに見据えた。


「あなたの技術が正しければ、濡れ衣は晴れる。潔白を証明する機会です。まさか、見せられないやましいことでも?」

「……ふん」


 彼は鼻で笑った。


「私の管理体制にケチをつける気か。……いいだろう、見ていくがいい」


 ケニングは(きびす)を返し、工房の奥へと歩き出した。

 俺たちはその後を追う。


 交渉成立だ。

 彼は自分の技術に絶対の自信がある。

 だからこそ、『見れば分かる』という挑発に乗ってきたのだ。


---


 案内されたのは、作業台がある、工房全体を見渡せる高台のスペースだった。

 そこには図面が広げられ、完成したばかりの『ファスト防具』がサンプルとして置かれている。


「単刀直入に言うぞ、ケニング」


 ガンドが、口火を切った。


「お前、この防具が何で作られてるか、客に説明できンのか?」

「何の話だ」

「とぼけるな。こいつはリサイクル品だ。中古のボロを厚いメッキで隠して、新品ヅラして売ってやがるンだろうが」

「それがどうした」


 ガンドの追及に対して、ケニングは平然と言い放った。

 悪びれる様子もない。むしろ、それが当然の合理であると言わんばかりの態度だ。


「使える素材を使って何が悪い。資源は有限だ。まだ使える鉄を廃棄して溶かすより、そのまま再利用する方が合理的だ」

「理屈はな。だが、お前はそれを『新品』として市場に流してやがる。客を騙してな」

「人聞きが悪いな。『ファスト防具』という規格の新品だ。素材が何であれ、私の技術で『再生(リビルド)』させ、新品同様の強度を持たせてある」


 ケニングの主張には、一片の迷いもない。

 本気で、自分の製品が正義であると信じているようだ。

 元の素材が古かろうが新しかろうが、彼の加工技術を通せば全て等しく『製品』になるという自負があるのだろう。


「ガンド。お前は昔からそうだな。一点物の芸術品だの、魂の入った名剣だの、そんな夢物語ばかり追いかけている」


 ケニングが図面を指で叩く。


「いいか。金のない新人が、なけなしの金貨を握りしめて店に来る。だが、お前のような職人が打った剣は高くて買えない。結果、彼らは貧弱な装備でダンジョンに潜り、死ぬ。私はそれを変えたい」


 彼の言葉には熱があった。

 それは、職人のエゴではなく、社会的な使命感に近いものだ。


「名剣を1本打つ間に10本打てば、10人の新人が死なずに済む。私が作っているのは芸術品ではない。『誰もが買える安全』だ。安価で、標準的な性能を、大量に。『数こそ正義』。それが私の流儀だ」


 大衆のための量産品。

 一部の特権階級だけでなく、大衆に文明の利器を行き渡らせる。

 その思想自体は好ましいものだ。

 経済を回し、全体の底上げを行うには、ケニングのような技術者が必要不可欠だろう。

 だが、それはあくまで、『製品がまともであれば』の話だ。


「……理念は立派だ。俺も、その考え方自体は嫌いじゃねェ」


 ガンドが静かに言った。

 彼もまた、かつては同じ場所を目指し、そして道を違えたのだろう。


「だがなァ、ケニング。理念がいくら高潔でも、肝心のモノが腐ってちゃ意味がねェンだよ」


 ガンドは持参した鞄から『青い残骸』を取り出し、ケニングの目の前に放り投げた。

 ガシャッ、と乾いた音が響く。


「……なんだこれは」

「お前ンとこの自慢の商品だよ。『ファスト防具』の成れの果てだ」


 ケニングは残骸を拾い上げ、視線を注いだ。


「使い方が荒かったのだろう。どんな防具も、限界を超えれば壊れる」

「断面を見ろ。素人目じゃねェ、職人の目でな」


 言われて、ケニングは目を細める。

 その表情が強張った。


「……この破断面……金属疲労によるものか?」

「そうだ。こいつは『死ンだ鉄』だ。再生加工でどうにかなるレベルじゃねェ。最初からゴミだったンだよ。お前は、こんなゴミをメッキで隠して、客に売りつけたンだ」


 ガンドの言葉は、ケニングの掲げる『正義』を根底から否定するものだった。

 『誰もが買える安全』などではない。メッキで飾られた『死』そのものだからだ。


「ありえん。私の再生技術は完璧だ。ここには良質な中古品しか搬入されない契約だ」

「じゃあ、目の前にあるこいつは何だ? 幻覚だとでも言う気か!?」

「捏造だ。私を陥れるために用意した偽物だろう」


 どうやら、ケニングは『不良品を流した』という自覚がないようだ。

 ならば、考えられる可能性は一つだろう。


「ケニングさん、一つ確認させてください。搬入された中古品の『品質』を、どうやって確認していますか?」


 俺は二人の間に割って入った。

 ケニングは睨むような目でこちらを見た。


「外観と、打音検査だ。抜き取り検査をしている。仕入れは商会が一括管理していて、向こうの鑑定士が『Aランク品質』と保証した物だけが届く契約だ」

「鑑定士任せ、ですか」

「パンはパン屋だ。私は加工のプロだが、鑑定の専門家ではない。彼らもビジネスだ、信用を失うような真似はしないはずだろう」


 それは、分業制の弊害。『外部委託(アウトソーシング)の落とし穴』だ。

 ケニングは『加工』という工程においては一流だが、『仕入れ』という上流工程を完全に他者に依存している。

 ブラックボックス化された入り口。そこに毒が混入されていても、彼は気づけない。


「ガンド、加工前の素材を確認しよう」

「ああ、それが手っ取り早いな」


 ケニングは短く息を吐き、こちらを見ずに手だけで『来い』と合図した。


---


 案内された倉庫の棚には、防具が並べられていた。

 どれも、一見すると状態の良い中古品に見える。

 ケニングがその中から一つの胸甲を手に取り、突き出した。


「見ろ。これが次に加工する素材だ。傷も歪みもない、Aランク品だ」


 確かに、見た目は綺麗だ。

 ガンドはそれを受け取ると、指先で表面を撫でた。


「ああ、見た目も手触りもいい。だが、鉄は嘘をつかねェ」


 ガンドは短く評すると、すぐ近くの木箱の上に胸甲を置いた。

 そして、ポケットから小さなハンマーを取り出す。


 彼が胸甲の端を叩くと、カン、と硬質な音が響いた。


「これは、まともだな」


 ガンドは胸甲を脇へどけると、俺を見上げた。


「カツラギ、次だ。適当に見繕ってくれ」

「了解だ」


 近くの棚から脛当てを手に取り、ガンドの前の木箱に置いた。

 彼が叩くと、カン、と高く澄んだ音が鳴る。


「次だ」


 俺は手当たり次第に防具を運び、検査台代わりの木箱へと供給していく。

 別の脛当てや、胸甲。どれも叩けば良い音が響き、ガンドは無言でそれを脇へ退けていく。

 ケニングは「時間の無駄だ」と言わんばかりに、腕を組んでその様子を見ていた。


 そして、俺が一つの腕当てを手渡した時だった。

 ガンドはそれを台には置かず、手に持ったままハンマーで叩いた。

 カァン、と良い音が響く。


 だが、ガンドの手はそこで止まった。

 彼は腕当てをしっかりと握り直し、ハンマーの柄を短く持ち直した。


「表面の音じゃねェ。……芯の音を聞く」


 ガンドが手首を返し、鋭い一撃を叩き込んだ。


 ゴフッと、先ほどとは打って変わった、鈍い音。

 金属というよりは、木材を叩いたかのような、響きがない音だ。


「……なっ!?」


 ケニングが声を上げた。


「作業台に戻るぞ。割ってみろ」


 ガンドはそう告げて、腕当てをケニングに押し付けた。

 ケニングはそれを受け取ると、無言で歩き出した。


 書類が正しければ、現物も正しい。

 仕組みが壊れている可能性を、最後まで認めたがらない。

 そんな管理者特有の『正常性バイアス』が、彼を突き動かしているのだろう。

 だが、これから彼が自分の手で暴くのは、その信じた仕組みが生み出した『現実』だ。


---


 高台のスペースに戻ると、ケニングは腕当てを作業台の万力に固定した。

 それにタガネを当て、ハンマーを打ち込む。

 ガキン、という音と共に断ち切れ、断面が露わになった。


 そこにあったのは、本来あるべき鉄の輝きではなかった。

 断面の粒子が粗く白濁し、まるで乾いた土塊(つちくれ)のようにボロボロと崩れかけていたのだ。

 長年の衝撃で内部組織が破壊された、典型的な『金属疲労』の痕跡だ。


「……馬鹿な」


 ケニングが、言葉にならない声を漏らした。


「おかしい……外見はAランクだが、中身は廃棄寸前。何故、こんな不良品が混入している」

「『目』でしか見てねェからだ、ケニング」


 ガンドが冷たく告げる。


「加工の腕はいい。量産のためのシステム作りも天才的だ。だが、致命的に『耳』が悪ィ。素材の悲鳴が聞こえてねェンだよ」


 ケニングは『規格』と『数字』を管理する天才だが、その代償として『現物』を見る目を失っていた。

 彼にとって、鉄はカタログスペック通りの『記号』でしかなかったのだろう。


 自身の過失を認めざるを得ない、決定的な証拠は突き付けた。

 これ以上の追及は、ただの死体蹴りになるだろう。

 次は『管理責任』の所在を明らかにするフェーズだ。


 俺は凍りついた空気を引き取るように、静かに口を開いた。


「この素材を仕入れている『商会』の名前を教えてください」

「……ノウス商会だ」


 ノウス商会。

 それが、ラティオ工房の『発注元(クライアント)』。

 この一連の流れを、最小の仮定で説明できる名前は、今のところそこしかない。


「半年前に、この工房の立ち上げ話を持ってきたんだ。良い素材を安く卸せるルートがあるから、お前の技術で貧しい冒険者を救わないか、ってな……」


 善意と理想。

 それ自体は尊いが、ビジネスにおいては時に曇った眼鏡になる。

 狡猾な詐欺師は、人の『欲』だけでなく『良心』さえも利用する。

 義憤や使命感に燃える人間ほど、一度信じ込ませれば『扱いやすい駒』になることを熟知しているのだ。


 『良い素材を安く』。そんな都合の良い供給が、永遠に続くわけがない。

 在庫が枯渇したのか、商会のチェックが杜撰(ずさん)なのか、それとも最初から混ぜるつもりだったのか。

 理由は不明だが、結果としてケニングの『信頼』は裏目に出た。

 外部の商会に品質管理を丸投げした時点で、この事故は約束されていたようなものだ。


「……私は、ゴミを生産していたのか。救済のつもりが……この手で、客を殺そうとしていたというのか……」


 ケニングが割れた腕当てを握りしめて、項垂(うなだ)れた。

 その拳からは血が滲んでいる。

 職人としてのプライド、そして何より、彼が最も大切にしていた『理念』が、足元から崩れ去ったのだろう。


「ケニング」


 ガンドの声は低く、冷えていた。

 だが、突き放しきれてはいなかった。


「泣き言を言ってる場合か。何でこンなゴミが混ざったのか、その『理由』を突き止めるまでは終わらねェぞ」


 ケニングは顔を上げた。視線が、一点に据わっている。

 彼は血の滲んだ手を作業着で拭い、強く頷く。


「……ああ、そうだな。私は、ここの責任者だ。落とし前はつける」


 それだけで十分だった。

 現場はケニングが守る。

 ならば、俺たちは外へ向かうべきだ。


「ノウス商会ですね」


 手帳を開き、その名を書き込んだ。

 次の行き先は決まった。


 俺はケニングに向かって、静かに告げた。


「その『良質な素材を安く卸せるルート』の正体……おおよその見当はついていますよ」


 ブルークが追っている『裏』の事情。

 そして、この工房に流れてくる『見た目は綺麗なゴミ』。

 それらが一つに繋がろうとしていた。


 まだ確証はない。だが、状況証拠は揃っている。

 安く、大量に、継続的に手に入る『中古の防具』。

 それがどこから湧いてくるのか。


 この『流通網(エコシステム)』の根は、想像よりも深く、そして腐っているのかもしれない。


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