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我が愛しの守護天使様  作者: ハタケ


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6/33

6

 日曜まで長い長い。これもう永遠に週末来ねぇな。毎日本当にやることないし、そもそも今日が何曜日かすらわからない。これもう死んでるも同然だな。

「今日さ、愛美の家に行ってもいい?」

 放課後、俺は彼女に彼氏らしい言葉をかけた。多分こんなこと言ったのは初めてかもしれない(彼氏の屑がこの野郎)。

「別にいいけど、勉強でもするの?」

「二年も付き合ってるのにほとんど家に遊びに行ったことなかったし、まあ社会勉強も兼ねて」

 だいぶ前、何かの用事で一瞬だけ立ち寄ったきりだった。

「そうね、女の子の部屋、見てみたいもんね(童貞だし)」

「ん? 今なんか余計なことが聞こえたような気がするんだけど」

「多分気のせい」

「まあでも、俺は女の子の部屋なら妹二人のを散々見てるけどな」

「俺も妹ちゃんのお部屋、覗きたいナリ~」

 そこへ、アホが話に割り込んでくる。

「いいよ、こいよ。お前も一緒に来る?」と俺は赤坂に言った。

 すると愛美がえずく真似をして露骨に嫌々アピールする。

「行かねー行かねー」と赤坂は手を振った。「愛美ちゃんにエア吐瀉されたらさすがのこの俺も遠慮するわ。つーか俺が行きたいのは夢花ちゃんの部屋なんだワ。そんで夢花ちゃんのベッドに潜ってくんかくんかしたいっていうかね」

「そのこと、中野さんに言いつけるから」と愛美がジト目で言う。

「やめちくり~、冗談だって。それはわかって、どうぞ」

「冗談で全てが許されるならセクハラし放題になるんだよなぁ。まあでも、お前も一緒に来ない? 打ち合わせとか、したいし」

「なんの打ち合わせぇ?」

 愛美がさらに嫌そうな顔をする。意地でもこいつに来て欲しくないらしい。

「なんのって今度のダブルデートのこと」

「そんなの中野さんを捕まえられるようになってからでいいでしょ」

「ま、とにかく今日の放課後は愛美の家で遊びましょうかね」と俺は言った。

「ああ~、いいっすね~」と赤坂。

「勝手にすれば~」と愛美はプイッ。

 鞄を手にして教室からさっさと出ていく。

「……俺も本当に行っていいのか? 愛美ちゃんが本気で嫌がってんのなら遠慮するけど」と真面目な顔で言った赤坂に、

「大丈夫だって安心しろよ。ああいう態度だけど、本当はそんなに嫌がってないから(まったく嫌がってないとは言ってない)」

「じゃあ俺、ギャラはいらないから行くから」

「いいぞ」


 彼女の家は学校から割と近い。というか三人とも家から近いという理由でこの学校を選んでいる。名前を書いて回答欄を埋めれば誰でも入れる我が高校を。

 普通の住宅街の中を歩いている愛美は突然立ち止まって普通の建売住宅を指差して、「こ←こ→」と言った。

「はえ~、やっぱり語録って伝染するもんなんすね。語録は感染力の高いウィルスだった可能性が微レ存?」と赤坂は言った。

「まあ汎用性の高いネットミームはみんなが使いたがるってそれ一番言われてるから。ていうか汎用性が高いからこそミームって広がるもんだから。例・いいですとも!」

「あなたたちのレベルに合わせようと思って言ったの」と愛美は言った。「で、入るの? 入らないの?」

「お邪魔しまーす」と赤坂は誰かさんのものまねをした。


 家に入って愛美の部屋のソファに座って寛いでいると、

「お待たせ、アイスティーしかなかったけど、いいかな?」と彼女がアイスティー二つをテーブルに置いた。

「自分の分は?」と俺は愛美に訊く。

「私は下で飲んできたから」

「じゃあこの二つにはサーッって入れた睡眠薬が入ってるんですね」と赤坂がコップをためつすがめつして言う。

「そうそう」と愛美は適当に言って、俺と赤坂の前でカーペットの敷かれた床に座り、「まずうちさぁ、スタジオあんだけど、ヤってかない?」

「ああ~、いいっすねぇ」と俺は言った。「でも、いくら俺がド変態だからって3Pはちょっと」

「愛美ちゃん、二人の性欲過多の男に触発されたのか、すっげぇビッチになってる。はっきりわかんだね」

「バカ。ヤるって言ったのは音楽をってこと。小さいスタジオみたいな部屋があるから、三人でなんか楽器でも弾こうよ」

「俺が楽器弾けるとでも?」と俺は言った。

「なんだよ、じゃあ俺がカフカママみたいにヴィヴァルディの冬をヴァイオリンでバリバリ弾いてやるか、しょうがねぇな」と赤坂が立ち上がる。

「ヴァイオリンはないよ、ごめんね。赤坂君はギターでいい?」

「ギターはアニメキャラが弾いてるのを見てるだけで充分っすね~。あ、そうだ。愛美ちゃんがなんか演奏してるのを聴いてるだけでいいから」と赤坂は言った。

「お、そうだな。できれば際どい衣装のアニメキャラのコスプレしてピアノ弾いてくれよな~。頼むよ~」と俺は言った。

「お、そうだな。それを録画してYouTubeに上げてチャンネル登録者数百万目指そうぜ」と赤坂は言った。

「先駆者がいるから注目されないと思うんだよなぁ」と俺は言った。

 それから俺と赤坂は愛美のピアノ演奏を聴いた。よかったです(小並)。そのときは蒸し暑かったので窓を全開にしていた。彼女はその状態で、おそらくジャズと思われるジャンルのピアノをガンガン弾きまくった。

「愛美ちゃんさぁ」と赤坂が幾分焦りを見せながら言った。「ご近所さんにジャイアンリサイタルやめろって言われたりしない?」

「大丈夫。私のはしずかちゃんレベルのコンサートだから。つまりそこそこ耳障りのいいピアノってわけ」

「だからヴァイオリンがここにないんですね。いい伏線回収だぁ」と言った赤坂に、

「しずかちゃんも初期設定ではヴァイオリン上手いことになってるから」と俺は言った。

 そうしてしばらく愛美のピアノに耳を傾けていると、

「ん? なんか向かいのアパートからもピアノの音が聞こえてきたゾ」

 赤坂が言ったとおり、狭い路地を挟んだ正面の木造アパート二階の半開きになった窓からピアノの音が聞こえた。そこからこちら以上の音量のピアノリサイタルが聞こえた。

 しかし――

「愛美より下手クソだな」

 知人の欲目抜きにして素直にそう感じた。向こうもジャズっぽいフレーズのピアノを弾いていたが、リズムがガタガタだし、何よりフレーズそのものが似非ジャズみたいな安っぽいものだった。テレビで流れるオシャレなジャズの超絶劣化品といった印象。

「いい反面教師になるでしょ。ああいうふうにヘッタクソな演奏を他人にわざと聴かせるように演奏しちゃダメよ」

 愛美がピアノを演奏する手を止めた。

「やだ愛美ちゃん怖い……」と赤坂が怯える真似をする。「向こうはまだ初心者とかなんでしょ、大目に見てあげなー?」

「ううん、あそこに住んでる女の人、あれでも音楽の専門学校に通ってるんだよ」

「専門学校? 音楽の? そんなもん、こんな寂れた地方都市にあったっけか」

「あるよ。だからそういう寂れた地方都市の、しかも不認可の専門学校だから生徒のレベルもお察しってわけ。あの人も単に技術がないってだけならいいんだけど、ああいうふうに自己顕示欲だけが一丁前なのはどうなんだろうね。音楽を舐めてると思う」

「ていうか愛美ちゃんって、やべーくらい辛辣だな。さすがの俺もドン引きせざるを得ないっす。あ、だからタマみたいな奴と付き合ってるんすね。はえ~、類が友を呼んだかぁ」と赤坂は言った。

「本当にそう思ったんだからしょうがないじゃない。あの人もさっさと自分の才能のなさに気付いて、自分に向いてることやればいいのに。時間の無駄でしょ。お金だけ取ってろくなこと教えない専門学校なんかに通うより、普通に働いた方がいいのに」

「そういう愛美ちゃんはプロ目指してるわけ?」

「目指してるわけないでしょ。上位100人しか食べていけない職業なんか目指すべきじゃないって、それネットで誰かが言ってたから。そういうことで成功して食べていける人たちっていうのは目指してそうなったんじゃなくて、最初からそうなってた人たちだから」

「でも俺はそういう、『天才は天才だから成功しました、私は凡人だから違います』みたいな、最初から降参するスタイル嫌いじゃないけど好きじゃないね。やっぱ努力した奴が最後に勝つでしょ」と赤坂が珍しく真剣な表情で言った。

「努力なんかバカでもできるわよ。ていうかバカほど過剰に努力したがるもんよ。うちのクラスの小松智子いるでしょ? しょっちゅう他の子の、特に自分より劣ってそうな子の悪口ばっか言ってるクソブスの弱女。私、この世であいつが一番嫌いなんだけど、あのバカ女はテスト前になると毎回徹夜で勉強してるらしいの。でも成績は平均よりちょっと上くらい。要はバカだから効率の悪い努力の仕方しかできない上に、努力さえすればなんとかなるって思い込んでいて、苦労することそのものがゴールだと思ってんのよ。完全に手段と目的の取り違え。ああいうのがあのアパートに住んでる自称ミュージシャンみたいになるんでしょうね。クソ女」

「……」

「……」

 愛美のここぞとばかりの毒舌トークにより、部屋の温度は明らかに下がった。俺たちはまるで神の怒りに触れたかのように戦慄し、黙り込んだ。

「というわけで俺、モーツァルトのレクイエムをリクエストしますかね」と俺はピアノを指差して言った。

「弾けないの、ごめんね」

「カイザー、ウェイブっ!」と赤坂が急に言い出した。どうやら混乱しているらしい。

「思ったんだけど、そういう才能がないくせにイキってる奴が大嫌いなんだったら、なんで俺らと付き合ってんだ?」と俺は疑問を口にした。

「だって二人は別にイキってはいないでしょ? 自分のバカ加減を自覚してる、単にお調子者の痛いオタクってだけでさ」と愛美はいたずらな笑みを浮かべた。

「まあたしかに、お前の言うとおりだな」と俺は認めた。

 平均以下の人間だって充分自覚してるのにイキってたら、ただの害悪だからな。

「いや~、愛美ちゃんが超絶美人なのに友達がほとんどいなくて、タマ以外の男と付き合ったことない理由がよくわかったぜ」と赤坂が立ち上がりながら言った。「ちょっと歯に衣着せなさ過ぎんよ~」

「うちの学校の人間が教師含めてレベルが低すぎるから、あなたたち二人以外と関わりたくないだけ」

「お、待てい。いずみんはさっき言った上位100人のうちに入るんじゃね?」

「……」

「……」

 赤坂のその言葉に、みんなつい黙り込んでしまった。

 正直あいつの話題を出すのは半ば禁忌だった。名を出せば自分たちの遺伝子の劣等具合を痛感せざるを得ないからだ。どっかの教授が言っていたように、全ては遺伝なんです、という言葉が細胞一つ一つに響いてくるのだ。あいつは以前、自分の親や家庭環境をクソミソに貶していたことがあったが、いくら両親が無能だろうともその娘が天賦のイラストレーターの才を持っていることは事実だ。俺たちの体にそういった奇跡的遺伝子はない。この変えられない事実を目の当たりにしたとき、人は無力になる。そういうこともあって、あいつとはあまり仲良くしたくない。つまり僻みである。しかし嫉妬をこじらせてあいつをいじめようと思ったことは一度もない。そんなことをすれば、いよいよ運命から負け犬の烙印を押されてしまう。まあ、たまにふざけてあいつの頭を叩いたりはするが。

「でもいずみんは頭おかしいから」と俺は負け惜しみのように言った。

「なんかあの子、タマくんに妙に懐いてるみたいだけど、どういうきっかけで知り合ったの?」

「一学期始めの頃、あのオタ部っていう幽霊部員御用達の部活に俺一人で出てたとき、あいつがひょっこり部室に来たんだよ。それで自己紹介し合った感じかな。あいつはその時既にプロのイラストレーターだったけど、BLエロ同人でも荒稼ぎしてたみたいで、知り合って数日した後、俺に『参考資料にするんで勃起したち○こ見せてください』って言ったんだよ。それがきっかけでやたら慣れ慣れしくされるようになったな」

「ふーん……そう」と愛美がものすごいジト目で俺を見る。「で、見せたの?」

「半分自棄で見せたよ。見たけりゃ見せてやるよって言ったときの俺の声はさすがに震えてましたね」

「やっぱりクリエイターってすべからく変態なんやなって」と赤坂はわざとらしくすべからくを誤用した。

「あーあ、なんかしらけてきたね。勉強でもしよっか?」

 伸びをして、そう提案した愛美に、

「お、待てい。ダブルデートの打ち合わせをしようず」と俺は言った。

「また今度にしましょ。今日はなんかそういう気分じゃないっていうか」

「悪い、俺、そろそろあいつのこと迎えに行かないと」

 赤坂が突然そう言って鞄を手にして帰るそぶりを見せた。

「迎えに行くって、何を?」と俺は訝しむ。

「何って美加子。そろそろ部活終わるだろうしな」

「あれ、あんたたちってそんなアツアツだったの?」と愛美。

「いや、最近家族サービスしてなかったし、もっと忙しくなる前にやっておこうと思って。じゃ、悪いけど俺はこれにて。後は君たちだけでヨロシクやってて、どうぞ」

 そう言ってさっさと部屋から出て行ってしまった。

「……」

 あいつの、やっておこう、という言葉が妙に俺の脳裏に響いた。

「あの野郎、なーんで急にサービス精神旺盛になったんだか。今までそんなことなかったのに」

 そう言いながら、俺はこの前あいつが俺に言った言葉を思い出していた。学生のうちに彼女といちゃいちゃしとけ、という言葉を。

「照れてて言い出せなかったんでしょ。それより……私の部屋に行こっか」

「あ、そ、そうだな」

 愛美の部屋は二つあって、楽器を練習するためのこの部屋と、もう一つは非常にプライベートな空間。主にテレビを見て寛いだり、机で勉強したり、着替えたり、メイクをしたり、そしてそしてそしてベッドで一日の疲れを癒やす場所……。ところでベッドにはそれ以外の目的もあったりすると思うのだが、残念ながら今日俺たちがその目的でピンクのシーツの敷かれたベッドを利用することはなかった。なんかそういう気分じゃないし、そもそも一回もやったことがない。俺にそんな資格があるとは思えなかった――と言えばかっこいいが、単に勇気がないだけだった。

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