第28話 影神団、光と闇の宴⑥
「ところでサ、兄ちゃん……」
流し台で容器を洗い、水切りラックに逆さに伏せてから対面に腰を下ろした影充に妙にくぐもった声で景彦が話しかける。
「……何だよ?」
汗の滲んだスパッツのポケットに両手を突っ込んで物憂げに応えるが、続く言葉が脳内の霞を一気に霧散させる。
「お隣のお姉ちゃんのことどう思ってんの?
先にボクの意見を述べさせてもらうと、凄えお似合いだから付き合ったらいいんじゃないかって思うんだけどネ……」
「──バ、バカ野郎ッ!
今に始まったことじゃねえが、全くオメエにゃ世間の常識ってモンが欠落してるな……お互い顔を合わせたばっかりだってのにいきなりそんなことができるかよッ!」
「へへへ、そんなに興奮しなくてもいいじゃんか……でもサ、むしろその過剰な反応が彼女への好意を何より雄弁に物語ってることだけは伝わってきたゼ──ま、昨日挨拶に行った時とっくに気付いてたけど」
「テメエ……兄貴をからかうとはいい度胸してやがる──確たる証拠も無しに憶測だけでモノを言ってると後で痛い目に遭うぜ……!」
「へえ……何の根拠もない憶測を投げかけられただけでそんなに声が裏返って顔が真っ赤になるモンかねえ?
こいつはますます怪しいゾ、大事に至る前にご両親に注意喚起しとかないと……!」
自身の普段の所業は棚に上げて言いたい放題の末弟にとうとう堪忍袋の緖を切った阿津間景充は、ここぞとばかりに溜まりに溜まった日頃の鬱憤を晴らすための口撃を開始する。
「大体なあ、そもそも義務教育の段階で人間社会からドロップアウトしたテメエごときが真っ当な高校二年生を性犯罪者予備軍扱いすること自体がモノの道理に反してるんだよッ!
こう言うと典型的な屁理屈小僧のオメエは“だってウチの家庭そのものがマトモじゃねえじゃん”とか何とか吐かすんだろうが、それは単なる言い訳に過ぎねえ……つまりテメエが引きこもってる理由としちゃあ通用しねえってことよッ!!
こりゃあ別に脅すつもりで言う訳じゃねえが、景之はとっくにオメエを見限って、近い内に闘幻境に放り出すんじゃねえか?
だってマトモに中学校(いや小学校からか)すら通えねえチキン坊主がオッソロシイ侵略者と真っ正面から渡り合える訳ねえんだから、泣く子も黙るってもっぱらの噂のシュネビム艦長に養子にでも出して、一から性根を叩き直してもらうしかねえもんなあ……!」
されど“クソガキめ、これで少しゃあ凹んだろうぜ……”とほくそ笑む次兄の予想に反し、狡猾な末弟は更なるへらず口で反撃する。
「ご期待に水を差すようで悪いけどサ、それだけは無いと思うヨ……というのも之兄ちゃんは二人だけになった時にゃ判で捺したように“オマエだけは闘幻境にやれんな……何しろオレにも体面というモノがあるし──だがここまで確信させるということは、逆に地上で成し遂げるべく運命付けられた何かがあるんだろう……もし艦長から阿津間の者をどうしても寄越して欲しいと請われたら景充に行ってもらうしかないな”って断言してくれてるんだからネ……!」
「ぐッ、兄貴がそんなことを……!?
だがオレにゃあ地上侵攻したエクルーガを討伐するって重大な使命があるんだッ──だから一時だまくらかして安心させてるだけで、棄てられるのはやっぱオマエしかいねえってッ!!」
必死の決めつけにも冷笑を決め込んでゲーム世界に集中する弟はもはや完全に会話を打ち切ったことが長年の経験で景充には明白であった。
この肌の合わぬ肉親とこのまま1つ屋根の下で貴重な休日を過ごすことにやり切れぬ想いの景充は、目と鼻の先(というほど近距離でもないが)に構えられた影神団の〈第2アジト〉に自転車で向かおうかと思い立ち、椅子をハネ飛ばすかのように勢いよく立ち上がる。
「──な、何!?
も、もしボクに手を出したりしたらすぐに之兄に報告するよッ!そしたら皆の安全を守るため、景充は今晩にも紺堂と同じ憂き目を見るんじゃないのッ!?」
“もはやこんなアホには構っておられん”とばかりに踵を返したDL新リーダーが一旦自室に戻るべく階段に向かった刹那、二階のスマホから着信音が聴こえてくる。
「兄貴からかな?……いやひょっとしたらッ!?」
ベッドと勉強机がポツンと置かれただけの六畳間に駆け込み、シーツの上に置いていた黒いスマホを掴み上げて画面を覗くと、送信者は予想通り帯刀匡三郎であった!
「──押忍ッ、ご無沙汰してますッ!」
別に強いられた訳ではないが、いつの間にか師への挨拶には冠にこの武道用語を欠かさぬ慣習となった景充に対し、前鳳凰陣遠征長も重厚な人格を偲ばせる深い声音で“ウォッス!久しぶりだな、元気で稽古してるか?”と返す。
「ええ、実はさっきも闘主様から直々にご指導頂きました……」と応じた景充に、
“ほほう、そりゃ遠征軍の世界じゃまさにこれ以上ないエリートコースを突っ走ってるといえるな……。
僭越ながらこのオレですら直接指導にあずかったのは僅かに三度……しかも4回もの命懸けの遠征を経て、ようやく「何とか使えそうだ」と判断して頂いてからなんだからな……!
まあそれまでに総帥から闘幻境戦士としてのイロハをとことん叩き込まれてたから正直闘主様を前にしてもアワを食うようなことはなかったが、それでもやっぱあの途方もない〈圧〉を受けながらの撃ち込み稽古にゃオーバーじゃなく精神力と体力を一滴残らず搾り取られるような苦しみを強いられたもんさ……”
もはや耳にタコができるほど聞かされたしみじみとした述懐であったが、目下それをたっぷりと味わっている愛弟子もこれまた常套句化した感想を返す。
「そうですか……何せ兄貴──いえ総帥は何度頼んでも教えてくれないもんですから、こう言っちゃなんですけどホントに強いんだろうか?って素朴な疑問がどうしても打ち消せないんですけど……」
ある意味大胆不敵なクエスチョンに苦笑しつつも、帯刀匡三郎はこう諭すのが常であった。
“いくら兄弟だからってとんでもないことを口走る奴だな……何度も言うが、あのお方の戦闘力は我々とはケタ違いだ。
むろん戦装衣も得物も専用にカスタムされたスペシャル版を使用されてる訳じゃない……それなのに反則レベルで破壊力が異なるんだ……!
だからここだけの話だが、オレは思うんだよ──ひょっとしたら闘主様と阿津間景之総帥は同一存在なんじゃないかってな……!!”




