第40話 狂獣児 STARTINGOVER③
10歳半ばまでしか地上生活の記憶がない白琅狂真にとって、カラフルでゆったりとしたチュニック風の衣装に身を包んだ歩行者たちが利用する時速5キロほどのスローペースで前進する(これが誇り高き帝都民の嗜みか、列を乱して駆け出すような無法者は皆無である)ベルトコンベア方式の移動式歩道は既に故郷においても採用されているのだろうと思えたが、ノータイヤのいわゆるエアカーがあたかも水流に乗った木の葉の様に行き交う光景にはさすがに目を丸くした。
その流麗なボディは白い天空を貫く高層塔と同様幻想的な色とりどりのパステル調に彩られ、生来車好きの少年は所有は叶わずとも、せめて運転させてもらえぬだろうかと心中で渇望する。
「──かなり【宙走車】に興味がおありのようですね?
さすがにいきなり車道でという訳にはいきませんが、後ほど界帝宮内の【遊車場】にご案内しますからそこでたっぷりとお楽しみ頂きましょうか……」
この思わぬ好意の表明に、「ゼ、ゼヒともお願いしますッ!」と猛然と食いつく狂真であった──。
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目的地に到着する10分ほどの間、途切れることなく続いたドゥゼル=リゴレック統衞官の懇切丁寧な帝都案内も、ともすれば車道に気を取られる血気盛んな亡命者にとってはまさに馬の耳に念仏であったが、さすがに眼前に高さ千メートル、直径はその倍に達するであろう円蓋型の巨大建築物である界帝宮の威容が迫ってくると、半ば呆然となってかつての敵軍の“真紅の牙城”を見上げるのであった……。
「凄え……ここまでいくとお世辞抜きに一つの世界だな。
ひょっとしたら、あそこから一歩も出ることなく、それでいて何の疑問も抱かずに死んでいく奴がいるとしても別に不自然じゃねえ……」
「ははは、そうですか──ご自身の居城である界帝宮に余人の計りしれぬ誇りと愛着をお持ちのあのお方が耳にされたなら、さぞお喜びになることでしょう……」
愉快そうに応じる参謀部員であったが、他ならぬ彼自身が望み通りの反応を得られてご満悦の体である。
「つかぬことを伺いますが……はたして界帝様は普段この宮殿の何階におられるのですか?」
狂真としてはごく自然に口をついただけの何気ない質問のつもりであったが、界帝直属の武官として身辺の安寧に日々神経をすり減らしているであろうドゥゼルにとっては決して軽々しく扱える問いではなかったのであろう、道中の温顔がウソのように瞬時に本来の厳めしい戦士の表情となって返答する。
「……申し訳ありませんが、その質問にだけはお答えできかねます。
ですがこれは何も我々が警備上の情報漏洩を懸念している訳ではなく、文字通りの意味で界帝様は大宮殿内に遍在しておられるのです……!
即ち答えたくないのではなく、答えられないのだという事実をご理解頂きたく存じます」
その真摯な口ぶりから統衞官の言葉を疑うことは全く無意味だと悟った質問者は、ただひと言、「なるほど……」と応じるしかなかった。
外観だけに限れば地上において最も類似する建造物であるドーム球場と同様に界帝宮の入口は無数に存在しているらしかったが、ドゥゼルに尾いて入城する白琅狂真は、見学者とおぼしき一般民が途切れることなく出入りする他とは違って、彼らが目指す半円形の扉がピタリと閉ざされていることからこれが〈軍人専用門〉であることを理解する。
統衞官が1メートルほど手前に立つと同時に分厚い特殊合金製の扉が左右に開き、幅5メートルほどの赤塗りの小道を20メートルほど直進した二人は先ほど後にしたホテル並みに広々とした昇降機内に足を踏み入れる。
「むろん別の入口に専用階段も存在しますが、今回はこれにて上がります……すぐに内部の様子が窺えますよ──むろん、我々の姿は向こうからは見えませんが」
好奇心に胸を膨らませていると、いきなり目に飛び込んできたのは2本の赤い巨柱…いや両足であった!
「──うおッ!?こ、こりゃ何だッ……ま、まさか界帝様の銅像が宮殿の中心に立ってるんですかッ!?」
反射的に頭上を見上げながら叫ぶ少年に案内人は 「はい、そのとおりです──とはいえ残念ながら地上式の銅像には非ず、今現在の界帝様のお姿を映し取った訳でもございませんが、今日のエクルーガ帝国の繁栄の礎をお築き頂きました、実に18代前に遡る尊き初代様でございます……」と慇懃に応じる。
「18代……そんなにも長い歴史が……」
はたしてそれが長いのか短いのかはエクルーガ人の寿命にもよろうし、そもそも別世界人である自分に判断がつくはずもなかったが、白琅狂真個人の勘は決して地球人類の歴史に引けを取るものではなかろうと告げていた。
「いやそれどころか、彼らはオレらよりずっとずっと古い存在かもしれねえ……その証拠に、連中の技術力は明らかにこっちを凌駕してやがるじゃねえか──考えるだに忌々しいが、あのクソ鳥人族どもが押し付けてきやがった兵器類がなけりゃそれこそ手も足も出なかったぜ……』
どんなに軽く見積もっても全長150メートルは下らないであろう、現在に至るまで不変の象徴である両性具有的な意匠の華麗な仮面と爪先まで届くマントをなびかせながら、逞しい両腕を組んで仁王立ちする初代界帝像──装着している武具こそ現代エクルーガ兵が纏う全身フルカバーの装甲戦闘服に比して、特に関節部分の保護に脆弱さを感じさせる簡素で素朴な印象が歴史を感じさせはしたものの、それを補って余りあるほどの超自然的な巨大さが全てを圧倒し去っていた。
「まるで今にも動き出しそうだな……まさに〈守護神〉と呼ぶにふさわしい物凄さだ……」
かつて経験したことのない畏怖に打たれたためか微かに震える白琅狂真の感想を受け、背後に立つドゥゼル=リゴレックは口元を引き締めたまま当然だとばかりに頷くのであった──。




