第5話 影神団の妖姫①
阿津間景之が紺堂武彦から奪ったバイクで向かったのは同じ南区内に位置しているが、居を構えた築港新町とは一級河川の旭川で隔てられた藤田(地名)である。
香川県に向かうフェリー港を擁する玉野市宇野に通じる国道30号線沿いに広がった市内最大の農地にのどかな開放感を味わいながら、とある脇道を左折する。
そして次第に細くなる枝道をスピードを緩めて10分ほど進行し、とある一軒家でバイクを停めた。
100坪ほどの敷地に建っているのは築30年は余裕でクリアするであろう2階建ての和風家屋であるが、異様なのはその全ての窓が黒いカーテンで覆われていることである。
がらんとした庭は雑草も伸び放題で車庫も設置されてはおらず、景之は家屋に寄せて駐車している黒いワンボックスカーの横でバイクスタンドを下ろす。
「この気配では、冴木君は既に到着しているな──奥飛騨からわざわざご苦労なことだ……」
こう呟いてヘルメットを脱いだ影神団総帥は、それを右手にぶら下げて訪問客などめったに訪れそうもない玄関に向かった。
果たして作動するのか試みに押した呼び鈴が幸いにも通じて、3秒後には引き戸が開かれたが現れたのは意外にも客であるはずの鳳凰陣副将であった。
その外見は冴木晶馬という名にふさわしくスマート且つ端正で、高級感のある青い丸襟コットンシャツと黒いパンツに180センチ近い細マッチョの官能的な肉体を包み、シトラス系の香水を仄かに薫らせながら折り目正しく頭を下げる。
「──総帥、お久しぶりです。鳳凰陣の冴木でございます。
帯刀(遠征長)からもくれぐれもこの度の欠席の非礼をお詫びするよう申し付けられておりまして、新刀が無事打ち終わった時点で改めてご挨拶に伺うとのことでありました……」
「丁重なご挨拶を賜り、却って恐縮の至りだがどうかお気遣いなきようお伝えしてくれたまえ。
それより今回の殊勲(バルメス狩り)はお見事だった──とはいえ、心苦しくもこちらは自宅の安楽椅子にて天眼鳥から送信された映像を拝ませてもらっただけなのだが、どうやら愛刀を犠牲に放たれた必殺の【裂天轟震波】はみごと死神将軍の堅牢な鎧の奥に息づく魂核を貫き、爆散させたようだ。
従って当然ながら虚空戦闘艦への帰還は叶わず、影神団と因縁浅からぬ仇敵とのおよそ2年にわたる因縁も遂に解消されたということになるな……さて玄関先での挨拶から思わず話し込んでしまったが、あまり長引くのも久堂嬢に失礼だ──では上がらせてもらうよ……」
総帥直々の訪問にもダークネスリング副官・久堂亜美紗が現れなかったのにはれっきとした理由があったのだ。
あろうことか、その肉体は長さ2.2×幅1.3×高さ0.95メートルの、淡い紫色に彩られた楕円形の生命維持カプセルの内部に在ったのだから!
2つの丸椅子の他は何の調度品もない1階リビング中央に安置されたそれに阿津間景之が近寄った時、顔の部分のみが透明になった装置越しに表面的には健康そのものの白い美貌があたかも恋人を迎えたかのごとく微笑んだのであるが、それに応える影神団総帥の双眸にも隠しようのない歓びの光があった。
かくて久堂亜美紗を挟んで向き合った景之と晶馬は、およそ1年ぶりの生開催となる影神団行動指針会議を始める。
「──二人とも元気そうで何よりだ。
かねて伝達していたとおり、昨晩紺堂武彦君には新たな、そして極めて重要な任務に向けて旅立ってもらった。
むろん当事者に真相を明かせなかった心苦しさはあるが、いずれ天恵によって再会を果たし得たならば、義侠心に富む彼のことだ、きっと我が真意を理解してくれるものと信ずる……。
それでは本題に入るが、宿敵エクルーガの邪悪極まる計画は着々と進行している──君たちには周知のことだが、今や戦場は闘幻境という名の異空間を越え、刻々と我々の基盤である地上世界へ移りつつあるのだ……!
尤もその厳然たる事実におそらく永久に気付くことなく、戦闘の勝敗如何に関わらず闘幻境の塵となることを義務付けられた面々も存在するが、それが【闘主の掟】によって定められた彼らの天命である以上致し方あるまい……」
冷徹に突き放すような総帥のセリフに静かに頷く二人であったが、亜美紗が一抹の硬い感情を含んだ声音で問いかける。
「──ですが、今更ながら紺堂氏の凄まじい戦闘能力を白皇星に無償贈与してしまうのもどこか惜しい気がしますね……しかも総帥に裏切られ、見捨てられたという被害者意識から影神団そのものを口を極めて罵倒するのは確実でしょうし……」
されど阿津間景之は鷹揚に微笑みさえ浮かべてこう応じた。
「それは間違いないな……だが、こちらとしてはむしろその方が好都合なのだ。
何故ならば絶命寸前であったにも関わらず闘主がサイボーグ化してまで遠征軍に留めた紺堂が自陣に加わったことで白皇星メンバーが日々燻らせているであろう“闘幻境の永遠の虜囚”であることの不満がかなり緩和されるだろうし、自分たちこそが11の異空遠征軍中最強であると自惚れる証左ともなろうしな……。
尤も、致命的な負傷を機にサイボーグ化されたのは決して彼だけではないのだが──むろん目下のところ日本人は紺堂だけだが、私が把握しているだけで総計22名存在しているのだよ……」
「そんなにですか?思ったより多いな……つまり1遠征軍につき2チーム存在するとしてもそれぞれに各一人ずつ所属していることになりますね……」
さも驚いたように冴木が宣うが、ここで景之は聞き手たちがゾッとするような見解を述べる。
「うむ、だがこうは考えられないかな?
つまり、闘主はあえてそういう戦力構成を意図されておられるのだと……!」
「……ということは、もしかしたら1年半前の紺堂氏が死神将軍に喫した惨敗も闘主は見越していたと……!?」
微かに慄くダークネスリング副官の呟きに目で頷きながら影神団総帥は話題を自軍に転じた。
「さて、では少し具体的に私が掴んだエクルーガの地上侵攻部隊の実態について報告させて貰おうか──とはいえ狡猾な悪魔の計画は緒に就いたばかりであり、事と次第によっては変幻自在に手口を変え、或いは多角化してくることだろうが……されどとりあえず、“ネットを駆使した次世代カルト”の形を取ってまずは社会の現状に絶望し、未来を不安視する若年層の取り込みを狙っているようだ……!」




