第9話 闘幻境フィールドノート①
闘幻境の空は、四六時中曇天の様に暗い。
黒雲はあたかも天翔ける不定形の大怪物のごとく常に流動し、部分的に電荷を帯び、毛細血管を彷彿させる不気味な稲光が所々で発生しているが、何故か地表に向けて疾ることは滅多に無かった。
それもそのはず、何とこれら天空の浮遊物はエクルーガ軍の〈気象兵器〉であったのだ!
主な攻撃対象はむろん最大の敵である闘主が選抜した地球人戦士で構成される異空遠征軍であったが、実のところ彼らはここ10年以内に忽然と現れた“新参者”であり、最古の抗争相手は闘主が自らの手足として生み出した【鳥人族】であったのだ──即ち、いわば異空遠征軍は闘主が地上世界からスカウトした〈傭兵〉ともいうべき存在だったのである。
従って超空大母艦はむろんのこと、彼らが搭乗する戦闘艦や装着する戦装衣などは全て闘主の指令を受けた彼らの手になるものであったのだ!
とはいえ地上人たちもある程度の経験を積んだ現在ではその駆動原理や内部構造への理解が急速に深化しており、既に戦装衣や携行兵器など比較的コンパクトな領域ではオリジナルのアイテムが実戦投入されていたのであった。
しかしながら全鳥人族と遠征軍が一蓮托生の友好関係にある訳ではなく、むしろ敵視する〈排斥主義者〉が少数ながら存在していた──しかも皮肉なことに、この【ラージェス一派】こそが知力・武力共に最強の軍団であったのであり、闘主は何故か彼らに遠征軍への歩み寄りを強いることはなかったのである……。
なお、前述の超空大母艦を仕切っているのはむろん〈同盟主義者〉の連合体である【勇気の翼】の最高幹部であるシュネビムであり、彼は鳥人族のみで独占することなく遠征軍にも艦の運営面に積極的に関わらせるべく、現在11を数える各陣営から少なくとも二名は専属スタッフとして迎えたいと表明していたのであった。
かといって日々熾烈を極めるエクルーガの猛攻への対応に追われる彼らにとっておいそれと貴重な人員を後方任務に回せるものでもなく、影神団では目下、鳳凰陣チーム所属の富川哲司のみが受け持っていた。
さて、エクルーガ人とはそもそも何者なのか?そして、その目的は?
彼らはこの宇宙においても極めて特異な生命体であり、その〈生息地〉はいわば時空の裂け目──いわば3.5次元というべき“禁断の領域”に位置しているが、いかなる神の計らいによるものか、年に数度開く【時空穴】の彼方に広がる未知なる空間の征服を目指し、ひたすら軍事力の増強に血道を上げる“生まれながらの侵略種族”なのである!
闘主はこの“大宇宙の秩序を紊乱するバグ的存在”を駆逐するため降臨した謎の生命体・もしくは勢力である訳だが、鳥人族の情報収集によってエクルーガの主目標が地球世界であることを察知し、ついに地上人戦士の育成に踏み切ったのであった。
即ち闘幻境とは時空穴を越えさせないために鳥人族と遠征軍が侵略軍を命懸けで迎撃する、文字通りの〈最終防衛線〉なのである!
しかるに複数ある〈穴〉の1本が闘主の完全管理下にあり、地上と闘幻境を行き来する際にはこれが通路として使用される訳であるが、出立の際に戦士たちを包み込んだ燐光こそが宇宙服ならぬ時空服であり、到着時には速やかに各自の霊光と融合し、皮膚と一体化して生粋の三次元生物を“多次元存在”へと進化させてくれるのである──これなくしては脆い肉体は瞬時に圧壊し、即死の憂き目を見ることであろう……。
されど長年遠征軍に煮え湯を飲まされ続けてきた侵略軍がごく少数とはいえついに時空の壁を越えたことを闘主は認知しており、これ以上の侵攻を是が非でも阻止すべく各軍に厳命していたのである!
しかもあろうことか、確かな情報としてそこに排斥者一派の助力があったというのだから事は穏やかではない。
更に奇怪なことに、この事実が明らかになった後にも創造主による何らの制裁措置も無かったというのであるから、果たして闘主は本気でエクルーガ殲滅を図る気があるのか否かを判断しかねて煩悶するシュネビムであった……。
しかしながら、彼が全体の士気に関わるこの重大情報を全ての軍関係者に伝達した訳ではなく、それは闘主が指定したごく一部の枢要人物──アメリカ人で構成された【ブレイブスターズ】のジョナサン・ガードナー、イタリア人による【天空の剣】を率いるロレンツォ・オルダーニ、更にフィンランド勢の【青い雷】を束ねるヴァリオ・レスキネン、そして影神団の阿津間景之──この〈四天王〉のみに、絶対的に信用できる腹心以外には口外無用の機密情報として通達されたのであったが、それは同時にまんまと地球侵入を果たしたエクルーガの尖兵を討伐する任を負うのはこの4チームであることを意味していた。
つまり同胞の白皇星が呪詛する阿津間一族の地上残留は、侵略者を何としても撃破するために闘主が指示したものであったのだが、ならばいかなる理由で危険因子である“鬼っ子”ラージェス軍団を野放しにするのであるか?
この当然の疑問は、聡明な四天王たちに自己の存在理由についておそるべき根本的な懐疑の念を抱かせるに至ったのである──。
果たして、侵略者とは一体誰のことなのか?




