第38話 狂獣児 STARTINGOVER ①
エクルーガの帝都【キリクシカ】は、闘幻境とはまさに別天地であった。
まず、空の色が違う──後者は常に薄めた闇のごとき暗い天空に覆い被さられていたが、前者は地上世界の様な鮮やかな蒼穹とも異なる、見る者をその内部に溶け込んでゆきたいと優しく誘惑する淡雪を彷彿とさせる魅惑的な白色に染め上げられていた。
「おんなじ次元空間でもこうまで違うモンかよ……」
実に6年半もの歳月を修羅の闘争の渦中に身を置いて消尽する内に、この3.5次元世界を地獄界と同一視していた白琅狂真は、やはり自分は選択権を与えられぬまま悪魔側の尖兵となって天使と戦っていたのではないかとの感慨を改めて強くした。
もちろん敵としてのエクルーガ人はその姿も含めて決して穏健な態様は示しておらず、その呵責なき戦闘スタイルからも鬼か邪神かとしか見做すことのできぬ存在ではあったが……。
『だがまあ、そこはお互いさまだったろうぜ……しかし今改めて思えば、これだけの文明社会を築き上げている連中なら、その超技術の全てを結集してもっと苛烈な猛攻撃を仕掛けることもできたはず──だがそうはならなかった……一体何故だ?
たしかに双方に犠牲者は出たし、オレたちは些かの気の緩みもなく文字通り命懸けで戦っていた──その点に全く嘘偽りはない。
しかし、やはりそれは真の戦争ではなく死のゲームに過ぎなかったらしいな……では、一思いに決着をつけようとしなかった彼らの狙いとは一体……!?』
“狂獣児”(むろん本人はこの異名を蛇蝎のごとく忌み嫌っていた)と形容された異空遠征軍きっての凄腕少年戦士が現在身を置いているのは、先方が宿泊所に定めた帝都内においても有数の高層建物内の一室であったが、壁一面が分厚い硬質ガラスの窓である場所から見渡す風景はまさに未来的な不思議の国そのもので、パステル調の色彩に染め上げられた様々な意匠の塔(地上のビルに相当するのであろう)の数々──そして何よりもこの驚異の都市において堂々中心を占めている、建造物というよりも小山を彷彿させる超巨大な真紅の【界帝宮】(特に数万もの大小の灯火に飾られる夜間の美しさは例えようもなく、眠れぬ少年は一旦安眠モードに変色させたガラス壁を再び透明化させて朝を迎えたほどであった)は丸一日…いや何十日眺めても飽きないであろうと確信させるほどの蠱惑的な趣で狂真を魅了したが、何故か同時に胸を抉る痛恨事の記憶を強く喚起する作用も帯びていた。
『叔父貴、そして真龍狂撃隊のみんな……すまねえ、オレだけこんな安全地帯でのうのうとしちまって……。
でも全てを失った今、操り人形にされちまった矢萩たちも含め白皇星のメンバー全員に地獄を味わわせやがったあの憎っくきシュネビムと…そして阿津間景之の首を獲るためにゃエクルーガの力を借りるしかねえんだ……!
どうかその宿願が成就するまでは許してくれ──たとえこの身が砕け散ってもそれだけは成し遂げてみんなの所に往くからよ……!!』
あたかも胸中のみで発せられた焔の宣言が終了するのを待っていたかのように、17年の生涯で一度も身を横たえたことのない豪奢な寝台(長年使用してきた白雷龍内のそれとあまりにもかけ離れていたためか一睡もできなかった)横のベッドサイドテーブル上に置かれた腕時計型の通信デバイスから控え目な音量で呼び出し音が鳴った。
「──ハイハイ、起きてますよ……。
彼女の話だと今日は最大規模を誇るエクルーガ軍のメイン基地に連れてってくれるそうだが、大丈夫だとは分かっててもこれまで何人もの兵士を屠ってきた身としては緊張するぜ……」
狂真としては当然ながら地獄の戦場から救出してくれた“赤髪の美少女”コニア=ユフェルスの可憐さと妖艶さが混然一体となった美声を期待していたのだが豈図らんや、それは陰険とはいえぬまでも一声耳にするや直ちに曲者と認識させる筋金入りの軍関係者の錆びた声色であったのである……。
“どうやらお目覚めのようで安心しました。
はじめまして、わたくしはエクルーガ正規軍情報参謀部のドゥゼル=リゴレックと申します──今日から3日間、貴方様のお世話をさせて頂くことになりました……どうぞ宜しく。
さて、これからまずはお部屋へお運びする朝食をお済ませになった後にご用意した衣類にて身支度を整えて頂き、界帝宮へ伺候して界帝様にご拝謁頂く運びとなります。
したがいまして界帝様の御意向によっては昨夜お迎えのユフェルス空戦師が申しました軍施設への訪問は明日に延期される可能性がございますが何卒ご了承下さい……。
なお、界帝宮内には貴方様が見慣れぬであろう様々な形態及び属性を有する有機体及び無機物からなる者共が多数存在しておりますけれども、彼らもまた偉大なる界帝様の下に集いしエクルーガの勇敢なる将兵たちでありまして、いざ時至れば貴方様と同様に持てる能力の限りを振り絞って奮戦する決意に燃えし血盟者であることを申し添えておきます……!”




