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次の日、謹慎中の中野さんに加え、なぜか赤坂も学校に来なかった。
「二人で会ってるのかな」と愛美は空席の赤坂の席を見て言った。
「謹慎なのに会ってるわけないだろ」と俺はムッ。
何怒ってるの? と言った愛美には答えず、俺は考え込んだ。あいつが理由もなしに休むとは一体。先生によると一応連絡はあったらしいが休む理由は、んにゃぴよくわからなかったとのこと。なんだそれ。教師なら納得いくまで追求しろよ。辞めちまえインチキ税金泥棒教師。
というわけで今日は久しぶりに愛美と二人きりで学校生活を送ることとなった。いつものメンバー以外に友達がいないからね、しょうがないね。
昼休み。
「莉茉ちゃんって学校行ってるの?」
「最近はまあまあ」
昨日、配信休止宣言したから、今度からはサボらずにちゃんと学校に行くだろうな。ていうか義務教育なんだから行けよ。
そういえば愛美は莉茉が学校をサボりがちな理由を誤解してそう。繊細で集団行動が苦手だからとか、いじめに遭ったからだと思っているかもしれない。まあ誤解されてた方が我々家族は都合がいいっすね。
「ご飯食べたら図書館に来てくれない?」と愛美が女子特有の極小弁当箱のおかずを口に運びながら言った。
「と、図書館? なんで」
昨日、中野さんとの逢い引き(?)が見つかったことを思い出して、ギクッとした。
「なんでって次の国語の授業、読書感想文だから。昨日、そのために中野さんと図書館に行ったんじゃなかったの?」
「え、あ、そうそう。学校の図書館だとラインナップがいまいちだからな」
「で、なんの本を選んだの?」
「実はまだ選んでないっす、はははははは」
「なにわろ。あの先生うるさいから、ちゃんと真面目に本を選んだ方がいいと思う」
「わかったわかった。じゃあ愛美についてってなんか本選びますわ。あ、そうだ(唐突)。愛美ってクラシック音楽とかは」
「聴きますねぇ! 聴きます聴きます」
「ふーん。週何回くらい聴くの?」
「シュー……まあ何回っていうあれじゃないけど。頻繁に聴いてますね」
「じゃあ、最近は何聴いたの?」
「やっぱり私は、王道を往く、ショパン系ですかね」
「はぁ~……(クソデカため息)、またにわかクラシック好きか壊れるなぁ。自称するのやめたら? 音楽好き女子」
「なんで批難される必要なんかあるんですか」
「どうせピアノ習ってるときに弾いてた曲だからっていう理由でショパンあげたんだろ? そんなんじゃ音楽好きになんないんだよ。ただ単に愛着が湧いただけなんだよなぁ」
「そんなことより図書館行きましょう。他の人が変な目で見てるから」
「お、そうだな」
教室での俺たちは完全に浮いていた。語録ばっか使ってるから、当たり前だよなぁ?
「面倒くさいから愛美が本選んでくれる?」と俺は投げやりに言った。
どうせみんな本なんか興味ないし、読書感想文なんかどうせ適当に書くんだし、道端に落ちてるエロ本(古文書)拾ってそれの感想を書いた方が面白いのができそうっすね。
「ならこれでも読めば?」と愛美はその辺の棚に置かれている文庫本を俺に渡した。
ラノベだった。しかもワイらが生まれる数年前に発売されたものだった。ケンカ売ってんのかな? たしかワイ、君に散々オタク卒業した話をしたと思ったんだがね。バックログ参照。まま、ええわ。というわけでもはや古文書と化したラノベを拝読。はい、内容は誇張抜きで古文書でした。内容云々以前にセリフ回しが、ね。古くさいという感想を越えて逆に新鮮に感じたが、面白くはない。調べてみるとしかもこのシリーズ、なんと累計数千万部売れたらしいが、元オタクだった俺でもタイトルすら耳にしたことないんだけど……。オタクコンテンツに不朽の名作なし。よし、逆にこれを真剣に読み込んで、読書感想文の課題にしようかな。
「ありがとう。興味深い資料を発見できました」と俺は形式的なお礼を愛美に言った。
しかし実際まったく感謝してなかったし、もっと俺にふさわしい本が他に何かあるはずだと思ったので、席を立って今一度ウロウロして直感を研ぎ澄まして今俺が読むべき聖書的天啓本を探し始めた。そして見つかった。ロラン・ロマンの『ベートーヴェンの生涯』。これぞ天の采配。俺は迷わず手に取り、貸し出しカウンターへ。その際、地味で性格悪そうな女子に微妙な表情をされた。イラッと指数+10。何借りたの? 図書館から出ようとすると愛美が背後から忍び寄ってきた。まあ彼女を置いて勝手に出ようとした俺が悪いんだけど、急に話しかけられてビビったのでイラッと指数+3。これ借りた。あー、タマくんもついに音楽に興味を持つようになったんだね。なったんですよ、これが。じゃけん教室行って早速読みましょうね。俺はウキウキしていた。たしか小学校の時、音楽の授業でかの楽聖はとても悲惨な人生を送った云々と聞いたことがあり、一体どのようなキツすぎ人生を歩んだのか前々から知りたかったのだ。というわけで教室で拝読。はい、まったくわかりませんでした。わたくしのような文盲にはまったく理解できない難解文章ですとも。しかし投げなかった。というのも、つい最近かの楽聖の交響曲に感激したが故に氏に対する興味が、一時的かもしれないが爆発的に増していた。ひょっとしたらまたすぐに飽きてしまうかもしれないが、今はとにかくこの感動と興奮を追求したかった。今日の放課後、この前愛美と一緒に行ったCDショップに寄って交響曲全集を買いに行こうかと考えていた。使ってない貯金がたんまりあったので、一万の出費くらい余裕だった。というわけで俺はこの本をわからないなりになんとか解読して、その感想を課題として提出しようと考えた。つまり人生で初めて意義のある読書感想文を書くことになったのである。これぞまさに読書。自分が興味を持って読んだものだけが本物の読書。異論は認めませーん。というわけで、あああああ今、俺は芸術との一体化、つまり人類が生み出しし宇宙の真実との一体化、つまり俺は今、小宇宙を感じているぜええぇぇぇ……といった自己陶酔的感慨に浸っていると、
「あんたがそんなの読んでわかるわけないでしょ」と誰かから言われた。
クソ女だった。つまり現国顧問のクラス担任の女である。あ、ちなみに今は授業中です。
「ふざけんな!(魂の叫び)」と俺はキレちまった。
「あ? なんなのその言い方」
「あ、じゃねーよてめぇこの野郎。人がせっかく感動してたのに、てめぇこそなんだよその言い草は」
「だってあんたがそんな難しい本読んだってわかるわけないでしょ」
「うるせぇんだよてめぇバカ野郎! 貴様に俺の何がわかんだよこのクソ女! お前俺が無能だからって、ああもういいや、こんな女殺しちまえ」
というわけで俺は俺のような弱男を普段から心底バカにしている教師の風上にも置けないこのクソゴミ女にまずは腹パンを加え、なぜか机の上に置いてあったビール瓶でクソ女の頭を叩き、瓶の破片と血しぶきを飛び散らせながら地面に倒れた女の頭を足で何度も踏みつけた。気がつくと俺の足の裏には散々殺してやりたいと思っていたクソ女の脳みそがこびりついていた。
「目的完了。はい、夢から覚めていいよ」と俺は誰かに向かって言った。
「これを夢で終わらせてもいい、と?」と背後から何者かが俺に声をかけた。
守護天使リマエルだった。
「どうも、リマエル=サン。定期的に俺に悪夢を見せる悪魔の使者さん」
「あなたが作り上げた世界なんですけどね、これは。それに私は天使デス……くひひ」
「まま、なんでもええわ。とにかく俺は高校の時にやり残したことを全部完遂したんで、もうこの過去回想劇終わりでいいよ。さすがに飽きてきたので」
「こんなのがあなたが高校時代にやり残したことだったんですか? 自分をバカにした教師を惨殺することが。なんとまあ、しょぼい夢というか、陰気くさい執念というか」
「だって俺、中年こどおじ弱男だし、多少はね? 俺がクラシック音楽を聴いて感激してそれに関する本読んでたらあんなこと言いやがったんだよあのクソ女。殺してやりゃよかったってずっと後悔してたんだわ。それが叶ってfoo↑気持ちいい〜。じゃけんさっさと現実に戻りましょうかね。どうせ俺はもうすぐ孤独死するオワコン中年男なんだろ? 夢に挑戦して何度も破れて無気力になって他人を蹴落とすことでしか楽しみを見出せなくなったゴミ人間なんだろ? で、お前もどうせ俺の創作物だし、こんな夢のような学生生活もなかった。愛美なんていう彼女はいなかったし、赤坂みたいな仲のいい親友もいなかった。いや、こいつはいたかもしれない。もう忘れたね。そして中野美加子。彼女は間違いなく高校時代にいた。でも俺は彼女を遠くから見ているだけで話したこともない。つまり完全な片思い。相手はバスケ部のエース、こっちは陰キャのゲームオタク。共通点ゼロ。どうやって話しかけていいかわかんなかったゾ~コレ」
「で、高校卒業後、あなたはその中野さんの写真を見ながら何かをしていた、と」とリマエルはニヤリ。
「やりましたねぇ! 高校を出てからの日々はまさに地獄だったんだからストレスでシコシコ依存症になるのはね、しょうがないね」
「週何回くらいやってたの?」とリマエルは尋ねた。
「シュー、いや、何回っていうどころか、毎日必ずやってましたね」
「えぇ……それじゃ完全に依存ですね。よっぽど寂しかったんですね」
「俺のクソみたいな社会人生活の話なんて、もうええやん。ちな、ワイ、ニートを希望したけど一時は実家を出てしまったのでそれは叶わなかった模様。まあ最後はノイローゼになって働けなくなって結局実家に戻りましたけどね」
「でも高校を出てから二十年以上ずっと頑張ったあなたは充分偉いと思うんですけど(名フォロー)」
「俺もそう思う(便乗)。でももう気力ゼロなんで、ここで人生終わりにしますかね……。謎の力のお陰で過去に戻って、長年切望していた夢も叶えましたし」
「まだ終わるのは早いですよ。これをまた悪夢ということにして、また学生生活に戻りましょうよ。二人の妹がいて、親友に囲まれて充実した日々を送っているという、あなたが描いたあの高校時代にね」
「そんなむなしいことしてなんになるんですかね。結局今までの話って死にかけてた俺の妄想だったんだろ? 理想の高校時代だったんだろ? そこに戻れってのか。アホくさくね。たしかに俺は、お前や夢花みたいな妹がずっとほしいと思ってたけどな。そしたらある日、眠りについたら高校時代に戻ってたんだよなぁ」
「そうなんですよ、だから現実に戻る=私が消える、っていうことなんで、もうちょっと夢見ませんか」
「どうしよっかな~俺もな~。こんな理想世界、そろそろ飽きたんだよなぁ。打ち切りでいいっしょ」
「まだ伏線回収してないんですがそれは」
「伏線なんか何もないだろ。適当に解釈して、どうぞ」
「伏線というか、みんなで海に行く、つまりダブルデートをしてあなたが童貞を捨てるイベントがまだ残ってるんですよ。それを終えてからこのむなしい夢物語を終えましょうよ」
「お、そうだな。じゃあ現実世界に、イクゾー!」




