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第27話:工程表の遵守、遊びも仕事も計画的に

「――予定通り、7時の集合には間に合うな」


 石畳を踏みしめながら、俺は懐中時計を確認して頷いた。

 隣を歩くルティアが、不思議そうにこちらを見上げている。


 今日の彼女は、普段の制服姿ではない。動きやすい淡い色のワンピースに、カーディガン。手には革製のボストンバッグが提げられている。

 俺もまた、いつものスーツにネクタイという堅苦しい姿ではない。襟の高いモスグリーンのフィールドジャケットにコットンパンツ。足元は山道でも滑らないよう、靴底の厚い編み上げブーツで固めている。背中に大型のリュックを背負ったその姿は、行楽客というよりは、『地質調査に向かう技師』といった風情かもしれない。


 郊外へと続く大通りを歩きながら、俺は手帳を開かずに脳内の工程表をなぞった。


「合流して、7時10分の乗り合い馬車で出発。12時に山小屋に到着し、昼食後、13時から……」

「……えっと、カツラギさん?」

「ああ、気にしないでくれ。行程の確認だ……つい、な」


 小旅行とはいえ、無計画な行動はリソースの浪費だ。

 もちろん、俺のいた世界ほど物事が時間通りに進むとは思っていない。馬車も電車のように分刻みで到着するとは限らないし、イレギュラーこそが常態だ。

 だからこそ『基準(ベースライン)』となる計画が必要になる。遅延が発生した際、どれだけリカバリーが必要かを即座に判断するためだ。


 ……とまあ、これはつい俺の習慣で組んでしまっただけで、ルティアたちには全く強要するつもりはない。あくまで自分の中でのシミュレーションだ。


「ふふっ、旅行中でもカツラギさんらしいですね」


 花のように笑うルティアと雑談を交わしながら、俺たちは街の出口を目指す。

 何故、朝早くからこんな本格的な旅装で出歩いているのか。


 話は数日前に遡る。


---


 ギルドの会議室。


 呼び出しを受けた俺とルティアが扉を叩き、入室すると、中にはオルガと、対面の席に見慣れない一人の女性が座っていた。


 年は10代後半ぐらいか。薄茶色のチュニックに、素朴な膝丈のスカート。服装だけを見れば、どこにでもいそうな普通の少女だ。だが、その顔立ちは驚くほどに整っている。

 特徴的なのは、その髪型と目つきだろう。肩まで伸びたパールグレイの艶やかな髪は、前髪を切りそろえ、頬にかかる横髪を顎のラインで切り落とした、いわゆる『姫カット』に整えられている。

 そして、その瞳。常に半分ほど(まぶた)が下りており、どこか冷ややかで、感情の読めない光を宿していた。

 その髪型と、据わった目つきが相まって、非常に真面目そうな印象を受ける。


 新しく入ってくる職員だろうか。そんなことを考えながら、俺たちは空いている席に腰を下ろした。


「まずは紹介だな。彼女はエリンシアナ。Aランクパーティ『星の天頂(スターゼニス)』のリーダーだ」

「はじめまして、エリンシアナと申します。エリンとお呼びください」


 エリンシアナ――エリンは席を立ち、深々と頭を下げた。

 その礼儀正しい所作に、俺は少なからず驚く。


 Aランクといえば、Fから始まるパーティランクの、最高到達点であるSの手前だ。それがこんな10代の少女とは。

 だが、ここは魔法が存在する世界だ。魔力という先天的な才能があれば、若くして結果を出すことも可能なのだろう。現代社会におけるIT起業家のようなものか。


「カツラギ、ルティア。先日のスタンピードに関しては、本当によくやってくれた」


 オルガが口を開く。どうやら本題は、俺たちの査定に関する話のようだ。


「誰でも回せるよう、改善を進めた成果ですね」

「ああ。だが、隣の支部はそうじゃなかったらしい」


 エリンが淡々と続ける。


「私たちは8区を拠点に活動していますが、第8支部はしばらく機能不全に陥っていました」

「第8支部は、うちより規模もデカいし人員も多い。だが、それでもダメだった。カツラギの言う通り、ただの人海戦術じゃ回らないってことだな」


 オルガの言葉に、俺は内心で同意する。

 『遅れるプロジェクトに人を追加すると、さらに遅れる』――いわゆる『ブルックスの法則』だ。

 指揮系統が整っていない現場に人を投入しても、コミュニケーションコストが増大し、混乱に拍車をかけるだけだ。第8支部はまさにその泥沼にハマっていたのだろう。


「今は、ここと同じ、カツラギのやり方を踏襲しつつ立て直しているところだ。……と、まあその話はいい」


 オルガはそこで言葉を切り、口元をわずかに歪めた。


「カツラギ、あんた温泉は好きか?」

「温泉、ですか。……もちろん好きですが」


 組織論の話をしていたと思ったら、いきなり脈絡のない問いかけだ。

 俺は少し戸惑いながらも頷く。


 社畜時代は、休暇を取って旅行に行くような時間的余裕はなかった。

 だが、激務の合間を縫って、スパには通っていたものだ。凝り固まった肩や腰をほぐし、蓄積した疲労を強制的にリセットするメンテナンスとして、あれほど効率的な手段はなかったからな。


「なら話は早い。特に功労者のあんたとルティアには、英気を養ってもらうことにしたんだ」

「えっと、私たちが、ですか?」


 ルティアが目を丸くする。


「本当は職員全員で、といきたいところだが、さすがに全員抜けたらギルドが止まっちまうからな。代表してあんたたちで行ってきな。二泊三日の小旅行だ」


 渡された書類には、山奥にある拠点について書かれていた。宿泊施設のパンフレットみたいな資料もある。

 場所を見て思い出した。ここは以前、レナンセムが長期出張で行っていた拠点だ。今の時期は、一般客向けの温泉宿としても解放されているらしい。


「福利厚生の一環というわけですか。悪くない提案ですね」


 カネではなく『休息』を与える。社員のメンタルヘルスケアまで考えるとは、オルガも経営者らしくなってきたようだ。


「今回は、護衛として『星の天頂(スターゼニス)』に同行してもらう。ルティアがいるとはいえ、用心に越したことはないからな」

「よろしくお願いいたします、カツラギさん、ルティアさん」


 功労者の扱いをしてくれるとはいえ、Aランクパーティが護衛とはVIP待遇だな。

 俺がそう考えていると、オルガが笑みを浮かべた。


「なんでAランクに護衛してもらうのかって思うだろ? それには理由がある」

「ご説明させていただきます」


 エリンが真面目な顔つきのまま、淡々と説明を始めた。

 それは彼女たちのパーティが先日、赤竜討伐のクエストを受けるために第9支部を訪れた時のことだ。掲示板の端に貼られていた、俺の個人的な依頼票――『人探しの依頼』を目にしたらしい。

 『求む、紫髪の魔女の姿をした少女』。俺を召喚した魔女っ子の捜索依頼だ。


「その特徴は、私のパーティメンバーの『フラッフル』と同じものでした。ですが、それだけではありません」


 エリンは続けて言う。


「彼女は以前、使い魔召喚の際に『人間を()んでしまった』と言っていたことがありました。まさかとは思っていましたが……オルガさんに伺ったところ、間違いないと確信しました」


 ……なんてことだ、ようやく見つかったのか。

 あの、俺をこの世界に呼び出した張本人が。


 ずっと、第9支部の業務改善にかまけて、彼女の捜索についてはすっかり後回しになっていた。

 いや、正確には『考える余裕すらなかった』と言うべきか。

 組織の立て直しと、溜まりに溜まった業務上の『負債』の処理。マイナスをゼロに戻す作業だけで、俺のリソースは常に飽和状態だったのだ。

 魔女探しなどという、成果(リターン)が出るかわからないタスクに割く時間は、物理的に存在しなかった。


 まあ、世の中とは得てしてこういうものか。

 血眼になって探した重要書類は出てこないくせに、探すのを諦めて別の仕事を始めた頃に、他の書類の山からひょっこりと顔を出す。

 どうやら『探し物は忘れた頃に見つかる』というジンクスは、異世界でも適用されるらしい。


「事情があるように思えましたので、フラッフルと直接会って話していただくのが一番かと思い、今回の同行を提案させていただきました」


 そして、「我々の慰安も兼ねていますが」と、彼女は付け足した。


「と、いうわけなんだが。どうだ?」


 要するに、問題解決トラブルシューティング休暇(バケーション)をセットにした企画というわけか。

 合理的で無駄がない。上司としては優秀な采配だ。


「そういうことなら、断る理由はありませんね」

「ありがとうございます。フラッフルも……その、責任は感じているようですので」


 エリンの歯切れの悪い言い方が少し気になったが、断る理由もなかったので、俺たちはその提案をありがたく受けることにした。


---


 そして今日が出発の日だ。


「――そろそろ、合流地点か」


 目の前には、郊外へと抜ける巨大な門が見えていた。

 その傍らに、エリンの姿がある。


 彼女の姿は、会議室で見た時とはまるで別人だった。

 胸には銀の胸甲が陽光を鋭く反射し、腰には細い金属板を幾重にも重ねたアーマースカートが揺れている。それを固定する分厚い革ベルトは、布越しではなく、しっかりと鎧の重みを支えていた。

 背中には、身の丈ほどある巨大な大剣が鎮座している。

 そこに立っていたのは、先日見た素朴な町娘ではなく――紛れもない、ひとりの『戦士』だった。

 肩に提げた旅袋の位置を直すと、こちらに気づいて微かに口元を緩める。


 そして、その隣にもう一人。

 身の丈ほどある魔女の帽子を目深に被った、小柄な少女がいた。


 あの召喚の時は混乱していてよく見えなかったが、今ならはっきりと視認できる。

 紫色の、ゆるふわとしたロングヘア。そのシルエットは、10歳前後の子供にしか見えない。


 俺の姿を認めるなり、彼女はバッと顔を上げ、街中に響き渡るような声で叫んだ。


「ああぁあぁあーっ!! あの時のぉぉぉ~っ!?」


 ドタドタと駆け寄ってくるその姿に、俺は小さくため息をつく。

 静かな温泉旅行というのは、どうやら期待できそうになかった。



あけましておめでとうございます。

読んでいただきありがとうございました。


第3章も毎日『19:00』に更新しますのでよろしくお願いいたします。


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