第47話:品質異常の検知、悪貨は良貨を駆逐する
第8支部から帰還して、半月が経過した。
時刻は午後2時。
昼のピークタイムが過ぎ、ロビーに西日が差し込み始めた頃合いだ。
第9支部の風景は、ここ最近で僅かながら様変わりしていた。
行き交う冒険者たちの装備が、やけに色彩を帯びてきている。
赤、青、緑、黄、桃。まるで安っぽい特撮番組の配役のようだ。
8区で流行の兆しを見せていた『ファスト防具』が、ここ9区にも浸透し始めている。
俺は2階の吹き抜けから、その光景を俯瞰していた。
安価で、見栄えが良く、即座に入手可能。
資金の乏しい若手冒険者にとって、それがどれほどの求心力を持つかは想像に難くない。
需要と供給。市場原理としては、極めて正しい姿だ。
実際、評判は悪くないらしい。
『軽くて動きやすい』『デザインが良い』と、若年層を中心に好意的に受容されている。
だが、その急速すぎる普及曲線に、俺は微かな不協和音を感じ取っていた。
市場を席巻する『価格破壊』の裏には、例外なく何らかの『作為』が存在する。
それが企業努力によるコストダウンであればいいのだが。
「……カツラギ。ちょっといいか?」
思考を遮るように、低い声がかかった。
振り返ると、ギルド長のオルガが立っていた。
「どうしました? またレナンセムが消えましたか?」
「いや……ダンジョンで若手の剣士の防具が壊れたんだが、その壊れ方が『妙』なんだ」
「というと?」
「本人の証言によれば、『攻撃を受けた時は何ともなかった』らしい。だが、戦闘が終わって歩き出した途端、突然鎧が割れたそうだ。しかも『買ったばかり』のものがな」
鉄は粘性を持つ金属だ。
強い衝撃を受ければ曲がり、凹むことはあっても、ガラスのように砕けることは稀である。
時間差で突然破断したということは、金属疲労が極限まで蓄積した状態で起きる『遅れ破壊』のような現象だろうか。
いずれにせよ、新品の鎧で発生しうる現象ではない。
「その冒険者が装備していたのは、もしかして『ファスト装備』ですか?」
「……察しの通りだ」
予感は的中した。
だが、不可解な点も残る。
ロビーを見渡せば、同種の防具を纏い、無事に帰還している冒険者は多い。
何故、1人だけ不具合が生じたのか。
「現物はありますか?」
「ああ。ウチで引き取って、今は査定所に置いてある」
「現物を確認します」
俺は査定所へ向かった。
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査定所の奥にある一時素材保管場所には、独特の埃っぽい匂いと、酸化した鉄の臭気が澱んでいた。
そこに置かれていたのは、かつては鮮やかな青色のメッキで輝いていたであろう、胴体を守るブリガンダインだ。
一見すると、鎧としての原形は留めている。
だが、近距離で詳細を確認すると、その異常性は際立っていた。
胸部を守る主要な金属板に亀裂が走っているのだが、打撃による陥没痕が見当たらない。
それなのに、まるで硬く焼き締めた陶器をハンマーで叩いたかのように、鋭利な断絶が走り、無残に口を開けているのだ。
裏地の革は無傷であるのに、縫い付けられた鉄板だけが砕けている。
「……ひでェもンだな」
ガンドが、亀裂の入った部分を指でなぞりながら言った。
「状況は?」
「見たまンまだ。こいつは『鎧』じゃねェ、鎧の形をしたゴミだな」
俺は鎧に顔を寄せ、亀裂を覗き込んだ。
まずは能力による確認だ。『警告色視』を発動させる。
……反応なし。
視界に赤いノイズは走らない。
当然だ。目の前にあるのは、既に機能不全を起こした残骸である。
エラーの結果が確定し、事象が完了している以上、警告を出す意味がない。バグによってクラッシュした後の、コアダンプを解析しているようなものだ。
能力を解除し、物理的な観察に切り替えた。
問題は『形』ではなく『質』にあると推測する。
俺は破断面に注目した。
通常の鉄が引きちぎられたなら、断面はもっと粘り気のある形状をしているはずだ。
だが、この断面はボロボロと崩れるように粗く、まるで砂を固めたかのような質感をしている。
「これ、問題は素材にあるのでは?」
「ああ。こいつは『死ンだ鉄』だな。何度も衝撃を受けて、金属疲労が溜まりきった廃材だ」
粗悪な鉄。何故、そんなものを使うのか。
「ガンド。正規の製造工程……鉄を鍛える手順というのは、どういうものだった?」
「ン? ああ、基本は『精錬』だな。鉄鉱石を溶かして、不純物を取り除いて純度を上げる。まァ料理で言えば、泥付きの野菜を洗って、皮を剥いて、あく抜きをするようなもンだな」
ガンドは分かりやすく例えてくれた。
純度が高ければ高いほど、鉄は強く、粘り強くなる。
「だとしたら……わざと混ぜ物をした可能性は考えられるかな?」
「混ぜ物?」
「例えば、溶けた鉄の中に、安価なスクラップ――鉄くずを放り込んで『増量』したとか」
スープを水で薄めるように、鉄くずで量を増やせば、原価は劇的に下がる。
あるいは、廃棄された武具を溶解し、精錬工程を省いて冷やし固めた『リサイクル偽装』か。
しかし、ガンドは首を横に振った。
「そりゃ素人の考えだな。職人は絶対にそンなことしねェよ」
「それは、倫理的に?」
「いや、物理的にだな。料理の仕上げに泥を入れるようなもンだ。そンなことしたら、成分が不均一になって、冷え固まる時に内部に歪みができる」
ガンドは鎧の亀裂を小突いた。
「そンな合金を作っちまったら、叩いて加工してる最中に割れちまう。商品として形にすることすらできねェよ」
不純物を混ぜれば強度が落ち、加工の難易度が跳ね上がる。
不良品率が高くなりすぎて、逆にコストがかかってしまうわけか。
ビジネス的にも技術的にも、メリットがない。
「じゃあ、なぜこいつはこんなに脆いんだ? 溶かして混ぜたわけじゃないなら、一体どうやって……」
ガンドは眉を寄せ、割れたプレートの、残存する表面の湾曲具合を凝視し始めた。
数秒の後、彼はハッとしたように目を見開く。
「……まさか」
「ガンド?」
「こいつ……溶かしてすらいねェぞ」
ガンドの声色が沈んだ。
「溶かせば、多少なりとも組織はリセットされる。だがこいつは、前の持ち主がつけた『傷』や『歪み』が、内部に残ったままだ」
「……どういうことだ?」
「『叩き直し』だ。ボロボロになるまで使い古された鎧を回収して、ハンマーで叩いて無理やり形を変えたンだよ」
使い古された鎧。本来なら廃棄処分とされるべき、寿命を迎えた金属。
それを溶かすことすらせず、力技で変形させ、別の防具として成形したというのか。
針金を想像すればわかりやすい。
何度も折り曲げられた針金は、金属疲労で脆くなり、やがてポキリと折れる。
この鎧は、まさにその状態だ。
前の持ち主が受けた衝撃、経年劣化、そして今回の再加工によるストレス。それらが蓄積し、見た目は鎧の形をしていても、中身はボロボロ――ガンドの言う『死んだ鉄』になっていたのだ。
「そんなことをすれば、それこそ加工中に割れるだろう? 商品として形にするのも難しいはずだ」
「そこなンだよ、解せねェのは。凄腕の職人が関わってやがる」
ガンドは忌々しげに吐き捨てた。
「死ンだ鉄を、割れないギリギリの力加減で叩き、延ばし、成形してンだ。品質の悪さを、腕でねじ伏せてる。恐ろしく繊細な技術だ。そして仕上げに、分厚いメッキで表面の傷を隠し、補強してンだ」
新品に見えるのは、表面の厚いメッキ加工と、職人の高い成形技術のおかげというわけか。
限界を迎えた廃材でも、お構いなしの。
だが、そこまでの技術があるなら、なぜまともな鋼材を使わない?
材料費をケチるためか?
加工中に割れるリスクや、こうして市場で破損して信用を失うリスクを考えれば、割に合わないだろう。
まともなビジネス感覚を持っていれば、こんな博打のような商品は作らないはずだ。
「他の『ファスト防具』はどうなんだろう。市場に出回っている全てがこれなら、もっと頻繁に事故が起きているはずだが」
「……そこだよな」
ガンドが腕を組んで唸る。
そう、『ファスト防具』の評判は悪くない。『まともな防具』なのだ。
良品の中に、とんでもない不良品が混ざっていた。
製造ラインの管理ミスだろうか?
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オルガが査定所へやって来た。
「……第8支部のブルークさんからだ」
手紙を持っている。魔導伝書鳩でやり取りしていたらしい。
「向こうでも、ここ数日で似たような報告が数件上がっているらしい。『買ったばかりの防具が変な壊れ方をした』とな」
「数件、ですか。流通量を考えれば、誤差の範囲とも取れますね」
「ああ、そこなんだよ。大半の冒険者は『良い買い物だった』と喜んでいる。実際に安くて頑丈だという評判が圧倒的だ。……だが」
オルガは手紙をパタパタと軽く振った。
「アタシの勘だがな。この『当たり』の中に混じっている少数の『ハズレ』……こいつの存在がどうも引っかかるんだ。喉に刺さった小骨みたいにな」
「引っかかる、とは?」
「ただの不良品ならいい。だが、もしこいつが『安物が本物を食い殺す』予兆だとしたら……笑い事じゃ済まないだろ」
グレシャムの法則か。
貨幣の額面が同じなら、質の悪い貨幣が流通し、良質な貨幣は退蔵され市場から姿を消すという経済法則だ。
この場合、安価で見栄えの良い『ファスト防具』が市場を独占し、まともな技術を持つ鍛冶職人が廃業に追い込まれる未来を指す。
品質の悪いコピー品が、本物を駆逐する。市場崩壊の典型的シナリオだ。
彼女の勘はよく当たる。
野生の獣のような嗅覚で、トラブルの種を芽が出る前に嗅ぎ分けるのだ。
「……なァ、オルガマリナ。それにカツラギ」
ガンドは腕を組み、低い声で切り出した。
「この『死ンだ鉄』をここまで綺麗に成形する技術……並大抵じゃねェ。腐った鉄は、叩けばすぐに割れる。こンな芸当ができる職人は、俺の知る限りそうはいねェ」
ガンドは鎧の亀裂を指でなぞった。
「もしかしたら、『アイツ』かもしれねェンだ」
「心当たりが?」
「……昔、修行時代に同じ釜の飯を食った仲だった。合理主義の塊みてェな奴でな。『道具は使えてナンボ、安く提供してナンボ』って考えのヤツだ」
鍛冶職人には、それぞれ特有の手癖があるという。
筆跡のようなものだろうか。
この防具の中に、かつての同胞の痕跡を見出したのかもしれない。
「ここにあるゴミだけじゃ、断定できねェ。もう少し『モノ』を見ねェとな」
ガンドが俺を見る。
確かにこの防具には、歪なほどの合理性が宿っている気がした。
「よし。2人とも、行ってきてくれるか?」
オルガは俺とガンドを交互に見て、言った。
「8区へ、ですか?」
「ああ。今回の件、大げさに騒ぎ立てるつもりはない。まだ『疑惑』の段階だ。カツラギ、あんたは『ファスト防具』の市場調査という名目で動いてくれ。ガンドは技術的な視察だ」
オルガは拳を掌に打ちつけた。
「調査の結果、何も無ければ、それはそれでいい。だが、もしそうでなかった場合は……」
彼女は言葉を切ったが、その先は言わずとも理解できた。
「……承知しました。ガンドと共に、再度第8支部へ向かいます」
「頼んだよ。ブルークさんにはアタシから話を通しておく」
俺は再び、8区へと向かうことになった。
今度は『業務改善』ではなく、『市場調査』での出張辞令だ。
何もなければ、それでいい。
だが、俺たちの胸の奥に引っかかる『微かな不協和音』の正体だけは、確かめておく必要があるだろう。




