第30話:特殊技能の開示、地味なスキルにも使い道はある
特殊能力のオリエンテーションを始めることになった。
俺にできるのは、『言語理解』『警告色視』そして『魔力干渉』だ。順番に説明していくことにする。
「まずは『言語理解』の能力。こうして君たちと会話できているように、この世界の言葉を理解できて、話すことができる。読み書きもできるんだ」
この能力については、実際に会話できていることが証明になるだろう。
「カツラギさんは、古代エルフ語の本を読まれてましたね」
先ほどまでは聞き役に徹していたルティアが補足してくれた。
その言葉に、フラッフルが反応する。
「えっ……? 古代エルフ語って……ワタシも勉強中で……すごく難しいのに」
「言語の難しさに関係なく、俺には自動的に翻訳されて見えるんだ。だから文法的な構造までは理解できないし、説明もできない」
俺の視界には、未知の文字の上に、慣れ親しんだ日本語の字幕が重なって見えているような感覚に近い。便利ではあるが、あくまで脳内で自動変換されているだけで、俺自身がこの世界の言語体系を学習し、本質的に理解できているわけではないのだ。
だから、仮にフラッフルに「なぜその文法になるのか」と問われても、俺には答えようがない。
借り物の知識で業務を回しているような、少し居心地の悪い感覚はある。だが、異世界での活動において最大の障壁となる『言葉の壁』を、学習コストなしで乗り越えられるのは、この上ない恩恵と言えるだろう。
「次に『警告色視』。これは、対象の欠陥や不備が赤く光って見える能力だ」
俺は周囲を見渡す。これといって実演対象になるような、明確な欠陥品は見つからなかった。
この能力は、街中で使ったとしても、目に映るもの全てが対象になるわけではない。俺の視界が真っ赤に染まったりすることはなく、意識的に対象を絞らないと発動しない。便利だが不便でもあり、こちらの意図とは無関係にシステム側の都合で判定されるようで、条件が不明瞭な能力だ。
「書類の計算間違いや、道具の整備不良のような、問題点の存在が解るようになる。ただ、光るのは場所だけで、具体的に何が問題なのかは、実際に観察してみないとわからないんだ」
警告灯が赤く点滅していても、エラーコードまでは表示されないようなものだ。そこから先は、俺自身の目と経験でのデバッグ作業が必要になる。
「整備不良ですかあ。じゃあさー、カツラギさん」
アトナが腰のポーチから二本のナイフを取り出した。
どちらも黒革の鞘に収められており、外見上の違いは全くわからない。使い込まれた道具特有の、鈍い艶を放っている。
「どっちに問題あるかわかりますー? 片方は修理に出さないといけないんですけどお」
アトナが両手にそれぞれナイフを持ち、俺の目の前に差し出した。
俺は意識を集中させて『警告色視』を発動させた。
視界の色が一瞬だけ沈む。
その中で、右側のナイフの柄部分だけが、淡い赤色の燐光を放ち始めた。
「こっちだな」
俺は迷わず右側のナイフを受け取った。
「鞘から抜いて確認してみないと何が悪いのかまではわからないが、こっちに警告が出ているな」
「おおー、正解ですよお」
ナイフを少し抜いて光にかざしてみる。
柄と刃を繋ぐ境界のあたりに、髪の毛ほどの微細なヒビが入っており、刃がわずかに欠けていた。実用には耐えるかもしれないが、過度な負荷がかかれば折れる可能性がある。
アトナにナイフを返し、最後の能力の説明に移る。ここからが本題だ。
「そして最後が、『魔力干渉』だ」
左手の刻印を親指でなぞる。
「これは相手の魔力の流れを視覚化し、その流れを強制的に止めることができる……魔力の使用を解除する、と言ったらいいか」
俺自身に魔力が無いので感覚的な説明が難しい。伝わりにくいかもしれない。
俺はエリンに目を向けた。
「例えば、エリン。君はその剣を軽々と持っているが、それは魔力を使っているからだろう?」
「はい。魔力で身体強化をしていますので、重さは感じません」
彼女の背にある大剣は、鉄の塊そのものだ。普通の少女どころか、鍛え抜かれた大人の男でも扱うのは困難だろう。
この世界の人間は、魔力による身体強化を常態的に行っているようで、息をするように魔力を循環させ、身体機能を底上げしている。
魔力切れを起こさない様子を見るに、少ない消費電力で長時間稼働する、家電製品の待機モードのような運用なのだろう。
「その魔力の使用を、俺は強制的にやめさせることができるんだ。魔力の効果を切れさせる、と言ったらいいかな」
俺の言葉に、場が静まり返る。
ダンジョンの奥から吹き抜ける風の音だけが、静寂の中に響いた。
「……そんな魔法、聞いたことないよ」
フラッフルが首を振った。
彼女が知らないなら、他人の魔力そのものを遮断することは、この世界の常識から逸脱しているのだろう。
そういえば、以前レナンセムが俺に『魔眼』がどうとか言っていたことがあったような気がする。彼女なら何か知っているのかもしれないな。
「では、私で試していただけますか?」
エリンが検証実験を買って出た。
彼女は周囲と十分な距離を取ると、背中の大剣を抜き放ち、両手で前に構える。
切っ先を下げて石畳の地面すれすれに維持しているのは、万が一支えきれずに剣が落下した際に、予期せぬ挙動で二次被害を生まないための配慮だろう。
その所作一つとっても、彼女がただの力自慢ではないことが伝わってくる。
「一時的に魔力が切れるなら、私はこの剣を持てなくなりますから」
「……わかった。用心しておいてくれ。急に重くなるはずだからな」
俺は左手の刻印に意識を向け、『魔力干渉』を発動する。
――視えた。
エリンの体内を巡る、青白い光の奔流。
それは太く、力強く、そして一切の澱みがない。
効率的に最適化されたエネルギーラインのようだ。
「……じゃあ、使うぞ。いいか?」
「はい、お願いします」
俺はその循環を司る『メインスイッチ』をイメージして――切った。
バチッと、空気が弾けるような、乾いた音がホールに響く。
「――っ!?」
直後、エリンの姿勢が崩れた。
支えを失った大剣がガシャンと石畳に倒れ、エリン自身も重さに耐えきれず膝をつく。
「エリン? ……まじ?」
驚いたアトナが声をかける。
エリンの瞼がわずかに上がった気がした。感情が表に出ない彼女が『反射で反応する』くらいには、想定外だったのだろう。
「流れを止めただけだから、魔力を使い直せば元通りになるはずだ」
そう伝えると、エリンは小さく息を吐き、何事もなかったかのように立ち上がって大剣を軽々と持ち直した。
「はい、完全に元通りです。……身を持って理解できました」
「すごいねー……エリンって『剣聖』なんですよお? あんな姿、初めて見たかもー」
「剣聖?」
聞き慣れない単語に俺が反応すると、エリンが説明してくれた。
「剣士の実力を示すランクです。剣士から始まり、剣豪、剣王、剣聖、剣神と続きます」
「名前は違うけど、魔導師のランクと段階は一緒ですよお」
魔導師と同じか。
自然とルティアの顔を見る。
「ということは……」
「特級魔導師と同じランクなんですね」
俺たちは顔を見合わせて感心した。
魔導師でいう『特級』に相当するなら、相当な実力者なのだろう。Aランクパーティのリーダーであり、剣聖でもある。改めて彼女の規格外さを理解させられる。
「未だ修行中の身です」
謙遜するエリンに、アトナが横から口を挟む。
「剣聖になると二つ名用に文字を選べてですねー、エリンは『星』の剣聖なんですよお」
『星の剣聖』。そして『星の天頂』。
アトナの目元にある星のデコレーションといい、何か統一されたブランディングがあるのだろうか。
「とまあ、こんな感じだな、以上で俺の能力紹介は終わりだ」
「ご説明ありがとうございました。魔力の流れを断ち切る力……恐れ入りました」
エリンが真剣な眼差しで俺を見る。
その視線には、未知の能力に対する警戒心が含まれているのだろうか。
彼女の挙動からは察することが難しい。全然表に出ないからだ。
「まあ、こんな能力はあっても、俺の戦闘能力はゼロなことに変わりはないけどな」
俺は首を横に振った。
「あくまで魔力の流れを切るだけでしかない。例えば、アトナが持っているようなナイフを投げられたら、俺には防ぐ術は無いんだ」
それに、と付け加える。地味だが重要な話があった。
「俺には魔力がないから、その代償として何を消費しているのかがわからないからな。無制限に使えるのか、それとも魔力以外の『何か』を消費しているのか。だから、数えるぐらいしか使ったことがないんだ」
「確かにい。寿命とか削ってたら洒落にならないですもんですねー」
この子が言うと本当にそんな気がしてくるから不安になってくるな。
だが、俺の慎重な姿勢は、彼女たちには別の意味で受け取られたようだ。
「カツラギさんは……能力に溺れず、冷静に己を律しておられるのですね」
エリンが深く頷く。
……確かにその通りではあるのだが、言い方次第で何かすごく立派なことをしているように聞こえるものだな。
俺は単に、仕様不明の機能を使うのが怖いだけなのだが。
「はい、カツラギさんは本当にすごい方なんですよっ」
「地味だけどー、堅実って感じですねい」
三者三様の称賛を受けてしまった。
悪い気はしないが、過大評価は後で首を絞める。ここは控えめに受け取っておこう。
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「では、私は受けたクエストを完了させておきたいので、まだ少し残ります」
話は終わったが、エリンはまだこの場に残るようだった。
そういえば、ここのダンジョンへ入るために、ギルドでクエストを受注していたんだったな。
依頼内容は、トレントという魔物の魔石の納品らしい。
俺たちはもう戻って良さそうだが、普段ダンジョンに来ることがない俺には、『剣聖』の動きを見るいい機会かもしれない。
冒険者の安全管理については常々考えているが、魔力の存在するこの世界において、その強さというものは俺の常識では計り知れないところがある。
特にエリンのような規格外の冒険者だと、俺の持っている判断基準がそのまま通用するとは思えない。
だからこそ、実際の現場を確認し、そのすごさを肌感覚で把握してみたかった。
「エリン、よかったら見学させてもらってもいいか? 俺は裏方だから、冒険者が戦っているところをあまり見たことがないんだ」
もちろん、俺は非戦闘員であり、現場においては守られる側のお荷物なのだから、断られたら大人しく従うつもりだ。
「それは……」
エリンはアトナに視線を送った。
それに気づいた彼女は、グッと親指を立てる。
「……はい、承りました。アトナ、よろしくね」
「はいはーい。ウチがしっかりお守りしますから、安心して見学してくださいねい」
話はすんなりと通った。
アトナは回復補助役と言っていたから、頼りにしてよさそうだ。
……それにしても。
フラッフルがずっと静かなのは少し気になった。
山道での大騒ぎが嘘のようだ。けたたましく鳴り響いていた警報機が、電源を抜かれたかのように黙りこくっている。
ダンジョンという環境が、彼女を落ち着かせているのだろうか。
なんにせよ、衝動が抑えられるなら本人にとっては良い兆候だな。
先導するエリンの背中を追い、俺たちはダンジョンの奥へと足を踏み入れた。




