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第48話:実機負荷試験、良いものを入れなきゃ良いものは出ない

 第8支部。

 通された応接室の革張りソファに、俺とガンドは深く沈み込んでいた。


 早朝に第9支部を発ち、馬車に揺られること数時間。

 第8区に到着したのは、昼を少し回った頃だ。

 腹ごしらえのために立ち寄った街角の店で、塩気の強いスープと硬いパンを胃に流し込み、足早にここへやってきた。

 移動と食事という最低限のタスクを消化しただけの半日だが、これから始まる『監査』の重みを思えば、休息を欲する気にはなれない。


 ガンドは腕を組み、不機嫌そうに一点を凝視している。

 彼の視線の先にあるのは虚空だが、その脳裏には、これから対面するであろう『鉄への冒涜』が映し出されているのだろう。


 しばらくの沈黙の後、重厚な扉が開かれた。


「ご足労いただき、痛み入ります。カツラギさん、ガンドさん」


 現れたのは、支部長のブルークだ。

 その巨躯を包む執事服は今日も隙がないが、漂う空気は穏やかな好々爺(こうこうや)のそれではなく、歴戦の猛者が纏う剣呑な気配を孕んでいる。

 そしてその背後には、2人の少女が控えていた。

 『星の天頂(スターゼニス)』のメンバー、ユメリとフラッフルだ。


「お待たせしました」


 俺が短く挨拶を返すと、彼女たちも会釈する。

 視線は、自然とユメリに吸い寄せられた。

 以前会った時は、モード系の服に身を包んだ、儚げなモデルのような印象だった。

 だが、今の彼女は違う。


 紺碧(こんぺき)のプレートアーマー。

 夜の海を固めたような深い青色の装甲が、彼女の華奢な肢体を包み込んでいる。

 関節部などの可動域には純白の布地が使われており、それが紺色との美しいコントラストを描いていた。

 腰には細身のロングソードを帯び、背筋を伸ばして立つその姿は、戦場に舞い降りた『戦乙女(ヴァルキリー)』のようだ。


 美しい。

 装飾的な意味ではなく、機能美として完成されている。

 だが、それ以上に目を引くのは、彼女が左腕に装備している小さな盾――バックラーだ。


 小さい。

 Aランクパーティの盾役(タンク)が持つにしては、あまりにも頼りないサイズだ。

 普通、タンクといえば全身を隠すような大盾(タワーシールド)を想像する。

 だが彼女の装備は、攻撃を受け止めるというより、いなすことに特化しているように見える。

 その防御面積の少なさは、見ているこちらが不安になるほどだ。


「……良い装備だ。手入れも行き届いている」


 ガンドが低い声で唸った。

 職人の目は誤魔化せない。一目でその鎧が一級品であることを見抜いたようだ。


「ありがとうございます。鋼は沈黙を歌い、私はただ、それを撫でているだけです」


 ユメリは詩的な表現で微笑んだ。

 『メンテナンスは欠かしていません』ということだろう。

 独特な言い回しだが、彼女なりの美学があるようだ。ガンドの眉間の皺が少しだけ緩んだのが見えた。


「さて、本題と参りましょうか」


 ブルークが重々しく切り出した。


「現物は、既に地下の修練場へ運び込んであります。ご案内いたしましょう」

「修練場、ですか?」


 応接室で話すものだと思っていた俺は、少し意表を突かれた。

 ただの物品確認なら、ここで済む話だ。わざわざ訓練施設へ行くということは、それなりの理由があるのだろう。


「ええ。少々『荒っぽい確認』が必要になるかと存じましてな」


 ブルークの意味深な言葉に、俺とガンドは顔を見合わせた。

 どうやら、こちらの意図などお見通しらしい。


---


 案内されたのは、第8支部の地下にある修練場だ。


 第9支部にも似たような施設があるが、こちらの規模は倍以上ある。

 石壁には無数の焦げ跡や斬撃の痕が刻まれており、ここが日々、荒っぽい訓練に使われていることを物語っていた。


 その修練場の中央に、数点の防具が並べられている。

 一つは、無残に砕け散った青いブリガンダイン。

 例の『壊れたファスト防具』だ。


「これは……8区で壊れたものですか?」

「ええ。先日報告のあった事故の現物。冒険者より回収させたものです」


 ブルークが答える。


 第9支部で見たものと、壊れ方が酷似していた。

 やはり、地域を跨いで同じ欠陥が発生している証拠だ。


 そしてその横には、まだ新品の光沢を放つ同型の防具が5セット、積まれている。


「こちらの新品は?」

「ここ数日で『ファスト防具』を購入した冒険者たちに声をかけ、事情を話して譲ってもらいました。まだ実戦では使っていない、ほぼ新品です」


 市場の棚から選んだものではなく、実際にユーザーの手に渡ったものを回収したわけか。

 ランダムサンプリングとしては申し分ない。特定のロットだけの不良なのか、製品全体の構造欠陥なのかを見極めるには、現場の品を見るのが一番だ。


 ガンドが砕けた鎧の鑑定を始めた。

 断面を指でなぞり、ルーペを目に当てて凝視している。


 室内に緊張が走る。

 数秒の沈黙の後、彼は吐き捨てるように言った。


「……間違いねェ。こいつは『死ンだ鉄』だ。叩き直して形だけ整えた廃材だな」


 やはりか。

 俺の『警告色視』では、事後であるこの残骸には反応しないが、専門家の目は欺けない。


「では、こちらの新品は?」


 俺は積まれた5セットの防具を指した。

 ガンドは一つひとつを手に取り、コンコンと指の関節で表面を叩いていく。

 耳を澄ませ、重さを確かめる。その表情は険しい。


 そして、一つのアームガードを手に取った時、ガンドの手が止まった。


「……こいつは『ハズレ』だな」


 彼が爪で弾くと、少し湿ったような鈍い音が響く。


「もう一つあるな」


 続けてガンドは、別のセットのレッググリーブを取り上げた。


「メッキで厚化粧してるが、中身がスカスカだ。重心も狂ってやがる。これじゃあ、強い衝撃を受ければ一発で砕けるぞ」


 5セット中、2つのパーツが明確な不良品。

 メッキの上からでも分かるほどの粗悪品が混じっていたのか。

 だが、ガンドは他の防具を見下ろし、眉をひそめた。


「問題は、残りだ。こいつらは音も重さもまともだ。少なくとも、叩いただけで分かるような欠陥は見当たらねェ」

「では、これらは良品ということですか?」

「いや、そうとは言い切れねェのが厄介なンだよ」


 ガンドは舌打ちをした。


「この分厚いメッキ加工だ。こいつが曲者でな、中の鉄の『素性』を隠しちまってる。叩き直しの廃材なのか、それともまともな錬鉄なのか。表面を覆われちまうと、判別がつかねェ」


 明らかな不良品は弾けるが、巧妙に加工された『死んだ鉄』までは見抜けない可能性があるということか。

 もし市場に出回っている防具の全てが『死んだ鉄』で作られているなら、それは大規模な詐欺だ。

 逆に、一部だけが不良品なら、製造工程の管理ミスという線も残る。


 その真偽を確かめるには、化粧を落とすしかない。


「剥がすしかねェな。この皮を全部剥いで、中の鉄の肌を直接拝ませてもらう」


 ガンドの言葉は、医師の執刀宣言に近い重みがあった。

 中身がどういう鉄なのか。叩き直された廃材か、新規の鋼材か。それを見極めない限り、事態の規模は測れない。

 全ての防具に同じ材料が使われているかどうかの確認は、監査の基本だ。


 修練場に案内された理由はこれか。

 最初から、破壊検査を行うことを見越して場所を用意していたわけだ。


「やりましょう。そのために買い取ってきたのですから」


 ブルークが即断する。

 金銭的コストよりも真実を優先する。トップの判断としては正しい。


「だが、問題は時間だ」


 ガンドが眉を寄せた。


「このメッキ、生半可な厚さじゃねェぞ。手作業でヤスリをかけて剥がすとなると、これ一つ丸裸にするのに半日はかかる。ここにある全部をやるなら3日は必要だ」


 3日。

 監査のためにそこまで時間を浪費するのは避けたい。

 それに、そんなに悠長に構えていたら、その間に市場で新たな被害者が出る可能性もある。


 研磨、研削。

 工業的には単純なプロセスだ。回転する砥石や研磨布を押し当て、摩擦で削り取る。

 だが、ここは手作業が主体の世界。電動サンダーもグラインダーもない。

 物理的な労力と時間は、そのままコストとして跳ね返ってくる。


「……嵐は待ってくれませんものね」


 不意に、凛とした声が響いた。

 ユメリだ。


「風が木の葉をさらうように、一瞬で過ぎ去るのが理想……違いますか?」


 嵐のように、一瞬で表面をさらう。

 言わんとすることは分かる。

 時間をかけずに、一気に表面だけを削り取る方法が必要だと言いたいのだろう。


「それができれば苦労はしねェがな」

「いいえ、風ならここにあります」


 ユメリの視線が、小柄な魔導師に向けられた。

 フラッフルは大きな帽子を目深に被り、我関せずといった風情で杖を抱えていたが、視線を感じて「えっ?」と顔を上げた。


「フラッフルに任せてみてはいかがでしょうか」

「魔法で、研磨を?」


 俺が問い返すと、ユメリは静かに頷いた。


「荒ぶる風に砂を乗せれば、それは岩をも削るヤスリになります。今の彼女なら、その暴風を飼い慣らすことも叶いましょう」


 サンドブラスト。

 俺の脳裏に、その単語が浮かんだ。

 高圧の空気と共に砂や研磨剤を吹き付け、錆や塗装を落とす工業技術。

 あれを魔法で再現しようというのか。


「……おいおい、嬢ちゃン。鎧の表面を削るってのは、繊細な作業だぞ」


 ガンドが難色を示す。

 彼はフラッフルとは初対面に等しい。

 子供にしか見えない彼女に、職人の領分である繊細な作業が務まるとは思えないのだろう。


 そして俺の懸念は、もっと具体的だ。

 彼女には『火力全開の爆発娘』という前科がある。

 繊細な研磨作業には、最も不向きな人材に思えるのだ。


 だが、ユメリは揺るがなかった。


「大丈夫です。最近、私は彼女の練習に付き合っていますが、その指揮棒(タクト)はとても滑らかになりましたから。……それに、もし旋律が乱れそうになったら」


 彼女は俺の方を見て、微笑んだ。


「カッチーさんが、指揮を止めてくださいますよね?」


 ……なるほど。俺を安全装置(リミッター)として計算に入れているわけか。

 合理的だ。俺の『魔力干渉』があれば、過剰な出力は強制的にカットできる。

 リスクヘッジが取れているなら、試す価値はあるだろう。


「どうだ、フラッフル。やれるか?」


 俺が水を向けると、彼女は帽子のつばを指で押し上げた。


「いいよ。やってあげる」


 不敵な笑みが、その帽子の影から覗いた。

 まったく、態度だけは一流だな。


---


 フラッフルは修練場の中で一人、防具の前に立った。

 俺とガンド、ブルーク、ユメリは、安全のために魔導ガラス越しに見守る位置に陣取る。


「……ふぅ」


 フラッフルが息を吐き、杖を構える。

 その背中は小さい。だが、以前のような危うい揺らぎは感じられない。

 最近はここの常連だという話だが、確かに場慣れしている。地に足がついている。


「土よ、無数の(つぶて)となれ。風よ、螺旋を描け」


 詠唱が始まる。

 俺は右手で左手の刻印に触れ、いつでも『魔力干渉』できるよう準備を整えた。

 もし魔力が暴走の兆しを見せれば、即座に遮断する。


 だが――。


 彼女の周囲に巻き起こったのは、爆風ではなかった。

 渦だ。

 微細な砂粒を含んだ風が、ドリルのように高速で回転を始める。

 土属性と風属性。

 2つの異なる属性を同時に起動し、制御している。


「ほお! 複合魔法ですか!」


 ブルークが感嘆の声を上げた。


「異なる属性を同時に展開し、互いに干渉させずに合成する。口で言うのは容易くとも、一流の魔導師とて、そう安々と辿り着ける領域ではありませんよ」


 俺には魔法の技術的な難易度は分からない。

 だが、目の前で起きている現象の凄まじさは理解できる。


 風の渦が、並べられた防具を飲み込んだ。

 耳をつんざくような、硬質な切削音が響き渡る。


 砂の一粒一粒が、風の魔力によって加速され、弾丸のような運動エネルギーを持って鎧の表面に叩きつけられているのだ。

 しかも、ただ吹き付けているだけではない。

 渦は一定の速度を保ち、鎧の形状に沿って舐めるように移動している。


 俺は『魔力干渉』の発動をためらった。

 必要がない。

 視界に映る魔力の流れは、激流でありながら、決して堤防を越えない制御された川のようだった。


 数十秒もしないうちに、風が止んだ。

 舞い上がっていた砂塵が、重力に従ってさらさらと床に落ちていく。


 後に残されたのは――銀色に輝く、大量の防具パーツだった。

 毒々しいまでの原色のメッキは跡形もなく消え去り、その下にあった地金が露わになっている。


「……すげェ」


 ガンドがガラスに張り付くようにして呻いた。


「均一だ。薄皮一枚、綺麗に剥がしてやがる。熱変形もねェ。……こンな芸当、熟練の研磨師でもできねェぞ」


 ガンドの称賛は、素材に対してではなく、その加工技術――フラッフルの魔法制御に向けられていた。

 その見事な仕事ぶりを間近で確かめるべく、俺たちは修練場の中へと入った。


 加工されたばかりの防具を確認すると、表面はサンドブラスト特有の『つや消し状態』になっており、加工の痕跡すら美しい。


 これで、塗装という厚化粧は落ちた。

 あとは、この剥き出しになった『素顔』をじっくりと検分すれば、その正体が明らかになるはずだ。


「……どう? オジサン」


 フラッフルの額にはうっすらと汗が滲んでいるが、その表情は晴れやかだ。


「完璧だ。俺が出る幕なんてなかったな」


 俺は正直に称賛した。

 ブルークが歩み寄り、彼女の小さな肩に大きな手を置く。


「見事でしたよ、フラッフル。久々にあの領域の複合魔法を見ました」

「ああ、おかげで手間が省けた。いい腕してるぜ、嬢ちゃン」


 ガンドも親指を立てて笑う。

 大人たちからの、手放しの称賛。


 その瞬間、俺の脳裏に以前の光景がよぎった。

 ギルドでアレンたちに褒められた時、彼女は喜びのあまりタガが外れ、幼児のような『子供モード』全開ではしゃぎ回った。

 あの時と同じシチュエーションだ。

 今の彼女も、きっと満面の笑みで「すごいでしょー!」と飛び跳ねるのではないか――。


「……ん。まあ、これくらいはね」


 フラッフルは、ふい、と顔を背けた。

 その口元は緩みかけ、頬は朱に染まっている。嬉しさを隠しきれていない。

 帽子を目深に被り直し、杖を抱きしめるようにして、小さく呟く。


「……まだ、杖が無いとイメージが散っちゃうし。……完璧じゃないもん」


 声は震えていたが、そこにあったのは爆発的な幼児性ではない。

 己の未熟さを自覚し、成果を認めつつも、さらに上を見据える――理知的な魔導師の姿だった。


 口元は完全に歪んでいるものの、それを理性で律している。

 あの『バネ』を、彼女自身の指でしっかりと押さえ込んでいるのだ。


「……そうか」


 俺は胸の奥で、小さく安堵の息を吐いた。

 彼女はもう、感情に振り回されるだけの子供ではない。

 自分の感情という暴れ馬の手綱を、ぎこちなくも離さず握っている。


「成長したな、フラッフル」


 俺が声をかけると、彼女は帽子の下からジロリと俺を睨んだ。


「……なにそれ。上から目線」


 不満げな口調。

 ツンとした態度は相変わらずだが、そこには以前のような『無理な背伸び』による悲壮感はない。

 年相応の18歳が、そこにいた。


「事実は事実だ。褒めるときは褒める。それだけだ」


 俺はそれ以上、言葉を足さなかった。

 フラッフルとの関係も、少しずつ変わり始めているのかもしれない。

 保護者と迷子ではなく、仕事を任せられる『頼もしい戦力』へ。


 さて、準備は整った。

 厚い化粧は落ち、防具たちはその素肌を晒している。


 これがまともな鉄なのか、それともガンドが懸念するような『死んだ鉄』なのか。

 その答えが、目の前にある。


「ブルークさん。現物は裸にしました。ここからはガンドの領域です」

「ええ。じっくりと見定めてもらいましょうか。この『ファスト防具』の正体を」


 ブルークが頷くと、ガンドが無言で前に出た。

 ポケットから愛用のルーペを取り出し、真剣な眼差しで剥き出しになった防具を見下ろす。

 職人の目が、冷徹な検査官の色を帯びる。


 俺はネクタイを締め直した。

 ここからは、推測や予感の話ではない。

 物質としての真実――すなわち、品質の証明を行う時間だ。



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