第39話 狂獣児 STARTINGOVER②
白琅という姓に合わせてくれたのか日定かではないが、エクルーガ側が用意してくれた衣類は熟練の職人に採寸取りされたかのごとくフィットする、上下共に純白の士官服?であった。
むろん勲章等に飾られてはいないが、高さ3センチほどの詰襟で、左右を合わせるのはボタンやジッパーではなくマグネット形式──しかも地上世界の磁石の様に暴力的に接着されのではなく、あくまで接触する瞬間まで着衣者に一切の抵抗を感じさせないばかりか、接合線に沿って指を滑らせない限り不用意に外れる懸念も全くないのであった。
『──チキショウ、我ながらキマってやがるぜ……』
まんざらでもない気分で部屋に用意されていた等身大の姿見の前に立ち、躰を左右に半回転させてみる狂真であったが、もちろんその精神は些かの緩みもなく、あたかも出陣前同様に張り詰めていた。
『界帝か……果たしてどんな姿形してるんだろうな?
幸いにもオレは最後まで対面することはなかったが、叔父貴によるとあの忌わしい闘主は不気味な金色に光る球っころっていうじゃねえか……全く、そんなオブジェ野郎にヘイコラするなんて、今更ながらどうかしてたぜ……とか言ってたら、界帝サンは箱かピラミッドみてえな形だったりしてな……クククッ』
コイツは我ながら不謹慎な妄想だ……と思い至った刹那、手首の端末がピピピと鳴ってドゥゼル=リゴレック氏の到着を告げた。
✦
「──おはようございます。
おお、想像していました以上によくお似合いですね。
ところで、失礼ながらお食事はお口に合いましたか?
何しろ我々の食生活は帝都中枢ののデータシステムによって厳格に管理されておりまして、といっても最大限個人の嗜好に寄り添いつつ、緻密に計算された栄養分と分量が供される仕組みになっておるのですが、何しろ三次元世界の客人をお迎えするのは史上初ということもあり、果たして調理者苦心のアレンジが奏功したのか大いに不安でありまして……」
静かに入室してきた正規軍の情報参謀部員は狂真が予想していた通りエクルーガのシンボルカラーともいうべき赤い軍服を纏っていたが、一目で分かる上質な生地は真紅ではなく落ち着いたワインレッドであった。
意匠のベースそのものはそのものは少年のそれと共通であったが違いはもちろんあり、炎を象った金の肩章と胸を飾る、これも金色の焔で縁取りされた一辺3センチほどの星型の真紅の胸章がそれであったが、虚空戦闘艇(侵襲機)にも採用されているその形象を白皇星時代に憎悪と侮蔑を込めて海星と呼称していたことを想起して大いに反省する狂真であった……。
※なお、ドゥゼルの胸章の中心にエメラルドを彷彿させる丸い緑色の鉱物が嵌め込まれていたが、これは14階級存在する軍内において6番目の地位(統衞官)であることを表していた。
身長は177センチの狂真より若干低く、軍部では最も文官寄りの部署であるためか体格も華奢なようであったが、いかにも軍人らしいムダのない所作に加え厳しく引き締まった整った容貌の眼光は鋭く、少年と同様短く刈り込んだ小豆色の頭髪も相俟って、洗練と野生が混然一体となった鮮やかな印象を与える。
『──まるでしなやかな黒豹といったところだな。
それに思ったよりずいぶん若いじゃねえか……今朝初めて声を聞いた時にゃてっきりオッサンと決めつけちまったが悪いことしたぜ』
と胸中で呟きつつ、努めて笑顔を作りながらこう応える。
「いいえ、大変美味しく頂きました。
ええと……まあこんなことはあえて申し上げるべきことではないとも思いますが、私が古巣で日々充てがわれていた艦内食とは比べ物にならぬほどの味わいでしたよ……」
ここで相手の歓心を惹くために今まで胃袋に収めた中でも一番のご馳走だったと答えてもよかったのだが(あながち嘘ではないのだし)、それを口にすることはあまりにも惨めではないのかと思い直してこう述べるに留まった。
「そうですか、それはよかった。
(手首に巻いた端末に目を落とし)
ではそろそろ参りますか……」
頷いた狂真が廊下に出て、リゴレック統衞官の先導で歩きはじめた時、彼は袖を通した上衣の背中の裾がセンターベントであったのに対し、ドゥゼルのそれがサイドベンツであるのに気付いて、やはり新参者の自分が軍服を纏っている訳ではないことを覚るのであった……。
✦
彼ら以外搭乗者のいない軍関係者専用とおぼしきエレベーターで1階まで降りると、華麗な装飾を施された広いロビーは清潔でカラフルな装いの男女でそれなりに賑わっており、地上世界のそれとは異なる設計思想と美的センスによって創造されたスマートな雑用ロボットが10体以上立ち働いているが、彼らもまたイザとなれば従順な人工従者から鋼の戦鬼に直ちに業務転換し、帝都防衛の最前線に立つのであろうと推測された。
従業員の慇懃な会釈を受けつつ窓口を素通りし、それこそ小規模宮殿の出入口を彷彿させる豪奢な玄関に向かう二人であったが、黒水晶を思わせる資材で形作られた巨大な自動扉の前に立った案内人は些か恐縮の表情でこう告げた。
「…軍用車を用いてもよかったのですが界帝様からなるべくキリクシカの景観をご覧頂くようご指示を受けておりますので、【移動式歩道】にて散策がてら参りましょうか──とはいえ界帝宮はあのように間近に聳えておりますから、むろんごくごく一部を眺めて頂くしかありませんが……まずはご拝謁を無事お済ませになり、我が軍の栄えある一員として一通りの基礎教育及び訓練をつつがなく修了された後、いずれ機会を見まして各所をじっくりご案内させて頂きます……」




