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我が愛しの守護天使様  作者: ハタケ


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31/33

Aエンド

「ところが、始まらなかったんですよね……」と目の前にいる金髪天使ロリが言った。

 あの切なくて楽しい儚い卒業パーティーからちょうど二十年。俺はあの時住んでいた部屋と同じこの場所で、ずっとくすぶっていた。一体何を間違えたのか。俺以外のみんなは、皆俺を置いて先に進んでしまっていた。俺はすでに周回遅れだった。トップから実に10ラップ以上遅れている。みんながこのレースをリタイアしない限り、俺はみんなに追いつけない。しかし俺は大切な旧友たちがなんらかのアクシデントに見舞われてレースを途中でリタイアすることなど決して望まない。自分が勝つために他人の事故を期待するとかいう陰険な祈りはしたくない。それだったら俺はチャンピオンになることを諦める。つまり2006年ブラジルGPのシューマッハである。

「大学三年の時が分水嶺だったな」と俺は呟いた。

 そこまでは順調だった。しかし俺は何を血迷ったのか、愛美のように音楽の道へ進むことを決意した。……してしまったのだ。

 クラシックだけでなく様々なジャンルに魅せられた俺は、無謀にも作曲家を志した。そのために全てを犠牲にすると誓った。趣味でたまにやっていたゲーム実況は完全に引退することにした。チャンネルを削除し、機材を売り払う代わりに作曲ソフトを買い、音楽用の機材を揃えた。そして独学で音楽を始めたのだが、作曲、演奏ともにまったくものにならず。作曲理論がちんぷんかんぷんだったのだ。

 しかし歌ものに関してはそこそこの結果となった。ボカロで曲を作り、いずみんに頼んでイラストも描いてもらい、それを動画サイトに上げたらまあまあ再生された。最初はゲームのBGMを作る作曲家を目指したのだが、それはまったく手も足も出ないとわかったので、ボカロpとして頑張ることに決めた。努力すればいずれ有名なアーティストのプロデューサーになれるかも? と期待したが、その期待は儚く消えた。そこそこ再生された第一作目の再生数を超える曲が、ついぞ作れなかったのだ。あれは単なるビギナーズラックだったらしい。新しいことに挑戦するワクワクと若さ故の血気が起こした奇跡のような化学反応だったのだ。

 だが俺は諦めなかった。大学を出た後も、バイト生活を続けながら音楽に挑戦し続けた。

 卒業後、正社員として地元で働き始めた美加子とは短期間だけ同棲したが、互いの人生の方向性がズレて行くにしたがって愛情も漸減していき、やがて決別の時が訪れた。別れた後、俺は一度も彼女に連絡を取っていない。

 堅実な人生を歩むと決めた赤坂は、社会人になって十年も経つとミーハーオタクを完全に引退していた。それはそうだ。薄っぺらい創作物にうつつを抜かしている暇など子育てで忙しい社会人にはない。今の赤坂の顔は、よく見ると高校時代とは完全に別物だ。お父さんの顔、というより、人間の顔をしているのだ。俺は猿だ。

 美加子と別れた後の記憶は曖昧だ。もちろん音楽などとっくに諦めた。しかし長年の張り合いのないバイト生活は心をむしばむ。目的なき労働ほど精神を虚無化するものはない。守るべき者なき苦痛はただの苦行だ。これを生きている、と言えるのか? 言えないな。

「もう、頑張る気力がなくなってしまったんですか? お兄さん」と金髪の莉茉が言う。

「あるわけねーだろ。挫折は人を強くするとか学校で教えられたけどさ、人は大きな挫折を経験すると、再起不能になる。教科書にそう書いとけ。なんの役にも立たない、学校のクソ教科書にさ。なんだったんだあのゴミみたいな無駄な授業……」

「それが実は大いに役に立つんですけどね、学校の授業って」とリマエルが肩をすくめる。「まあそういう私も中卒ですけど。VTuberが天職だと思ったんでね」

「で、お前ってなんでいちいち俺の前に出てくるの? 幻覚なの?」

「なんでもいいじゃないですか。まああえて言うのなら、あなたの守護天使ですよね。しかしそれも正しいかどうか。とにかく、私の目的は、あなたが最後にどんな選択をするかを見届けることです。そのために現れました」

「俺の、選択だと?」

「そうです。あなたはひどく後悔してますよね、あの時の選択を。普通の社会人になるのではなく、クリエイターを目指そうと血迷った。あなたはあの選択を間違ったと思っている。今なら、そのチャンスを正せますよ……くひひひ」

「お前にその力があるのか?」

「もちろんですとも。なぜなら私は天使ですからね」

「天使の力ってすげー。やれるものならやってみろ」

「やるのはあなたです。もしやり直したいのなら、あの時に戻って中野美加子を守るために――よしましょう、この言い方はもう時代遅れですね、妻と二人三脚で人生を歩む、とかですかね、その人生を選ぶんだと、強く願ってください。さすれば失われた時が戻るでしょう」

「あ、俺そういうご都合主義、心の底から大嫌い。不思議な力で時を戻せるんならなんでもありになるじゃねーか。それの何が面白いんだよ。ここに一人の敗残者がいる。隣には大成功者がいる。それが人生、それが人間社会、そしてそれが地球の営み……。それでいいだろ。みんなが時を戻せて人生をやり直せるようになったらどうなると思う? 地球上から負け犬がいなくなってしまう。すると世界のバランスは崩れるだろうな、間違いなく。なぜなら成功者は社会的弱者をなんらかの形で利用して利益を得たからこそ成功者となったんだからな」

「ということは、あなたもある意味成功者になると思いますがね。弱者が成功者から養分を吸われているというのなら、あなたは成功者の養分として今も生き続けているのでは? 人間に食べられた牛肉が栄養分として人間の体内で活動するように」

「そういう屁理屈いらないんで。とにかく、俺はもういい。たまたま裕福な実家に生まれたこの幸運に感謝して、ただのうんこ製造機として余生を全うするぜ……」

「安心安全な生活……まさに成功者じゃないですか。よかったですね。そしてさようならです」

「はい、さいなら、さいなら、さいなら」

 俺は目を閉じた。

 俺の安らかな、人生が、始まる。

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