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第19話:査定のブラックボックス、もしかして厄介払い?

 翌日。


 俺は朝から、ギルド本館の隣に建つ別館『総合査定所』を訪れていた。


 ここは、冒険者がダンジョンから持ち帰った戦利品や、不要になった装備を買い取るための専用施設だ。

 血や泥にまみれた素材を、メインのロビーに持ち込ませるわけにはいかない。衛生管理上の区分け(ゾーニング)である。


 だが、ここは単なる裏方ではない。

 命懸けで獲得した『戦利品』を、明日の糧となる『財産』へと変換する、冒険者にとっての生命線(ライフライン)。暴力が経済に変わる転換点だ。

 ロマンだけでは飯は食えない。彼らにとって、この換金手続きこそが、最もシビアで必要不可欠な現実(ビジネス)なのだ。


 中に入ると、そこは銀行や役所の待合室のような、無機質で殺伐とした光景だった。

 長椅子に座って待つ冒険者たち。彼らの装備は汚れ、疲労の色が濃い。

 カウンターでは、マウロの部下であるドッグ族の獣人が、テキパキと荷物を受け取っている。


「はい、ゴブリンの魔石と剣ですね。番号札『45番』でお待ちくださーい!」


 システム自体は近代的だ。

 1、受付でクエスト受領札を提示、荷物を預け、番号札を受け取る。

 2、荷物はバックヤードに運ばれ、専門家が査定する。

 3、査定が終わると番号が呼ばれ、金額が提示される。


 合理的だ。これなら専門家は接客という負担の大きい時間を取られず、鑑定というコア業務に集中できる。

 ……理論上は、だが。


「おーい、まだか? 1時間待ってんぞ!」

「42番の方ー! 42番の方いませんかー!?」


 ロビーは、湿度の高い熱気と喧騒に満ちていた。

 飛び交う怒号、諦め混じりの溜息、終わらない私語。それらが混ざり合い、飽和した待合室特有の、淀んだ空気を形成している。

 まるで確定申告シーズンの税務署か、年末の市役所の窓口だ。


 俺はカウンターの横を抜け、関係者以外立入禁止のバックヤードへと足を踏み入れた。

 そこには、二つのデスクが並んでいる。


 手前のデスクでは、色付きの魔導眼鏡をかけた女性が、ひたすら魔石に魔力を通していた。

 魔法陣のような金の刺繍が入った、オーバーサイズの紺色のローブ。赤茶色の髪を、後頭部できっちりとシニヨンにまとめている。その淡々とした作業風景からは、真面目な職員という印象しか受けない。


 彼女の名はヴェリサ。職人街にあるという第4支部から派遣されてきた中級魔導師だ。第4支部は『カヴン』という魔導師ギルドと協力関係にあり、そこからの出向組らしい。

 先月退職した前任者の引継ぎとして着任したばかりの新戦力だ。


「……火属性、純度低。……風属性、微細な傷あり……」


 彼女はブツブツと呪文のように呟きながら、機械的な手際で魔石を分類し、羊皮紙に金額を記入していく。

 速い。そして正確だ。俺の『警告色視』で見ても、彼女の査定に赤色(ミス)は一つも見当たらない。


「……ヴェリサさん。調子はどうですか?」


 俺が声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせる。

 魔導眼鏡を中指でクイッと直す仕草をしつつ、恐縮した様子で立ち上がった。

 その特徴的な色付きレンズのせいで、表情が読み取りづらい。というか、全く見えない。鉄壁のガードだ。


「……カツラギ様、お疲れ様です。何か問題でしょうか? 私の手順に不備がありましたでしょうか?」

「いえ、どうぞ、座ったままで気にしないでください。……かなり混んでいますね」

「はい、本日は鑑定依頼が多いですね。ですが、魔石の鑑定自体は滞りなく進んでおります」


 彼女の手元の山は確実に減っている。

 最近、レナンセムやマウロといった『癖の強い連中』ばかり見ていたので、彼女の真面目さが眩しいぐらいだ。


「問題ありませんよ。優秀すぎるぐらいです。この調子でよろしくお願いしますね」

「承知しました。……あの、カツラギ様」


 俺が立ち去ろうとすると、彼女は呼び止めてきた。

 彼女はモジモジと指を絡ませている。


「私の業務に、何か改善点はございませんか? 業務の見直しが必要だとか……私が足手まといになっているとか……不要だとか……はっ……退職勧奨……」


 表情は見えないが、声色が明らかに沈んでいる。

 突然どうしたんだ。誰もそんな話はしていない。


「いえ、見た限りでは非の打ちどころがありませんよ。何も問題はありません」

「……そうですか? そうなのでしょうか? ……本当なんですね? 整理解雇ではないのですね? 信じますからね?」


 彼女は何度も確認し、ようやくホッとしたように息を吐いた。

 極度の心配性なのだろうか。

 だが仕事を見る限り、彼女が優秀なのは間違いない。魔石鑑定の遅れは、単に物量の問題だ。間に合わない、どうにもならない、という状況になるとしたら、改善の方法は人員増強しかないだろう。


 問題なのは――その奥だった。


「ふざけんな! 担当者を出せ! なんでこの剣がゴミ扱いなんだよ!」


 受付カウンターの方から、冒険者の怒鳴り声が聞こえてくる。

 獣人の受付係が困り果てて、バックヤードを振り返った。


「ガンドさん……説明しろって……」


 奥のデスクで、ふんぞり返っているドワーフがいた。

 その手には、使い込まれてベコベコに凹んだ、銀色のスキットルが握られている。彼はそれを愛おしそうに撫でると、キャップを開け、グビリと中身を煽った。

 勤務中の飲酒。俺のいた世界なら即懲戒ものだが、この世界――特にドワーフにとっての酒は、ガソリンのような『燃料』扱いなのかもしれない。


 彼は邪魔くさそうに舌打ちをして、立ち上がった。

 身長は低いが、横幅は俺の倍はある。樽のような胴体に、岩石を削り出したかのような筋肉の塊。

 特徴的なのは、その顔の半分を覆う茶色の髭だ。綺麗に三つ編みにされ、先端が真鍮のリングで留められている。

 第4支部から送られてきたベテラン鑑定士、ガンドだ。


「ふン……うるせェな。ゴミだからゴミと言ったンだが」


 ガンドはスキットルを懐にしまい、のしのしとカウンターへ向かう。

 後を追って行くと、そこには興奮した様子の冒険者が錆びた剣を突きつけていた。


「おいドワーフ! 俺はこれを金貨で買ったんだぞ! それが銅貨3枚だと!?」

「あァン? 買った値段なンざ知るかよ。今の価値は銅貨3枚ってこった。嫌なら持って帰れ!」


 ガンドは剣を一瞥(いちべつ)しただけで、鼻で笑って押し返した。

 説明もなし。ただの一方的な通告だ。これでは客が納得できず、怒るのも無理はない。


「てめえ、適当に値付けしてんじゃねえぞ!」

「……あー、面倒くせェ……ふァ」


 ガンドは欠伸(あくび)をしている。

 俺はため息をつきながら、割って入った。


「……ガンドさん。もう少し丁寧に説明してあげては?」

「あァン? ……事務屋か。俺の眼は絶対だ。いちいち素人に講釈垂れてられるかってンだよ」


 取り付く島もない。

 彼は『職人』であって『接客業』ではないのだ。品質は見抜けても、それを伝える言語能力――あるいは意欲が欠落している。

 高スペックなセンサーを持っているのに、出力モニターが壊れている測定器のようなものだ。


 結局、その場は俺が平謝りし、冒険者をなだめて帰した。

 だが、これでは根本的な解決にならない。対症療法では、いずれ傷口が開く。


 俺はバックヤードに戻り、ガンドの仕事ぶりを観察することにした。

 彼の査定は速い。

 持ち込まれた剣や鎧を一瞥(いちべつ)し、触れ、時には軽く叩いて音を聞く。それだけで『銀貨〇枚』『買取不可』と即断していく。


 俺は『警告色視』を発動し、ガンドの手元を見た。


 ――視えた。


 彼が『ゴミ』と断じた剣には、警告を示す赤い光がまとわりついている。その光が示す箇所を凝視すると、刀身の内部に亀裂が走っていたり、柄の奥が錆びついていたりするのが確認できた。

 逆に『良品』とした素材には、警告色は一切ない。


 間違ってはいない。

 彼の眼は確かだ。俺の能力と同じくらいの精度で、欠陥を見抜いている。


 だが、それだけではなかった。

 新品同様に見える剣が持ち込まれた時だ。

 俺の『警告色視』には、何の反応もない。良品に見える。

 ガンドはそれを手に取り、じろじろと眺めた後、舌打ちをした。


「……チッ。手入れは悪くねえが、研ぎ方が下手だ。刃角が死ンでるな」


 彼は独り言のように呟くと、メモも取らず、頭の中で何かを計算し、伝票に『銀貨8枚』と書き殴った。


 ……なるほど、『危険』ではないが、『品質』が低いということか。

 俺の能力はあくまで『異常』を検知するもの。対して、彼の眼は『価値』を正確に測っている。職人の眼力は、そんな特殊能力すら上回るらしい。


 続いて、受付から木箱が回ってきた。

 素材採集クエストの納品物――『アルミラージの角』の束だ。


 原則として、王都の冒険者ギルドでは、魔物の素材を買い取っていない。

 素材が必要な、武器屋や加工屋といった業者からの依頼をギルドが受け、それを冒険者に斡旋する。冒険者は指定された素材を持ち帰り、ギルドが検品して業者に渡す。

 つまり、ここは商店ではなく、巨大な物流倉庫兼、品質管理部門なのだ。


 ガンドは無言で1本ずつ手に取り、根元の断面を指でなぞり、仕分けエリアに丁寧に置いていく。

 合格へ3本。不合格へ7本。

 伝票に数字を書き殴ると、ちょうど伝票を取りに来た獣人の受付係に彼は伝えた。


「3本だ。残りの7本は突き返せ」


 受付係が恐縮しながらカウンターに戻り、冒険者に告げる。

 直後、壁の向こうから素っ頓狂な声が響いてきた。


「えっ? 全部アルミラージの角だぞ? 数だって合ってるはずだ」


 冒険者は戸惑いの声を上げている。

 受付の獣人が「いやぁ、俺に言われましても……」と困り果てて、チラチラとバックヤードを見ている。

 俺には、ガンドが弾いた理由がなんとなく分かっていた。


 魔物はダンジョンの外に出られない。

 だが、死体になればただの『モノ』となり、持ち出しが可能になる。

 今回のアルミラージの場合、頭部を丸ごと10個切断して持って帰れば、角の『剥ぎ取り』に失敗することはない。


 しかし、それは物理的に難しい。

 重いし、嵩張(かさば)るし、腐敗もする。

 ゆえに冒険者は、ダンジョン内という劣悪な環境で、必要な部位だけを切り取る『解体技術』を要求される。

 魔物の素材採集クエストは、討伐そのものよりも、この『現地加工』の工程こそが難易度を上げているのだ。


「……チッ。話にならねェな」


 受付の混乱を見かねたのか、ガンドが舌打ちをして立ち上がった。

 弾いた角を1本掴み、のしのしとカウンターへ出ていく。


「おい若造。依頼票をしっかり読ンだか?」


 ガンドは冒険者の前に角を放り出し、冷めた目で言い放った。


「『槍の穂先への加工用』と書いてあったはずだ。こいつは切り方が雑すぎて、根元にヒビが入ってる。加工の圧力に耐えられねえ。こんなモン納品したら、ギルドの信用に関わンだよ」


 冒険者は慌てて受け取り、断面を凝視する。


「……あー、本当だ。うっすら亀裂が入ってる」


 言われて初めて気づいたのだろう。バツが悪そうに頭をかく。


「急いで剥ぎ取ったからなぁ……。そうか、槍の穂先にするなら、強度が命か。こりゃ俺のミスだ」


 冒険者はガッカリと肩を落とし、伝票を受け取るとそのまま帰っていった。

 怒声は飛ばなかった。

 指摘内容が、ぐうの音も出ない正論だったからだ。

 この査定では、ガンドの職人としての矜持(きょうじ)が垣間見えた。


 彼の仕事を観察していて分かったが、大半の査定は、何事もなく終わっている。

 持ち込まれた品が『まとも』であれば無言で頷き、相場通りの適正価格を提示して、淡々と処理している。

 割合で言えば、減額査定で客がキレるのは、10件に1件程度だろう。


 だが、問題なのは『インパクト」だ。

 人は、9回の『平凡な出来事』よりも、1回の『散々な経験』の方が、強く記憶に残る生き物だ。

 どれだけ絶品の料理を出すレストランでも、シェフが10回に1回、厨房の奥から出てきて「味に文句があるなら帰れ」と客を怒鳴りつける店だとしたら、グルメサイトの評価は星1になるだろう。

 『運が悪いと罵倒される』というリスクは、職人の腕というメリットを完全に相殺し、マイナスへと叩き落とす。


 今のガンドの評価は、まさにそれだ。

 普段は姿を見せず、理由も告げずに減額し、文句を言えば怒鳴り声が飛んでくる。

 その『地雷』の存在が、冒険者たちに「あいつは気分屋だ」「性格が悪い」というレッテルを強固に貼り付けているのだ。


 彼に悪意があるわけではないし、決して気分で値段を付けているのではないだろう。

 おそらく頭の中には、あらゆる武具や素材の『完璧な理想形(100点満点)』のデータベースが存在していて、そこから、傷、汚れ、劣化、手入れの不備といったマイナス要素を見つけ出し、『減点方式』で現在価格を算出している。


 極めて論理的で、機械的な査定だ。

 だが、その『減点理由』を記録に残さず、口頭でも伝えないから、客からは『気分で安く買い叩かれた』ように見えてしまうのだろう。完全なるブラックボックス化だ。


 俺はヴェリサに、それとなく尋ねてみた。


「ガンドさんは、第4支部でもあんな感じだったんでしょうか?」

「……はい。第4支部でもトラブルメーカーでした。場所が変わっただけで、同じことが繰り広げられていました」


 彼女は悲しげに眉を下げた。


「それで第9支部に送られてきたのかもしれません、厄介払いとして。……もしかして、セットで送られてきた私も、第4支部にとっては『不要な人材』だったのでしょうか……そうなのでしょうか……そうなのですよね……? ああ……再就職支援はありますか……?」


 ヴェリサのネガティブ・スイッチが入ったらしい。

 俺は「そんなことはないですよ」とフォローを入れたが、彼女の不安を拭うには、言葉ではなく実績で見せるしかないだろう。


 この問題をどう解決するか。

 一旦、ギルドに戻って考えをまとめることにした。

 解決の鍵は、俺たち事務屋の武器である『紙とペン』にあるはずだ。


---


 執務室に戻った俺は、サンプルとして借りてきた『青銅の剣』を鞘から抜き、眼前に掲げた。


「ルティア。ちょっとこれを見てくれないか」


 俺が声をかけると、書類整理をしていたルティアが顔を上げた。


「これを査定所に持ち込んだとして、何も問題なければ『銀貨10枚』、だったよな」

「はい、そうですね」


 素材の買い取り価格はギルドごとにバラバラではない。本部が一括して市場価格を決め、それを各地のギルドへと通達しているのだ。

 だからどこの支部で査定してもらっても、何も問題がなければ同じ価格で売れるわけだ。


「ではこの剣を見て、どこか査定に響きそうな問題が見えるか?」

「えっと……そうですね」


 ルティアは剣を受け取り、光にかざして観察した。


「刀身の真ん中に、刃こぼれがあります。……あっ、柄の革が擦り切れていて、握り心地が悪そうです」

「正解だ。でも、ガンドが『ゴミ』と断じた理由は、そこじゃない。ここだ」

「えっ? そこには何も……」

「よく見てくれ。刃の根本に、蜘蛛の巣のような微細なヒビが入っている」


 俺は『警告色視』で赤く光っていた箇所を指の腹でなぞった。


「あっ、本当ですね。気づきませんでした……」

「俺も言われなきゃわからなったよ。でも、これが致命傷なんだ。衝撃が加われば、ここから砕ける。ガンドはそれを見抜いたんだ」


 剣を返してもらい、鞘に収める。


「ルティアもこれを予め知っていれば、問題ないか確認していただろう?」

「はい、気づいていたかもしれません」


 よし、方向性は決まった。

 ガンドの脳内にある『減点基準』を全て洗い出し、一枚の紙に落とし込む。

 それを『査定チェックリスト』として運用すればいい。


「えっと、カツラギさん。丁度コーヒーをお淹れしていたところなんですけど、いかがですか?」

「ああ、ありがとう、いただくよ」


 視界の端から、湯気を立てるカップが滑り込んできたので、それを受け取った。


 ……完璧なタイミングだ。

 出る前に『2時間ほどで戻る』と伝えておいていたが、どうやら俺の帰りに合わせてコーヒーを用意してくれたようだ。

 作り置きではない、淹れたての香りが漂う。

 この細やかな気遣いこそが、疲れた脳にとって何よりの回復薬だな。


 ありがたくそれを口にしようとした、その時。


「そういえば、カツラギさんって……『白い色』がお好きなんですか?」

「ブフッ!!」


 俺は盛大にコーヒーを吹き出してしまった。


「ゴホッ、ゴホッ……!」

「だっ、大丈夫ですか!?」

「し、心配ない。少しムセただけだ……白がどうしたんだ?」

「カツラギさんは『白い色を見ると元気になる』って、レナンさんにお聞きしまして……」


 レナンセム……あの女……。


「……そうだな。俺の世界では、何かを疑って、調査した結果問題がなかった場合、それを『あの件はシロだった』という言い回しをするんだ。潔白、という意味だな」

「けっぱく、ですか?」

「ああ。逆に、問題や不正があったら『クロ』だ」


 俺はもっともらしく語った。

 嘘ではない、本当の話だからな。


「つまり『白が好き』というのは、『問題のないクリーンな状態が好ましい』という、俺の信条を語ったつもりだったんだが……伝わったかな?」

「はい、勉強になりますっ!」


 ルティアは関心して真面目に俺の話を聞いてくれた。


「ははは、そういうわけで、シロはいいよな。……ああ、そういえば……」


 色が黒じゃなくて良かった。まあ、黒も嫌いではないけどな。

 俺は強引に話題を変えながら、温かいコーヒーを(すす)るのだった。



読んでいただきありがとうございました。

明日も『19:00』に更新しますのでよろしくお願いいたします。


次回『第20話:品質基準の標準化、順調なのは良いことだ』


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