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第29話:発注内容の相違、代用品で申し訳ない

「……んにゅぅ……」


 背中から、可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 俺の首元には、規則正しい温かい吐息と――時折、冷やりとした液体の感触が伝わってきていた。


「……着いたぞ。起きろ、フラッフル」


 宿泊施設となっている、山奥のギルド拠点の前で、俺は背中の荷物ならぬ、背中の少女に声をかけた。


 山小屋での昼食後、張り切りすぎた反動か、フラッフルは電池切れを起こした。

 歩く速度が目に見えて落ち、最後には立ったまま船を漕ぎ始めたため、見かねた俺がおぶって運んできたのだ。


「……ふぇ? ……あ、あれ?」


 俺の背中で身じろぎしたフラッフルは、状況を把握するのに数秒を要したらしい。

 自分が誰の背中にいるのかを理解し――。


「うひゃあぁぁっ!? ご、ごめんなさいっ! すみませんっ!!」


 バタバタと暴れて飛び降りると、彼女は茹で蛸のように顔を赤くして直立不動の姿勢をとった。

 ルティアから自分の帽子を受け取り、目深に被って縮こまる。恥ずかしさの隠蔽率(いんぺいりつ)だけは高い。


「本当にすみません、カツラギさん。ダンジョンとは違い、平和な山道をこれだけ長く歩く経験があまりなかったもので……」


 エリンが頭を下げるが、俺は首を横に振った。


「気にしなくていい。軽かったしな」


 強がりでもなんでもない。中身が18歳だとしても、その肉体は紛れもなく子供のそれだ。

 それよりも、エリンのその姿は異様としか言いようがない。

 背中には巨大な大剣、右手には俺のリュック、左手には杖が固定されたフラッフルのリュック、さらに肩には自分の荷物。実質、三人分の旅装を一人で担いでいるというのに、彼女は涼しい顔で直立しているのだ。

 魔力で補強してるだろうとはいえ、この世界の冒険者の規格外さを改めて認識させられる。


 俺はハンカチを取り出し、首筋についたフラッフルの『マーキング(よだれ)』を拭き取った。

 まあ、これくらいは愛嬌の範囲内だな。


---


 拠点の重厚な扉を開けると、そこは外観の無骨さとは対照的に、思いのほか落ち着いた空間だった。


 石造りの頑丈な建物だが、内装は木の温もりを活かした造りで、俺の世界で言うところの『旅館のロビー』に近い。

 正面にはどっしりとした木製の受付カウンターがあり、横には宿泊客や冒険者がくつろげるよう、革張りのソファセットが置かれている。機能は十分。余計な飾りが少ないのも好印象だ。


 そのソファの真ん中に、一人の少女が座っていた。

 こちらに気づくと、パタパタと手を振って駆け寄ってくる。


「お疲れい、エリンにフラッフル。そちらの人たちがお守り対象かなー?」


 胸元まで伸びたホワイトベージュの髪に、鮮やかな青いメッシュ。額には透け感のある前髪(シースルーバング)がかかり、星形のシールのような飾りが目元で光っている。

 身につけている襟付きの白いシャツは、一見するときちんとした街着だが、体に沿う造りで余計な布がなく、動きやすさが前提になっている。胴のあたりには、革のベルトのようなパーツがいくつも配されており、装飾というより身体を支える構造に近い。

 それでいて、布越しにも分かるほど胸のラインは自然に主張していて、無理に隠そうとしている様子はなかった。

 まるで王都のファッション誌から飛び出してきたような、洗練されたモード系のスタイルだ。


「どもー、はじめましてえ! 『星の天頂(スターゼニス)』の回復補助担当、アトナツィヒでいーす! 長いんでアトナでおっけーですよう。よろしくお願いしまーす!」


 ……見た目はクールで都会的なのに、中身は軽い。

 エリンの厳格さとも、フラッフルの幼さとも違う。まるで休日のショッピングモールにでもいそうな、女子高生のようなノリだ。


「カツラギだ。よろしく」

「私はルティアです。よろしくお願いします」

「はーい! もう一人のメンバーのユメリは、スケジュールが合わなくて来られなかったんですよお。残念がってましたー」


 アトナはケラケラと笑う。

 『星の天頂(スターゼニス)』はこれで3人目か。


 俺たちは受付を済ませ、一旦荷物を部屋に置くことにした。

 部屋割りは、俺とルティアが別々の個室。エリンとフラッフルが同室だ。


「カツラギさん、ルティアさん。私はロビーで待機していますので、準備ができたらお声がけください。使い魔召喚についてのお話をさせていただきたいと思います」


 エリンは深々と一礼すると、フラッフルを連れて先に部屋を出て行った。

 俺たちもそれに続き、指定された個室へと入る。


 室内は、旅行者向けに開放されているとはいえ、質実剛健な造りだった。

 飾り気のないシングルベッドに、書き物机が一つ。壁には武具を掛けるためのフックがあり、クローゼット代わりの木箱が置かれているだけだ。

 徹底して無駄を省いたその構成は、出張のたびに泊まっていた、地方の格安ビジネスホテルを彷彿とさせる。『寝てリソースを回復する』という機能だけに特化した、愛想のない空間。だが、今の俺にはこの殺風景さが妙に落ち着く。余計なものは、余計な仕事を呼ぶからな。


 ベッドに腰を下ろし、軽く息を吐いた。

 ようやく、俺がこの世界に呼び出された『根本原因(ルートコーズ)』が明らかになるわけか。

 だが、不思議と緊張はない。原因がわからないまま進める業務ほど、座り心地の悪いものはないからな。

 不具合の原因が特定できるなら、それは改善への第一歩だ。俺は精神(こころ)の襟を正し、来るべき報告会に備えた。


---


 場所を移し、俺たちは拠点の裏手にあるダンジョンの入口――「ホール」と呼ばれる空間に来ていた。


 石造りの階段を降りた先にあるドーム状の広場。外気とは異なる、ひんやりとした静謐な空気が漂っている。

 ここはダンジョンという名の異界の入り口であり、同時に魔物が発生しない安全地帯でもある。


「そっかー、なんで簡単なクエスト引き受けたのかと思ってたけど、このためだったんだねい」


 アトナが周囲を見回して、感心したように頷いている。


「うん。ダンジョンホールなら魔物もいないし、他に人もいないだろうし。それに、フラッフルも慣れてるから」


 エリンの判断は合理的だ。防音性が高く、盗み聞きのリスクも低い。

 何より、慣れ親しんだ場所ならフラッフルも落ち着いて話せるのだろう。環境要因によるパフォーマンス低下を防ぐ配慮だ。


 促されたフラッフルが、おずおずと口を開く。


「ワタシはあの日……使い魔を召喚しようとして、いました。ちょうど、9区に用事があったので、エリンと一緒にワタシの……別荘で」


 ……別荘?

 俺がこの世界に転移した直後にいた、あの部屋のことか。

 てっきり空き家か何かだと思っていたが、所有者がいたわけだ。


「あの時、エリンも一緒にいたのか」

「いえ、ちょうど外出していました。私が戻ってきてから、の予定でした」


 エリンが監督者として立ち会って、召喚する計画だったということか。

 だが、流れを聞く前に、まずは使い魔の仕様について確認する必要があるな。


 俺が知っている『使い魔』は、ゲームなどでかじった知識では、主人の命を聞く召使いのような存在だろう。

 だが、この世界ではどうなのか。単なる愛玩動物なのか、それとも絶対服従の奴隷なのか。それによって、現在俺が置かれている立ち位置も変わってくるはずだ。


「質問だが、魔導師として使い魔はどういう存在で、何故召喚しようとしたんだ?」

「それは、魔導師によって、考え方は違うと思う……い、ますが。ワタシとしては、ワタシを手伝ってくれる……お友達、のようなものだと、思って、います」


 フラッフルは直立不動のまま、視線を泳がせる。言葉遣いがぎこちない。

 年上である俺と、初対面のルティアに対して、『失礼があってはならない』と気を張っているのだろう。

 それと同時に、ふとした拍子に『子供の情動』が表に出て、迷惑をかけてしまうのではないか――そんな懸念も抱えていると推測できる。

 だが、その過剰な緊張は、円滑な会話の妨げになり得る。


「そうか。ありがとう、理解できた。続けてくれ」

「……はい。前から使い魔はいた方がいいんじゃないかって、みんなとお話してて、まして……それで、別荘には召喚できるぐらいの部屋と道具があって。あったのです……」


 しどろもどろだ。

 俺は彼女の目線に合わせて、少し腰を落とした。


「……なるほどな。なあ、フラッフル。自分の話しやすいように話してくれて構わないぞ。気楽にしてくれていい。俺は気にしないからな」


 俺の言葉に、彼女はきょとんとした顔をした。

 山道で会話は済ませている。事情も聞いているし、今さら改まった『会議モード』に戻る必要はない。いわばアイスブレイク済みの案件だ。


「え……。あ、うん……わかった」


 肩の力が抜けたようだ。切り替えが早くていい。

 ようやく本題に入れる空気が整った。


「それで、その。ワタシはおばあちゃんと同じ使い魔がよくって……魔法陣にはウイングキャットを呼ぶ魔法術式を描いたの」

「ウイングキャットだって?」


 (キャット)

 その響きに、俺は思わず反応してしまった。


「えっ……うん。おばあちゃんのジュジュがすっごくかわいくて。ワタシもモフモフしたいなって思って……」


 俺もモフモフしたい。

 この世界には猫は存在しないが、使い魔の種類としては存在しているのか。


「魔法陣の準備ができて、エリンが帰ってきたら召喚しようと思ってたの。そしたら、いきなり魔法陣が光り出して……気づいたら目の前にオジサンがいたの」

「……ちょっと訂正したいことはあるが、それより、君が召喚をしたわけではないのか?」

「うん。でも、ワタシが魔力を込めて描いたから……たぶん、ワタシがやっちゃったんだよ。だから失敗したと思って……。びっくりして逃げちゃったけど、戻ってきたらオジサンはいなかったの」


 なるほど、時系列が見えてきた。

 可愛らしい猫を呼ぶつもりだったのに、突如として目の前に、見慣れない恰好をしたオッサンが現れたのだ。

 それは彼女にとって、『画像と実物が異なります』では済まされない衝撃だったに違いない。

 俺だって、逆の立場なら全力で逃げるに決まっている。


「ごめん、ちょっといーい?」


 アトナが手を挙げて会話に割り込む。


「フラッフルってさ、本契約しなかったわけでしょー? しなかったって言うか、正確にはできなかった、だけどお」

「うん、してない」

「本契約?」


 聞き慣れない単語に俺が反応すると、エリンが補足する。


「召喚された使い魔は、魔法陣の魔力が切れるまでは、しばらく仮契約状態としてその場にとどまります。そして、本契約をする前に魔力が切れると、使い魔は元の場所に戻るのです」

「……なるほど、では俺は、本来なら元の世界に戻っていたということなのか?」

「はい。そうだよね、フラッフル?」


 エリンに促され、フラッフルがこくりと頷く。


「うん……魔導師が契約の証である、刻印への口づけをすることで、完了するの。本契約ができたら、刻印は完成するの」


 口づけ、か。

 契約書への捺印作業にしては、随分と情緒的な認証フローだな。


「この刻印は……完成してるのか?」


 俺は左手の甲を見せる。鎖のような幾何学模様が、ランタンの明かりに照らされる。


「……うん。鎖の模様ができたら契約完了の証」

「なるほど。……まとめるとだ。君は、ウイングキャットを呼ぶ魔法陣の準備をした。すると、発動していないはずの魔法陣が起動して、俺が召喚された。君はすぐにその場を離れたから、戻ってきた頃には俺がいなくなるはずだった。そしてその通り、俺はいなかったわけだから、事象としては間違っていないわけか」


 システムの誤作動で呼び出されたが、時間切れ(タイムアウト)で自動的に元の世界へ戻されるはずだった。

 しかし、何らかの理由で接続が維持され、契約が完了してしまった。


「あー、そっかあ。フラッフルから見たら、カツラギさんはいなくなってたわけだから、仮契約が終わったと思ったんだねー」

「うん……」

「俺は君がいなくなった後に、外に出たんだ。そして街を彷徨って……ルティアに拾われて、現在に至る」

「そうなんだあ、ルティアさんにねー。ラッキーでしたねい」


 アトナはニヤケながら俺の肩を人差し指で突っついてきた。

 この子は対人距離(パーソナルスペース)の設定が狭いのか? 営業職なら強みになるだろうが、俺は顧客ではない。


「まあ、そこに関しては、この世界の神に感謝だな」

「でもでもー、そうなるとですよお、ひとつ謎が生まれるわけじゃないですかー」


 俺を(つつ)いていた指をそのまま顔の前で立て、もったいぶるように振ってみせた。


「……そうだね。カツラギさんは一体誰と本契約をしたのか。フラッフル、何かわかる?」


 エリンが改めてその核心部分を口にすると、フラッフルは申し訳なさそうに、小さく首を横に振った。


「……わかんない。おばあちゃんならわかるかも……」


 おばあちゃん、か。道中、彼女の祖母はエルフだと聞いていたな。おそらく相当な実力者であろうその人なら、この不可解な現象の原因を特定できるかもしれない、ということか。

 ……いや、エルフの実力者といえば、レナンセムがいる。状況を説明すれば、何かわかるかもしれない。


「しかしだな、俺はこの世界に来て、左手を確認したら、刻印はもうこのデザインだったぞ」

「……では、フラッフルと顔を合わせた時には、すでに本契約されていた可能性があるわけですか?」

「そういうことになるな」

「それって変ですよねー、何と契約したのかわかんないなんてえ」


 アトナやエリンの反応を見ていると、『異世界から人間が来る』こと自体への驚きは少ないようだ。

 ルティアたちもそうだったが、この世界の住人は、ダンジョンという異界が日常に存在していることもあってか、別世界の存在に対する許容範囲が広いのだろうか。

 俺のような存在も、単なる『外部から出向してきたコンサルタント』程度にしか認識していないのかもしれない。


「もしかしてこの世界と契約しちゃったとかー……なんてねい」


 アトナが軽い調子で言った。

 世界と契約、か。

 特定の企業に属さず、市場そのものと直接取引するフリーランス――みたいな発想だろうか。随分とスケールの大きな話だ。


 適当な思いつきに聞こえるが、会議では『何も知らない人の無責任な発言』が核心を突いていることがある。

 『神様の手違い』なんて言われるよりは、『世界が俺を直雇用した』と考えた方が、まだ辻褄が合う――ような気もしないでもない。

 だとしたら随分と待遇の悪い雇用主(クライアント)だが。


「……でも、その。ワタシの魔法陣で召喚したことは間違いないからっ……」


 フラッフルが、大きな帽子を脱いだ。

 そして、ぺこりと深々と頭を下げる。


「あのっ……勝手に召喚してごめんなさいっ!」


 紫色の髪が揺れる。

 深々と下げられた頭。その小さな体からは、単に悪戯が見つかった子供のような甘えは微塵も感じられなかった。

 自分が間接的に関与したかもしれないことへの謝罪。誠実な反応だが、俺に被害者意識はない。


「謝る必要はないぞ、フラッフル。俺はむしろ感謝してるぐらいだ」

「……えっ」


 フラッフルが顔を上げる。


「君が呼んだのかはわからなくてもだ。俺は……そうだな、『地獄』のような場所から抜け出せたんだよ。毎日、魂を削られるような牢獄で一生を終えるところだったのを、召喚されることで救われたってことだな」


 彼女を安心させるために少しばかり表現を盛ったが、概ね事実だ。

 あのままブラック企業で、過労死予備軍としてすり潰される未来に比べれば、この世界はよほど希望がある。

 間接的とはいえ、彼女は俺を誘拐した犯人ではなく、絶望的な労働環境からの解放者(リベレーター)……ということにしておこう。


「だから、君が気にすることは何もない」

「……うん。ありがとう、オジサン」


 彼女の表情が晴れた。

 示談成立だ。これにて本件はクローズ……と言いたいところだが。


「いや、気にしてもらうことはあったな。いいかフラッフル、俺はまだ29歳だぞ。オジサンではない」

「……そうなの?」


 なぜ疑問形になる。

 29歳といえば、企業で言えば一番脂の乗った現役世代だぞ。

 減価償却を終えて廃棄を待つばかりの『中古資産』みたいな扱いはやめていただきたい。俺はまだ稼働できる。


 ……いや、待て。もしかしてこの世界での認識では、20代後半はもう人生の折り返し地点、『初老』のカテゴリーに入ってしまうのだろうか。

 だとしても、俺のメンタルはまだ若手社員のつもりだ。断固として抗議させてもらう。


「そだそだ、使い魔ってさあ、何か特別な力を使えたよねー。フラッフルのおばあちゃんとこの子もそうでしょお?」


 アトナが話題を変えるように手を打った。


「うん。ルルは、身体から周りに見えない風の刃を飛ばす……空間断裂スペイシャルラプチャーが使えるよ。なんでも斬り裂くの」


 なんだそれは。ただのペットにしては、搭載されている兵器スペックが過剰すぎる。

 愛玩動物ではなく、自律型戦闘ドローンじゃないか。


「てことはー、カツラギさんも何か使えるんですかー? スペシャルなやつう」


 4人の視線が俺に集まる。

 空間を裂くような派手な力は、残念ながら持ち合わせていない。

 しかし、俺の能力を共有しておく必要はあるだろう。


「ああ、まあ……そのおばあちゃんの使い魔には及ぶべくもないがな……」


 左手を軽く掲げる。

 甲に刻まれた鎖の紋章が、薄暗いダンジョンホールの中で、微かに脈動した気がした。


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