第30話 影神団、光と闇の宴⑧
午前九時過ぎに晶馬たちが阿津間邸に出発し、第2アジトに残るのは景之と亜美紗のみとなった。
「ついに〈地上戦〉に突入するか……これだけはどうしても避けたかったんだが敵もさるもの、闘幻境での小競り合いの傍らラージェス(傑出した能力を有する鳥人族の裏切者)らが総力を挙げて【時空穴突破技術】の確立に血道を上げていたらしいな──まあそれが闘主と同レベルの往還自在なものかは判然とせんが……ともあれ事実としてそうなってしまった以上はリオルグ=ユフェルス以下の【地上遠征軍】の粉砕に総力を結集するだけだ」
影神団の活動方針について述べる際の、いつに変わらぬ総帥の冷徹な口調に亜美紗も微笑みながら頷く。
「これはあくまでも私の勘だけど、今のところエクルーガが侵入したのは我が国だけという気がする──そして他の四天王(ブレイブスターズ、天空の剣、青い雷)から選りすぐられた戦士たちが日本に集結して、我々と共に不知火らと激突することになるんじゃないかしら……!?」
「うむ。しかし当然ながらオレとしては影神団だけで対処したいんだが……全ては敵が現時点でどれだけの戦力を築き上げているかによるが、今なら毒蛇の頭を潰すことで万事解決できるんじゃないかな……」
「あら、慎重居士のあなたにしては随分楽観的な見通しだこと……もちろん本心じゃないのは理解してるけど、それなら景充クンに危険を冒させるよりご自身が不知火と闘ればいいんじゃない?
それに、私もそれが観たいしね……!」
果たして冴木晶馬が看破した通りその肉体が生命維持カプセル内に無いとしても久堂亜美紗の白い美貌が上気し、黒真珠のごとき瞳がしっとりと潤んでいるということは、彼女がこの非常事態とそれに立ち向かう夫の勇姿に隠しようのない興奮を感得している何よりの証左といえた……。
「ははは、いや参ったな……たしかにそれは考えんでもなかったんだが、幸いにも“影神団最強剣士”帯刀匡三郎君の助力がある以上、少なくともこの戦いで景充が命を落とすということはないだろう。
それよりオレが気になってるのは例の怪生物とその巣窟である火乃崎の別荘なんだ──ひょっとすると、そこにラージェスがいるのかもしれん……!」
「──!?
そうか……それは大いにあり得るわね……ということは、そこにはストーカー退治に使ったようなチャチな奴とは比べ物にならないとんでもないシロモノがスタンバイしてるってことに……!?」
「もちろんそれもあるが、何よりもラージェス本人が最大の脅威といえるだろう──何しろあの自信家のシュネビム艦長が唯一自分を凌駕し得ると折り紙を付けた存在なんだからな。
事実、リオルグが“エクルーガ初の時空跳躍という歴史的快挙”を成し得たのも彼奴が同伴したからだと考えた方が自然な気がするのさ……」
「……」
「だから、今週末に予定される不知火襲撃に合わせてオレは連中のアジトに戦装衣の超偏光機能で透明化して忍び込もうと思うんだ──よしんば標的を発見できないとしても、魔薬や生物兵器の手がかりは絶対に在るはずだからな……。
尤も見込み通り最凶鳥人がご逗留中なら、機密死守のため自分から迎撃に乗り出してくる可能性も高いが……」
「危険な任務ね……たしかに影神団でそれをこなせるのはあなただけだと思う──しかもラージェスが待ち構えているとしたら尚更……その場合、あの帯刀さんですら生還は難しいんじゃないかしら……?」
「さあ、どうかな?……ただ彼奴は間違いなくバルメスよりも手強い、ということだけはいえようが……」
「……」
「ま、今回だけにいえることではないが、何より緒戦というのは肝心だ──ここに全てのリソースを投入してエクルーガの地上における芽を完全に潰し、戦場を再び闘幻境に押し戻すためにも【玄空羅刹】を一刻も早く完成させねばならん……!
そこでだ、建造の進捗状況はどうかね?
既に首から下の部分は超空大母艦内でほぼ完成してるものの、 最重要の頭部だけはどうしても地上で仕上げる必要があるという奇妙な縛りの下で既に2年近く経過した訳だが……親父にとっても生涯の集大成となる巨大戦闘ロボがこよなく愛するこの惑星を侵略者から護り抜くのを見届けぬ限り死ぬに死ねないだろうし、文字通り鬼気迫る気魄でラストスパートに入ってるだろうことは想像に難くないが……!」
「ええ…仰る通り、ホントに傍で見ていても怖いくらいの張り詰め具合だわ。
でも幸いにもお義父様の健康状態はすこぶるよろしくて、決して得意とはいえない私の手料理も一欠片も残すことなくモリモリ食べて下さってるから頼もしい限り……もちろんそれは助手を務める三人の鳥人族たちにもいえるのだけれど。
とはいえ彼らにとって最も馴染み深く安心して食せるのは故郷から持ち込んだ主食であるゼリー状の栄養剤とお煎餅みたいな形の補助食品なのは承知してるから、子供用の食器にお父様の5分の1ほどの分量をお出しするだけなんだけどね(笑)
ただ、いよいよ完成間近となったのは食事タイムになっても誰一人として地下の工場兼研究室から出てこようとしないほど熱中していることからも窺えるし、皆の表情が神々しいほど晴れやかであることから全てが順調に推移していることも伝わるの……。
ということは、つまり……」
景之が亜美紗の話の腰を折るというなどということは普段であれば決してあり得なかったが、表情こそクールであるもののその声音には彼女を微笑ませる硬い響きが微かに込められていた。
「それは何より…と言いたいが、連中の気力充実ぶりは特に親父に関する限り、こう言っちゃアレだが掃き溜めに鶴──即ちキミによるところが大きいんじゃないか?
くれぐれもお願いするが、それでなくてもライフワークの完成を目前にして興奮状態にあるんだから、更に血圧を押し上げるようなマネは厳に慎んでくれたまえよ…え、何?そんなに実の親に対して嫉妬するモンじゃないって?
ふふふ、言ってくれるじゃないか……だが目下一番ジェラシーを燃やしてるのは遥か異国から財政面で影神団を支えてくれてるオフクロだと思うがね……いや、以前も言ったようにむろんその山荘に彼女が専用の監視カメラを仕掛けてる訳じゃない──その点はオレがこの眼で確認してるから安心してもらっていいよ……ただあの母を投資家としても大成させた並外れた勘で何かをキャッチしてる蓋然性は否定できんが、ね……ま、あっちでの生活に概ね満足してるらしい合理主義精神の権化みたいな彼女がわざわざ不愉快な想いをするために帰国するなんてことは100%あり得んから安心してもらっていい……。
さて、影神団悲願の最終兵器がいよいよ完成となるとそれに命を吹き込む主操縦士にもそろそろ〈召集命令〉を下さにゃならんな──まあしかし景彦は景充と違って闘主が手放しで絶賛するほどの天才肌だから、たとえぶっつけ本番でもまるでお気に入りのゲームキャラみたく自由自在に玄空羅刹を操ってのけるんだろうけどな……!」




