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第22話:内部監査の実施、とんだ曲者なのかもしれない

 数日後。


 ギルドのロビーは、活気に満ちていた。

 俺は二階の吹き抜けから、その様子を眺めている。


 カウンターでは、ルティアが笑顔で冒険者の対応をしていた。

 彼女は現在事務職だが、最近は空き時間を利用して、受付に入ることが増えてきている。倉庫が改善中なこともあって、あちらの人員が作業に集中できるよう、より配慮してシフトを埋めてくれているのだ。


 彼女の固有スキル『聖女の慈愛』は相変わらずの効果で、殺気立っていた荒くれ冒険者たちの表情が、目に見えて緩んでいるのが分かる。

 顔が良ければいいというわけではない。それなら、見た目だけは完璧なレナンセムでも務まるはずなのだ。現実は違う。

 その存在は、一輪の花というよりも、荒野に設置されたオアシス兼、無料給水所のようなものだ。その実用性は計り知れない。


 ルティアには『業務ローテーション』のメリットを話したこともあってか、全体最適を考えて動いてくれている。

 別の仕事を任せることで、適材適所を見極めたり、モチベーションを維持させることが目的だが、彼女は俺の意図を汲み取り、完璧にサポートしてくれている。

 本当に、気が利いて素晴らしい女性だ。少し天然なところもあるが、そこもまた魅力的なのだろう。


 俺は手すりにもたれ、人材配置(アサイン)について考えた。

 ルティアなら、元々の受付業務は問題ないし、元冒険者の知識を活かした『鑑定補佐』もやれそうだ。

 レナンセムは、受付というか対人インターフェースが絶望的だが、魔石や遺物の鑑定なら即戦力になるだろう。

 だが、改善によって以前よりやる気の出たヴェリサを交代させるのも忍びない。彼女の自己肯定感は、今の専門職ポジションでこそ育っているわけだし、無理な配置転換は、逆にモチベーションの低下を招くリスクがあるからな。

 適材適所を見極めるためにも、しばらくは今の体制でいいだろう。


「……さて」


 俺は視線をロビー全体に向けた。

 ここ数日、冒険者の数は普段の倍以上に膨れ上がっている。持ち込まれる素材の量も桁違いだ。

 だが、今日は昨日よりも冒険者が少なく、妙に静かだ

 嵐の前の静けさだろうか。


 データの傾向を見る限り、明日がスタンピードのピークになる。

 このロビーが冒険者で溢れ返るだろう。


 そう思考を巡らせていた矢先のことだ。

 ギルドの扉が開き、場の空気を一変させる男が入ってきた。


 それは、汗と鉄錆の臭いが染みついたこの空間にはあまりに不釣り合いな、圧倒的な『異物』だった。

 泥だらけの炭鉱夫の群れの中に、正装した王宮の舞踏家が迷い込んだような違和感。

 あるいは、解像度の粗いドット絵の背景に、そこだけフル3Dモデルが配置されたような存在感。


 年齢は俺と同じ、20代後半といったところか。

 銀糸のような髪に、『端正』『眉目秀麗』『超イケメン』といった陳腐な表現しか思いつかないほどの、完成された容姿。

 白を基調とした豪奢(ごうしゃ)な服を(まと)い、全身黒ずくめの俺とは、まさに対照的なカラーリングだ。

 その立ち居振る舞いは、泥臭い現場には似つかわしくないほど優雅で、洗練されている。


「王都より視察に来た、シヴィリオ・アスピオンだ」


 無駄のない、よく通るテノール。

 その瞬間、ロビーの空気が張り詰めた。


 アスピオン家。

 この国では、平民に苗字はない。家名を名乗ることが許されているのは、王族と貴族だけだ。

 彼は、正真正銘の特権階級なのである。


 シヴィリオは堂々と歩みを進め、出迎えたオルガと会話を交わし始めた。

 明日派遣される応援部隊についての打ち合わせのようだった。


 オルガは決して無能ではない。トップとして必要なリソースの確保は迅速に行っていた。

 だが、前回のスタンピードでは、それでも現場は崩壊したという。

 理由は明白だ。旧来の『属人化』されたワークフローの中に、急造の応援人員を大量投入したところで、混乱が増大するだけだ。

 『遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加は、プロジェクトをさらに遅らせる』――いわゆるブルックスの法則だ。


 しかし結局、人数がいないと解決しない物理的な側面もある。

 ギルドはスタンピードのために人海戦術を取っているが、学習しないのではなく、完全に不定期に起こるため、それしか方法がないという認識なのだろう。


 シヴィリオが話を終え、自然な動きで視線を上げる。俺に気づいたらしい。

 目が合う。無駄のない眼差しの奥に、計算されたような鋭い知性が光る。


「貴君がカツラギと名乗る者か?」


 下から問いかけられる。

 その声音に押されるように、俺は姿勢を正した。


「はい、今伺います」


 俺は一階へ降りていった。

 値踏みするようでいて、どこか節度を感じさせる視線が俺に向けられる。


「お初にお目にかかります、アスピオン様。カツラギと申します」

「ああ、よろしく頼む」


 シヴィリオは軽く応じ、ロビーをゆったりと見回した。


「この第9支部は、粗暴な人物が多いと聞く。ゆえに、視察を敬遠されがちだ。だが、私はあえてこちらを選んだ。それは何故か?」


 自らに問いかけるように言いながらも、彼の視線はロビーの隅々を探っていた。


「素性の知れない男による、『改革』が進んでいると耳にした。それが理由だ」


 なるほど。これは単なる儀礼的な巡回ではない。

 彼は興味と判断を持ってここに来ている。


 そう思ったところで、シヴィリオの視線がふと一点で止まった。

 カウンターにいる、ルティアだ。


「……これは……運命か?」


 彼は呟くと、流れるような動作でカウンターへ滑り寄った。


「貴女は……」

「えっ、あ、あの……?」

「失礼、私はシヴィリオ・アスピオン。貴女の名前を聞かせてほしい」

「えっ? あ、はい。えっと、ルティアと申します……」

「ルティア……か。やはり美しい」


 おい、業務中だぞ。

 しかし、シヴィリオの態度はナンパのような軽薄さではない。美術館で名画を見つけた時のような、純粋な称賛だった。


「え、えっと……?」

「失礼、名前の話だ。されど、貴女自身も美しい」

「え、え、えっと……?」


 ルティアが困惑し、助けを求めるように視線を彷徨わせている。

 俺はため息をつき、二人の間に割って入った。


「……アスピオン様」


 俺の介入に、シヴィリオはハッとしてこちらを向いた。

 不快感は見せない。だが、その瞳の奥には冷徹な計算が見える。


「私の素性について、調査をされましたか?」


 俺は単刀直入に切り出した。

 ルティアから注意を逸らすためであり、彼の手の内を探るためだ。


「ああ、すまない……私としたことが。女神を見つけて、理性より感情を優先してしまった。話を戻そう」


 ……詩人か、貴族様は。

 シヴィリオは悪びれもせずに肩をすくめると、表情を引き締めた。


「貴君のことは何もわからなかった。先ほど、オルガマリナ殿に伺ったが、得られた情報は、記憶を失った経歴不明の男ということのみ」

「……はい、おそらく外国から来たとは思っています」

「ああ、私もそう思う」


 予め打ち合わせしてあった、俺の素性の誤魔化し方だ。

 彼は俺の目を覗き込む。


「素性が知れないとはいえ、評判はいい。ならば、興味は沸く。実力が伴えば万事が容認されるわけではない。だが、私は満更でもない」


 彼は合理的のようだ。

 身分や出自よりも、まずは『実力』を見るタイプらしい。

 それなら話は早い。


「では、内容をご説明させていただきましょう。資料を用意してあります」


 俺が手元の画板を差し出そうとすると、シヴィリオはそれを手で制した。


「いや、それには及ばない」

「……はい?」

「説明は不要だ。私自身の目で見て確認したい。答え合わせは、それからでも遅くない」


 食えない男だ。

 資料を見ずに、現場を見る。監査官としては有能なムーブだ。だが、こちらの意図や苦労を説明する機会を封じられたとも言える。

 彼が俺の改革をどう評価するかは、明日の結果次第というわけか。


魔物の奔流(スタンピード)は、明日が本番だ。見せてもらう、その革命を」


 それから、「また会おう」と言い残して去っていくシヴィリオを見送った。

 ギルドから出て行くのが見えると、様子を見ていたオルガがこちらへやって来る。


「食えない男だろ?」


 彼女は、俺の感想と全く同じことを言った。

 『石頭の官僚』? とんでもない。


 あれは、親会社から送り込まれてくる『再建屋(リストラクチャラー)』だ。

 現場の汗を理解した顔で懐に入り込み、コンプライアンスという名のナイフで、笑顔のまま不採算部門を切り捨てる。マニュアル通りの無能より、よほど(たち)が悪い。

 もし敵に回るとしたら、これほど厄介な相手もいないだろう。


「でも彼のおかげで、明日はさらに人員を確保できた」


 聞けば、明日は臨時の処置として、第7支部の職員に加えて、王都の正規兵も助っ人として派遣されるそうだ。

 兵士といっても、彼らはダンジョンに入って戦うわけではない。

 そもそも、魔物はダンジョンの外には出られない。防衛ラインを敷く必要はないのだ。


 彼らの任務は、ギルド周辺の『交通整理』と、溢れかえる物資の『搬送ルート確保』。そして、負傷者の『動線誘導』だ。

 スタンピード中、ギルド本館はクエストの受注と精算のみに特化した、完全な『業務エリア』となる。


 ゆえに、兵士たちは、殺気立つ冒険者を公権力で整列させ、物資を倉庫へピストン輸送し、傷ついた者を速やかに近隣の『診療所』へと誘導する。

 ギルドの機能を維持するための、治療と業務の物理的な切り分け(ゾーニング)

 いわば、高負荷に耐えうる『生きたインフラ』としての投入だ。


 王都の上層部も無能ではないらしい。

 今の現場が一番欲しているのは、剣を振るう英雄ではなく、泥臭い作業を黙々とこなすマンパワーだと正しく理解している。

 人海戦術にはなるが、多すぎても統率が取れず無駄になる。そこのバランスは調整されており、充分、かつ最低限の人数が確保されているようだった。


---


 別館の査定所と、裏手の倉庫を一通り回ったが、現場の空気は張り詰めているもの、混乱はなかった。

 ガンドはチェックリストを睨み、ヴェリサは淡々と作業を行い、マウロは色を確認して部下に指示を飛ばしていた。

 俺が構築したシステムが、彼らの血肉となって稼働している。


 執務室に戻った俺は、ルティアが淹れてくれたコーヒーで一息ついていた。

 この後レナンセムが、試作した魔導具を持ってくる。もう出来たらしい。

 自分が楽をするためなら、限界を超えて働く。彼女らしい、矛盾した勤勉さだ。


「――っ!?」


 瞬間、視界がぐらりと揺れる。

 軽い目眩。

 デスクに手をつき、体を支える。


 先ほど、立ち上がった時にも一瞬目眩がした。

 ……もしかして、疲れているのか?

 最近ずっと、日付が変わるまで仕事をしていたツケだろうか。


 だが、充分な睡眠時間を確保しているし、食事はしっかり摂っている。

 精神的なストレスもない。仕事は順調で、むしろ充実している。


 自己管理は問題ないはずだ。これは貧血のようなものだろう。

 俺は頭を振り、意識をクリアにする。

 大丈夫だ。俺の体はまだ動く。


 顔を上げると、ルティアと目が合った。

 彼女はロビーでの緩い雰囲気ではなく、真剣な表情で俺を見つめている。


「……カツラギさん。お話があります」


 その声色は、拒絶を許さない強さを帯びていた。



読んでいただきありがとうございました。

明日も『19:00』に更新しますのでよろしくお願いいたします。


次回『第23話:緊急事態宣言、…………』

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