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第31話:安全基準の逸脱、火力が高ければいいわけじゃない

 ダンジョンの薄暗い回廊を進むと、不意に視界が開けた。


 そこは、小さめの体育館をそのまま切り取ったような、天井の高い大広間だった。

 部屋のあちこちには、巨大な枯れ木のような影が不規則に佇んでいる。


 トレントだ。

 伐採された丸太に、無理やり根っこの足と枝の手を生やしたような奇妙な造形をしている。幹には人の顔を模したような歪な節穴があり、ゆらゆらと枝を揺らしていた。

 木材として加工されるのを拒んで動き出したような、製材所の悪夢といった風情だ。

 まあ、動こうが動くまいが、結局は木材となる運命からは逃れられないのだろうが。


 数は全部で3体。

 先頭に1体、そこから左右に散らばるようにして、少し下がった位置に残りの2体が控えている。

 互い違いの陣形を組んでいるのか、単に個体差で足の速さが違うだけなのかは定かではないが、結果として前中後の3段に分かれている形だ。


「いきます」


 エリンは背中の大剣を抜き放つと、「シュレッダーにかけます」と言わんばかりの事務的なトーンで、迷いなく正面から踏み込んだ。


 速い。

 重厚な鉄塊を持っている人間の加速じゃない。


 先頭のトレントは、自分が標的になったことに反応できなかったようだ。

 エリンの間合いに入った瞬間――丸太のような胴体には、既に斜めの亀裂が走っていた。


 ズン、と重い音がして、巨木の上半身がずり落ちる。

 一刀両断。

 無駄な動作が一つもないその手際は、熟練の職人の作業を見ているかのようだった。


「……凄いな。素人目にも分かる腕前だ」

「はい。剣と呼吸が、ぴったり合っていますね。流石です」


 俺の呟きに、ルティアも感嘆の声を漏らした。

 見ていて変な安心感がある。事故を起こすより先に、事故の芽を刈るタイプだ。


 物言わぬ木材の塊の傍に、紫色の魔石が転がっている。

 残り4つか。簡単なクエストと言っていただけに、すぐ終わりそうだ。


 ――と思った瞬間、俺たちの前に飛び出す影があった。


「ねえ見ててっ! ワタシだってすっごいんだから!」


 フラッフルだった。

 ダンジョンに入ってからは大人しかったのに、ここに来て『子供スイッチ』が入ってしまったらしい。

 身の丈に合わない大きな杖を意気揚々と構えるその姿は、頼もしさよりも、これから起きる災害(トラブル)の幕開けを予感させた。


「いっくよーっ!」


 フラッフルは杖を振りかざし、中衛のトレントに向けた。


「ほのおよ、やっちゃえー!」


 杖の先に赤い光が灯った。

 それは揺らめきながら形を結び、小さな火の玉となって宙に浮かぶ。


 俺の理解では、この世界の魔法とは、詠唱によって魔力をイメージとして形にし、発動させる技術だ。

 言葉にすることで曖昧な想像が整理され、魔力は狙った形で流れ始める。

 詠唱は派手な儀式ではなく、魔力を制御するための手順にすぎない。

 プログラムを書くのに似ているが、やっていることはもっと原始的で、人間的だ。


 だとしても、今のがフラッフルの魔法詠唱なのだろうか。

 ルティアの綺麗な詠唱とは違い過ぎる。あんな適当な構文(シンタックス)で、まともなイメージ形成ができるのか?


 俺が訝しんでいる間にも、小さかった火の玉が脈動している。

 可愛らしい詠唱とは裏腹に、炎は瞬く間に周囲の酸素を食らい尽くし、軽自動車の横幅ぐらい――直径2メートルはあろうかという巨大な火球へと膨れ上がっていった。


「……デカすぎないか?」


 俺は思わず声を漏らした。

 どう見ても高レベルの魔法だ。ゲームでいうところの、火属性魔法最強レベルの類じゃないか?

 肌を焼くような熱気が伝わってくる。


「いっけぇーっ! どぉーん!」


 発射された火球は、二体目のトレントに直撃し、そのまま轟音と共に巨大な火柱となって全てを焼き尽くした。

 後に残ったのは、原型を留めない木炭の塊と、転がった魔石だけだった。


 ……オーバーキルな気がする。

 薪を燃やすのに、火炎放射器を持ち出して消し炭にしてしまったようなものか。

 いや、相手は魔物だ。倒したのだから結果としては間違っていない……のか?

 だとしても、燃費(コスト)が見合っていないのではないだろうか。


「すっごいでしょー! つぎもやるよー!」


 フラッフルは調子に乗って三体目に向かった。


「ほのおよ、やっちゃおー!」


 またしても、適当な詠唱だ。

 杖の先に赤い光が収束し、先ほどと同じように、理不尽なほどの熱量を秘めた火の玉が出来上がっていく。


 だが、残ったトレントもただの木偶ではなかった。

 仲間の死に反応してか、その長い枝を槍のように鋭く伸ばし、反撃に出たのだ。

 フラッフルはその動きを察知したのか、反射的に後ろへ飛び退いて距離を置いた。


 回避行動自体は悪くない。だが、彼女の手元には『発射準備完了』の爆弾が握られたままだ。


「あっ」


 飛び退いた拍子に、杖の先がブレた。

 制御を失った圧縮魔力の塊――火球が、あさっての方向に射出されてしまった。


「あわわわわっ!!」


 フラッフルが情けない声を上げる。

 杖の先から放たれた火球は、俺たちから遠く離れた側面の岩壁へと一直線に吸い込まれていく。

 あんなに大きな火の玉が壁にぶつかれば、その熱量が行き場を失い、爆風と炎がこちらへ戻ってくるんじゃないか?


 ――まずい。


起動(ブート)


 そう直感した瞬間、涼やかな声が響いた。

 そして鼓膜を揺らす爆音と共に、側面の壁で炸裂した炎が辺り一面に膨れ上がった。

 案の定、行き場をなくした熱エネルギーが、逃げ場を求めてこちらへ逆流してくる。


 だが、その熱波が俺の肌を焼くことはなかった。

 俺たちの周囲に、半透明の幾何学模様が展開されていた。

 炎の奔流は、そこに触れた途端に流れを変え、受け流され、外側へ消えていく。物理的な壁じゃない。熱そのものを拒絶する『防火概念』とでも呼ぶべき防御層だ。


「大丈夫ですよー、炎はウチが完全に防いでますからねい」


 やがて、荒れ狂っていた炎の奔流が収まった。

 アトナが展開していた光の障壁が解かれると、そこには傷一つない俺たちの姿があった。

 服の裾ひとつ焦げていない。「しっかりお守りします」という言葉通りの、有言実行だった。


「……助かった。凄い反応速度だったな」

「すぐ起動できるように、魔法術式自体は常に広げっぱなしなんですよお。カツラギさん、魔力解除しちゃダメですからねー?」


 そう言いながら、アトナはコホッと咳き込んだ。

 爆発の直撃は免れたものの、衝撃で舞い上がった大量の(すす)と埃が、視界を悪くしていたのだ。


 そこでルティアが動き出した。


「凍てよ、空。水よ流れ、舞う塵を洗え」


 彼女が静かに両手を広げると、凛とした冷気が空間を走り抜けた。

 肌を刺すような熱気が、嘘のように引いていく。


 それだけではない。

 どこからともなく現れた霧が、空間に舞っていた煤を包み込み、サーッと音を立てるように床へ落ちていく。

 すぐに、クリアな視界が戻ってきた。


 これは、スプリンクラーによる強制洗浄のようなものだろうか。

 アトナも「すごくない?」と声を漏らしている。


 俺が広間を見渡すと、ちょうどエリンがフラッフルを連れてこちらに向かって歩いているところだった。

 その奥では、残りのトレントが既にただの木材となって転がっている。

 あの爆炎と混乱の最中に、残っていた個体を冷静に処理していたらしい。


「ごめんなさいぃ……」


 連行されてきたフラッフルは、杖を握りしめたまま、借りてきた猫のように小さくなっている。

 さっきまでの威勢の良さはどこへやら。『子供モード』から『反省モード』に切り替わっていた。


「ちょー久々にやっちゃったねえ。いつぶりだっけ、Bランクになってからは、なかったよねー?」

「そうだね。もうダンジョンでは大丈夫だと思っていたけど……」


 エリンとアトナが顔を見合わせている。

 さすがにいつもああではない、らしい。それはそうか。いつもあれなら、ダンジョンより先に保険制度が崩壊している。


「……エリンが褒められてるのを見てたら、ワタシもってなっちゃった……」


 フラッフルはモジモジと指先を合わせながら、消え入りそうな声で言い訳をした。

 なるほど、原因はそれか。

 鮮やかな手際で敵を倒し、俺たちに称賛されたエリンを見て、対抗心を燃やしてしまったわけだ。

 子供が親の気を引こうとして、張り切りすぎて失敗するパターンそのものだな。


 動機は可愛らしい。

 だがこれは、明確な人的要因による労働災害である。

 今の出来事を工事現場で例えるなら、作業ミスによる爆発事故。

 全員が重症、または死亡していた可能性がある大惨事だ。


 しかし、彼女たちにとっては『よくある失敗』であり、『日常の一部』でしかないらしい。

 これが事故として処理されないのは、単に彼女たちが強かったからだ。

 規格外の実力で、問題をねじ伏せただけである。


 だが、それは解決じゃない。

 安全基準が、仕組み(システム)ではなく、個人の能力に組み込まれている。


 彼女たち『星の天頂(スターゼニス)』は赤竜を討伐した。

 しかし、アレン率いる『銀の明星(シルバースター)』は壊滅的な被害を受け、大失敗している。

 同じ冒険者という括りでも、そこには圧倒的な格差が存在しているのだ。


 強者がいれば事故は事故にならず、弱者がいれば些細なミスが命取りになる。

 かつてオルガが『冒険者稼業は究極の自己責任』と言っていたが、個々によって能力の基準がバラバラすぎるのだから、統一されたルールなど作りようがないのだろう。

 『安全基準の属人化』とでも言うべきか。自分の身を守る境界線(ライン)は、自分で引くしかない。

 俺の持っている常識(モノサシ)など、この規格外の連中には通用しないのだ。


 改めてメンバーを見渡すと、誰も怪我はしていない。

 しかし、全員が煙突掃除をした後のように真っ黒だ。さっきの爆風で舞い上がった(すす)のせいだろう。


「……みんな煤で汚れてしまっているし、クエストの残りは明日にして、一旦戻らないか? 温泉で洗い流そう」


 安全上の問題はない。

 だが、衛生上の問題はある。今の俺にできる判断は、それくらいだ。


「いいこと言いますねえ。早く温泉入りたーい。ウチ賛成でいーす」

「はい、異論はありません」


 アトナとエリンが即座に同意してくれた。

 すると、その単語に反応したのか、フラッフルが顔を上げる。


「おんせん……」

「ふふっ、温泉で綺麗になりましょうね」


 ルティアが声をかけると、フラッフルの顔がぱっと明るくなる。切り替えが早い。本当に早い。


「うんっ、いっしょに入るぅー!」


 感極まった様子で、ルティアに飛びつこうと駆け出した。

 現金なものだな。さっきまで沈んでいたのが嘘のようだ。


 だが、忘れてはいけない。

 足元は、水で落とした大量の煤が混ざり合い、ヘドロ状の泥になっていることを。


「ぷぎゃん!」


 悲鳴と共に、フラッフルは顔面から泥の海へとダイブした。


「フラッフルさん!?」


 慌てるルティア。ケラケラと笑うアトナ。エリンはいつもの表情だ。三者三様の反応で、フラッフルは泥の海から救助されていく。

 本当に、テンションの切り替わりが目まぐるしい。


 見ていて飽きないと言えば聞こえはいいが、付き合う側の体力は別問題だ。

 慣れない山道を歩いてきたこともあって、さすがに心身ともに疲れが出てきている。


 今はただ、温泉でゆっくりと、この疲れと汚れを洗い流したい気分だった。


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