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第42話:仮説の立案、ゴミを入れればゴミが出る

 倉庫の視察を終えた俺は、第8支部ギルド本館のロビーに戻ってきていた。


 相変わらずの活気だ。

 無数の冒険者が行き交い、クエストボードの前では品定めをする視線が熱を帯びている。


 俺はその喧騒から少し離れ、太い柱の陰に身を寄せて、ぼんやりとロビー全体を眺めていた。

 情報の奔流に身を任せ、この支部の空気を肌で感じる。

 管理された動線、効率的な受付処理、そして冒険者たちの熱気。

 システムは順調に稼働しているようだ。

 これなら、俺が口を挟む余地は少ないかもしれない。

 まあ、完璧すぎて逆に居心地が悪いというのは、監査役の贅沢な悩みか。


「こんにちわ。お仕事中でしょうか?」


 不意に、すぐ横から凛とした声が掛かった。

 気配を感じさせない接近。

 俺が視線を横に滑らせると、いつの間にか隣に、見覚えのある少女が並んで立っていた。


「お疲れ様です、カツラギさん」


 パールグレイの艶やかな髪を姫カットに整え、銀の胸甲を身に纏っている。

 身の丈ほどもある大剣を背負ったその姿は、『星の天頂(スターゼニス)』のリーダー、エリンだ。

 周囲の喧騒が彼女の周囲だけ切り取られたように静まり返り、一線を画す静謐な威圧感を放っている。


「やあ、エリン。奇遇だな」

「こちらに来られているとは思いませんでした。何かご用事ですか?」

「ああ、少し仕事でな。ここのギルドの様子を見に来たんだ」


 俺は視察の詳細は伏せ、あいまいに答えた。

 彼女は深く追求することなく、俺と同じようにロビーの喧騒へ視線を向けた。


「今日はソロ活動か?」

「はい。私たちは、4人全員での活動は滅多に行いません」


 エリンは背中の大剣を少しだけ位置直ししながら答えた。

 その動作だけで、彼女がその重い鉄塊を羽根のように扱っていることがわかる。


「普段は単独か、2~3人で動いています。全員揃うのは、高難度クエストや特殊な指名依頼が来た時ですね」

「……専門家集団の業務提携みたいなものか。合理的だな」


 個人のスペックが高すぎるがゆえの運用形態なのだろうか。

 常に群れる必要はない。必要な時だけ最強のカードを切る。

 ドライだが、プロフェッショナルな関係だ。


「……なら、フラッフルはどうしている? 元気か?」


 俺が何気なく――しかし、意識して話題を振ると、エリンの表情が微かに曇った気がした。

 能面のような彼女にしては珍しい、憂いの色だ。


「……元気といえば、元気ですが。相変わらず、家に籠もっています」

「引き籠もり……か」

「はい。魔法の研究だと言ってはいますが、実際のところは……ただ部屋に閉じこもっているだけですね」


 エリンは言葉を濁し、視線を落とした。

 魔力制御の練習をしているかと思っていたが、もう諦めてしまったのだろうか。


 俺の脳裏に、出張前に第9支部で交わした会話が蘇った。


---


 数日前、第9支部の執務室。


 午後のけだるい日差しが差し込む中、いつものように優雅に紅茶の湯気を弄んでいるレナンセム。

 俺は彼女に、とある少女――見た目は子供だが強力な魔力を持て余しているクォーターのエルフについて、相談を持ちかけたのだ。


「……ふむ。エルフの寿命と成長についてだね」


 レナンセムは鼻先にかかるプラチナブロンドの前髪を指先で摘まんだ。

 その髪をくるくると指に巻きつけながら、講義を始める教授のように語り出す。


「カツラギ君。君の人類学的な知識がどの程度かは知らないけども、一般的に我々エルフの寿命は、人間の約3倍とされている。300年、長ければ400年といったところかな」

「……改めて聞くと気が遠くなるな」

「あくまで短命種(にんげん)を基準とした『相対的な時間尺度』での話だけどね。しかし、『基礎代謝量(メタボリックレート)』に基づいた生物学的サイクルで換算すれば、我々の1年は君たちの3ヶ月から4ヶ月程度に相当する」


 彼女は指を3本立てて見せた。


「身体の成長速度もそれに準ずる。人間が1年で育つ分を、我々は2年、3年とかけて育つ。人間の10代後半から20代前半の外見――いわゆる『肉体的成熟』に達するまで、50年から60年はかかるんだ」

「そんなにかけて大人になるのか」

「うん。そして、外見の成熟は10代後半から20代前半で停滞期に達する。そこから200年近く外見的変化がほぼ消失するわけだけども、『加齢現象』が表面化するのは、250歳を越えたあたりからだね。つまり私は、人間から見れば永遠の美少女というわけさ」

「……最後のは余計だが、理屈はわかった。では、クォーターの場合はどうなる?」


 レナンセムの指先は、再び前髪の束を捉え、弄ぶように揺らしている。


「その少女の詳しい出自は知らないけども、血の濃さによって個体差はあるだろうね。エルフの『優性形質』が濃く発現しているなら、『成長曲線(グロースカーブ)』は我々に近くなるはずだよ。見た目が10歳程度ということは……実年齢がどうあれ、生物学的な『身体の完成度』は、まだ発育途上ということになる。あと20年。いや、30年は成長期が続くだろうね」


 20年。

 人間なら、赤ん坊が成人し、社会に出るまでの時間だ。

 その長い時間を、フラッフルは『子供の身体』という檻の中で過ごさなければならない。

 知性は年相応に育っていくのに、肉体が追いつかない。そのギャップがもたらすストレスは、想像に難くない。


「だけども、君の言うような(いとけな)い衝動や、感情の爆発。それはエルフの特性ではないよ」

「そうなのか?」

「うん。エルフは精神の成熟も緩やかだけども、情緒不安定というわけではない。基本的には理性的で、落ち着いた種族なんだ。魔力の扱いに関しても、本来なら呼吸をするように自然に行えるはずだよ」


 レナンセムは邪魔そうに揺れる前髪を、ふぅ、と息で吹き上げた。


「見た目は人間と変わらないのに、成長だけが極端に遅い。その特異性が、これまでの人生にどう影響したかだね。『身体が子供だから』と周囲に甘やかされていた。あるいは、『大人になれない不安』から目を逸らすために、『防衛機制ディフェンスメカニズム』として無意識的な『退行(リグレッション)』を起こしている、などが考えられるかな」

「……身体の成長拒否に、心が引っ張られている可能性か」


 俺は腕を組んで考え込んだ。

 『大人になりたくない』のではなく、『大人になれない』という現実への恐怖。

 そこから逃避するために、彼女の根底にある意識が、ピーターパン症候群のように子供っぽく振る舞い、『子供である自分』を正当化しているとすればどうだ。

 だとしたら、彼女が制御できない子供の激情は、SOSの裏返しということになるのかもしれない。


「もしそうなら、彼女の魔力制御がうまくいかないことにも繋がるか」


 俺の言葉に、レナンセムが頷いた。


「精神が不安定なら、魔力という極めて精神感応性の高いエネルギーが安定するはずもないからね。健全な精神は健全な肉体に宿る……使い古された言葉だけども、真理だと思うよ」


 彼女の言葉を聞いて、俺はポツリと呟いた。


「……『ゴミを入れれば(ガービッジ・イン)ゴミが出てくる(ガービッジ・アウト)』、か」

「なんだい、それは?」


 聞き慣れない言葉に、レナンセムが興味を示した。


「俺の世界の言葉だ。粗悪なデータや材料を入力すれば、出力される結果も粗悪なものになる、という意味で使うんだが。睡眠も食事も運動も、全部『入力』だろ? 入力が間違っていれば、出力される魔力も間違えるのは当然の帰結だ」

「なるほど、面白い言い回しだね」


 レナンセムは口元を緩めた。


「魔力制御の不全を、技術的な問題ではなく、生活習慣病として捉えるアプローチか。案外、的を射ているかもしれないよ」


---


 『ゴミを入力しているから、ゴミが出力されている』。

 レナンセムとの仮説が正しいかどうか、確認してみるか。


「……エリン、変なことを聞くようだが。フラッフルの生活習慣は、悪いんじゃないか?」


 『悪い』というのは俺の推測だ。

 必ずしも引き籠りイコール生活習慣が悪いというわけではないが、そんな予感はしていた。


「……そうですね。良くありません」

「どれぐらいかな?」

「夜通し起きて、朝方に眠り、昼過ぎに起きる。食事は……私が用意したもの以外は、お菓子で済ませてているようです」


 エリンは少し俯いた。


「あくまでフラッフルの主体性に任せているので……私もどこまで口を出していいのか、わからなくはあります」


 仮説の正しさが証明されつつあった。

 フラッフルは身体を作るための食事を疎かにして、精神を休めるための睡眠を破綻させている。

 彼女の不調は、才能の問題でも、成長の問題でもなく、単なる『整備不良』の可能性が高まった。


「よく、わかりましたね。フラッフルの生活習慣に問題があるということに」

「まあな。あとは、部屋も散らかっているだろう?」

「……なんでも、お見通しなんですね」


 エリンは顔を上げた。

 フラッフルは仲間に恵まれているが、自分に対してはいい加減だ。

 心に葛藤がある、それはわかる。

 しかし、それで生活をだらしなくしてしまっては、色々なことに悪影響がでてくる。

 悪い入力(生活)は、悪い出力(結果)しか生まないのだ。


「カツラギさん。よろしければですが……今晩、私たちの家に来て、フラッフルの様子を見ていただけないでしょうか」


 それは、家庭訪問の依頼だった。

 2人は同居しているらしい。


 俺は心の中で苦笑する。

 業務改善のために来たはずが、子供の生活指導を頼まれることになるとはな。


「まあ、君がいいなら構わないが」

「はい。……ありがとうございます。カツラギさんに見ていただけるなら、心強いです」

「そんなに期待しすぎないでくれよ」

「いえ、貴方の言葉なら、あの子も聞くかもしれません。お見苦しいところをお見せすることになりますが、よろしくお願いします」


 エリンは深々と頭を下げた。


 業務改善の対象は、ギルドの書類だけではない。

 そこに属する『人』の生活もまた、管理すべきリソースだ。

 ……というのは建前で、単純にあの生意気な子供が、才能を持て余して腐っていくのを見るのが忍びないだけかもしれない。


 俺はこれから対峙するであろう『汚部屋』という名のダンジョン攻略法を、脳内でシミュレートし始めた。


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