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放課後、久しぶりにオタ部へと赴いた。
部室では相変わらず和泉夢衣が一人で熱心に作業してるだけだった。
「よう、いずみん大先生。先生の飯の種が復帰してよかったな」と俺はいずみんに言った。
「すいません、今重要な仕事中です。お静かにお願いします」
「どれどれ」と俺はいずみんが作業しているモニターを覗き込んだ。なんかSDキャラっぽいイラストがずらり。
「はい、守秘義務違反で訴訟、と」といずみんが呟く。
「訴えられるのはお前の方だろ。秘密を漏らしたんだからさ」
「ところでなんでここに来たんですか」
「いずみんも夏休み俺らとどっか行かない?」
「俺らって誰ですか」
「俺の(一応)彼女の愛美と赤坂、そして中野さん」
「よく知らない人とは遊びに行けないです。あなたのシスターズとならいいですよ」
「じゃあたまにはどっか行こうぜ。俺の高校生活最後の夏の想い出作りにせいぜい寄与しろや」
「いいですよいいですよ~。でもその代わり」といずみんは俺の方を向いて。「もう一度ちんこ見せてください。夏に向けてBLの新作作るので」
「すまん。俺には他に好きな人がいるんで。そういうことはできないです」
「えぇ? また震え声で、見たけりゃ見せてやるって言ってくれないですか?」
「(言わ)ないです。もうそろそろそういうミームを多用するの卒業しようと思って」
「たった今使ったと思うんですけどそれは。まま、ええわ。それじゃ珠海さん。高校生活の想い出を作りたいのだったら、もうここにはあんまり来ない方が。私といても楽しくないと思うので」
「たしかに。お前の邪魔にもなっちゃうからな。あばよ」
俺は部室を出た。
するとすばらしいことに、愛美と赤坂が廊下で待っていてくれた。
「帰ったと思ったんだけど」
「いや、お前が颯爽とどっか行くから、何があったのかと思って追いかけてきた」と赤坂。「それに、これから美加子のとこにみんなで行こうかなって思ってさ」
「今日で謹慎終わりだったからか」
「そうそう」と愛美。「さっきメッセージ送って家に行っていい? って訊いたら、OKしてもらったから」
「そうか。じゃ、行こうかな……ん?」
そのとき、スマホが震えた(はい、ご都合)。莉茉からメッセージが来ていた。
『これから謝罪会見開くんで、すぐに家に来て』
「??? なんだそれ」
「どした?」
赤坂が画面を覗いてきたので、俺はとっさにスマホを隠した。
「いや、妹がなんか変なこと言ってきたから」
「あ~、夢花ちゃんがお兄ちゃんを恋しくなったのかなぁ? じゃあじゃあ、僕が代わりに慰めてあげるナリ~」
「バカ」と愛美。「なら中野さんのとこへは私とタマくんだけで行くから、貴様はストーカーしてなさい」
「冗談に決まってるだルルォ? 俺も行きますよ~イクイク」
「悪い。俺はちょっと行けないかも。なんか下の妹に呼ばれたから」
「そっか、ならしょうがないね」と赤坂は言った。「妹は至高で至宝ってそれあらゆるオタクコンテンツが言ってるから。妹欲しいな~俺もな~」
「……」
なんだこいつ。もしかしてリマエルが今日謝罪会見開くこと、知らないのか? まあ黙っとこ。
じゃあ俺、急ぐから、と俺は二人からダッシュで離れた。
で、急いで家に行ったんだけど――
「な、中野さん?」
家の前で私服姿の中野さんが待ってた。
「こんちわー。みんなで私の家に来るんだよね? 待ちきれないから、タマだけでも迎えに来ようかなって思って」と中野さんはニコニコ。
なんかやたら機嫌よさそうだったので、俺は言いづらかったが、
「すまん、ちょっと急用ができたから、君の家には行けなくなった、かな……」
「えー、そ、そうなんだぁ……ざんねーん」と中野さんはしょぼーん。
「せっかく待っててもらったのに悪いな。ちょっと外せない用事なんで」
「ううん、いいよ。私が勝手したんだから。ところで他のみんなは?」
「もうすぐ来ると思う」
「そう、じゃあ今日の集まりはキャンセルで」と言って中野さんはスマホを取り出す。
「ちょっ、そこまでしなくてもいいんでは? あいつら多分、もう君の家の近くだと思うよ」と言って俺はここから見える中野さんのマンションを指差す。
「あー、うん、でもやっぱ今日はそういう気分じゃないっていうかさ……。二人には悪いけど帰ってもらう」
赤坂達にメッセージを送るのか、中野さんがパパパッとスマホをいじる。
「……」
うーん、後ろめたい。しかしこれから何か面倒くさそうなことやりそうな莉茉を放ってはおけないので、
「じゃあ俺はこれで。また明日学校でな」と中野さんに別れを告げた。
「ばいばーい」中野さんが手を振る。
「待ってましたよー」
玄関に入るなり莉茉が俺の尻を蹴る。
「待ってたよー兄ちゃん。帰る途中で誰かに追いかけられなかったぁ? ていっ」
続いて夢花が俺の尻を蹴る。俺はコンボダメージを食らった。
「なんだよ、もしかして俺、大炎上してる?」
「しないわけないじゃないですか。個人勢人気ナンバー1のVTuberとお風呂入って、しかもセクハラまでしたんですから」
「お前小悪魔系VTuberに転生しろ。俺は謝罪会見なんか開かないからな? お前が仕組んだんだし、お前がやれ」
「うるさい」
ぐにゅっ。
「いでっ!」
莉茉が俺のアナルに両手を合わせた人差し指で浣腸しやがった。小学生かよ……。
「お兄さんのせいで私のSNSがめちゃくちゃにされてるんですよ? リプ欄見てください」
たしかに、リマエルの最後のツイートのリプ欄はほぼアンチコメになってる。
『リマちゃんには失望しました。いくらブラコンでもこれはない』『リマちゃんのリスナーのほぼ全員がコーンだって自覚してる? これはひどい裏切りですよ。わかる? この罪の重さ』『そもそもあの人って本当に実兄なんですか? 彼氏じゃなくて?』『幻滅しました。リマエルのファンやめます』『普通にかわいくゲームしてて、どうぞ』『キモすぎお兄さんはもう出さなくていいから(良心)』『キモ兄の謝罪会見はよ』『というかあんなクッソキモい兄は謝罪だけじゃ許されないんだよなぁ』『クソキモ兄の解体配信キボンヌ』『クソゴミ兄の去勢ライブ配信まだですか』
とりあえず俺へのヘイトがすごいことはわかった。
「わかったわかった。ちゃんと謝罪してやるよ」
「じゃあ早速準備しますね」
莉茉が颯爽と二階へ上がる。俺は自分の部屋に行って着替える。
莉茉の部屋に入り、OBS画面が表示されているパソコンモニターの前に座る。
「って、このイラスト、何?」
画面にはイケメンの天使の一枚絵が。イケメンだけどなんかアンニュイな表情の陰キャだった。
「いずみん先生が急遽描いてくださったんですよ。この時のために」と莉茉が答える。「じゃあ、人気VTuberやってる妹の邪魔をしたクソキモお兄さんの謝罪会見、はっじまっるよ~。早速スタートです。は~い、よーいスタート(棒読み)」
莉茉がすかさずマウスを操作して画面上の配信開始ボタンを押す。
「ちょっ、まっ」
配信画面になってチャット欄もざわつく。でも画面背景はいつもの莉茉の部屋のイラスト一枚のみ。
『キター!』『弾劾裁判始まった』『拷問部屋はここですか?』『実の兄ってマ? ラノベすぎるだろ…』『またこいつか壊れるなぁ』『リマちゃんが入ってないやん。どうしてくれんの?』『なんだっててめぇはそう人生に対して根性がねぇんだ』『クビだクビだクビだ』『ふざけるな!(迫真)』『お前のことが嫌いだったんだよ』『やめろぉ(本音)ないすぅ(建前)』
「……」
ひー。配信って緊張するね……。目の前のマイクに喋った言葉が全世界に発信されると考えると、何も言葉が出てこない。
俺がモタモタしてると莉茉が横に来てマイクに顔を近づけ、
「こんりま~。告知の通り、今日は私の実のお兄さんが、昨日やらかしたことについて謝罪しますんで、みなさんよろしくお願いします。はい、これが私のお兄さんです」
莉茉がものすごい慣れたマウス捌きでさっき見た俺のイラストを呼び出して配信画面に貼り付けた。すると部屋の背景絵の中央にぽつんと男の天使が現れる。
『なんだこのイケメン』『盛るな』『お兄さんやめろ』『燃えないお兄さんですねこれは…』『陰キャ』『ワンワン鳴いてみろよ』『あくしろよ』『114514回だよ』『こいつがいつも荒らしてた奴?』『顔出しオナシャス』
「すいません許してください、なんでもしますから」
さっさと終わりたかったので俺はやけくそでそう言った。
『……』『……』『……』『……』『……』『……』
しかし誰も乗ってくれなかった。
それになんかイラッときた俺は覚醒したかのように早口でまくし立てた。
「じゃあ、充分謝ったと思うんで、これで終わります。どうせVTuberなんかもう興味ないし、オタクコンテンツもこりごりなんで、二度とこの界隈には関わらないです。妹が望むなら妹の配信だけは観るし、コメントもするけど、それはあくまでも営業用プロレスコメントなんで、本気でアンチコメなんか書かないっす。好きの反対は無関心ってそれ一番言われてるから。じゃ、そういうことで。勝手にやってろ」
俺はイスから立ち上がり、部屋を出ようとした。
すると背後で、
「お兄さんの誠意が足りなかったので、私が責任を持って今日、これで引退します。すいませんでした。はい、最後の配信、終わりまーす」
俺はキレた。
「ふざけんな! お前今同接何人か見てみろっ! えぇこの野郎! 一万人もいるじゃねぇか! 個人で一万なんかほとんどいねーぞ! ていうか何十万もいる登録者のためにこれからも配信やれやクソガキが! なんで俺が適当に謝ったからってお前が責任持つんだよ! 需要があるんなら供給するのが義務なんだよ! たけし師匠が仰ってただろ!? 『引退を決めるのはオイラじゃなくて、客が決めるんだよバカ野郎』ってな! お前みんなからそんなに求められてるんだったらお前が自分から引退する資格なんかねぇんだよ! 体壊してでもいいから続けろ! 下層階級は体壊しても医者に行く金も時間もねぇんだぞ! 体調悪いから休みすって言っても、『うんうん、無理しないでね』なんて誰も言ってくれないどころか会社からいや~な顔されるんだぞ! だから死ぬまでやれよ! 配信をよ! ノブレス・オブリージュするんだよあくしろよ! それがお前の義務であり運命なんだよ! 兄がコメントしてくれないだけで休止するんだったら死んじまえこの甘ったれ野郎! そんで来世は下層階級に生まれて豪運だった前世を捨てたことをせいぜい後悔しろ! 俺はこんなクソゴミ人生やめてやるよ! ふざけんなよマジでくだらねぇな!」
俺はなぜか部屋にあったバッドを手に取って莉茉の物らしきパソコンを叩き壊した。窓も叩き割った。タンスを壊してベッドも破壊して机もイスも粉々にした。部屋はがれきの山と化した。
「はぁ……はぁ……」
体力が尽きた俺は部屋の真ん中で倒れた。
「無理するからですよ。もう歳なんですからね、急激な運動はやめましょう。心臓にきますよ……くひひ」
仰向けに寝る俺を誰かが覗き込む。天使リマエルだった。金髪ロリの方の。
「あああくだらなすぎるマジで……。何が面白いの? こんなの」
「あなたが人生やり直したいって言ったんじゃないですか。だから私はあなたを過去へと送り込んだんです」
「いや、それ嘘だろ。俺にはあんな過去はない。だって二十年前にスマホなんかなかったし、VTuberも存在しない。というかようやくネットが普及した時代だったしな。動画投稿サイトは……俺は知らない」
「んじゃ、あの高校生活は一体なんなんですかね? いい加減読者が混乱してきたんで、ブラバされないためにも設定の説明お願いしま~す。くひひっ」
「さあ? 多分俺が遺作として書いてる小説なんだろ。書いてるうちに現実とごっちゃになったんじゃね。んで、お前は幻覚。お前みたいな小悪魔系妹キャラ、大好きなんでね」
「うへぇ、ロリコンか(エルク並感)」
「いや、誰もお前なんか性的な目で見ないから。ところでアークザラッドのリマスター、まだ時間かかりそうですか? 戦闘シーンの倍速実装して、どうぞ。あとメンバーが存命のうちにBGM生録してください」
「まさに氷河期世代並感。やっぱりあなたはこれから自殺する予定の四十代こどおじだったんですね……くひひひひ……」
「どうでもいいだろ、どうせ適当な物語なんだからこれ。まあとにかく、パソコンぶっ壊したし、USBに入ってる小説のバックアップデータを図書館のパソコン使って投稿サイトにアップするか。それで俺の人生、終わりでいいんじゃない?」
「ならお供しますよ……ひひ」
俺は立ち上がった。




