第49話:製造工程の追跡、分別なければただのゴミ
地下修練場の空気は、冷たく淀んでいる。
石壁に囲まれたこの空間は、歓声も悲鳴もすべて吸い込み、無機質な静寂だけを吐き出すように設計されているようだ。
その中央で、ガンドが作業を続けている。
フラッフルの魔法によって塗装という名の厚化粧を剥がされ、白日の下に晒された5セットの防具。
ガンドはそれらを、まるで検死を行う監察医のような手つきで調べていた。
ルーペを覗き込み、ハンマーで軽く叩き、断面の粒子を指先で擦る。
その背中には、職人特有の頑固さと、真実を暴こうとする執念が張り付いている。
俺たちは息を潜めて待った。
数分か、あるいは数十分か。
永遠にも似た沈黙の後、ガンドがゆっくりと顔を上げた。
「……結論が出たぞ」
その声は低く、しかし困惑の色が混じっていた。
「どうだった?」
俺が問うと、ガンドは剥き出しになった防具を順に指し示した。
「まず、品質だが。……結論から言えば、この5つは全て『まとも』だ」
当然の答えではあった。
市場であれだけ好評を博しているのだ。全てが粗悪品であるはずがない。
もし全てがゴミなら、とっくに評判は地に落ちている。
大多数のユーザーは、この『まともな防具』を安く手に入れて満足しているのだ。
「叩けば金属音は澄ンでるし、強度も十分だ。実戦で使っても問題ねェ。金貨1枚なら『破格』と言っていいレベルの代物だ」
「では、問題はないと?」
「いや、大アリだ。5つとも品質自体は悪かねェが、『素材がバラバラ』なンだよ」
彼は3つの鎧を指差した。
「こいつらは、肌目が揃った『良質の鋼』だ。叩いた時の反発も一定だし、おそらく同じ釜で精錬された鉄板を使ってンな。だが、他は違う」
続けて、残りの2つを弾く。
「こっちは刃を弾くための『硬度重視の鋼』。そっちは衝撃を逃がすための『粘り重視の鋼』だ。どれも素材としては上等だがな。5つの製品の中に、性質の違う3種類が混在してやがる」
品質のバラつき。
工業製品として、管理者が最も嫌う言葉だ。
量産品を謳っておきながら、中身は闇鍋状態ということになる。
「つまり、これらは『正規の鋼材』から切り出されたものではないということか?」
「ああ、間違いねェ。こいつらは『再加工品』だ」
ガンドは断言した。
「傷の入り方、叩いた時の『鉄の目』の流れ方……こいつらは元々、別の形をしていたもンだ。おそらくだが、もっと大きな胸甲や、別の形状の脛当てだったものを、切って、叩いて、無理やりこの形に矯正してンだ」
リサイクル。あるいはリユース。
資源の有効活用と言えば聞こえはいいが、それを伏せて『新品』として売るならば、優良誤認を招く行為だ。
「技術的には可能なのか?」
「ブリガンダインってのは、裏地に小さな鉄板をリベットで留めて作る鎧だ。一枚板のプレートアーマーと違って、小さな金属片があれば作れる。つまり、鎧の『生きている部分』だけを切り出せば、素材として流用できるってわけだ」
大きな一枚肉としては使えなくても、細切れ肉にすればハンバーグは作れる。
腕や足の防具も同様だ。関節部分を繋ぎ合わせる構造なら、小さなパーツの寄せ集めで構成できる。
『ファスト防具』のデザインが、やけに細かくパーツ分けされていた理由がこれか。
スタイリッシュなデザインに見えたそれは、流用した素材を有効活用するための『合理的な最適解』だったわけだ。
「……なるほど。状況が見えてきました」
俺は手帳を開き、整理した情報を書き込んでいく。
「『ファスト防具』の正体は、中古のリサイクル品です。ですが、単なる粗悪品ではない。むしろ、初期の段階では『質の良い中古品』を厳選して再利用していたのでしょう」
ガンドが確認した5つの製品が『良品』だったのがその証拠だ。
元の素材が良いものであれば、再加工しても強度は保たれる。
安価でそこそこの性能。市場のニーズに合致し、人気が出るのも頷ける。
リサイクル品であることを隠して売るのは褒められたことではないが、製品としての機能は果たしている。
「ですが、ここに『イレギュラー』が存在する」
俺は、『壊れた防具』を指差した。
「この壊れた防具は、金属疲労が限界まで蓄積した『死んだ鉄』でした。本来なら廃棄されるべきゴミです。……なぜ、まともな商品のラインナップの中に、こんな致命的な不良品が混ざり込んだのか」
ブルークが顎に手を当てて考え込む。
「……需要と供給。その天秤が傾いた結果、ですか」
「その通りです。ブルークさん、この『壊れた防具』が流通したのは、いつ頃ですか?」
「被害報告があったのは数日前です。購入時期も、ここ一週間以内のものばかりでした」
「そして現在、店はどうなっていますか?」
「先ほど使いの者を走らせましたが、既に完売状態でした。『好評につき増産中』との張り紙があり、予約を受け付けているそうです」
情報が繋がった。
点と点が線になり、一つの醜悪なグラフを描き出す。
「人気が出れば、在庫は捌ける。店側は機会損失を防ぐために、増産を急ぎます。……ですが、ここでボトルネックが発生する」
俺は、剥き出しになった鉄屑を見下ろした。
「『材料』の枯渇です」
正規の鋼材を仕入れているなら、問屋に発注すればいいだけの話だ。
だが、彼らの材料は『中古の武具』だ。
安定供給など望めるはずもない。
「初期は、質の良い中古品を選んで使っていたのでしょう。ですが、急激な需要増加によって、ストックしていた『良質の材料』が底をついた」
在庫の回転率が上がりすぎた結果、供給が追いつかなくなったのだ。
だが、生産ラインは止められない。予約は積み上がり、客は待っている。
「そこで製造者はどうするか。答えは単純です。質の悪い中古品にも、手を出し始めた」
俺の言葉に、ガンドが苦々しい顔で頷く。
「本来なら捨てるべき『死ンだ鉄』までかき集めて、無理やり製品に仕立て上げたってことか……」
「ああ。最初は選別していた基準を下げたんだろう。『これくらいならバレないだろう』、『メッキで固めれば誤魔化せるだろう』。それが、今回発見された品質のバラつきであり、破損事故の原因だ」
典型的な品質管理の崩壊だ。
急ごしらえの増産体制で、検品がおろそかになり、不良品が混入する。
いや、この場合はもっと悪質だ。不良品であることを知りながら、意図的に混入させている可能性が高い。
「……ですが、カッチーさん」
ユメリが不思議そうに首を傾げている。
「そんなに大量の『過去』は、どこから掘り出されてくるのでしょうか?」
詩的な表現だが、彼女の指摘は鋭い。
これは、個人経営の古道具屋レベルの話ではない。
第8区の市場を席巻し、飛ぶように売れている商品だ。
それを賄うだけの『原材料』となれば、大量の『中古防具』が必要になるはずだ。
通常、壊れた武具は鍛冶屋で修理されるか、廃棄処理をして再利用される。
そのままの形で大量に放置されている場所など、そうそうないだろう。
「……現段階では、断定できないな」
俺は慎重に言葉を選んだ。
正規の市場ではない、俺たちの知らない『水面下の流通網』。
脳裏に『ある可能性』が浮かんでいるが、それを口にするには証拠が足りない。
「だったら、こいつの『生みの親』を当たればいい」
ガンドが、剥がされたメッキの粉末を指先で弾いた。
「これを作ってる『工房』に行けばいいンだ。材料がねェなら、現場を見れば一発だ。どンなゴミを使って、どンな魔法を使って誤魔化してるのか。……そして、そのゴミをどっから仕入れてるのかもな」
製造現場。
そこには、材料の搬入口がある。
搬入される荷物を見れば、その出処も割れるはずだ。
「ブルークさん。『ファスト防具』の製造元は把握していますか?」
「ええ。販売店からの聞き取りで、製造工房の場所は割れています。区の外れにある『ラティオ工房』なる場所です」
「そこは元々、何をやっていた場所ですか?」
「詳細なデータはございません。半年ほど前に開業届が出された新興の工房ということ以外は、不明ですな」
半年。
最初からこのビジネスモデルのために作られた工房の可能性が高いな。
実態のない幽霊会社に近い胡散臭さを感じる。
「行きましょう。現場を見ないことには、推測の域を出ません」
俺は手帳を閉じ、内ポケットに滑り込ませた。
机上の分析は終わりだ。ここからは実地調査の時間になる。
ブルークが横に立つユメリに視線を送った。
「ユメリ。貴女はカツラギさんたちに同行しなさい。相手がどのような手段に出るか分かりません。『盾』として彼らを守るのです」
「はい、お任せください」
ユメリは柔らかく微笑み、優雅に一礼した。
Aランクパーティの護衛があれば、物理的なトラブルは問題ないだろう。
「とーぜん、ワタシも行くよ」
フラッフルが名乗りを上げた。
「ワタシが剥がしたんだもん。最後まで見届ける権利、あるでしょ?」
ブルークは僅かに苦笑し、頷く。
「……もちろんです。貴女も、この一件の立役者ですからな」
「決まりですね。では、行きましょう」
しかし、ブルークはその場から動かなかった。
「……私はここに残りましょう。『ラティオ工房』への立ち入り調査は、カツラギさんたちにお任せします。少々『心当たり』がありましてな」
「心当たり?」
「ええ。そちらの糸を引いておきます。後ほど合流しましょう」
それだけ言うと、彼は意味深に口元を引き締めた。
俺たちは『現場』を押さえる。ブルークは独自の線で『裏』を探る。
二手に分かれるということか。
この人が勘付いたのなら、無視できない要素なのだろう。
「分かりました。では、後ほど」
「ええ、頼みましたよ。みなさん、お気をつけて」
「ああ。そっちもな」
ガンドが短く応え、俺も頷いた。
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ブルークを残し、俺たちは修練場を後にした。
目指すは第8区の外れ。
『ラティオ工房』。
そこにあるのは『真実』か、それとも更なる『嘘』か。
いずれにせよ、俺たちの仕事は、その扉をこじ開けることから始まる。
俺は歩きながら、ふと考える。
リサイクル自体は悪くない。
だが、リサイクルには『分別』が必要だ。
使えるものと、使えないもの。
それを混ぜてしまえば、全てがゴミになる。
今回の件は、まさにその『分別』を怠った――あるいは、意図的に無視した結果だ。
ならば、俺たちがその分別をつけてやる必要があるだろう。
企業としての責任と、職人としての誇り。
それらが欠落した組織は、市場という焼却炉で燃え尽きる運命にあるのだからな。




