第32話:制御機能の不全、ゼロか100かは極端すぎる
俺たちはホールまで戻ってきていた。
先頭を歩くフラッフルは、ルティアとエリンに慰められながら、さっきまでの爆炎事故が嘘みたいに小さくなっている。
俺は少し後ろに下がり、アトナの隣へ並んで声を落とした。
「フラッフルは、いつもあんな感じなのか?」
「……んっとー、魔法のことですよねえ?」
気になったのは一点。
『子供モードだったから』『いいところを見せたかったから』――動機はまあ分かる。だが、だからといって毎回あの出力に飛ぶ必要があるのか。
「フラッフルはねー、威力を調整しなかったんじゃなくて、できないんですよお」
「できない?」
「ですよー。蛇口をひねれば常に全開、止めるなら完全に閉める。どっちかなんです」
「……ゼロか100か、ということか」
「そうそう。中間の『ほどほど』が無いんですねえ」
アトナは、天気の話でもするような調子で言った。
ボリューム調整のツマミが存在しないスピーカー。あるいは、アクセルしか付いていない車のようなものか。
ゲームで言えば、弱・中・強と威力を選べるはずの魔法が、常に最強のものしか選択肢に無い状態だ。
フラッフル自身の精神的な問題か、エルフのクォーターという特殊な事情ゆえか、原因は定かではないが。
「昔は魔法自体が強くなかったから問題なかったんですけどねえ。今や風は暴風、水は洪水。ウチともう一人の子……ユメリとで何とかしてる感じでー」
「威力はすごいから、そこは頼りになるわけだな」
「そゆことですねー。使える状況さえ作れば、もう最っ高ですもん」
運用の仕方さえ間違えなければ災害ではなく、最高の武器になるのだろう。
極端な話、フラッフルが魔法を使う時は毎回アトナが魔法で仲間を守ればいいのだ。
ゼロか100……か。
ふと、俺は自分の左手を見た。
『魔力干渉』は、対象の魔力の流れを視覚化し、そこへ干渉して『強制終了』できる。俺の中ではずっと、魔力を電子回路に見立てて、電源スイッチでブツ切りにするイメージで運用してきた。
つまり、100ある魔力を、一旦ゼロにする。
考えたことがなかったのだが、100をゼロにするのではなく、50にするような使い方はできないのだろうか。
現実の電源だって、ただのオンオフだけではない。出力を設定し、流れる電力そのものを絞る機構がある。
なら俺のイメージも、スイッチから『可変電源』へ変えられないか。
魔力を遮断するのではなく、抵抗として機能し、出力を絞ることができるのではないか。
……とはいえ、あくまで机上の空論だ。
試したこともないし、そもそもそんな器用なことができるのかも怪しい。
「カツラギさん?」
アトナが横から覗き込んできた。
「難しい顔してますけどー、どうかしましたあ? お腹とか痛い感じですかー?」
「いや、少し考え事をしてたんだ」
隠すことでもないか。能力の概要は説明済みだ。
「さっきの話を聞いて、俺の能力も似たようなものだと思ったんだ」
「ほー。カツラギさんのあの『強制魔力切れ』ですか?」
「ああ、あれは100ある魔力をゼロにしているが、今思えば50や70に調整できるのかもしれないと思い始めているんだ」
アトナは話を聞き終えると、ふーん、と間延びした声を出した。
それから、口元を緩める。
「じゃあ、ウチで試してみますか?」
「……うん?」
「カツラギさんのアレ、ちょっと興味あったんですよねー。魔力を操作される感触、どんな感じなのかなーって」
アトナは事もなげに言った。
俺の能力は、魔法ではない。
詠唱も魔力操作も使わず、ただ『見えて』『干渉できる』という、歪な能力だ。
魔導師にとっては理解しづらく、だからこそ触れてみたくもなる。そんな類のものなのだろうか。
パーティの防御役としての関心もあれば、単なる好奇心もある。
どちらが理由でも、不思議はない。
「……いいのか?」
「いいですよー」
そう言って、彼女は足を止めた。
「起動っと」
彼女の周囲に、薄い光の膜が広がる。
幾何学模様が浮かび上がった、魔法の防御障壁だ。
「……分かった」
俺も立ち止まり、念を押す。
「何か異常を感じたら、すぐに止めるからな」
「はーい。んじゃ、優しめでお願いしますねえ」
軽い調子ではあったが、不思議と不安は感じなかった。
こういう余裕は、実力が伴っていないと身につかないものだ。
左手の甲に右手を重ね、『魔力干渉』を発動させる。
魔法障壁の内部で、魔力が回路のように巡っているのが視えた。
一点に集中することなく、格子状の経路を通って全体に分配されている。
俺は、これまでの『電源スイッチ』のイメージを捨てた。
意識の中で、装置を組み替える。遮断ではなく、出力を自在に制御できる『可変電源ユニット』へ。
魔力はすでに流れている。その前提のまま、絞れるはずだ。
つまみに指をかける感覚で、設定値を動かす。
100を基準にしていた出力を、半分の位置――50へ。
ブンッ、と低い音が空間に響いた。
流れは止まらない。
ただ勢いだけが、静かに落ちる。
魔力は暴走することなく、必要な量だけを保ったまま、安定して巡っていた。
「およっ?」
軽い声だったが、そこにははっきりとした違和感が混じっていた。
「カツラギさん、魔法障壁に使ってる魔力が半分になりましたよお」
「感覚はどうだ? 不快感はないか?」
「んんー、何も。単純に使ってる魔力が減っただけですねえ」
できた。
魔力干渉では、魔力の流れを切る他に、絞ることもできたのだ。
……とはいえ、これが何の役に立つのかと考えると、微妙なところだ。
仮に俺が戦う立場だったとして、相手の魔力出力を半分にするくらいなら、最初から完全に切ってしまった方がいい。
『敵の攻撃力を半減させる』よりも、『無効化する』方が安全なのは明らかだ。
結局、ただの器用貧乏な技術なのかもしれない。
いきなりゼロにできてしまったせいで、新しい発見のわりに、感動も薄い。
「何してるの? オジサン」
俺が内心で評価の棚卸しをしていると、フラッフルが声をかけてきた。
見れば、ルティアとエリンは階段の近くで談笑している。
どうやら俺たちを待ってくれているらしい。
「いや……君の魔法について教えてもらっていてな」
「魔法って……威力の調整ができないって話?」
フラッフルは、大きな杖を抱えたまま、こちらをまっすぐ見返してきた。
顔はさっき拭ってもらったのだろう、煤や泥の跡はほとんど残っていない。
見た目だけはいつも通りの『子供』。だが目は、子供のそれじゃない。
「ちゃんと『小さい火球』用の詠唱を選んでも、ああなっちゃうんだよね」
「やっちゃえーってやつか?」
俺が口を挟むと、彼女は即座に首を横に振った。
「あれは違うの。エリンから聞いてるでしょ? ワタシの『子供状態』の話」
帽子のつばに指をかけ、少しだけ視線を落とす。
「あれはね、感情が先に走って、考える前に撃っちゃうやつ。でも、落ち着いてる時にやっても同じなの」
彼女は指先で、ほんの小さな円を描いてみせた。
「出てきた後で全部大きくなるんだよね。抑えが、まったく利かないの」
ちらりとこちらを見る。
少し考えるように、視線を逸らした。
「だから、気分とか勢いの問題じゃないの。抑えた魔力の感覚っていうのかな……そういうのが、わからないんだよね」
……なるほど。フラッフルは魔力を制御できないわけじゃない。
ただ、出力を調整するための感覚そのものを持っていないのだ。
「まあ、今は無理でも、そのうちできるようになると思うよ」
彼女はどこか他人事のように言った。
「もっと成長すれば、自然と分かるようになってくるんじゃないかな。身体の成長と一緒で……身体の使い方が、まだ追いついてないだけだと思うの」
本人がそう言うなら、そういう見立てなのだろう。
そして、その問題はすでに運用で吸収されている。
俺の脳裏に浮かんだのは、『安全装置の壊れたプレス機』だった。
本来なら即時停止、封鎖、原因究明。だが現場は、そうは回らない。
専任の監視員を張り付かせ、無理やり稼働させる。
規格外の暴走を、規格外の制御でねじ伏せる――それが、彼女たちのやり方だ。
「でも、仲間のおかげで回ってるんだろ?」
「そうだね。フォローしてもらってるから、戦う分には平気なの」
フラッフルは一度俯き、それから顔を上げた。
「だから、みんなには特級クラスだって言われてるけど、魔導師としてはランク外なの」
「ランク外?」
「そう。無級」
帽子のつばを弾く仕草は、どこか照れ隠しに見えた。
「威力があっても、制御できないなら意味ないって。そういうの、試験じゃ認定してくれないの」
「魔導師の資格のことか」
無級。つまり、この国が認める魔導師としての等級を持っていないということだ。
冒険者としてのランクはクエスト攻略による実績で決まるが、専門職の等級は試験や実技で判断されるのだろう。彼女はそこで弾かれているわけだ。
「ワタシの場合、知識は満点、魔力量は測定不能。でも実技試験は全部壊しちゃう……火力を抑えられない魔導師は評価対象外みたいなの」
ということは、単に威力が凄ければいいというわけではないのか。
試験会場の的を壁ごと吹き飛ばして、その破壊力に度肝を抜かれた試験官が「合格!」を出す……なんて展開はなく、現実はそう甘くないらしい。
破壊力だけでなく、安全性や制御能力を含めた『総合力』を見ている。組織として、至極真っ当な評価基準だな。
「評価基準としては正しいよね。味方まで巻き込んで燃やすかもしれない魔導師なんて、普通のパーティならお断りでしょ? だから不合格にされるのは、当たり前の話なの」
「……ああ、違いない。安全管理の観点で見ればな」
一度、頷く。
彼女は正しく現状を分析しているし、試験官の判断も支持できる。
だが、俺の視点はそこにはない。
「しかしそれは、あくまで『平時の基準』での話だな」
「んー?」
「資格勉強と実戦は別物だ。分厚い参考書を丸暗記して、立派な認定証を持っている奴が、現場では使い物にならないなんてザラにある。逆に、紙切れ一枚なくても、どんなトラブルも解決して結果を出す叩き上げの職人もいる」
机上の空論でマウントを取る有資格者よりも、現場で動くプログラムを書ける方が、遥かに信用できるという話だ。
「依頼人が求めているのは、壁に飾る紙切れじゃない。実際に出来上がった『成果』だけだからな」
俺は彼女を見て、はっきりと告げた。
「教科書通りの制御ができる奴が『優秀』とされるのは分かる。だが、現場で相対するのは動かない『的』じゃない。小手先の技術じゃ傷ひとつ付けられないような、強力な魔物だ。それを一撃でねじ伏せる火力は、現場において何よりも代えがたい価値になる」
言葉を選びながら、結論を置いた。
「認定証があろうとなかろうと、魔物を倒せるという事実は変わらない。だったら、冒険者に対する等級付けなんて、ただの『飾り』に過ぎないな」
言い終えると、フラッフルはじっと俺の顔を見ていた。
まるで、言葉の真意を測るかのように。
「……ふーん」
そして、口の端をつり上げた。
「オジサンって、本当に口が上手いんだね」
「……事実をロジカルに説明したつもりだ」
「はいはい。そうやって上手いこと言って、ルティアさんのことも誑かしたんでしょ?」
……ん?
「残念だけど、ワタシはその手には乗らないよ」
……んん?
「でもその考え方は賛成。人生経験、長いだけあるね」
んんん?
「無級の魔導師のまま、Sランクパーティになった方が面白そうだね。ふふん」
言うが早いか、フラッフルは軽い足取りで駆けていった。
その小さい背中は、『同情を誘う子供』ではなく、『ふてぶてしい実力者』のそれに見えた。
「……カツラギさん」
呆気にとられていると、アトナがそっと耳打ちしてきた。
「あれが『素』のフラッフルですよー。子供メンタルじゃない時は上手いこと大人と子供を使い分けてくるんで、気をつけてくださいねえ」
そう言って、彼女は意味ありげに笑いながら出口へ向かった。
……どうやら俺は、フラッフルに対して『子供の感情を制御できなくて頑張っている子』という、都合のいいイメージを抱いていたらしい。
だが、実態は違う。
中身は大人だが、見た目と衝動的なメンタルは子供。その自分の置かれた状況を冷ややかに分析し、あまつさえギャップを利用しようとする強かさまで持っている。
周囲の大人をどこか冷めた目で見下している魔女っ子――いや、『魔女ガキ』。
それが、フラッフルの正体なのかもしれない。
……まったく、一筋縄ではいかないな。
完全に振り回されたが、旅というのはそういうものか。
拠点に戻れば、温泉が待っている。
それを思えば、悪くない一日だ。




