1
「最近、妹モノ作品が少なすぎて死にそうなんだが」
昼休み、親友が俺にいきなりそう言った。
彼はオタクだった。それも非常に頭の弱いオタクで、休み時間の教室などで周りに女子がいるというのに平気で大声でエロゲーの話を俺に振ったりする。
そろそろこいつとの親友契約は解消すべきかな、と思っていた俺は、
「じゃあ死ね」と彼に言った。
すると彼は答えた。
「了解」
俺の言葉に大きく頷いた彼は、なんの躊躇もなく教室の窓まで全力疾走していき、アクション映画のように頭から窓に突っ込み、割れたガラスと共に四階教室から地上まで落下していきましたとさ。そうして校庭の花壇の脇に、妹モノのコンテンツが少ないことに絶望して死んだ哀れな親友の脳みそが花のように美しく飛び散ったのである。汚い花だなぁ……。
完。
「と、思ったけど俺、やっぱ復活するわ」
しかし彼の物語は終わらなかった(終われよ)。彼は蘇りを決意したのだ。その決意の直後、飛び散った脳髄が逆再生のように頭部に集まり、割れた頭蓋骨も見る見る再生し、そうして復活した無傷の親友はバンジージャンプの反動で上に上がってくるようにして教室にいる俺の目の前に舞い戻ったのだった。
彼は無事だった。
「お前にそんな能力があったとはな」と俺は感心した。「で、なんで復活したんだよ」
「俺に死んで欲しいのか、どっちだよ」
「まあできれば死んで欲しいっすね。だってお前は人の妹を性的な目で見るような危険人物だからさ」
「よくわかったな」
「何が?」
「俺、お前の妹ちゃんのこと、好きだわ」
「……」
「まあ嘘だけどな」
俺は安心した。
俺には二人の妹がいたが、どちらもこのオタク親友に譲るつもりはなかった。こんなのと身内にはなりたくないので。
そんなことより聞いてくれ。俺には彼女がいた。
「今日、帰りにCDショップ、行こ」
放課後、彼女が格助詞を省いた独特の台詞回しで俺に言った。
その前にこの寂れた地方都市にCDショップが存在できている理由を説明すべきなのだろうが、それはこの物語にはまったく関係がないので省かざるを得ない。
「昔、手放しちゃった古いCDのリマスターがね、今日発売なの」と彼女はウキウキ。
彼女は陰キャ低能の俺と付き合うだけあって一風変わってはいるが、決して俺と同じように頭の悪いにわかオタクというわけではなく、むしろその逆のイメージ(?)で、音楽少女だった。彼女はジャズを聴いている。
というわけで俺達は駅前にある、当面の間潰れる心配のない経営状態のCDショップへと足を踏み入れた。ウィーン。
「よう」
ウィーン、と開いた自動ドアの先に、俺の親友がいた。
「げっ」
彼の姿を認めた俺の彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
「そんな嫌そうな顔するなよ、黒髪ストレートのロングで、身長165センチで、世の中を斜めに見るかのような切れ長の目をして、それなりに肉が付いていて抱き心地がよさそうなボディで、しかもバストもそこそこなサイズの南愛美ちゃん」
「気安く私の名前を呼ばないでくれる?」と言った後、彼女は一瞬だけ俺の顔を見た。『あなたが私のことを早く描写してくれないからこんな奴に外見をいやらしく、しかも稚拙に表現されちゃったんだと思うんだけど』と内心で抗議するかのように。
「お前、いつの間に……」と俺は人間離れした移動スピードの彼に戦慄を覚えた。
「お前らがここに来んのは知ってたぜぃ。ダッシュで先回りしたんだよ」と彼は得意気に言った。
「で、何しに来た」
「この前、何気なくこの店に来たとき、ちょうどスマホに入れられそうなサイズのディスクが売ってるのを見かけて興味本位でそれ買ったんだけど、俺のスマホにどうやったらそのディスクを入れるのかわかんなくて店員さんに、『このしーでーとか言うの、どうやってスマホに入れるんですか』って訊いたら、人がよさそうな中年のちょいワル親父(もはや古語)みたいな店員さんが、決して埋められぬジェネレーションギャップに懊悩するかのような表情で以て腕を組んで、『うーん』って唸ったきり十五分くらい言葉を発しなかったから俺は業を煮やして店から出たんだけど、お前らこれをどうやってスマホにインサートするかわかるか?」と言って彼はぺたんこの通学鞄から裸のシングルCDの盤面を人差し指と親指で摘まんで取り出した。そのため盤面は指紋だらけになっていた。つまりA型発狂の瞬間である。
「あんたなんかにCDで音楽聴く資格なんかない」と愛美は言った。
彼女の不機嫌具合は頂点に達していた。
「ひでぇな~、愛美ちゃん」と親友は肩をすくめた。
「ちゃん付けやめろ」
「まま、そう熱くなんないでよ。ところでどう? 俺と一緒に街に繰り出さない?」
「なんだと?」愛美が彼を睨む。
「俺さぁ、今日暇なんだワ。君らこれからどっちかの家でにゃんにゃんするんだろ? 俺も仲間に入れてくれよー」
「まずその『にゃんにゃんする』とかいう頗る80年代臭がする言葉の意味がわかんねぇ……。で、こいつの処遇はどうする?」と俺は愛美に訊いた。
「どうもしない。私はここで買いたいと思っていた物を買った後に、彼氏の家に行って思う存分にゃんにゃんするのみ」
「ああ、そうやって俺を挑発すんのね」と彼は腕を組んでニヤリ。「でもよー、その彼氏の家、妹がいるじゃん。それでも愛美ちゃんはギシアンを決行するってのかい? んん?」
「妹は壁の中に封印しました」と俺が答えた。
「嘘つけ絶対まだ生きてるゾ」と親友が俺を指差して言う。「昨日、お前のかわいい妹に会ったぞ」
「要するにそれが目的なんだろ。俺のかわいい妹に会うのが」
「そうだよ(便乗)」
「妹に会いたければいつでもいいよ、来いよ」
「よし、じゃけん早くお前の家に向かいましょうね」
親友は店から出ていった。
「……!」
一方の愛美氏、俺らがこんなやり取りをしている間に不機嫌そうな表情で目的のCDを投げつけるようにレジに持っていって店員さんを多少戸惑わせていた。音楽好きの愛美はこの店の常連なのだが、かといって同じく音楽愛好家である店長と昵懇というわけではなくて、それどころか両者は敵愾心すら漂わせていた。それは誰よりも音楽が好きだと自認している愛美が、音楽好きの相手に対抗心を燃やした結果に生まれた緊張感だった。つまり同担拒否である。
「ま、バカは放っておくとして、うちらはうちらでタマくんの家に向かいましょう」
ウィーンと開いた自動ドアが完全に開ききる前に愛美が開いている最中のドアに体に擦り付けながら無理矢理外に出ると、店の入り口で待ち伏せしていた親友と鉢合わせになり、「うわっ」と軽い呻き声を上げた。
「帰れ」脅かされた屈辱もあって、愛美は親友を睨み付けながら言った。
「お、これからタマくんの家でタマくんのタマタマを舐め始めるんですね。やっぱ好きなんすね~」
しかし怯まぬ親友。しかも、およそ令和男子とは思えぬ大幅にラインを越えたセリフつき。しかし俺はその発言を特に不快に思わなかった。俺も同類だから。
うちは学校の近くにあった。
そしてうちに辿り着いた。
「お前の家、いい家だよな」
「お、待てい。俺まだ『こ↑こ↓』って言ってないゾ」とバカに触発された俺も軽口を叩いた。
「お、待てい。お前の家に何度も来てるこの俺が今更、『はえ~、すっごいおっきい』なんて言わないゾ」
「お、そうだな」と俺は門扉を開いて言った。
「バカじゃないの」と愛美は呟きながら俺らの後に続いた。
中学生の妹が居間の絨毯に腹ばいになって日本で一番人気のあるゲーム機を寝っ転がりながらプレイしていた。それはswitchではなくゲームボーイだった。それも初代の。
そんな妹に魔の手が迫る。
「おぉぉぉぉ……JCの尻ぃぃぃ……はぁはぁはぁ……」
うつ伏せで必死になってゲームボーイをプレイする妹の短パンの尻をガン見した親友が感嘆の声を上げた。放置すれば彼は永遠に妹を視姦し続けることだろう。
「じゃあこのバカには妹ちゃんという餌――つまり野良チョコボにギサールの野菜を与えることにして、私達は部屋に行きましょう」と愛美は言った。
愛美のその言葉でようやく俺達が来たことに気付いたらしい妹が、首だけ俺たちに向ける。更に親友の存在に気付くと、
「ヴェッ!? こいついつの間に来たの? うわー……逃げろっ」と立ち上がって全力ダッシュで二階に駆け上がっていった。
「あ、逃げられた。夢花ちゃん、プーマンの如く走り去っていったな」
「はぐれメタルって言わないところが令和の学生って感じしますね」
「世代交代に失敗したシリーズだし、しょうがないね(失礼)」
「お、そうだな」と俺は便乗した。
俺も同意見だったからだ。というのも、その『元』国民的RPGの音楽コンサートには今も昔も客席は親子連れで埋まるが、昔は子供が興奮・感動している横で親が退屈そうにしていたのに、今は感動の涙を流す親の横で子供が「こんなもん何が面白いんだ」と言わんばかりにぽかーんとしているのだ。じゃけん今の子供たちを親と共に感動させたかったら、もう一度世界で一番のコマンド選択式RPGを作って、どうぞ。
「そんなプーマンに逃げられたかわいそうなそこの貴様、俺の部屋に来てもいいぞ」
「マジかよ。じゃあお前らがにゃんにゃんするところをバッチリ録画しとくわ」と親友は型落ちスマホを取り出した。
「どうぞお好きに」
愛美は何食わぬ顔で二階の俺の部屋に向かった。
というわけで俺の四畳半の部屋に三人が集まった。
「三人はどういう集まりなんだっけ?」
まずは親友が最初の一手を決めた。俺はもちろんそれには反応せず、ここに来る前にさりげなく買っておいたコンビニお菓子を提供し、好感度アップを図った。
「お茶は?」
しかし愛美の裁定は厳しかった。
俺は黙って下に戻って三人分のコーヒーを作った。
するとさっき二階の自室に逃げた妹の夢花が、俺を追って台所に来た。
「あいつさ~、いつまでいるの? 同じ建物の中にいるだけでキツいんだけど」
「今日は泊まるらしい」と俺は適当に答えた。
「ふーん、あっそ」と妹はジト目になる。「じゃあいつまで泊まるのか、言ってみ」
「永遠に泊まるらしい」
「うわっ、全然面白くねー。センスゼロだね、兄ちゃんって」
妹は俺の尻を軽く蹴ると、また二階に戻っていった。
俺は三人にコーヒーを提供した。
親友がそのコーヒーに口を付け、
「うわ、これ姫子のコーヒーと同じくらいまずいんだけど」
ここぞとばかりに流行りのソシャゲネタを擦るこいつにイラッときた俺は、
「お前いい加減にしろよ」と苦笑交じりに言った。「そうやってすぐ流行りのコンテンツネタ擦る奴って頭悪そうに見えるぞ。人のこと言えないけどさ」
「でしょうね。あんた達二人ってまったく同じタイプに見える」
「でしょうね(便乗)」と親友が言った。「でもミーハーやってると人生楽しいぜ。新しいコンテンツに触れるだけで脳汁出てくるからな。で、飽きたらすぐ次へ。そうすることでドーパミンを常に出し続けられる人生を送れていつでもハッピー。だから俺は享楽的にコンテンツをキメ続ける。つまりラリってシコってゲームをし続けるのさ」
「それが『いい人生』ならこの国は終わりね」と愛美は、引退した銀行強盗みたいなことを言った。「ま、でもたしかに楽しいんでしょうね。私みたいに自分の好きなコンテンツだけにこだわってると、いつか完全に孤立するし」
「そうそう、羨ましいだルルォ?」と親友が冗談めかして言った。
「ふん」
愛美が俺の親友にコーヒーをぶっかける真似をした。
「ちょっ、本当にコーヒーぶっかけるのはやめろよ?」と俺は多少焦って言った。「新築の新しいカーペットを汚しちゃったらパパに怒られちゃうよ。まあパパは俺が幼い頃に出ていったけどな」
「さりげない家庭事情説明乙」と親友がいくらか懐かしい響きのするネットスラングを交えて言った。「その調子で俺らのキャラ説明も頼むよー」
「貴様は赤坂敬一。以上、終わり! 閉廷! 解散!」と俺は投げやりに言った。
「バカ野郎、まだ物語は始まってもいねぇよ」と赤坂は言った。




