表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/59

第45話:市場実態の調査、価値は価格で決まらない

 アレンたちと別れた後、俺たちは昼食を摂る場所を探した。

 

 ギルド併設の酒場は、昼時のピークを迎えており、立錐の余地もないほどの混雑ぶりだった。

 あの中で食事をするのは、栄養補給というより満員電車に乗り込む感覚に近い。


 喧騒を避け、俺たちは第8区の大通りに面したレストランへと避難した。

 こちらの店内も活気はあったが、ピークを少し過ぎていたおかげで、すぐに席を確保できた。


 目の前に置かれたのは、彩り豊かな野菜のキッシュと、鶏肉の香草焼き。

 栄養バランスは文句なしだろう。

 だが、向かいに座るフラッフルは、フォークを持ったまま恨めしそうに皿を睨んでいる。


「……ねえオジサン。また野菜? 朝も食べたんだけどぉ」

「3食しっかり食べる。そして偏食をしない。これも契約のうちだ」


 俺は自分の分のミネストローネをスプーンで掬いながら、容赦なく告げる。

 彼女の皿には、ピーマンやニンジンといった、子供が嫌いそうな野菜が意図的に配置されている。

 エリンからの『好き嫌いが多い』という事前情報に基づいたメニュー選択だ。


「うぅ……野菜なんて、草だよ草。エルフの混血だからって草ばっかり食べると思ったら大間違いなんだからぁ」

「そうだな、君にとっては『薬草』だな。身体を作るのは食事だ」


 しぶしぶとフォークを動かす彼女を見ながら、俺は先ほどのアレンとのやり取りを反芻していた。


 アレンたちに称賛され、一瞬で子供らしくはしゃぎ出したフラッフル。

 だが、別れ際にはまた照れながらも澄ました態度に戻っていた。

 相変わらずギャップが激しい。まるでスイッチの切り替えだ。


「……なぁ、フラッフル」

「んぐっ……なにぃ?」

「君は普段、大人ぶったり、冷めたようなことを言うことが多い気がするが、意識して言ってるのか?」


 彼女は水を飲んで野菜を流し込むと、不満げに言った。


「だって、事実だもん。大人はいつだって適当なことばっかり言うし、現実は物語みたいに綺麗じゃないの」

「まあ、それは否定しないが」


 確かに、彼女は賢い。

 魔導師としての才能がある分、知能も高いのだろう。

 物事の裏側や、大人の建前を見抜く聡明さがある。だから普段は、自分の身を守るためか、皮肉屋の仮面を被っているように思える。

 だが、その仮面の下には、年相応かそれ以上に幼い『素顔』が隠れているのだろう。


「だとしても、さっきのアレンへの態度……あれは、普段引き籠もっていることの『反動』なんじゃないか?」

「反動?」

「ああ。普段、家の中で『自分は成長しない』という不安と戦い、無理に大人ぶって心を張り詰めている。……そうやって抑圧した反動で、外に出て安心した瞬間に、タガが外れて一気に子供に戻ってしまうんだ」


 俺は、あくまで推測として言葉を並べた。

 ずっと張り詰めた糸は、緩んだ瞬間に大きく波打つ。

 引き籠もりという閉鎖環境が、彼女の精神的な成長のバランスを歪めている可能性は高い。


「外に出れば、いろんな刺激がある。アレンのように単純……素直な奴もいれば、嫌な奴もいる。それらと触れ合うことで、精神のバランスも取れてくるはずだ」

「……ふーん。まあ、今日のあいつらは、悪い奴じゃなかったけどね」


 フラッフルはフォークで肉を突き刺し、少し照れくさそうに呟いた。

 素直に褒められたことは嬉しかったらしい。

 承認欲求が満たされれば、精神は安定する。

 外に出るというのは、単に日光を浴びるだけでなく、社会的な承認を得る機会を増やすという意味でも重要なリハビリだ。


「さて、完食したな。偉いぞ」

「子供扱いしないでよね」


 口では文句を言いながらも、空になった皿を得意げに見せてくるあたり、やはり精神年齢の評価は下方修正が必要かもしれない。


---


 昼食を終えた俺たちは、本来の目的である『市場調査』へと向かった。

 ターゲットは、アレンたちが装備していた『ファスト防具』だ。


 第8区のメインストリート。

 その一等地に、洗練されたガラス張りの店舗があった。

 従来の武具店といえば、煤けた壁に鉄と油の匂い、そして無愛想な頑固親父が定番だが、この店は違う。

 明るい店内、整然と陳列された商品、そして揃いの制服を着た店員たち。

 まるで、アパレルショップのような雰囲気だ。


「いらっしゃいませ! 話題の新作、入荷しておりますよ!」


 店に入ると、爽やかな笑顔の店員が寄ってきた。

 俺は客を装い、店内の商品を手に取って観察を始めた。


 並んでいるのは、規格化された防具のセットだ。

 胴体を守る『ブリガンダイン』、前腕を守る『アームガード』、そして脛を守る『レッググリーブ』。

 この3点が、セット販売されている。


「へえー、綺麗な色だね。なんか、お菓子みたい」


 フラッフルが、艶やかなピンク色のメッキが施されたアームガードを指でつつく。

 彼女の言う通り、カラーバリエーションは豊富だった。

 基本の赤、青、緑に加え、黄色、桃色、そして黒。

 戦隊モノのヒーローでも結成できそうなラインナップだ。

 自分やパーティのイメージカラーに合わせて選べるようになっているのだろう。


 従来、防具の色といえば素材そのものの色か、高価な特注品に限られていた。

 同スペックの量産品でこれだけの多色展開(カラバリ)を用意する手法は、武具業界にとって革命的ですらある。


 俺はアレンが着ていたのと同じ、赤色の防具のタグを確認した。

 そこにはシンプルに『モデル:レッド』とだけ書かれている。

 アレンが誇らしげに言っていた『バーニング・レッド』というのは、彼が勝手につけた名前だったらしい。

 あいつらしいな、と俺は内心で苦笑した。


「お客様、お目が高い! ですが申し訳ありません……」


 店員が申し訳なさそうに眉を下げた。


「大変ご好評をいただいておりまして、各色とも倉庫在庫は完売してしまったのです。今残っているのは、そちらの店頭在庫のみとなりまして……」

「これだけ、ですか?」

「はい。次回の入荷も未定となっております。もしサイズが合うようでしたら、今がチャンスですよ」


 俺は店内を見回した。確かに棚はスカスカだ。

 これがセールストークだとしても、飛ぶように売れているのは事実らしい。


 俺は実物を手に取り、裏側や継ぎ目をチェックした。

 作りはしっかりしている。

 ブリガンダインは、布や革の裏地に金属片をリベットで固定する構造の鎧だ。

 表面のメッキ板が金属片の役割を果たしているのだろう。

 縫製も丁寧だし、リベットの打ち込みも均一だ。熟練の職人が関わっているのは間違いない。


 俺は『警告色視』を発動させたが、反応しなかった。

 視界に赤いノイズは走らない。

 つまり、構造上の欠陥のような『明らかなエラー』は存在しないということだ。

 この防具は、正しく組み上げられている。


 警告が出ない以上、防具としての機能は問題なく果たしているはずだ。

 まだ収入の低い冒険者たちが、なけなしの金を握りしめて買いに来るのも頷ける。


 だが、俺の中にある違和感は消えない。

 それは『価格』だ。


「これ、一式でおいくらですか?」

「はい! 今ならセットで金貨1枚となっております!」


 金貨1枚。

 俺は表情を崩さないように堪えたが、内心では舌を巻いていた。


 やはり、安すぎるのだ。

 一般的に、鉄製の鎧で金貨3枚は下らない。一式揃えようと思えば、それ以上になる。

 それが3分の1だ。大量生産によるコストダウンだとしても、限度がある。

 原材料費、加工費、人件費、そしてこの一等地のテナント料。

 どう計算しても赤字ではないのか?


「随分とお手頃ですね。……失礼ですが、これだけのものを、どうやってこの価格で? 何か特別な素材でも使っているんですか?」


 俺は興味本位を装って尋ねた。

 店員は営業スマイルを崩さずに答える。


「ええ、それは企業秘密でして。独自のルートで素材を一括仕入れし、提携工房で効率よく生産することで、この価格を実現しております。お客様に還元するための企業努力の賜物ですよ」


 完璧な回答だ。隙がない。

 だが、核心については何も語っていない。

 『独自のルート』。監査役として見れば、これほど胡散臭い言葉はない。


 俺は商品を棚に戻した。

 表面上の欠陥は無い。店側の対応もいい。

 人気が出るのも当然だった。


---


 店を出て、俺たちは再び通りを歩き出した。


「どうだった? オジサン、なんか難しい顔してたけど」

「いや、いい商品だとは思ったよ。ただ、安すぎて逆に不安になっただけだ」


 俺は正直な感想を述べた。

 フラッフルは興味なさそうにあくびをする。


「ふーん。ワタシは鎧なんて着ないからよくわかんないの。動きにくそうだし」

「まあ、戦士と魔導師で必要なものは違うだろうからな。君はそのローブがあれば十分か」


 俺は彼女が着ている、サイズの合わない黒いローブに視線を向けた。

 上質な生地で仕立てられているが、袖も裾も長すぎる。明らかに子供用ではない。


「これ? これはね、お祖母ちゃんのお下がりなの」


 フラッフルは、ぶかぶかの袖を振ってみせた。


「お祖母ちゃんが若い頃に使ってたやつなんだって。すごく質のいい魔力が織り込まれてるの」

「へえ。……でも、サイズ直しはしないのか?」


 俺が聞くと、彼女は少しだけムッとした顔をして、胸を張った。


「しないもん。……だって、ワタシもすぐに大きくなるし」


 その言葉に、俺はハッとした。

 そうか。彼女にとって、このサイズの合わないローブは『未来への希望』そのものなのか。

 いつか成長して、大人の姿になった自分。その時にぴったり着こなせるはずだという、願いが込められているのだ。

 だから、今の体に合わせようとはしない。

 今の自分は『仮の姿』だと信じているからだ。


「……そうだな。いい生地だ、長く使えるだろう」


 俺は優しく肯定した。

 彼女の願いを否定する権利は、誰にもない。


「でしょ? だからワタシは、あのピカピカの鎧なんていらないの」


 フラッフルは満足げに笑った。

 彼女にとっての『最高の防具』は、既にここにあるのだ。


 市場調査は空振りに終わったように見える。

 だが、見えない問題ほど根が深いものだ。

 アレンの鎧と、フラッフルのローブ。

 安価な新品と、高価なお古。

 対照的な二つの装備が、それぞれの持ち主の在り方を映し出しているようで、興味深かった。


 さて、次は部屋の片付けだ。

 物理的なゴミを排除し、彼女の生活環境を整える。

 それが、彼女が『お祖母ちゃんのローブ』を正しく着こなせるようになるための、一番の近道のはずだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ