第34話 リオルグ=ユフェルスの嘲笑
「おやおや…敵の拠点に侵入する以上、委曲を尽くした四方八方からの攻撃は当然予想されたであろうに、何故に頭部及び頸部を無防備に晒していたものか……あれではどうぞここを狙って下さいと自ら志願しているようなもの。
もちろん個人的にはラージェス氏の能力に満腔の敬意を払うことは吝かではないが、宿痾ともいえる自己顕示欲の高さだけはどうしても抑制できぬものとみえる……」
若々しさの中にも冒し難い風格を漂わせる声の主が身を置いているのは十畳ほどの窓のない殺風景な四方がコンクリート打ちっぱなしの地下室とおぼしき空間であったが、壁に寄せて据えられた50インチのテレビ受像機に映し出されているのは今まさに天狗高原の【阿津間山荘】前庭にて生死の端境を彷徨っている?最凶鳥人の哀れな姿なのであった!
画面から1メートル半ほど離れて三人掛けの革張りソファが置かれ、着座しているのはいずれ劣らぬ美形の男女であったが、容赦ない指摘を行ったのは中央に腕組みして陣取る端正な白皙の面立ちの人気動画配信者・不知火リョオ──正体は“エクルーガ軍地上遠征隊長”リオルグ=ユフェルス──であり、その左脇でニヤニヤしながら手にしたビールのロング缶を口に運ぶ“エクスタシーキャンプサロン・ファイヤーメイツ代表”火乃崎舜矢、そして右隣で表情を強張らせ、凍り付いた視線をラージェスから少し離れた芝土に瞑目して横たわる久堂亜美紗に固着させているのはボーイッシュヘアがよく似合う中性的な容貌の幹部会員・名越ひろみであった。
一同が身に着けているのはキャンプギアはもとよりアパレルにも一方ならぬ造詣とこだわりを持つ舜矢が自らデザインした、胸に金色の火文字でサロン名が銘記されたオリジナルパーカーであったが、カラーは三者三様(不知火は黒、火乃崎は赤、名越は白)で、リオルグとひろみは穿いたジーンズの色も上衣に合わせている。
「──さて、これからどうなりますかね?
とりあえず久堂亜美紗捕獲という第1目標は達成した訳だから親衛隊の一人に彼女を別邸に運び込ませるとして、残りの三人で地下工場の連中を皆殺しにして秘密兵器を爆破させりゃ一丁上がりって寸法なんじゃ……?」
舜矢の足元にはビール缶が5本も並べられ今飲み干したのが2本目らしかったが、すぐに新たな1本を手にしてプルタブをプシュッと撥ね上げる。
「ふふふ、それで泡を吹いて地面に這いつくばる無能な指揮官を尻目に悠々と引き揚げるか──まことに傑作な絵面で大いに鑑賞欲を唆られるが、そう簡単にはいかんだろう。
何せ私が掴んだ情報だと阿津間景太郎と共に山荘に籠っているのはシュネビム麾下でも特に文武に秀でたエリート隊員どもらしいからな……それに」
ここであえて言葉を切ったリオルグ=ユフェルスの双眸はいつしか青白い燐光を帯びており、400キロ近い遠距離を隔ててすら、彼の意識が戦闘モードに突入していることが窺える。
「私には分かる……。
もうすぐここにあの男が現れるはずだ──そう、“闘主の化身”と称される異空遠征軍最強の男・阿津間景之が……!
つまりあの親衛隊の真の役割は、私が影神団総帥を確実に仕留めるために必要なデータをその身をもって提供することなのだ……!」
「……では、秘密兵器破壊は後日に延期ということですか?」
どこか納得行かない風情でグビリと金色の液体を喉に流し込む腹心に微笑みかけつつ、美しき侵略者は小さく頭を振ってこう続ける。
「いいや、もちろんそういう訳ではないがあくまであそこは敵地だからな。
それにこの数年もの間、ひたすら新兵器開発に心血を注いできた景太郎氏がいざライフワーク消失の危機に直面した場合、いかなる狂気的な所業に走るか知れたものではないゆえ、我々の目論見の一切を短兵急にこの場で終わらせようとは考えぬ方がいい……。
とはいえ主目的である久堂嬢の拉致はむろん完遂させねばならんから、ノリス氏にその大役を担ってもらうかな……ところで名越さん、さっきから顔色が悪いが何か心配事でもあるのかね?
それに何故か視線が久堂亜美紗に釘付けになってしまっているのも気になるな……こんなことは言いたくないが、ひょっとしてキミは影神団から派遣されたスパイではないだろうね……!?」




