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我が愛しの守護天使様  作者: ハタケ


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3

「おい、いずみん。来てやったぞ。一ヶ月ぶりくらいにな」

 俺は部室のドアを遠慮会釈なく開けた。

「おわあわわっ!」

 椅子や机がガタガタ激しく鳴る音が響く。

 広い空き教室みたいな部室だった。そのド真ん中にポツンと設置されている席に、いずみんこと和泉夢衣(むい)がパソコンで何かの作業していた。俺らは三年、いずみんは一年。ポニテでメガネをかけた、背の低いオタク少女。

 そのいずみんは何かが原因で大慌てして、床に倒れていた。すぐに服の埃を払いながら体勢を立て直す。そして机の上のパソコンの電源を慌てて切ったようだ。

「エッチなサイトでも観てたのか」と俺は尋ねた。

「もっとヤバいやつですよ~」といずみんがメガネを外して額の汗を拭う。「なんですかなんですか~、いきなり入って来ないでくださいよ~。守秘義務って奴があるのに」

「おっ、さすが売れっ子絵師。学校に仕事持ち込まなきゃなんないほど忙しいんすね」と赤坂が言う。

 その横で愛美が腕を組んで「ふぅ」と小さくため息をつく。来なきゃよかったとでも思っているのかもしれない。

「で、youは何しに部室に?」

「パソコン使わせてもらいに来たんだけど。……それ一台しかない?」

「あ、サーセン、みんなのポテトPCは準備室に全部移しました。邪魔なんで」

「売れっ子だからってちょっと暴君すぎんよ~、いずみ~ん」

 赤坂が部室から出て、隣の準備室に向かう。

「だってあんたら全員、アンデッド部員じゃないですか。じゃけん捨てる勢いでパソコン移住させましたね、てへ☆」

「申し訳ないがバビロン捕囚はNG。戻すからな?」

 と言いながら俺は赤坂と一緒に準備室に赴いて床に投げ置かれていたパソコン本体とモニターを部室に持ち運んで、部室の端っこに置かれていた埃まみれの机とイス三人分をいずみんの席の近くに設置し、有線LANケーブルをパソコン本体に接続して俺たちはネットを始めた。

 いずみんは隣で迷惑そうな顔をしていた。

「迷惑な隣人に耐え忍びながら仕事しろよホラホラ。納期に間に合わなくなるゾ」

 俺は隣のパソコンのモニターをチラ見して言った。

「守秘義務があるんで(あなたたちには見せたく)ないです」

 真っ黒のモニターの前でイスに寄りかかるいずみん。

「いいよ、こいよ」と赤坂が言った。「俺らなんか無視して、仕事しまくって、どうぞ。ところでなんのイラスト?」

「ラノベですよ、ラノベの挿絵」

「大丈夫だって安心しろよ。ここの三人は全員ラノベなんかにまったく興味ないから。お前がなんの絵を描いてるかなんて誰もわかりゃしねーって」

「お、そうだな。じゃ、(躊躇するこの気持ちを)流します……」

 そう言っていずみんはパソコンの電源を入れてイラスト制作ツールを立ち上げ、すごいクオリティのキャラクターの作画の続きに取りかかった。なんかエンタメ的。

「お前もお絵かき配信とかすれば?」と俺は言った。

「(動画配信する環境が)ないです」

「ここにあるだルルォ? 普段誰もいないんだからよ、マイク取り付けて勝手に配信して、どうぞ」と赤坂は言った。

「学校で動画配信なんかする人、いますかね」

「この部をなんと心得てんの?」と俺は言った。「オタ部っていうすさまじく頭の悪い部活なのに、配信しない手はないんだよなぁ」

「それってオタク全般をバカにしてるような発言だと思うんだけど」と愛美が口を挟んだ。

「してない。このアホみたいな部活名のことをバカにしたまでであって」

「こんなアホみたいな部活、誰が創設したんでしょうね。そこに入る私達もあれですけど」といずみん。

「十年くらい前は深夜アニメ全盛期だったし、多少はね?」

「今も全盛期なんだよなぁ」と俺は赤坂に言いながら、パソコンを操作して大人気個人VTuber守護天使リマエルの配信を開いた。

 金髪セミロングに碧眼のロリアバター……。なんの変哲もない萌えキャラ(半死語)。でも声が独特で、似ている声のVTuberが大手を含め、まったくいない。ゲーム実況も、うるさすぎず、大人しすぎず、適度なギャグ、キツすぎない毒舌、男性視聴者へのあざとすぎないサービス――そういった要素が人気の秘訣だと思われる。

「リマちゃんがいつもの放課後雑談配信してんねぇ。で、愛美ちゃん大丈夫? こういう配信観るってことは、同性にイかされるようなもんだと思うんだけど」と赤坂が愛美にすさまじく気持ち悪いことを言った。

「たしかに、この子は完全に男性視聴者向けのストリーマーよね」愛美が肩をすくめる。「だから私には理解不能」

「よし、リマちゃんの紹介も終わったことだし、そろそろ帰ろうか」と赤坂が立ち上がる。

「早いっすね」と俺は半ばがっかり。「これからが面白いとこなのに。アンチコメ書きまくってリマエルの鼻を明かすのが今日の目的だと思ったんだけど」

「いや~、そうしたいとこだけど、今から彼女迎えに行かなきゃなんないからさ」

「え」と俺はギクッ。

「今日の放課後、ちょっと約束してんだよ。悪い、つーわけでそろそろ行かなきゃ」

 そう言って鞄を手に取りイスから立ち上がった赤坂のブレザーを、俺はとっさに掴んだ。

「お、待てい。お前、彼女とは冷え冷えの関係じゃなかったのか」

「あ? んなこと言ったか俺」と赤坂は困惑気味に俺の手を振り払う。「最近あんま二人で遊んでなかったからな、二人で飯食いに行くんだよ。悪いな」

 赤坂は幾分焦ったような足取りで部室から出ていった。奴が閉めるドアの音が、俺たちとの分断の意に思えた。

「……なんか焦ってるみたいだったね」と愛美が机に肘を突きながら言う。

「なんだよ、じゃあ俺がリマエルを罵倒しまくってやるか、しょうがねぇな」

 そして俺は、最近ハマってるコンビニスイーツの話をしていたリマエルのチャット欄に、『またコンビニの話かよ。日本に来てコンビニに感動するEN勢VTuberの真似しなくてもいいから(悪心)』と適当に書き込んだ。

『……そういえばこの前、近所の家が飼ってる子猫の写真、撮った』

 コメントが効いたわけではないだろうが、リマエルがいきなり話題を変え、

『ほら、見て見て』

 と黒猫の子猫の写真を上げた。

 そこで俺はすかさず、

『ブッサイクな猫だなwww俺のタマの方がかわいいぜwww』とコメントした。

珠海(たまみ)さーん、自分のニックネームがタマだからって、ちょっと安直すぎんよ~」といずみんが横からモニターを覗き見ながら言った。

「でもこの子、アンチコメに何も反応しないけど」と愛美が言った直後に、

『クソによるクソカキコ乙』とリマエルが呟いた。

 そして盛り上がるチャット欄。


『ジミー草』『lol』『久々にアンチプロレス来る~?』『放課後だしキッズ勢が来たんでしょ』


「きたきたきた」と俺のテンションが上がる。

 俺は立てキーボードに水の如く(造慣用句)、高速でタイピングした。


『イナーフ!』『黙れニート配信者』『クソガキ』『学校サボるな』『氷河期世代の財布の中身搾取配信者』『クソオンチ。カラオケ配信して失笑されてホラホラ』『で、お前ってサメちゃんに勝てるの?』『バカガキ』『処女ビッチ』『運がいいだけで何も努力してないチート人生』『来世は地獄のような窮乏人生確定』


「ちょっ、すごい剣幕でコメント打ってるね……」と愛美が俺の横でドン引き。「でもいいの? そんなこと書き込んで」

「大丈夫だって安心しろよ。こんなのこいつの配信じゃ平常運伝だから(微震え声)」

 そう言いながらも俺はビビっていた。というのも、リマエルがアバターを悲しい表情に変えた後、急に黙り込んだからだ。まるでアンチコメに傷ついたかのように。


『あ、泣かした』『毒舌女王リマエル様もついに折れた』『訴訟不可避』『開示不可避』『タイーホ不可避』『これが大手箱の配信だったらあいつ終わったな』


 コメント欄がざわつく。

「あーあ。珠海さん、終わりましたね」といずみんはニヤリ。

「お、終わってねーよ、バカ」

 ムカついた俺はコンプラなんか無視していずみんの頭を鞄でぶったたいた。

「いでっ、今日は絶好調ですね~。ひがみ根性、ここにアリ! って感じですか」

「うるせぇんだよこの野郎。てめぇはクソみたいなラノベの頭悪そうなイラスト描いてやがれ」

 俺はさらに数発いずみんの頭を叩いた。あくまでも軽くだが。

「うわぁ、最悪ですねこの人」いずみんが頭をガードしながら言う。「まるっきり北町貫太じゃないですか~」

「悪い悪い。実は俺も根がどこまでも権威主義尊重にできてるから、大成功者たるお前を敬うことにするわ。センセンシャル」

「ま、いいですけどね。珠海さんにいくら妬まれようとも、私がエンタメ界の大成功者であることには変わりないので」

「お、そうだな。金稼ぎまくってさっさと上京して、どうぞ」

「もうすでに稼ぎまくってますがね」といずみんはドヤァ……。

「いっぱいお金もうけてるのに、まだ律儀に学校に通ってて偉いねー」と愛美は棒読みで言った。

「一応高校は出ておけ、ってうちの無能両親が命令するノデ。本当は今すぐ辞めたいんですけどね。授業中もこっそり絵の仕事してたりなんかしちゃったり」といずみんはフフン。

「教室で陰口たたかれまくってそう」愛美は呆れ半分。

「それが意外とそうでもないんですよね~。やっかんでくるのはクラスメートじゃなくて教師の方なんですよ。連中、なんたって薄給で激務の日々ですから、簡単に成功して自分より十倍以上の年収稼いでるガキを疎ましく思わないわけないのでネ」といずみんはニチャア……。

「路上で刺されてろ」と俺。

「生きる!」と言っていずみんは勢いよくイラストを描き始めた。

 せいぜいイキりながら生きてろよバカ女。

 ま、俺はこいつの調子こきまくった性格は嫌いじゃないが、落ち込んでるときや、疲れているときには絶対に関わりたくない。寛容な心は精神的に余裕がある時にしか生まれない。

「はぁ~」と愛美はクソデカため息。「タマくん、もう帰ろ」

「お、そうだな」

 とそのとき、


『お兄さんに言いつけてやる』


 モニター付属のしょぼいスピーカーからリマエルの涙声が響いた。それはわざとらしい演技だった。が、立ち上がろうとした俺の体はビクッとなった。

 お兄ちゃんがいるのね、という愛美の声をよそに、俺は勢いよくチャット欄に書き込んだ。


『お前の兄なんかそれこそクソゴミじゃねーか。無能で怠け者でやりたいこともなくて情熱もなくてそのくせ他人をひがんでばっかで恵まれてるくせに感謝もしなくてまさにクズだろ死んじまえあんなバカいっそ俺が殺してやりてぇわクソッタレ死ねアホボケカス!』


「はぁ……はぁ……」俺は息切れした。

「ど、どうしたの?」と愛美は困惑。「この子のお兄さんが、何?」

「このVの者に、クズ兄がいるみたいなんすよ~」といずみんが代わりに答えた。「でも多分、兄妹仲はいいらしいっすよ~、よくわかりませんがね」

「多分って、知らねぇなら言うなよ。なんでも文末に『しらんけど』って付ければ許されると思うなよ」

「付けてないんですけどそれは。ちゃんとバックログ参照して、どうぞ」

「もういい。木村、帰ろう」と俺はたけちゃんのものまねをしながら言った。

「そうね。じゃあ私達もデートに行こっか」

「お、そうだな」

「で、その後はホテルにしけ込む、と」といずみんはニヤニヤ。

「お、待てい。恋人同士が常にそういうことしてるとは限らないゾ」

「え、じゃあ珠海さん達ってまだ……あ、ふーん(察し)」

「バカはほっといて行きましょう」

 愛美が俺の手を取って歩き出したとき、


『助けてお兄さんっ!』


 モニターの中のリマエルが、家族のようなロボットに助けを求めるような涙声で言った。

 なんかウザいと思った俺は、「オラァン!」とモニターを窓から投げ捨てた。地面に叩き付けられたモニターが、「バァン!」と大破する音を聞き届けた後、俺は教室から出た。ちなみにここは四階。

「あーあ。廃部決定ですね」といずみんがさして残念そうでもなく言った。

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