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我が愛しの守護天使様  作者: ハタケ


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 中野さんはマンション玄関入り口の壁に寄りかかって俺を待っていた。短パンにノースリーブのシャツという際どい格好で。

「急にごめん。屋上、行こっか?」

「屋上? 勝手に行けるの?」

「行けるよ。このマンション、ガバガバ管理だから」

 中野さんはそう言ってオートロックをカードキーで開錠して中に入ってエレベーターに向かう。

 一度最上階で降りてそこから階段を上って易々と屋上へのドアを開けて屋上に出た。風が強かった。夏至とはいえもう日は完全に落ちていた。ついでに『うち、屋上あるんだよね……』のアチーブメントをゲットした。

「あー、スカートじゃなくてよかったー」と中野さんが尻を押さえながら言う。

「景色いいな。街が一望できる」

「狭い街だよね~、なーんもない。こんな街に日本でトップクラスのVTuberと天才イラストレーターが住んでるなんてね」

「あ、イラストレーターっていずみん――和泉さんのことだよね。でも日本でトップクラスのVTuberってのは誰のことかな? せ、船長って東京とかじゃないの?」と俺は焦り気味に言った。

「もう隠さなくてもいいよ~。みんなとっくにわかってるから」中野さんが微笑する。「莉茉ちゃんだっけ? すごいよね。友達の妹がインフルエンサーだなんて、信じらんないな」

「えーと、あ、はい……」

 ついにバレたか……。まあそのうちこうなると思ってたけど。

「いつからわかってた?」

「愛美ちゃんとアホ坂は最初に莉茉ちゃんと会った時からわかってたみたいだよ。声が配信とまったく同じだからね。それにタマの会話内容からも、なんとなく予想できたみたい。私はそれをコソッと教えてもらったんだよ。でも安心してね。私も愛美ちゃんもバカ坂も、莉茉ちゃんのことは他の人達には匂わせもしてないから。絶対に知られたくないからね。だって大切な友達の妹に迷惑かけたくないし。アホ坂も同じ想いだよ。あいつ、口軽くて軽薄だけど、リマエルのことは話題にしても、莉茉ちゃんのことは学校では一切口に出してないでしょ? そういうとこは偉いと思うけどね」

「でもケンカしたんだろ?」

「うん、したよ。私を都合よく扱うからさ」

「都合よく? それって一体……」

「まあ男がよくやることだよね、彼女をムラムラの捌け口にするっていうのは」

「ファッ!? ウーン……」

 十九世紀のご婦人だったら失神してたかも。それほどショックだった。え、じゃあ、赤坂が中野さんと用事あるって言って中座したのって、中野さんとそういったことをする目的だったのか?

「そういうわけだから、もう私を娼婦みたいに扱うな的なことを言ったら、愛美ちゃんがいた手前もあってあいつ、キレたんだよね」

 だから愛美もケンカの原因をはぐらかしたのか……。本当は知ってたのだろう。

「まあでも、やめよっか、こういう湿っぽい話!」と中野さんが俺の肩を叩く。

「そうだな」

 申し訳ないが物理的に湿っぽい話は大NG。

 俺たちはフェンスに手をかけてしばらく夜の街並みを眺めた。

「あと半年ちょっとか~。みんなバラバラになっちゃうね」

 中野さんがフェンスに両腕をかけて、腰をかがめて顎を乗せる。

「そうだな……」

「タマは地元の四年制大学に行くんだっけ。私は隣町の短大に行くかもしれない」

「そうか……」

 寂しくなるな……。

「愛美ちゃんはどうするんだろうね。音大にでも行くのかな」

「いや、行かないって言ってた。自分には無理だからって。中野さんみたいに短大に行くとか言ってたような気がする」

「そっか。アホ坂は夏休み終わり頃から就活するみたいだしね。みんなで海に行くのが最後の想い出かもね」

「……」

 ものすごいメランコリックになった。街の闇に心まで包まれそうだった。

「俺、莉茉といずみん、嫌いかもしれない」

「え?」

「正直あいつらをあんまり視界に入れたくないっていうかさ。あいつら見てるとたまにイライラするんだわ。それはあいつらが嫌いってんじゃなくて、自分にイライラするっていうか……自己嫌悪ってやつ? まあ要するに嫉妬だな。だから莉茉をなるべく早いうちにこの街から追い出そうと思うんだ。こんな文化レベルも可能性も低い街にいるべき人間じゃないと思うしさ。実力さえあればチャンスがいくらでも掴める街、東京に追いやってやるよ。怒鳴りつけてでもな。まあ俺が黙ってても上京するだろうけど。そして俺は生涯普通の人生を送るつもり……と言いたいけど、普通以下の人生になる気がしてしょうがないんだわ。やりたい仕事がないのはもちろん、特技もないからさ。勉強も運動もずっと嫌いなままでここまで来た。それに趣味への飽きっぽさ。今はなんとなく音楽に熱を上げてるけど、ひょっとしたらそれもすぐに飽きるかもしれない。なーんもない。情熱のない人間は誰かの奴隷になるしかない。つまり成功者の養分になるしかないんだわ。年貢を納めるようにしてスマホやサブスクの料金を払ったりしてな。でも俺はそんなの望んでない。だったらここで終わってもいいかな、とすら思う」

「死にたいの?」と中野さんが俺を見つめて言う。

「わかんねーな。でも今は死にたくない。夏の想い出を作るまでは」

「死にたいんだったら、一緒に死んであげるよ。タマが好きな時にね」と中野さんが優しく微笑む。ひどく悲しみを湛えた笑みで。

 俺はゾッとした。背中にびっしりと鳥肌ががが。

「いやいや、中野さんは生きるべきだろ……俺と違ってしっかりしてるんだから」

「そう見えるだけでしょ。でも私もタマとおんなじだよ。なーんもない人間。好きなこと得意なことやりたいこと、全部なーんもなし。運動はギリできるけど、バスケも結局途中退場しちゃったし。私が殴ったクソ顧問が言ったんだよね、いくら能力があっても、忍耐力がない奴は結局しくじるぞって。ほんとにしくじっちゃった。まあ別にいいけど。私もタマみたいに、将来に対して何も楽しみを見出せないんだ。何していいのか、何をすれば幸せになるのか、全然わかんない。まあ親のせいだよね、こう言っちゃ親に悪いけど。そういう環境作った親が悪いと思う。私の場合は、だけどね」

 親と何かあったのか? などと尋ねるつもりは俺はなかった。訊いて欲しいわけないだろうから。だから、

「俺もそうだな。母親が俺をバカにしたから……」と慰めるつもりで同調した。

 しかしそう言っておいて、それは違うんじゃないか? と自問した。もう自分で物事を判断できる歳なのに、親に言われた傷ついた一言をいつまでも気にしている自分に問題があるのでは?

「じゃ、どうしよっか」と中野さんが突然訊いた。

「え、何が?」

「死ぬの? 死なないの?」中野さんが柵の向こうを指差す。

「そ、それは」

 散々こんな人生イラネ、と宣言しておいて、いざその場面に差し掛かると足が震えた。

 そのとき、時が止まった。

「はい?」

 戸惑う俺。目の前の中野さんが指を差したままピタッと止まっている。それだけでなく、中野さんの体と背景が少しぼやけて見える。目がおかしくなったのか? と思って自分の手を見ると、くっきり見えた。


「で、選択肢は何を選ぶんですか? くひひひ……」


 その時、背後から奴の声が聞こえた。振り返ると奴がいた。守護天使リマエルである。リマエルの体もくっきり見える。

「俺、今真面目な話してたんだけど」と俺はイライラ。「茶化さないでくれる?」

「茶化してないですよ。それどころか重要な場面に差し掛かったことを教えに来たんですよ。あなたが間違った選択肢を選んで、後で後悔しないようにね……くひひ」

「あ、そう。んじゃ、俺にどんな選択肢があるんだよ」

「ほんとはわかってるんでしょうけど、まあ明示してあげましょうかね。はい、この五つです」


1・いや、俺は生きる!

2・美加子、好きだ!(抱きしめてキスして舌を入れて胸を触って尻を触って短パンを脱がしてパンツに手を突っ込む)

3・じゃあ、死のうか(暗黒微笑)。

4・じゃあ俺、ギャラもらって帰るから(中野美加子を置いて一人立ち去る)。

5・一人で屋上から飛び降り、地面に激突する寸前で咄嗟にシップーケン!(生瀬ボイス)を閃き、なんとか一命を取り留める。


「はい、この中で最適だと思うものを選んでください。くひっ」

「初代餓狼のギース様の声優は違う人なんだよなぁ。それにどうしてろくな選択肢がないんですか(半ギレ)」

「それはあなたが適当に人生を送ってるからですよ。だから選ぶことのできる選択肢もいい加減なものばかりになってしまうのです。それが嫌だというのなら、もっと真剣に生きたらどうですかね、くひひ」

「それは身に染みますね」と俺は普通に納得した。「じゃけん一番常識的な一番を選びましょうね」

「ちっ、ツマンネ」と莉茉は俺に投げキッスをして、フェードアウトしていった。

 完全に消えると、時が動き出した。そしてここで例のスタンド使いの有名なセリフを引用すべき時も来たと思うのだが、例のマンガを一切履修していない俺がドヤ顔であのセリフを子安ボイス又は千葉ボイスで安易に口にしようものなら大顰蹙まちがいなしなので俺は自重したのだった(謙虚)。ところで未来への遺産の移植、まだ時間かかりそうですか? マーブルシリーズが移植できたんだから版権物でも頑張ればなんとかなると思うんですけど(圧力)。

 というわけで俺は言った。

「生きるっ!」

「お、おう」

 中野さんが俺の無駄な迫真に仰け反る。

「まだまだ楽しいことがあるのに、死んでられるか。というわけで中野くん! 赤坂とケンカなんかしてる場合じゃないぞ! 夏はまだ始まってもいない、つまりバカ野郎、まだ始まってもいねぇよ、なんすよ。だからダブルデートの予定を早く決めようぜ。物語が終わっちまうよ」

「あ、はい」

「そういうわけで、帰るか」と俺は勢いに任せて中野さんの手を掴んだ。

「わっ」と照れたような声を上げる中野さん。

 ちな、抱きしめたりはしませんでしたとも。

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